3. 暗殺者襲撃
「聖なる土壁!」
パルマの詠唱に呼応し、大理石の床が隆起しユーティスとサラを守る。
「闇の精霊よ!」
ロイの呼びかけに闇の精霊達が応える。精霊達はシャンデリアを包み、落下速度を落とした。
激しい衝突音と共に、シャンデリアが砕け散る。
振動が王城を激しく揺らした。
貴族達は突然の事故にパニックに陥った。訳も分からず、狭い出口へと殺到する。王族の方からも悲鳴が上がるが、混乱の中で聞く者はいない。
この広い会場で、まともに動けた者は少なかった。
とっさに魔術を行使しサラ達を守ったパルマと、被害を最小限に抑えたロイは見事であるが、瞬時に状況を把握し、暗殺者の襲撃から王を守ったゴルドとアイザックも流石であった。
「ふん!」
ゴルドは拳に魔力を溜め、暗殺者の腹を殴り飛ばした。夜会のため、剣などの武器は持ち込みできなかったのだ。
「アイザック、王をお守りしろ!」
「分かってます!」
息子に指示を飛ばし、ゴルドは暗殺者を睨みつけた。既に会場のあちこちで、『梟』や騎士達が暗殺者達と戦い始めている。よく見ると、ゴブリンなどの魔物も紛れていた。誰かが召喚しているのだ。
王を狙った暗殺者は、他の雑魚共とは格が違っていた。面を着けているせいで表情は分からないが、ゴルドの渾身の一撃を受けて立っていられる者などそうはいない。暗殺者は先の大きくカーブしたナイフを構えていた。
素手とナイフ。
ゴルドは全身を魔力で覆った。
「ユーティス!? 大丈夫!?」
「問題ない。サラ、怪我はないか?」
「はい!」
大理石の壁が、二人を覆う様に反り出ている。ユーティスは立ち上がるとサラに手を差し伸べた。サラは迷わずその手を取った。
「さっきは言いそびれたが」
『絶対空間』を張りながら、ユーティスはサラに微笑んだ。
「髪、伸びたんだな。ドレスも良く似合っている。……綺麗だ」
「……! なななな何言ってるんですか!? こんな時に!」
「本心だ。それより、俺は今、怒っている。よくもサラとの初ダンスを邪魔してくれたな」
ユーティスの目が座っている。
「狩る」
「だ、駄目駄目駄目! あいつらの狙いは王と王子よ!? 出て行ったら駄目!」
サラは慌ててユーティスの腕にしがみついた。
ゲームではこの日、他国の暗殺者チームが王都を襲う。ロイが居ないとはいえ、そのエピソード自体は変わらないだろうと、サラは事前にリーンと父に相談していた。もちろん、ゲームや前世の話をする訳にはいかなかったため、『夢を見た』という事にしておいた。それで信じてもらえるのだから、『聖女』は便利である。
そのため、王城周辺は念入りに『鬼』や『梟』、リーンやグランによって守護されているはずであった。それなのに、今、ゲーム以上の襲撃が起こっている。何か見落としがあったに違いない。
「あいつら? サラ、あいつらが何者か、知っているのか?」
「それはっ」
サラが言い訳をしようとしたその時、パルマの声が割り込んできた。
「王子! ちょうど良かった! ティアナさんとシャルロットさんを入れてください! 僕ちょっと手が離せないんで!」
パルマはそう言うと、二人の令嬢を『絶対空間』に押し込んできた。ティアナはパルマと、シャルロットはロイと踊っている最中だったのだ。
「すすすすすみません!」
シャルロットが赤い顔で謝る。
「サラ様! ずるいですわ!」
「あ、こら!」
ティアナがユーティスの空いている腕にしがみついた。
(グッジョブ、パルマ、ティアナ!)
これでユーティスは動けない。
「ロイ! エドワードさん、これ使って!」
パルマは空間魔法で二振りの剣を取り出した。
「助かる!」
「助かります!」
「ここ、頼みますね! 僕はお客様を誘導しないといけないんで!」
パルマは念話で『梟』達に指示を飛ばしつつ、会場内で右往左往している貴族達に声を掛けて回った。本人も公爵家であるにも関わらず、こういう場面でも裏方にまわれるところがパルマの美徳である。……地味な仕事がよく似合う、出来る男なのだ。
パルマから剣を受け取ったエドワードとロイは、互いに背を合わせて襲撃者と戦っている。戦争のほとんどない平和なレダコート国において、一介の貴族が突然の事態に対応できていることの方が奇跡である。二人は並みの騎士達よりも修羅場を潜り抜けてきたのだ。経験値が違う。
「アグ・ロス!」
ロイが叫び、魔物達が動きを止めたところをエドワードが剣で追撃した。
「ご無事ですか?」
ゴブリンに襲われ、腰を抜かしていた男爵一家がガタガタと首を縦に振る。
「良かった。早く避難を」
エドワードに笑顔を向けられて、ずきゅんと胸を射抜かれた奥方と令嬢を男爵が引っ張っていく。そこに襲い掛かるゴブリンを、再びエドワードは切り捨てた。
「キリがないね」
「父上。屋上から強い気配がします。俺はそっちに行くので、父上はシャルロット達を外へ避難させてください」
「分かった。気を付けるんだよ」
「はい」
艶やかに微笑んで、ロイは消えた。恐らく、先行して屋上へ向かった精霊達の気配を追って転移したのだろう。エドワードは飛び掛かってきたゴブリンを蹴り飛ばすと、娘の元へ向かった。
「うおおおおおお!」
ゴルドの拳が、暗殺者の顔面を捉えた。面がはじけ飛ぶ。
「! 魔物か!?」
暗殺者の顔は空洞だった。
「父上! 加勢します!」
「王はどうした!?」
「『絶対空間』に入られました。父上、剣を!」
「いらん! サラのデビューを邪魔した奴らは直に叩きのめす!」
「……承知しました」
勇ましくファイティングポーズをとる父の横で、アイザックは『鬼』から受け取った剣を構えた。
暗殺者のナイフが、父に迫る。アイザックが剣で応戦する。『鬼』達と共に育ったアイザックの剣術は、騎士達のものよりも柔軟で実践的だ。だが。
「!」
「アイザック、どけ!」
アイザックの剣が暗殺者の顔に吸い込まれた。
一瞬の隙を暗殺者は見逃さなかった。ナイフがアイザックの腹を切り裂いた。
「ぐはっ!」
「下がっていろ!」
幸い、ゴルドが先に息子の体を後ろに引き寄せていたおかげで、傷は深くはない。しかし、毒が塗ってあったのだろうか、アイザックは床に崩れ落ちた。
「お兄様!」
「来るな、サラ!」
ユーティスの『絶対空間』からハラハラと父と兄の戦いを見守っていたサラは、兄の危機に思わず飛び出してしまった。
「サラ! 放せ、ティアナ!」
「出来ませんわ! 貴方を守るのが、私の使命ですもの!」
「王子! 私が追います!」
娘の近くに来ていたエドワードがユーティスの代わりにサラを追った。
「サラ様、援護します!」
「エドワード卿!」
サラにエドワードが追い付き、ゴルドの怒りの鉄拳が暗殺者の体をナイフごとへし折り、パルマが大多数の貴族を外へ誘導し終わり、王族が王の張った『絶対空間』に納まったその時。
「勇者、参上おおおおおお!」
天井に開いた穴から、魔族と勇者が舞い降りた。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます!
何か第2章は序盤から大変なことになっております。
これもそれも、第1章で出番のなかったあいつのため……!(笑)
もう1話がんばります。




