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番外編5 Aランク冒険者? ボブ

 かつて『紅き狼』というAランクパーティがいた。

 紅い狼の魔物を扱うテイマーが作ったパーティであり、機動力を生かした戦法で多くの実績を上げていた。しかし、Sランク昇格に挑んだ際、狼と三人の仲間を失うという悲劇に見舞われ、解散を余儀なくされてしまう。

『紅の鹿』は、狼を失ったテイマーが新しく作ったパーティだった。テイマーの名はアルフレッドという。アルフレッドは、鹿の獣人だった。人間の街で、人間以外がパーティを組むことは難しい。人間は自己と他己を比較し優劣を決めたがり、偏見を捨てきれない生き物だ。エルフはまだいい。見た目の美しさと魔力の高さ、そして神話の時代から続く高貴な血脈は、いい意味でも悪い意味でも引く手あまただ。しかし、獣人や巨人、小人だけでなく人間とさほど見た目の変わらぬドワーフでさえ、受け入れない人間が多かった。アルフレッドは、人間のパーティに入れなかった者や、はじき出された者、虐げられた者などに声を掛けた。そして出来たのが『紅の鹿』だった。当初のメンバーは、アルフレッド、ホッケフ、ライラ、巨人族の男、獣人の少女の五人であった。ライラは人間のパーティで虐待を受けていたところを、アルフレッドに救われたのだ。

 人間のいない『紅の鹿』はレダコート国では異様であった。その上、クエストを出すのは、ほとんどが人間だ。元Aランクのアルフレッドがいるとはいえ、『紅の鹿』が受注できるクエストは限られており、パーティは存続の危機に見舞われていた。

 そんな時、巨人族の男がパーティを去った。人間の女と恋仲になり、駆け落ちしたのだ。失意のアルフレッドは、駄目で元々と思いながらパーティ募集の張り紙を出した。そこに手を挙げたのが、当時まだ15歳のボブだった。

 ボブは『紅き狼』の大ファンだった。「テイマー、マジかっけえ!」と思っていた。とはいえ、ボブには目立った特技や才能が無い上に、敵である『人間』だ。当然のごとくメンバー全員が反対した。しかし、ボブは諦めなかった。ボブは人見知りせず、明るく、前向きで、頭は悪いが素直だった。そして何より、偏見を持たない少年だった。

 めげない少年をあしらっているうちに、いつしかメンバー達に笑顔が見られるようになっていった。氷に閉ざされたアルフレッドの心にも、再び陽が差した。

「この子は冒険者としては大した才能はない。だが、他人をありのままに受け入れ、寄り添うことができるのは人として立派な才能ではないだろうか」

 ボブは1年かかって、ようやく『紅の鹿』に迎え入れられた。

 ボブが加入してから『紅の鹿』は激変した。喜怒哀楽の分かりやすいボブ少年は、メンバーだけでなく、街の人々からも可愛がられた。受注できる仕事も増え、元々、優秀な人材が揃った『紅の鹿』は、他のパーティでは解決できなかったクエストですら、易々とクリアしていった。そんな『紅の鹿』の実力を目の当たりにし、冒険者達の見る目も変わっていった。

 リーダーだったアルフレッドが引退する際、再びメンバーを募集した時には多くの人間が手を挙げた。その中で、戦闘力と豪胆さを買われて加入したのがモーガンだ。更に、獣人の女性が引退した後に加入したのが、脱退した巨人族の男の娘ピコだ。ピコが両親と共に現れた時には、ライラとホッケフは号泣した。事情は分からなかったが、つられてボブも泣いた。


 あの日から2年。

 かつてボブが憧れた『紅き狼』と同じAランクに手が届くところまでやって来た。最高の仲間と、一緒に。


 なのに。


「ボブ!!」

 モーガンの声が聞こえる。ゆさゆさと、体を揺らされていた。

「ボブ! しっかりしろ! おい!」

「…………モーガン……?」

「ボブ! 馬鹿野郎! とりあえず、ポーション飲みやがれ!」

「おう……」

 何が一体どうなっているのか、ボブは理解が追い付かない。昔の夢を見ていた気がする。アルフレッドが笑っていた。


「氷の槍!」

「!?」

 ライラの声で、目が覚めた。ボブは跳ね起きた。

「モーガン! ワイバーンはどうなった!?」

「あいつは只のワイバーンじゃねえ! 戦闘力が桁違いだ。何とかライラとホッケフが遠方から削ってるが、放電が激しくて近づけねえ!」

 よく見ると、モーガンは既にボロボロだ。あちこち火傷し、右足が変な方向に曲がっている。ライラの生み出す槍も、ホッケフの矢も弱々しい。

 ワイバーンの方もだいぶ弱っていた。

(一体どんだけ気を失っていたんだ!? 俺は!)

「! ピコは!? ピコはどうした!?」

 ボブは気を失う前のことを思い出した。ピコは、ボブのすぐ後ろにいたはずだ。ボブが気を失うほどの電撃を喰らったのであれば、当然ピコも……

「ピコ!?」

 ピコは、ワイバーンの近くで仰向けに倒れていた。サァーッと血の気が引く。

 体の割に小さな胸が僅かに上下している。

(まだ生きてる!)

 17歳とはいえ、ピコはまだ子供だ。Bランクに留まりたいと言っていたのに、冒険者になってたった2年でAランク戦に付き合わせてしまった。何がなんでも、ピコだけは両親に返さねば……!!

「ピコオオオオオオオ!!」

「ボブ! 馬鹿野郎!」

 モーガンの罵声が聞こえる。ライラの悲鳴と、ホッケフの怒鳴り声も聞こえた。

 それでもボブは走った。剣は、ワイバーンの足元に落ちている。何か武器になるものはないかと、走りながら体をまさぐった。ポケットに手を突っ込むと、何か固い物に触れた。

(! これだ!)

「うりゃああああああああ!」

 ボブは気合を入れた。

 モーガンも、ライラも、ホッケフも、十分にAランクに見合う実力がある。ピコも直ぐに成長するだろう。何もないのは自分だけだ。

(俺は、お荷物だ)

 37歳。独身。好みのタイプはケツのでかい年上の美人。ただの、平凡なおっさんだ。

(やべえ! 怖えよローズ! でも……やるっきゃねえ!)

 電撃を放とうと、ワイバーンがボブの方に顔を向けた。その大きな口の中に。

「喰らえええええ!」

 ボブは飛び込んだ。

「ボブゥゥゥゥ!!」

 仲間たちの悲鳴が響き渡る。

 その刹那。

 ワイバーンの腹が破裂した。

「きゃああああああ! ボブ! ボブ!」

「ライラ! まだ近づくな!」

 ライラが崖の上から飛び降りた。ワイバーンは苦しそうにのたうちまわっている。足を引きずりながら、モーガンはライラに飛びついた。

「放して! ボブが、ボブが!」

「分かってる! 分かってるから! もう少し待て!」

 同じく崖から降りてきたホッケフが、ピコの元へ走った。器用にワイバーンの尻尾を避けながら、ピコを担いでモーガン達の元へ辿り着いた。

「ピコ! ポーションじゃ!」

 ホッケフはピコにポーションを振りかけた。傷口からゆっくりとポーションが浸透していく。ピコが僅かに目を開いた。

「ピコ!」

 ホッケフの歓喜の声に、ライラとモーガンもピコへ目を向けた。

「ああ! ピコ! 良かった!」

 ライラがピコに抱き着いた。

「ライラ姉……苦しい。死ぬ」

「バカバカバカ! 死んだら、殺してやるから!」

「ちょっ……ぐふっ!」

 ライラはピコの口にポーションを突っ込んだ。

 ホッケフとモーガンは、二人を守るように立つと、ワイバーンの方に向き直った。


 ワイバーンは時々放電しながらしばらく暴れていたが、次第に弱々しくなり、やがて動かなくなった。


「やったのか……?」

 モーガンが呟いた。

「ボブは? ボブを助けなきゃ!」

 ライラが走り出した。他のメンバーも後を追う。

「ボブ! 返事して!?」

「何処だ!? 口か!? 腹か!?」

 ワイバーンに丸飲みされて、生きている方がおかしい。

 分かってはいたが、仲間達は諦めなかった。ボブは、ただのおっさんじゃない。仲間を繋いでくれる、『紅の鹿』のリーダーなのだ。

「!? こっち! 口の中、動いた! 手伝って!」

 ピコが叫んだ。全員で力を合わせて、巨大な口をこじ開けた。モーガンが大盾を隙間に突っ込み、支えにした。その横から、ピコが体をねじ込んだ。

「ボブ兄!」

 ピコの手が、ボブの足を掴んだ。そのピコの体をホッケフとモーガンが引っ張った。

「うおりゃああああ! いけええええええ!」

 何故かライラが気合を入れた。

 ずるり、とピコとボブが抜けた。

「「「「ボブ!!」」」」

 仲間が歓喜の声を上げた。ワイバーンの唾液でベトベトのボブは、片手を上げて応えた。 

「……ただいま……ぐ、くせえ!」

「「「「くっせええええええ!!!!」」」」

 仲間の無事と、勝利と、激臭に、『紅の鹿』達は笑い合った。ライラが水魔法で涙目のピコとボブを洗ってやった。

 全員で、勝利を祝ってポーションで乾杯した。

「おい、ボブ。何だったんだ、最後のアレは? 爆薬か何かか?」

「ああ、アレは……」

 ボブは武器商人の黒いフードを思い出した。

 ボブの言うアレとは、リュークが昔ボブに投げつけた魔石である。「黒くてかっけえな!」と思ったボブは、お守り代わりに持ち歩いていたのだ。先日、装備を新調した際に見つかり「それは黒龍以外の龍種には毒だ。直接体内に取り込まなければ無害だが」と武器商人が呟いたのを思い出したのだ。

「そんな独り言を信じて、自分ごと飛び込んだの!?」

 ライラが目を丸くした。

「バッカじゃ……」


 その時だった。


 死んだはずのワイバーンが、耳をつんざく様な咆哮と共に立ち上がった。

「ひいっ!」

 思わずピコが悲鳴を上げる。

 油断していた。この距離では全員助からない……!


「あなた達! 伏せなさい!」

 鋭い女の声が響いた。反射的に、ボブ達は身を伏せた。その頭上を、小さな影が通り過ぎた。

「えいや!」

 小さな影は元気よく、小さな剣を薙いだ。まるで包丁で野菜を切るかのように、スパンッと小気味よい音がして、ワイバーンの太い首が地に落ちた。

「「「「「ええええええええ!???」」」」」

 ボブ達は絶句した。

 自分達がギリギリで倒した相手を、どうみても10歳にも満たない少年があっさり倒したのだ。

 パチパチと、騎士の服を着た女性が拍手を送っている。少年はもう一度剣を振ると、ワイバーンの腹を割き、死体から魔石を取り出した。黄色味の強い、珍しい色の魔石だった。

「はい! おじちゃんたち。これ必要なんでしょ?」

 少年は魔石をボブに手渡した。

「いや、そうだが、結局とどめをさしたのはあんただし……」

「僕、冒険者じゃないから、それいらない! それより、獲物を横取りしちゃってごめんなさい!」

 少年は頭を下げた。無邪気な子供の様な言動が、かえって不気味だ。実力と噛み合わない。

「カイト様。新しい剣の試し斬りも出来たことですし、帰りますよ?」

「はーい!」

 くるり、と踵を返したところで、騎士らしき女はふと、立ち止まった。

「ああ、そうですね。あなた方、こちらのドラゴン、街まで運びましょうか?」

「は?」

「手柄を取る訳じゃないですよ。私達、今からノルンまで転移するので、ついでに持っていって差し上げると言っているんです。それとも、ここで解体して自分たちで運びます?」

「転移でお願いします!」

「「「「えええええええ!?」」」」

 即決するボブに、仲間達が一斉に抗議する。当たり前だ。討伐の証である魔石は貰ったとは言え、こんな胡散臭い連中に獲物を渡すなど、冒険者として有り得ない。魔物の体はそれなりに高く売れるのだ。

 ボブと仲間達の反応に、女はクスクスと面白そうに笑った。

「心配なさらないでください。あなた達の功績に、ちょっとだけ感動しただけです。私はアラミス。こちらはカイト様……勇者です。では、さようなら」

 アラミスと名乗った女性はカイトとワイバーンに触れ、一瞬で転移した。

「「「「「……………………勇者あああああああ!?」」」」」

 荒れ果てた岩場に、『紅の鹿』の絶叫だけが響いた。



 それから3日後。

 ボブ一行はノルンの町に帰還した。

 何やら町中が騒がしい。ボブ達の姿を見て、あちこちから人が集まってきた。何やら歓声まで聞こえる。どうやら、勇者とアラミスは本当にワイバーンを運んでくれたようだ。

「な、なんだこりゃ?」

「帰還、っていうか、凱旋?」

「お、難しい言葉知っとるのう」

「ワイバーン倒しただけにしては大げさよね?」

「ワイバーンの変種だったから、『祝! 新種発見!』みたいな感じじゃね?」

「「「「なるほど」」」」

 五人が納得していると、ローズとダリアが揃って走ってくるのが見えた。

「ローズさん! ……ダリア」

「ボブさん!」

 ダリアがボブに飛びついた。

「心配したんですよ! ローズさんから、Aランクに挑戦しに行ったって聞いて!」

「心配かけてすまねえ。そんで、ダリアに話がある」

「嫌です!」

「は?」

「宿屋の人達から話を聞きました! ボブさん、ローズさんと結婚する気だって。私、嫌です! ボブさんを好きになったのは私が先です!」

 ダリアはそばかすの頬を赤く染めて、涙ながらに訴えてくる。ボブは「うっ」と言葉に詰まった。ボブ達がワイバーン討伐に出かけている間に、町中に噂が広まっている様だった。ローズは赤い顔を両手で隠していた。仲間達の目が「頑張れ!」と言っている。

「すまねえ! ダリア。俺は、お前に気持ちを寄せられて浮かれてたのは認める! だけど、俺が幸せにしてえのは、ローズなんだ! 本当に、すまねえ!」

「ひどい! 何でですか!? 私の方がボブさんのこと愛してますよ!? こんなこと言いたくないですけど、ローズさんもう年じゃないですか! 子供欲しくないんですか!?」

「! ダリア、お前……!」

「ダリア」

 反射的にダリアを罵りそうになったボブを諫めるように、ローズが二人に割って入った。

 町中の人が集まる広場が修羅場と化している。

 食い入るように、群衆が三人の行方を見守った。

「私は、ボブの選択に任せるよ。もし、私を選んだら……受けるつもり、よ」

「ろ、ローズ……!」

「泥棒! 私が先に好きになったのよ!? 応援してたくせに! ひどい! ボブさんは私の物よ! 盗らないで!」

「ダリア」

 取り乱すダリアに、ローズは落ち着いた良く通る声で言い放った。

「私はボブを『物』とは思わない」

「!!」

 かあっと、ダリアの顔が赤く染まった。ボブの心も熱くなった。

「ローズ!」

「はい」

「俺と、結婚してくれ!」

「……はい」

 うわあああ、と町中から歓声が上がった。一部の男性陣から怒声も上がった。

 ダリアは泣きながら走り去った。

 追いかけようとしたボブの肩をモーガンが掴んで止めた。


「取り込み中すまないが」


 突然かけられた張りのある男の声に、一瞬にして広場が静まり返った。

 バッと群衆が二つに分かれる。

 その先には、討伐したワイバーンの巨体と、その近くに立つ貴族らしい姿が見えた。すらりと見た目の良い貴族の男が、こちらに近づいてくる。ボブはあの仏頂面に見覚えがあった。

「領主様か!?」

「あの、ゴルド・シェード伯爵!?」

 ゴルドはこの地方では怖い領主として知られていた。ローズは、すっと後ろへ下がった。

「お前達が、アレを討伐した『紅の鹿』か?」

「は、はい! そうです! あ、これが証拠です!」

 まだ赤い顔のまま、ボブは黄色い魔石を取り出してゴルドに渡した。

「ふむ……」

 ゴルドは直径7~8センチの魔石を手の平の上で転がした。

「間違いないようだ」

 ゴルドは小さくため息をつくと、くいっと顔を上げ、『紅の鹿』を見回した。

「冒険者パーティ『紅の鹿』。汝らを、Aランクと認める」

「「「「「おお!」」」」」

 ボブ達は互いに顔を見合わせた。長年の夢がかなった瞬間だった。一斉に群衆から歓声が上がる。

「さらに、『ドラゴンスレイヤー』の称号も与える」

「「「「「おお??」」」」」

 抱き合って喜ぼうとした五人の動きが固まった。五人の様子に、群衆たちの歓声も止まる。

「む? どうした?」

 不機嫌そうに、ゴルドがボブに尋ねる。

「ド、ドラゴンスレイヤー?? ワイバーン一匹で?」

「…………ん?」

「「「「「…………ん?」」」」」

 ノルン中の人間がほぼ同時に首を傾げた。

「ワイバーンだと?」

「え? だって、全長10メートルくらいの龍種つったら、ワイバーンくらいじゃ……」

「あれは黄龍だ」

「は?」

(確かに、ちょっと黄色かったし、放電してきたり、中々死なないし、変わってるなとは思ったが…………)

「黄龍の幼体……A+級だ」

「「「「「………………えええええええええ!!??」」」」」

 大歓声と『紅の鹿』の絶叫がノルンの町にこだました。


 こうして、ノルンの町にAランクパーティが誕生した。


 Aランクパーティ『紅の鹿』リーダー・ボブ。37歳。嫁有り。称号『ドラゴンスレイヤー』


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます!

嬉しいです!


ボブ編、やっと終わりました!つ、疲れました! 

思ったより長くなってしまい、日付を超えてしまいました!

申し訳ありません!

そして、次回から第2章のつもりでしたが、大事な話を忘れていたので、もう1話挟みます。

地味なあの子の話です。

よろしくお願いします!

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