番外編4 Bランクパーティ 『紅の鹿』
「と、言う訳なんだ! すまねえ! 皆、俺を男にさせてくれ!」
「「「「えええええええええ!!」」」」
安宿の食堂で、ボブの四人のパーティメンバーは一斉に突っ込んだ。夕飯時だけあって、狭い食堂はごった返していた。食堂中の視線が、ボブのパーティ『紅の鹿』へと注がれる。
「いやいやいや! お前、ダリアはどうするよ!?」
「姐さんは止めとけ! ちょっと年増じゃが、高嶺の花ってやつじゃぞ!?」
「そうよ、彼女誰にでも優しいのよ!? ボブが特別って訳じゃないと思うわ」
「仮にAランクになれたとして、プロポーズしたら『そんなつもりじゃなかったの。勘違いさせてごめんなさい』ってパターン確定」
「ええええええ!? 全員揃って真っ向否定かよ!」
誰か一人くらいは味方してくれるだろうと期待していただけに、ボブはうろたえた。
が、ここで引くわけにはいかない。
「ダリアは可愛いし、幸せになって欲しいとマジで思ってる! だけどよ、俺が幸せにしたいのはローズだって気付いちまったんだわ!」
普段あまり自己主張せず、調停役にまわることの多いボブだが、今日は一味違った。最近、仲間同士のコミュニケーションが上手くいっていない。「ちょうどいい機会だ、白黒はっきりつけてやる!」と、ボブは意気込んでいた。
「うわ! 最低! のらりくらりとダリアの気持ちを弄んでおいて、開き直ったわね!?」
杖を抱きしめながら、エルフの魔術師ライラがドン引きしている。
「今の台詞、ダリアが聞いたら泣くの確定。だいたいさ、ローズ姐さんを幸せにしたいなら、Aランク止めて、Bランクのままの方が絶対いいって」
そう言うのは、巨人族の父親を持つ少女ピコだ。まだ17歳という若さであり、成長途中らしいが既に2メートルを超えている。攻撃とタンクを両方こなす、期待の新人だ。
『紅の鹿』は、男性三人、女性二人の五人で構成されている。
Bランクに留まりたい女性陣とAランクに昇格したい男性陣で意見が分かれていた。
Bランクを勧めるピコの意見に、前衛の要であるタンク役のモーガンがピクリ、と反応した。
「おい、ピコ。ボブの事は置いといても、俺はAランクに行くつもりだぜ? お前も覚悟決めろよ。ビビってんなら家に帰れ。ったく、これだからガキは」
「何だって!?」
ガタン、と椅子を倒しながらピコが立ち上がった。
「ああん? 喧嘩売る気か?」
モーガンも立ち上がる。モーガンは人間だが、2メートルを超える巨漢だ。でかい二人が立ち上がると威圧感がすさまじい。
「おい、止めろ二人とも!」
さすがにここで暴れるのはまずい。ボブは慌てて止めに入った。
「俺が悪かった! すまん!」
ボブは二人の間に体を滑り込ませると、勢いよく頭を下げた。
二人はきょとん、としている。素早く食事をテーブルごと移動させていたライラとドワーフのホッケフも「?」と疑問符を頭に浮かべている。
「……何でお前が謝るんだよ」
「そうだよ、ボブ兄! これは私とモーガンの喧嘩だ!」
「そうじゃない!」
ボブは頭を上げると、仲間達一人一人と目を合わせた。
「俺は、今日は皆とちゃんと話がしたかったんだ。Aランクを目指すにしても、Bランクに留まるにしても、ちゃんと話し合って、皆が納得する答えを見つけたい! 今まで、のらりくらり返事を伸ばしてたのは、ダリアの事だけじゃねえ。俺は、お前達にも『進むか、留まるか』自分の意見を言ってなかった。っつーか、言えなかったんだわ。ずっと考えてたんだぜ? でもよ、俺あんま頭良くねえし、答えが出せなかった。だけど、今日やっと分かったんだ。待たせて、すまねえ!」
一息でそこまで言うと、ボブは再び頭を下げた。
「俺はAランクに行きてえ! 堂々と、胸の張れる男になりてえ! そんでもって、ローズを幸せにしてえ! 頼む! 俺の夢をかなえさせてくれ! お前達となら出来ると思ってる。お前達は、俺の最高の仲間だからよ!」
しーん、と水を打った様に食堂が静まり返っている。
人々の視線と沈黙が、ボブの胃をぎゅっと締め付ける。
「……駄目か……?」
「駄目じゃないわよ」
はっと、視線がライラに注がれる。
「仕方ないわね。ワイバーン相手じゃ、魔術師がいないとどうしようもないでしょ」
「ライラ……!」
「それなら、弓使いも必要じゃわな!」
「ホッケフ爺さん」
「俺は最初からやる気だぜ?」
「モーガン」
「…………! ああ、もう! 分かったよ! 皆、馬鹿確定! ヤバくなったら、私は逃げるからね!?」
「……ピコ……!」
ぐっと、ボブの胸に熱いものが込み上げてくる。
「皆、ありがとう!」
ボブは再度頭を下げた。
(こいつらには、一生、頭が上がらねえ!)
何故か、食堂に拍手が沸き起こった。ほとんど全ての客から「頑張れよ!」「あんた、いい男だぜ!」「ローズは止めとけよ!」「ダリアどうすんだよ!」「俺達も、あんたらの仲間だぜ!」「ローズは無理だがよ!」「両手に花とか、死んじまえ!」等々の温かいコメントを頂いた。
『紅の鹿』は全員赤面し、仲良く机に突っ伏したという。
5日後。
『紅の鹿』の面々は作戦を練り上げ、ワイバーンの目撃例が多い岩場に辿り着いていた。空間魔法の使い手がいないため、各自がポーションや食料を背中や腰にくくり付けている。
長年かけて溜め込んだ金をつぎ込んで、装備も新調した。王都で懇意にしていた武器商人が「全くもって偶然だが、ちょうど特別セール中だ」と言って、ちょっとやそっとじゃ手に入らない最高級の物を揃えてくれた。『お値段以上』の物を次々に取り出す武器商人に、仲間達も口をあんぐりさせていた。何度か魔石を投げつけられたこともあったが、いい奴である。Aランクに上がったら、定価で武器を買いに行こう、と『紅の鹿』は誓った。
「いたわよ!」
崖の上から偵察していたライラが南の空を指さした。
まだかなり距離があるが、大きさ的にワイバーンで間違いないだろう。複数いる場合も想定していたが、運よく1匹のようだ。
「やる?」
ひらり、とライラが着地した。魔術師とはいえ、エルフの彼女は身軽であった。
「当たり前だ!」
モーガンが楽しそうに、2メートル近い新調したばかりの盾を振り回している。大盾の使い方を間違っている気もするが、モーガンの攻撃的な性格には合っているのだろう。
「じゃあ、皆。作戦通りに!」
「「「「了解!」」」」
『紅の鹿』が陣取っているのは、両側を崖に挟まれた横幅20メートルほどの道だ。所々に大きな岩が転がっているため、身を隠すのにちょうどいい。
作戦はシンプルだ。
①龍種が好きな香を焚いておびき寄せる
②人間を見付けて襲い掛かろうと地上に近づいたところを、弓と魔法で攻撃する
③地面に落ちたところを前衛でたたく
「風向きもばっちりだ! 行くぜ」
ぺろっと乾いた唇を舐めて、囮役のボブが香を焚いた。
(やるっきゃねえ! 頼んだぜ、お前ら!)
匂いに惹かれたのか、ワイバーンがぐんぐんと近づいてくる。近づくにつれ、ワイバーンの姿がはっきりしてきた。
かつて複数パーティで倒したことがあるワイバーンとは、少し色が異なるようだ。
赤みのかかる黄色い鱗に、所々黒い斑点があるのが確認できる。長い爪とシャープな顔立ちが凶暴さと知性を感じさせた。
ぞぞぞっ、と全身の毛が逆立った。ワイバーンから放たれる威圧感がボブを襲う。
ワイバーンの視線から逃れることができない。急降下しながら、ドラゴンモドキはニタァと笑った。
(……くそ! 耐えろ! 耐えろ! 耐えろ!)
ボブは失禁しそうになるのを、丹田に力を溜めて踏みとどまる。
(俺は、お前を倒してAランクになるんだ!)
残り、50メートル。
(もう少し……!)
残り、30メートル。
「今だ!」
ボブは振り返って走り出した。
ゴゥン! と重く鋭い音と共に、ホッケフの放った巨大な矢が崖の上からワイバーンを襲った。1メートル近い鉄の矢は、ワイバーンの固い鱗も突き破る特注品だ。この矢を使いこなせる射手を、ボブはホッケフ以外知らない。
しかし、あざ笑うかの様にワイバーンは僅かに身を捻じっただけで矢を避けた。
……狙い通りだ。
「貫け! 氷槍!」
ライラの鋭い声と同時に、矢を避けるために態勢を崩していたワイバーンに無数の氷の槍が降り注いだ。いくつかの槍が、硬い翼を貫いた。
耳をつんざく様な悲鳴を上げながら、ワイバーンが墜落した。激しい振動が響く。
間髪入れず、その翼をホッケフの矢が大地に磔にした。
狂ったようにワイバーンが暴れだした。
「行くぜ、モーガン、ピコ! 爺さん、援護を頼む! ライラは魔石食って回復しろ!」
ボブはモーガンの盾から飛び出すと、先頭を切ってワイバーンに襲い掛かった。
この世界では、ワイバーンは炎を吐く魔物として知られている。ボブたちは事前にライラから氷の加護をかけてもらっていた。ワイバーン程度の炎ならしばらくは持ちこたえられるはずだ。
(やれる、やれるぜ!)
ローズの向日葵の様な笑顔が浮かんだ。
「うりゃあああああああ!」
ボブが大剣を振りかざした刹那。
ワイバーンの体から稲妻がほとばしった。
お盆休みの方も、そうでない方も、
お読みくださいまして、ありがとうございます!
しかし、すみません!
なんだかボブが可愛くて、予想よりも長くなってしまい、もう一話続けることになりました(汗)
ボブ編が終わったら、本編の第2章に入りたいと思います!
お付き合いいただけると幸いです。




