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番外編3 Bランク冒険者 ボブ

覚えている方もほとんどいないのでは? という、モブもといボブおじさんの再登場です。

「モブさん、いつもすまないね。これ、良かったら持って行っておくれ」

「いいのか? じいさんの調合する毒消しは良く効くって評判なんだわ。ありがたくもらってくぜ。……ボブだがな!」

 ボブはサラの祖父に別れを告げて、宿屋へと戻った。


 ボブがノルン地方にやってきて1年が過ぎた。

 ここへ来た当初は「Bランクの上の下」あたりのポジションだったボブのパーティも、度重なる魔物の討伐で実績を積み、あと1回、A級もしくはB+級の魔物を討伐すれば、Aランク冒険者へ昇格できるところまで来ていた。冒険者に『ランク』があるように、魔物にも『級』というものがある。

 冒険者の入門書には以下の様に説明がある。


 SSS級:魔王および古代龍(エンシェントドラゴン)レベル。勇者もしくは大魔術師でなければ討伐不可能。

 SS級:高位魔族レベル。各地で神格化されている魔物も大概この級に該当する。聖女や大賢者などのサポートが得られれば、複数のSSランク冒険者パーティで討伐可能。

 S級:中位魔族レベル。ドラゴン、フェンリル、ケルベロス等の各個体の戦闘力が高い魔物や、リッチやサキュバス、バンパイアなどの精神攻撃や他者を操る能力に特化し、討伐が難しい魔物達もこの級に該当する。Sランク以上のパーティでなければ討伐は不可能。

 A級:低位魔族レベル。ワイバーン、ミノタウロス、グリフォン、バジリスク、クラーケン等が代表例として挙げられる。これらを単独パーティで仕留めることが出来れば、Aランク冒険者として実力を認められる。

 B級:オーガ等の力は強いが魔力の弱い魔物や、力も体力も少ないが聖魔法がなければ倒せないアンデット系の魔物もこの級に該当する。一般的な冒険者が単独パーティで倒せるのはこの級までである。

 C級:ゴブリン、コボルト、オーク等、各個体の力量は低いが、数が多く注意が必要な魔物が該当する。油断をするとBランク冒険者でも死者がでる。

 D級:スライムやラッカという狂暴化したネズミの魔物がメイン。一般人でも討伐可能。

 ※それぞれの等級には-から+の幅があり、魔物それぞれの個体差を考慮し査定される。

 例)生まれたてのドラゴンはA+、年を経たドラゴンはS+~SS- 

 単独のゴブリンはD+、ゴブリンキング発生時S-  等


(ワイバーン、ミノタウロス、グリフォン、バジリスク、クラーケン等……か)

 ボロボロになった入門書を眺めながら、モブもといボブはため息をついた。Aランクを目指すボブのパーティには避けられない相手だ。

 この中で、最も遭遇頻度が高く対策も練りやすいとされているのが、ワイバーンだ。ワイバーンは体長5~10メートルほどの小型のドラゴンモドキだ。空から攻撃してくるため、魔術師や弓使いが居なければ手も足も出せないが、地面に落としさえすればボブのパーティでも十分に勝機を見出せる。

 とはいえ、無傷では済まないだろう。

 ボブには定期的にサラから送られてくる無限のポーションというアドヴァンテージがあるとは言え、一度の討伐に持っていける数には限りがある。その上、ポーションでは治せない怪我を負った場合や、ポーションを使う間もなく殺されれば、長年の地道な努力が一瞬で無駄になってしまう。実際に、そんなパーティを何組も見てきた。

 BランクからAランクに上がるには相当の覚悟が必要であり、あと一歩、というところでボブのパーティ内でも消極的な意見が目立つようになっていた。

(ああ、畜生! わかんねえ!)

 入門書をポーンと放り投げて、ボブは安宿のベッドに身を投げ出した。ぼーっと天井を見ていると、だんだん木目がワイバーンの目のように思えてきた。

(だあ! 寝れねえ!)

 最近、来る日も来る日もワイバーンの事を考えていたせいで、「俺、ひょっとして好きなのか? ワイバーン」と精神的にもおかしくなってきている。

(よし! 考えても仕方ねえ! ダリアに会いに行こう!)

 ボブは飛び起きると、宿屋を後にした。


 ダリアは、ボブがノルン地方に来て間もない頃、ゴブリンの襲撃から守った小さな村の女だ。まだ20歳になったばかりの、そばかすが可愛い赤毛のダリアは、ボブの嫁候補である。というのも、ダリアは複数の冒険者パーティに指示を飛ばしつつ、自らも大剣を振るってゴブリンを討伐するボブに惚れ込み、村を離れてノルンの街に住み始めたのだ。

 若い頃はそれなりに甘酸っぱい経験はあったとは言え、Aランクを目指すようになってから浮いた話がなくなったボブにとって、久々のモテ期到来なのだ。

 このままBランクで平凡で平穏な家庭を築くか、危険を冒してAランクになるか。

 ボブの心も揺れていた。

 Aランクになれば、社会的な地位も格段に上がり、食うに困らないだけの金が給与として冒険者ギルドから支払われる。しかし、Aランク以上の冒険者には「有事には率先して出撃しなければならない」という責任も課せられるため、常に死と隣り合わせなのだ。そんな男と所帯を持って、果たしてダリアを幸せにできるのか、とボブは葛藤し続けていた。


 さらに、ボブを迷わす要因があった。


「いらっしゃい。あら、ボブじゃない。どうしたの? 元気ないわね」

「……ローズ姐さん」


 ボブが『ダリアとの結婚』を決めきれない要因。それが、このローズ姐さんである。

 ローズはやや恰幅のいい、40代になったばかりの美人だ。20年前に冒険者だった夫を亡くし、一人で酒場を切り盛りしている。面倒見がよく、大らかで、気風がよい。早い話が、ボブの好みのど真ん中なのだ。


「ダリアは今日はいないわよ? ちょうどダリアの村に届けるものがあってね、お使いにいってもらってるの」

「そうっすか……」

 実は、行き場のないダリアを住み込みで働かせてもらっていた。惚れた女と、惚れてくれる女。ボブの経験値では解決できない問題であった。 

「……ねえ! ちょうど良かったわ。さっき酒が届いたんだけど、重たくて困ってたの。店の奥に運んでもらえない?」

「酒?」

 ローズが指さす方向を見ると、入り口の近くに酒樽が積まれていた。それほど大きなサイズではないが、確かに女性が運ぶのは辛いだろう。

「お安い御用だ!」

 惚れた女に頼まれて、悪い気はしない。むしろ尻尾があったら振り回すくらいの勢いで、ボブは酒樽を運んだ。

「ありがとう! やっぱ男手があると助かるわね」

 ローズが笑うと、辺りがぱあっと明るくなる。実際、ぱあっとなったのはボブの胸の内であろうが。

「ねえ、ボブ。せっかくだから、何か食べていきなよ。酒を運んでくれたお礼に」

「い、いやいや。礼なんていらねえから!」

「私の手料理、食べたくないの?」

「食べたいわ! ……あ」

 くすくすとローズが笑った。ボブは顔を真っ赤にして咳ばらいをした。

「ちょっと待っててね」

 ローズが厨房に入ったので、ボブは適当な席に座った。まだ日も高いこともあり、他に客はいない。

 ボブは勢いよく机に突っ伏した。

(ぐわああ。俺、ダセぇ! 駄目だわ。姐さんの前だと調子が出ねえ!)

 若いダリアの前だと、もう少し『カッコいい大人の男』を演じられるのだが、年上で甘やかし上手なローズの前だと10代の少年に戻ってしまう。

(やべえ、ローズトラップやべえ。ん? 沼か? 嵌ると抜け出せねえ、ローズ沼?)

「姐さん、やっぱり俺帰……」

「はい、お待たせ!」

「うお! マジか!? 何だこれ、美味そう! いい匂い!」

 ローズが持ってきたのは、どっからどう見ても『生姜焼き丼』であった。

「でしょう? 今、王都で流行ってるんですって。この間、店に来た商人さんにレシピを教わったの。まだ、お店では出したことないんだけど、感想聞かせてくれる?」

「お、おう!」

 ボブは食欲に負けて、フォークで一気に掻き込んだ。

「うめえ!」

「でしょう!? 良かった!」

「おおぅ……」

 ローズが大輪の花を咲かせたように笑顔になるので、ボブは一瞬見とれてしまった。

「どうしたの!? 詰まらせた!?」

 慌てた様子でローズが水を差しだす。それを受取ろうとして、指が、触れた。

 パリーン!

 コップが床に落ちて砕け散った。

「すすすまねえ!」

「ははは、いいのいいの。ちょっとヒビ入ってたし、気にしないで」

 ローズは大きな破片だけ拾って、厨房へと消えた。

 ボブは再び机に突っ伏した。

(……思春期か!)

 37のおっさんが、40過ぎの姐さんの指に触れただけで動揺するとは。

「はい、新しいお水置いとくわよ?」

「……すまねえ」

「いいったら! 後で床は片づけるから、先に食べちゃって。……それより」

「?」

 ローズはボブの右横の椅子を引くと、そこに座った。近い。片肘を机について少し斜めの体勢になることで、豊満な胸元が強調される。斜め下から見上げてくる瞳に、ボブの心臓は破裂寸前だ。

(この姐さん、俺を殺す気か!?)

「聞いたよ。Aランクに上がれそうなんだって?」

「…………ああ」

 ボブの興奮が、すうっと治まった。ここに来るまで悩んでいたことが思い出され、一気に気分が沈んだ。

「ねえ、Bランクのままじゃダメなの?」

「え?」

「ダリアはあんたがAランクになるのを望んでるみたいだけど、あの子はあんたを英雄化してるところがある。『Aランク』がどういう意味か、分かっちゃいない」

 ダリアがAランクを望んでいるなど、初耳だった。

「あんたのパーティが皆揃って昇格を狙ってるなら、私は何も言わない。でも、少しでも迷いがあるなら、周りから何を言われようと行くべきではないと思う。無謀と挑戦は別物でしょう? 少なくとも、無謀と思えるうちは挑戦しない方がいい」

 ローズは、フォークを持つボブの手を両手で包み込んだ。

「私は、あんた達の努力を知っている。死んでほしくない」

 ローズは目に涙を浮かべている。彼女の夫は、Aランクに挑み、亡くなったのだ。

 ボブの鼓動が、色々な意味で高鳴っている。心の中に、突然火が着いた。

「姐さん! いや、ローズさん!」

「え!?」

 ボブはフォークを手放し、ローズの手を握りしめた。

「俺は、Aランクになります! 絶対、戻ってきますから、待っていて下さい!」

 突然のボブの決意表明に、さすがのローズもボンッと赤くなった。

「言う相手が違うでしょ! さっさとそれ食べて、帰んなさい!」

「はい!」

 ボブはローズから手を離すと、再び生姜焼き丼を掻き込んだ。

(こうしちゃいられねえ! 皆を説得して、色々準備して、作戦練って……ああ! やることが一杯で訳分かんねえ! そんで、飯うめえ! ローズさん、綺麗だわ!)

 ローズは赤い顔のまま、優しい表情でボブが食べ終わるのを見守った。

「ローズさん! 次に会う時は、俺はAランクだ。そん時は、またこれを喰わせてくれ!」

 ボブは食べ終わると、勢いよく席を立った。ローズも「やれやれ」と言いながら、立ち上がった。

「もっといいもの食べさせるよ。……いってらっしゃい」

「ああ! 行ってくる!」

 ローズは、小さくなっていくボブの背中を見えなくなるまで見送った。

(馬鹿だねえ、男は)

 小さな、骨だけになって戻ってきた夫を思い出した。


「絶対、帰ってきてね」

 夕暮れの空に、ローズはポツリと呟いた。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます!


まさかのモブおじさんが、前後編です。

サラのお爺ちゃんもちらっと出てきましたが、モブって言ってましたね(笑)

これからもよろしくお願いします。

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