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6. スーパーアルバイター 2

幼女に翻弄される大人たちをお楽しみください。

 ガララン、と呼び鈴を鳴らしながら、サラはパン屋の扉を開いた。

 温かな空気と焼き立てのパンの匂いが鼻腔をくすぐる。奥から、小太りの店主らしき男が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「お待ちしておりました。先生」

「先生!?」

 リュークの驚く声を無視して、サラはエア眼鏡をクイッと上げながら、パン屋の主に声をかけた。

「皆、揃っているかしら?」

「もちろんです。先生をお待たせするなど、とんでもない」

「おべっかは結構よ。それよりも、成果を見せて頂戴。今日は期待しているわ」

「…………誰だよ、お前」

「ありがとうございます! ところで先生、こちらの男性は?」

「ああ、彼のことは気にしないで。ただの武器商人よ」

「分かり、ええ!? 分かりました。ささ、こちらです」

 一瞬、素に戻りかけた店主の案内で、サラとリュークはオーブンのある厨房を抜けて更に奥の部屋へと連れてこられた。

 そこには既に3人の男たちが中央のテーブルを囲むようにスタンバイしていた。皆一様に厳しい顔をしている。テーブルの上には、焼き立てのパンが数種類置かれていた。

 男たちはサラの姿を認めると、ササッと立ち上がり、道をあけた。サラは満足そうに頷きながら、ゆっくりと一番奥に鎮座する背の高い細身の椅子へと歩みを進める。サラが子供用椅子……ではなく玉座の手前で振り返り、スッと両手を広げると、近場にいた大柄な男がひょいとサラを持ち上げ丁寧に座らせた。サラは足を組むと、クイッとエア眼鏡を持ち上げた。

「待たせたわね」

「「「先生!」」」

「早速ですが、第15回『美味しいパンに妥協はない。起こせ、食の革命を!』大試食会を開催します!」

「「「「イエス! ベーカリー!」」」」

「なんだそれはーっ!!」

 明け方の街に、リュークの魂の叫びだけがむなしく響いた。


(何故だ。何なんだ。俺は今、何をしているんだ)

「口が止まっているわ、リューク! 次はこれよ」

「はい! 先生!」

 朝から奇妙なテンションのまま始まった大試食会とやらに、強制参加させられたリュークは完全に自分を見失っていた。冷静沈着が売りの武器商人の面影はすでにない。ただの、パンを頬張る男である。

 冷静を取り戻せ、と頭の中では必死に抵抗しているのだが、試食するパンがどれも驚くほど美味であり、手が止まらなくなっているのも事実であった。

 この世界の庶民が食べるパンと言えば、質の悪い小麦や大麦をベースに水、塩を混ぜて焼いただけのシンプルなものがほとんどだ。貴族向けにはバターや卵を使ったものもあるが、それでも日本人の味覚からは到底満足できるものではなく、サラの食へのフラストレーションは早々にピークを迎えていた。

 そこでサラは、パン屋でアルバイトするにあたり、前世での知識をフル活用しながらパンの研究を行うことにしたのだ。

 当初は迷惑そうにしていたパン職人の店主だったが、サラと開発するパンは毎回飛ぶように売れるため、今では宿屋の主人や畜産農家、小麦を取り扱う商人と共に『美味しいパンに妥協はない。起こせ、食の革命を!』、通称『サラ様を称える会』を立ち上げ、こうして定期的に試食会を行っているのだった。


「っこれは!」

 やや黄色味のある薄い層が重なったパンを口に含み、リュークは唸った。サラの藍色の目がキラリと光る。

「それはミルクジャムを練り込んだ新商品よ。感想を述べよ」

「ミルクジャムの甘味とトロミが絶妙に素朴なパン生地と融合している」

「改善点は?」

「やはり少し、パン自体のボソボソ感と麦臭さが風味を損ねていることは確か。ノルン産の上質な小麦をふるいにかけたものを使用すべきではないか?」

 ちょっと待った、とパン職人が口をはさむ。

「武器屋のあんちゃん、ノルン産の小麦は庶民には手が出せねえよ」

「貴族だ」

「は?」

 リュークはおもむろに立ち上がると、バッとマントをたなびかせた。

「貴族専用商品にすれば良い。むしろグッと値を上げて、プレミア感を出した方が貴族は食い付く」

「いいわね」

 すかさずサラが相槌を打つ。

「でも、ノルン産の小麦は甘味があるわ。せっかくのミルクジャムが引き立たないのではないかしら?」

「…………塩だ」

「「「「「塩?」」」」」

「レダコート国よりはるか北の国に、エルフの作る塩がある。粒が大きくて雑味がなく、まろやかな塩気を持つ薄桃色の塩だ。これを少量パン生地に混ぜるか、上から振りかけるのはどうだろう」

 ごくり、と誰かの喉が鳴った。

「たしかに。塩味で甘味が引き立てられるわ。しかも、ノルンの小麦で作ったパンは白くなる。白いパンに薄桃色の塩は見た目もいいわね」

 サラはエア眼鏡をクイッと持ち上げた。

 はい、と商人が手を上げる。

「しかし、兄さん、そんな遠い国の塩なんて、ここじゃ手に入りませんよ?」

 商人の言葉に、リュークはふっと笑った。

「俺を誰だと思っている」

 はっと、全員が息をのむ。

「転移魔法で買い付け可能だ。値段も、現地で買えばここの塩と変わらない」

「「「「おおー!」」」」

 思わず男たちが立ち上がる。

「リューク」

 ぱちん、と、サラが指を鳴らした。

「採用よ」

「「「「おおー!」」」」

「ありがたき幸せ」

「すげえな、あんちゃん! 一発採用は中々ないぜ!?」

「驚異の新人ですね」

「俺たちも負けちゃいられないな!」

「いえいえ、先輩方の作品があってこその…」

 5人の男たちと幼女がきゃっきゃうふふと盛り上がっていると、ばんっ、と扉を蹴破って恰幅のいい中年女性が怒鳴り込んできた。パン屋の女将だ。

「うるっさいよ、あんた達! 何時だと思ってんのさ!」


「「「「「「すみませんでした!!」」」」」」

 全員で土下座した。


 その後、開店したパン屋を2時間ほど手伝い、サラとリュークは次のバイト先である宿屋へと移動した。

 女将に叱られたこともあり、早朝の奇妙なテンションから目が覚めたリュークはすっかり無口な武器商人に戻っていた。

(くっ。思い出したらだんだん腹が立ってきた。何故、俺が『先生』だの『先輩方』などと言わねばならんのだ)

 少し前をルンルンと言いながら歩く少女が恨めしい。


(だが)

 くるり、と振り返ったサラが、にっこりと微笑む。

「今日のパン、早く完成するといいね!」

「…………そうだな」

(悔しいが、悪くない)

 朝の喧騒にまみれた街並みは、いつもより少しだけ明るかった。


 その日はそのまま宿屋の食堂でランチタイムのバイトをこなした後、庶民用の図書館でサラの勉強に付き合ってから二人は別れた。これからまだ、サラには手品のバイトがあるのだが、行けば藪蛇になりそうなのでリュークは遠慮することにした。

 ちなみに、食堂の一番人気のランチメニューは、サラ考案の「オーク肉の生姜焼き丼定食」であり、試食したリュークが再び変なテンションになったのだが、そっとしておいてあげて欲しい。


 別れ際、サラは遠慮がちにリュークのマントを引いた。

「どうした?」

「私、合格?」

 不安そうな顔で、サラは見上げている。

(くるくると、よく表情が変わる子供だ)

 リュークは苦笑しながら、サラの薄桃色の頭にぽんっと手を置いた。

(まだこんなに小さい)

「リューク?」

「合格だ。明日から、店番をしながら武器屋で勉強するといい。本なら何でも揃えられる」

「本当!?」

 サラの顔にぱっと花が咲いた。

「ありがとう、リューク! 私、来店10000回目指して頑張るね!」

「いや、それは勘弁してくれ。本当に面倒だ……」


 夜のバイトに向かうサラを見送った後、リュークは深いため息をついた。

(とりあえず、ポーションの在庫を増やしておこう)

 すっかり日が落ちた街は、とても静かだ。

 満天の星に、合格を告げた時のサラの笑顔が浮かぶ。

 ずいぶん長い間、リュークは一人で生きてきた。

 その心に、今日、小さな花が咲いた。薄桃色の小さな花だ。

(明日から、騒がしくなりそうだ)

 リュークは小さく、笑っていた。


ロリコンではありませんよ!?

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