59. 無罪
ロイに判決が下された。
『無罪』
エドワードが瞼を押さえた。決戦から、7日が経っていた。
当然の判決ではあったが、心のどこかで「もしかしたら」という思いが消えなかった。ロイはずっと、理不尽と戦ってきたからだ。
エドワードの父、サルナーン子爵にはギロチンによる死刑が言い渡された。本来ならば爵位のはく奪も有り得たのだが、被害者でもあるエドワードが跡を継ぐことで、はく奪だけは免れた。
そしてロイは、正式にエドワードの息子として認知された。庶子であるが故に跡取りとなることは難しいが、晴れて貴族の一員となったのだ。
判決が出た瞬間、ロイがパッと顔を上げ、証人席に座っていた父を振り返った。父は力強く頷いた。ロイは満面に笑みを浮かべ、聴衆に一礼した。
闇の精霊を自由に使役できるようになったこともあって、ロイはここ数日で少し肉がつき、青白かった頬には赤みが戻っていた。粗末な貫頭衣ではなく、エドワードが用意した貴族の礼服に身を包み、長い黒髪を後ろで一つに縛っている。優雅さと、艶やかさを兼ね揃えたロイの美貌は、たちまち王都で話題となった。
正式に自由を手に入れたロイは、父の元へ駆け寄りハグをした。
事情を知らぬ者が見れば、二人は兄弟に見えただろう。髪の色も瞳の色も、顔立ちさえ全く違う二人だったが、その身に纏う雰囲気は驚くほど良く似ていたからだ。
余談だが、苦労が多かったせいで老けて見られがちだが、エドワードはまだ30歳になったばかりである。20代半ばに見えるロイとは、どうみても親子には見えなかった。色々と奥様方の妄想を掻き立てたのは言うまでもない。
「さて、君達これからどうするの?」
王城の一室で、リーンはベッドに寝そべりながらロイとエドワードに尋ねた。
リーンは「僕疲れた! 武器屋に帰る!」と駄々をこねたのだが、「大魔術師リーン様と大賢者グラン様をもてなしたい」という王の意向を受け、この一週間、ひたすら城でのどんちゃん騒ぎに付き合わされていた。やめればいいものを、高貴な女性達から熱い視線を送られ、それにいちいち『ええ顔』で応えていた事も疲労の原因の一つだ。見覚えのある公爵夫人から熱烈な視線を送られた時には、思わず「ミラちゃーん!」と手を振りそうになり、隣のグランから足を踏まれた。
「父の処刑が決まったとはいえ、我が一族の犯した罪が消えるわけではありません。爵位をはく奪しない代わりに、私とロイは『2年間は領地から1歩も出てはならない』との王命です。……領地の民や、行き場を亡くした元奴隷達に尽くせ、という意味でしょう」
エドワードが紅茶を手に、リーンに答えた。エドワードも少しだけ顔色が良くなっていた。
「リーン先生」
「何だい、ロイ君!」
何故か、ロイはリーンとグランの事を「先生」と呼ぶようになっていた。リーンは満更でもない表情で、足をパタパタとさせている。
「サラにお別れを言いたいのですが……」
言いにくそうに、ロイは俯いていた。王都を去るのは今夜だ。それまで、この部屋からも出てはならないと言われているのだが、ロイはどうしてもサラに礼が言いたかった。
「いいんじゃない?」
「いいんですか!?」
ロイは目を見開いた。グランが頭を抱えている。
「さすがに、君一人で出歩くのは駄目だろうけど、僕かグランが一緒なら王城の中だけなら何とでもなるよ。あ、転移は出来ないけど。そろそろサラちゃん達のところにも無罪判決が出るだろうし。お互いの無事を喜んだらいいよ」
「……はい!」
ロイは薔薇のような笑顔を浮かべ、リーンの元へ駆け寄ると、その両足を掴んでベッドから引きずり下ろした。
「「「えええええええええ!?」」」
リーンとグランと、エドワードまでがロイの行動に驚いていた。
「早く! 早く行きましょう、リーン先生!」
ロイがドアに手をかけながら、リーンに手招きしている。
「……もうっ。仕方ないなあ」
しょうがないよね、実年齢8歳だもんね、と呟きながら、笑顔のエルフがロイと共に部屋を出た。ロイは「行ってきます、父上!」と言うのを忘れなかった。エドワードが悶絶の末、ソファーに倒れた。「うちの息子がますます可愛い」と言うエドワードに「それは良かった」とグランが答えた。言葉はそっけなかったが、グランも笑顔だった。グランは、ようやく孫娘の仇をとることが出来たのだ。ずっと渦巻いていた心の霧が、やっと晴れた。今日は、たらふく美味い酒を飲みたかった。
「エドワード卿」
「なんですか?」
「飲みに、付き合ってくだされ」
まだ日は高い。だが、エドワードは頷いた。この老エルフには感謝してもしきれない。
「ええ。もちろんですとも」
グランは酒を。エドワードは紅茶を。
世代を超えた友人達は、飲み交わした。
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今回で終われるかな?と思っていたのですが、思ったより長くなったので2つに分けました。
明日また更新できるように頑張ります!




