55. それぞれの父と子
暗雲は過ぎ去った。
穴は塞がり、『何か』達もいなくなった。
サラは穴が塞がり切ったのを見届けると、パタリ、と意識を失った。リーンやグランから魔力を分けてもらったとはいえ、大魔法の行使は幼い体にかなりの負担を与えていた。
あと2~3日は起きないだろう、と、サラを抱きかかえながらリュークは思った。
「頑張ったな」と耳元で囁くと、サラが僅かに微笑んだ気がして、リュークも微笑み返した。
ふと横を見ると、2組の親子が再会を喜んでいる最中だった。
「父上……本当に、父上ですか?」
「ああ。ロイ。また、大きくなったね」
右手を握る骨ばった指の感触に戸惑いながら、ロイは父を見下ろした。記憶にある姿より、ずっと、ずっと痩せてしまっていた。表情は……涙で霞んで、よく分からなかった。
「ち……父上、父上!」
ロイは父を抱きしめた。細いロイの体にさえ、すっぽりと収まるほど、父は小さかった。それでも匂いは昔のまま、ロイの鼻腔を通り抜けていく。父は、息子の背に手をまわし、ポン、ポン、と優しく叩いた。幼い子供を、寝かしつける様な穏やかさだった。
「ロイ、すまないね。心配かけたんだね」
「会いたかった! 会いたかった! 会いたかった! だ、だって、死んだと……!」
「死なないよ。お前を置いて、死ねるものか」
「父上ぇぇぇぇ!」
ロイは号泣した。もう、二度と流すことはないと思っていた、歓喜の涙だった。
実のところ、エドワードにはアグロスに術をかけられた後の記憶がない。気が付くと、父の屋敷の中をリーンに背負われて走っていたのだ。状況整理が追い付かないまま、「ロイに乗馬を教える約束をしていたのに」とぼんやり考え、また眠った。再び目覚めた時、グランの山小屋で、リーンから自分が何年も意識を失っていたこと、ロイが奴隷として王都の地下室に囚われていることを聞かされた。思わずリーンの胸倉を掴み、「息子に会わせてくれ!」と懇願して転移した先にいたのが、アグロスに乗っ取られたロイだったのだ。
よし、よし、と号泣する息子の背を撫でる。
ロイを見守る人々の目が温かい。エドワードの意識では半日にも満たない間に、ずっと独りぼっちだった息子に仲間が出来ていた。
少し、寂しい。だが、心から、祝福を送りたい。
(フロイア。見てるかい? この子はやっと、幸せを掴んだよ)
「良かったね。ロイ」
「……ゔん……!」
父と息子は、抱き合って泣いた。
一方で、もう一組の親子は様子がおかしかった。
「で、父上」
「ええええ? 何で怒ってるの??」
仁王立ちするパルマの前に、リーンが正座している。
「あ、ここ地面固いから足崩していい?」
「正座!」
「ひぃ!」
リーンの後ろで気まずそうにしていたグランは、リュークと視線が合うと「助かった」とばかりにリュークの横に転移した。
「グラン。あれは、止めた方がいいのか?」
「いや。あれは放っておきましょう。どうせ、痴話げんかです」
「そ、そうか」
リーンが涙目で「助けてよ!」と訴えてくるが、リュークとグランは目を伏せた。「この薄情者!」と声が聞こえた。
「ちゃんと話を聞きなさい! このエロ馬鹿親父! 来るのが遅い上に、後先考えず封魔使おうとか、何考えてるんですか!?」
「だって、しょうがないでしょ!? サラちゃん、まだ聖女の力に目覚めてなかったし。グランとリュークで戦うには、ちょっと相手が悪かっ」
「僕だって、戦えました‼」
リーンの言葉に被せる様に叫んだパルマの声が震えていた。リーンは、はっと目を見開いた。
「レダ……」
「僕は、レダスじゃない!」
握りしめた拳が白くなって、ガタガタと震えている。
「レダスみたいに、強くない……! 生まれ変わる度に、どんどん弱くなって、どんどん、見た目も遠くなって。次死んだら、もう、魔法なんて使えないかもしれなくて。そう思ったら、さっきも本当は死ぬのが怖くて……!」
レダスは強かった。伝説の魔術師と瓜二つの容貌と、並みのエルフを遥かに凌ぐ魔力量で、魔族をことごとく打ち払った。血が薄れる度、使えるゴーレムが減っていった。今生では、たった1体しか生み出せなかった。
ずっと強いままの父やリュークに会う度、劣等感と焦燥感に襲われた。このままでは一緒に戦う資格がない、と思っていた矢先、リーンの言葉に戦力外通告を突きつけられた気分だった。
話し出したら、泣きたくもないのに涙が出てきた。悔しくて、また涙が出た。
「それでも僕は『梟』の長です! 少しくらい、戦力に数えてください!」
「レダス」
「パルマです!」
「痛い!」
パルマがリーンに頭突きした。温かく見守っていたリュークとグランがぎょっとした。
「金輪際、息子を守るとか、思わないでください! 僕は今、パルマとして生きてるんです! あなたのレダスじゃない!」
「パルマ」
ぎゅっ、と、リーンは膝立ちしてパルマを抱きしめた。
「君が強いのは知ってるよ。あの状況で、僕たちが来るまで繋いでくれたのは君でしょう? さっきはごめんね。君を戦力に入れなかった訳じゃないよ? 君はサラちゃんを守っていたから、そっちの方が大事だと思ったんだ」
「嘘だ!」
「痛い!」
再びパルマが頭突きした。それでもリーンは離れなかった。優しい嘘に騙されて欲しかった。
「君が何と言おうと、君は僕の息子ちゃんだからね? 君がレダスの時だって、僕は君を守りたいと思ってたよ。守らせてよ。僕の、宝物」
「こぉのぉ……!」
かあっと、パルマの顔が赤くなる。
「馬鹿親父! 話をごまかすなぁ……!」
わあああん、と声を上げてパルマが泣いた。
『レダスの記憶持ち』として幼い頃から『梟』の長を任され、気を張り詰めて生きてきたパルマが見せる、10歳の子供らしい姿だった。
頭を撫でるリーンが何度も頭突きを喰らっている。その顔は笑っていた。
「取り込み中、大変、申し訳ないのだが……」
背後から声を掛けられ、リュークは振り返った。
はっと、ロイが息を飲む。
何者かが近づいてくる気配には気が付いていたが、大した脅威でもないため、リュークは放置していた。恐らく、グランやリーンも気が付いていただろう。
パルマは慌ててリーンを蹴りはがし、後ろを向いて涙を拭いている。
「そこに居るのは、サラ・フィナ・シェード伯爵令嬢で間違いないだろうか」
『何か』のせいで、かなり広範囲が更地となった森の向こうからやってきたのは、ゲイル団長率いる第3騎士団の面々であった。
「さっきは、助かった」
ゲイルはロイを見て礼を言った。
「助けてもらって心苦しいのだが……」
ゲイルは眠っているサラの顔を見つめ、心底すまなそうな顔をした。
「サラ・フィナ・シェード伯爵令嬢、ならびに犯罪奴隷。あなた方を、連行します」
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次回から、またちょっと暗いトーンになるので、今回は箸休め的な感じで、ちょっと明るめのトーンにしてみました。それぞれの父と子、ということで、父ドラゴンも出したかったのですが、上手くまとまらなかったので別の回にしました。うう、文才が欲しい。




