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51. 魔王の器

「……ロイ!」

リュークは激痛に顔を歪めながら、ロイに呼びかけた。

 ロイはニィッと笑うと、ブチィッと音を立ててリュークの首を噛み千切った。

「くっ……!」

 ロイを突き飛ばし、リュークは距離を取った。足元にはアグロスだった者の死体が転がっている。勢いよく首から血が吹き出した。


「……ロイ!」

 リュークは手を伸ばすが、『何か』の群れに拒まれた。

『何か』の海がロイを飲み込む。


「ロイーッ!」

「来るな、サラ! アレは、ロイじゃない!」


 リュークは傷口を押さえながら治癒魔法を唱えた。思ったより傷が深い。その上『何か』が傷口から侵入してきたため、中々傷が塞がらなかった。

 黒い渦が、みるみるロイを中心に立ち上っていく。


「リューク、こっちへ!」


 サラに呼応し、リュークはサラとパルマの近くに転移した。


「アレは、アグロスだ……!」

「何ですって!?」

「おじさん、動かないで!」


 サラとパルマがリュークに駆け寄った。パルマが聖魔法と治癒魔法を同時に使って止血にあたる。


 次元の穴から次々と『何か』が這い出し、黒い渦は濃度を増していく。ロイの姿は完全に見えなくなっていた。黒い霧が空を覆う。


「アグロスが『器』がどうとか言っていた。アグロスとロイは繋がっている。アグロスはロイに移った!」

「そんなっ!? ロイはどうなるの!?」

「魔石を使う。黒い魔石は『魔』を吸収する。ただ、あの穴を塞がないことには、キリがない!」


 穴を塞ぐ


 それは、聖女の仕事だ。

 サラの心臓が、ドクンっと鳴った。


「サラさん!?」


 サラは魔石を取り出すと、2つ一気に飲み飲んだ。息が詰まる。蹲って堪えると、気道を塞いでいた塊が消えた。同時に、魔力が回復する。

(まだ、足りない……!)

 サラは再び飲み込んだ。


「無茶です、サラさん! 体が壊れます!」

「邪魔しないで! やるしかないの! 私……私、聖女だもの!」

「二人とも、伏せろ!」


 一瞬にして龍化したリュークが、二人に覆いかぶさった。同時に、爆風が三人を襲う。黒龍の咆哮よりも、凄まじい衝撃だった。ドラゴンの巨体が押されている。思わずリュークが呻いた。


「あれは、ロイなの!?」 

 リュークの翼の間から、サラが小さく悲鳴を上げた。


 黒い風を身に纏うロイの姿が見えた。

 宙に浮いている。『何か』の波に乗っている様だった。

 漆黒の髪をなびかせて、『何か』をドレスの様に纏う姿は、貴婦人の様にも見える。

 ロイは爆風に耐える三人を見つけると、艶やかに微笑んだ。


「ああ。思っていた以上だ。この体は素晴らしい。はああ……。見よ、この底知れぬ魔力の器を! さあ、お前たち、もっと俺に入ってこい」


 聖女と匹敵する魔力容量を持った『ギャプ・ロスの精』の体に宿る、『何か』を従えるアグ族の戦士。


 それは、即席の『魔王の器』として十分すぎる条件を満たしていた。


(ああ、ついに私が魔王になる。私から全てを奪った魔王。今度は私がお前になって、全てを奪ってやる……!)


 ロイ……アグロスは歪に笑いながら両手を広げ、『何か』を体内に取り込み続けた。辺り一帯の『魔』が『何か』によって奪われ、その『何か』は『魔王の器』に吸収されていく。

 木々は枯れ、森の獣たちも消えていく。かつてアグロスと呼ばれた肉体も『何か』の餌となった。


「まずい。『魔王』が生まれる!」

 何度かリュークが咆哮したが、それすらも『魔王の器』は飲み込んでしまう。

「ロイ! しっかりして! 返事して! ロイ!」

 サラは声を張り上げた。

「ロイ! 自分を思い出して!」

 パルマも叫ぶ。

 しかし、二人の声は届かない。

 黒龍の翼で守らなければ、二人の小さな体はすぐに『魔王の器』に取り込まれてしまう。

 リュークも身動きが取れないでいた。


 このままでは、王都が、否、世界が消滅する。


「ロイ! 目を覚ましてええええええええ‼」

 サラが絶叫したその時。



「ロイ」


 アグロスに占領された意識の片隅で、ロイの心にはっきりとその声は届いた。

 小さな、震える様な、それでいて慈しむ様な低い声。


 それは、父の声だった。


大量の誤字報告いただきました! すごいです!

何度も読んだはずなのに、自分では全く気付いていませんでした。

ありがとうございます。

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