50. 黒龍 vs 魔族
この世界には、白・黒・赤・緑・青・黄・紫の7種類のドラゴンがいる。
その中で最も『魔』に近く、『魔』に抵抗性を持っているのが黒龍だ。性質が似ているが故に、赤龍や黄龍では飲み込まれてしまいそうな『魔』の霧の中でも、悠々と飛んでいける。そのため、過去の魔王との対戦では幾度となく勇者や聖女、大魔術師を助けてきた。
しかし、性質が似ているが故、彼らの魔法では『魔』そのものを傷付けることが出来なかった。彼らに出来るのは、『魔』を吹き飛ばすか、依り代となった魔族の肉体を壊すことだけだ。
黒龍の咆哮が、今にもサラ達に到達しようとしていた『何か』をパルマの土壁ごと吹き飛ばした。
二匹の黒龍の内、一匹はそのまま王都の方角へと飛び去った。
残った一匹はクルリと旋回すると、真っ直ぐ降下し、寄り添って身を伏せるサラ達を翼で覆った。
「リューク!」
「おじさん!」
愛しい子供達に名を呼ばれ、黒龍は目を細めた。
「耳を塞いでいろ」
再び、リュークは咆哮した。
「あ」
パルマが絶句した。
リュークの放った衝撃波は、『何か』の壁で身を守るアグロスを吹き飛ばした。……削られ、捥がれ、抉られ、残り少なくなった体で、それでも必死にアグロスを抑え込んでいたプラチナ・ゴーレムごと。
「ゴーレムゥゥゥゥ‼」
パルマの絶叫は、リュークの咆哮にかき消された。
咆哮が止み、辺りは一瞬の静寂に包まれた。
『何か』は方々に散らされ、アグロスの姿も見えない。かなり遠くに飛ばされたのだろう。だが、油断は出来ない。すぐに『何か』を集め、また戻ってくるはずだ。
「無事だったか?」
涼しい声で、リュークが尋ねた。
「無事じゃないですよ! 僕のゴーレム1号が砂になったじゃないですか!」
パルマは涙目だ。思ってもみなかった反応に「うっ」とリュークは言葉に詰まる。
「その、すまなかった……」
「いいですよ。いいですよ。ええ。所詮、ゴーレムは泥人形。最期は砂になる運命ですよ?だからって、まさか仲間の攻撃で霧散するとは思ってなかったので、ショックだっただけですよ? この体になって初めて作った、我が子でしたんで」
「いや、その、本当にすまない。加減が分からなくて……」
リュークはシュルシュルと小さくなり、人化した。颯爽と登場したはずなのに、しょんぼりしている。地面に手をついてブツブツ呟くパルマに、ロイが寄り添い申し訳なさそうに背中を擦っている。
「リューク! ありがとう!」
サラはリュークの胸に飛び込んだ。いつもの匂いに、荒みかけていたサラの心に温もりが戻る。もう泣かない、と思っていたのに、思わず涙腺が緩んだ。
リュークはローブを脱いでサラを包むと、サラの短くなった薄桃色の頭に、ぽんっと手を置いた。その目は、優しい。
「遅くなってすまなかった。これを取りに行っていた」
リュークが取り出したのは、手の平よりも大きな黒い魔石だった。
「それは、何なんだ?」
「答えている暇はない」
ロイの問いに、リュークは短く返した。瞳孔が縦に伸び、ピリッと魔力がほとばしっている。リュークの目は、はるか前方、アグロスが飛ばされた方向を見つめていた。
はっと、ロイとパルマも立ち上がり、警戒態勢をとった。
直後。
「‼」
「ロイ!」
サラの悲鳴が上がる。
突如巨大な黒い腕がロイを掴み、ゴムが戻る様な速さでアグロスの方へ引っ張った。
リュークは瞬時に反応し、ロイの腕を掴んだ。ロイと共に、アグロスの方へ飛ばされる。
「リューク!」
「サラさん! 動かないで!」
走りだそうとしたサラをパルマが止める。自分に今出来ることは、サラをこの場に引き留める事だとパルマは理解していた。
「ふはははははははははは! 素晴らしい! 精霊に、聖女に、英雄レダスに、ドラゴン! ああ。何という事だ。これほど『器』が揃うとは!」
ロイと引かれ合う様に、アグロスも猛スピードで接近してきた。
その体はあちこち千切れ、千切れた部分を『何か』で補い、血に濡れた顔は歪に笑っていた。もう、人の姿を留めてはいなかった。
「でもやはり、初志貫徹ですよねえ?」
「うわああああああああ! やめろ! 俺から出ていけ!」
ロイが悲鳴を上げる。『何か』が強制的に入ってくる感覚が、否、アグロスと従属の魔法で繋がったままの体の内部から湧き出してくるような感覚が、ロイを襲う。
ロイの体から、黒い闇が這い出してきた。
リュークはロイから手を離すと、魔力で覆った手刀でロイを掴む腕を切り裂いた。腕は一瞬分散するものの、またすぐに元に戻り、ロイを攫う。
ならば、と、リュークは全身に魔力を纏い、ロイがアグロスに到達するよりも速く、アグロスに飛び掛かった。
黒い滝がリュークを襲う。全てを喰らい尽くす、『何か』の塊に、リュークは飲まれた。
「リューク‼」
サラが悲鳴を上げる。
が、リュークは黒龍だ。
リュークは『何か』の中をすり抜けると、驚愕に目を見開くアグロスの心臓に、鋭い爪を突き刺した。
「ううううおおおおおおおお!!」
アグロスが地響きの様な声を上げた。リュークは心臓を貫いた腕を、そのまま振り上げた。
「眠れ」
「うがあああああああ!!!!」
アグロスの肉体は、リュークの魔力によって見る見る破壊されていく。
アグロスの肉体から溢れ出す膨大な『何か』が新しい器を求めるように、再びロイを襲った。地面に投げ出されたままのロイは、気を失っているように見えた。
「させるか」
リュークはロイを庇う様に『何か』の前に立ちふさがった。が。
「な……!?」
突然走った痛みに、リュークは目だけで振り返った。
その丸くなった瞳に、リュークの首に噛みつく、ロイの妖しい美貌が映った。
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あっという間に50話です!
第一部のクライマックスに向けて、もうひと踏ん張りです!
最期までお付き合いいただけると幸いです。




