49. 黒龍の咆哮
『絶対空間』から出て、王都に戻ったユーティスとパルマは、王の待つ謁見の間へと急いだ。謁見の間では、反シェード派の大臣や貴族達が、王に詰め寄っているところだった。
「ただいま戻りました!」
と、ユーティスとパルマは華麗に登場し、あんぐりと口を開ける貴族達を無視して、
「では、行ってまいります!」
と、颯爽と転移した。
転移先は、シェード伯爵邸だ。
『鬼』と王都騎士団。
まさに、一触即発、というタイミングで、両者の間に二人は神々しく舞い降りた。
「私はここだ! 両者、引け!」
突然の王子の登場に、皆、一斉に跪いた。
ユーティスの声は王族特有の魔力を帯び、よく届いた。
「シェード伯爵家に対する私の誘拐容疑は事実無根だ! ご令嬢も私が保護している!よってこれ以上の争いは無用だ! シェード伯爵家の者は、ご令嬢の疑いが晴れるまで自宅にて謹慎、騎士団は一部を残し解散せよ!」
登場から僅か20秒で、事態は沈静化した。
しかし、この後問題が起きた。
ユーティスとパルマが、サラとシズに起こったことをシェード家の客室でゴルドとテスに説明していた時だった。
街に放っていた『梟』と『鬼』から、それぞれほぼ同時に火急の知らせが届いた。
『アグロスが仲介した奴隷達が人々を襲っている』
ゴルドは即座に妻の元へ走った。ユーティスとパルマも後に続く。
シェード家には多くの奴隷がいた。その中の幾人かは、アグロスから買ったものだ。
その一人が、妻の侍女だった。
屋敷のあちこちから悲鳴が聞こえる。
「テス! 『鬼』に取り押さえるよう指示しろ! 出来るだけ、死なせるな!」
「はっ!」
妻の侍女は、既に息絶えていた。
急に苦しんだかと思うと、傍にいたゴルドの妻の首に手をかけたため、護衛の騎士によって切られたらしい。
妻が主となり契約した女だった。15年も妻に仕え、ことある毎に礼を言ってくる律義な老婆だった。
「王子! 奴隷が主人を襲うなど、前代未聞です。アグロスが操っているとしか思えません!」
ゴルドは動転する妻を胸に、老婆の瞼をそっと閉じさせながら、ユーティスに進言する。
「王都にいるアグロスの奴隷は千人を超えるでしょう。それだけの数の奴隷を操れるとしたら、アグロスは『魔族』かも知れません」
はっ、とユーティスは顔を上げた。
いかに将来有望とはいえ、10歳の少年が背負うには事態が大きすぎた。一瞬、呆けてしまっていた自分をユーティスは恥じた。
「私は城に戻る! パルマ、『梟』に民を守るよう指示を! お前は、サラの元へ急げ!」
「はい!」
こうして、パルマはサラの元へ駆けつけ、アグロスの強襲から二人を守ったのだ。
「そんなことが……!」
サラは絶句した。サラの与り知らぬところで、既に死者が出ていた。そして今も現在進行形で、増え続けているだろう。『S会』のメンバーの顔が浮かんだ。
「どうしたら……!?」
「おそらく、アグロスが死ねば契約が消え、事態は収まります。恐らく、こうしてアグロスの力を削っている時点で、少しは被害を抑えられているかも知れません」
三人を囲う壁は、ほとんど朽ちかけていた。少しでも穴が開けば、三人は一瞬にして『何か』に飲まれるだろう。
さすがのパルマも顔を歪めた。魔石をたらふく飲み込んだが、プラチナ・プリズンを作り直すだけの魔力は溜まっていなかった。
「サラさん。すみません」
「え?」
パルマは力なく笑う。
「聖女を守るのが、僕の役目なのに」
(聖女……!)
サラは、雷に打たれた様な衝撃を受けた。
(そうだ。私は、聖女なんだ。私の、聖女の力が目覚めれば……!)
聖女の輝きが魔界の扉を塞ぐ。
(私なら助けられるのに……!)
聖魔法を後回しにしてきた、無力な自分が恨めしい。
誰も不幸にさせたくなかった。
でも、そのせいで今、皆を不幸にしてしまっている。
やり直したい。
8歳のサラに戻ってやり直したい……!
絶望と後悔がサラに襲い掛かる。もう、何もかも遅い。
壁に、穴が開いた。
「あ……!」
ロイが、空を見上げ、小さく声を上げた。
つられて見上げると、壁の穴から這い出てくる『何か』のはるか上空に、二つの大きな影が見えた。
はっ、とサラは立ち上がった。パルマの顔にも光が差す。
(そうだ。諦めるのはまだ早い……!)
サラは叫んだ。
マシロの記憶が戻り、真っ先に会いに行った人の名を。
「リューク!!」
ドラゴンの咆哮が空を割って大地を貫いた。
いつもありがとうございます!
今回ちょっと短めです。すみません。




