48. プラチナ・ゴーレム
「見ぃつけた」
どす黒い男の影が、二人の前方に舞い降りた。
「サラ、俺から離れて!」
「嫌よ! ロイは渡さない」
サラとロイが転移した先は、洞窟からそう遠くない、少し開けた森の中だった。
転移できる場所は、明確にイメージ出来る物、もしくは人がいるところに限られている。使える魔力量によって移動できる距離が変わり、今のサラに転移できた最も近い場所がここ……2年後のロイが魔力を暴走させるゲームの舞台だった。近場とはいえ、慣れない魔法の行使で膨大な魔力を消費してしまった。
サラは再び魔力切れに陥った。
サラを引き離そうとするロイの腕に、サラはガッチリとしがみついた。
「サラ、あいつの狙いは俺だ。サラだけなら、逃げられる」
「無駄よ! あいつはきっと、私も許さない」
サラはクラクラする体をロイにしがみつくことで支えながら、アグロスを睨んだ。
奴隷商人アグロスは、騎士団の前に『魔族』としての本性を曝した。それは、アグロスが人間のフリを止めるか、目撃者を全て消すかの2択で考えていると、サラは判断した。どちらにせよ、サラは殺される。
「くく。賢いお嬢さんですね。あの『鬼』のお嬢さんといい、貴方の……ああ、ロイと云うのか。ふふ。ようやく真名を知ることが出来て、感無量ですよ? どれだけ訊いても、エドワード様は教えてくれませんでしたからね」
アグロスが心底嬉しそうに笑う。『エドワード』と聞いて、ロイがピクリと反応する。
「父上に何をした!?」
「おや? 言っていませんでしたか? 貴方のお父上を森から連れ去ったのは私ですよ。抵抗するので、軽く魔術をかけたのですが……やはり魔力に耐性のない者は脆弱でしたね」
「! やはり、お前が……!」
「『残念ですが、貴方のお父上様はとっくにお亡くなりになっています。私が、お世話しておりましたから、間違いありません。最後まで、どなたかの名前を呼んでいましたが、誰だったか。お可哀そうに』」
アグロスの声色がガラリと変わる。ロイは瞬きも忘れて、目を見開いている。
その台詞は、貴族の奴隷となり、父のために耐え忍ぶことを選んだロイに、別の奴隷が言ったものだ。この言葉を聞いて、ロイは元主を殺そうとした。
「何故、お前がその言葉を……」
「ははは! 決まっているでしょう? その奴隷が私だからですよ!」
狂っている。
アグロスはグニャグニャと姿を変えながら、高らかに笑っていた。
「きさま……!」
「ロイ! 落ち着いて!」
アグロスに飛び掛かろうとするロイをサラは必死で止めるが、ほとんどぶら下がる様な態勢で、ズルズルと引き摺られた。
魔力を使えないロイは、只の青年に過ぎない。どう足掻いても、アグロスに一矢報いることなど出来るはずがなかった。
「ロイ、止まって……!」
「アグロス! お前を許さない!」
森の中は明るく、ロイを護る筈の闇など無いにも関わらず、ロイの体から黒い陽炎が立ち上っていく。サラの本能が、これはいけないものだ、と訴えている。
怒りに燃えるロイを前に、アグロスはうっそりと微笑んだ。
「ああ……いい! 実にいい! 精霊の生み出す負の感情の、何と美味いことか!」
体を仰け反らせて、アグロスは歓喜する。が、一瞬にして憤怒の表情に変わった。
「ああ! でもまだ足りない。もっと年月をかけて採集するはずだったのに、お前たちが邪魔をするからだ! サラ・フィナ・シェードォォ!」
サラの名を聞いて、ビクッと、ロイの足が止まる。はっ、と、右腕にぶら下がる少女に目をやった。少女はグッと歯を食いしばって、ロイの瞳を見つめている。
「サラ、俺は今何を……」
ロイは、サーッと血の気が引くのを感じた。
アグロスの周りに、いくつもシミが湧いて、黒い蟲達が這い出してきた。
「我が糧となれ、サラ・フィナ・シェード! 貴様の死は、更に精霊の傷となるだろう!」
アグロスが吠えた。呼応するように、『何か』が集結する。
「『魔』よ、我に従え……!」
転移は使えない。
ロイは、サラを胸に搔き抱いた。
(もう、嫌だ! これ以上、いなくなるのは嫌だ! ……父上‼)
「アグ・ロス!」
「聖なる土壁!」
ガガガガガッ!
突然、前触れもなく地面から突き出した壁が、黒い滝から二人を守った。
「聖なる泥人形!」
続いて激しい地響きと共に、一体の巨大なゴーレムが二人とアグロスの間に出現した。ゴーレムは土煙を上げながら、アグロスに襲い掛かる。
「ふんっ……!」
アグロスは『何か』でゴーレムの一撃から身を守った。しかし、ゴーレムに触れた『何か』がバラバラと地面に落ちていく。
「くっ、聖魔法か……!」
アグロスの顔が忌々し気に歪んだ。
「こっちです! サラさん、ロイ!」
「パルマ!」
振り返ると、少し離れたところでパルマが杖をかざしていた。肩で激しく呼吸をしている。
バッ、とロイはサラを抱えると、迷いなくパルマの元へ走った。
途中、黒い塊が二人を襲うが、再び壁が出現し、二人を守護する。
「聖なる土牢!」
パルマの元に着くや否や、三人は土壁の箱に覆われた。壁に『何か』がぶつかる音がする。
2メートル四方の狭い部屋は、劣化版の『絶対空間』とも言えた。
「うわああああ、疲れたああ!」
パルマは声を上げて地面に両手を着いた。
「パルマ! 早く、魔石飲んで!」
サラは空間魔法で魔石をいくつか取り出すと、パルマに渡した。パルマから貰った魔石の粉は使い切っていた。
「ありがとうございま……でかい! でも、えいやっ」
パルマは4㎝ほどの球体を一気に飲み込んだ。でかい塊が喉を通って胃まで落ちていき、十二指腸に辿り着く前に消えて無くなるのを感じた。魔力が、僅かながら回復する。
レダスは土属性と聖属性の魔法を得意としていた。
『プラチナ』シリーズは、土と聖を掛け合わせたレダスのオリジナル魔法だ。半古代エルフであるレダスの肉体だった頃は、12体ものプラチナ・ゴーレムを従わせて戦うことができた。しかし、ほとんど人間の、しかもまだ10歳のパルマの体では、1体を生み出すのが限界だった。
「パルマ、ありがとう!」
「サラさん、髪が……」
「これはいいの!」
ロイがパルマの肩を支え、サラが背を擦っている。二人から感謝の念を感じ、パルマはにこっと笑った。
「そうですか。でも、残念ながら僕のゴーレムと壁では時間稼ぎにしかなりません。ったく、こんな大事な時に、うちのエロ親父はどこに行ってるんでしょうか!?」
ブツブツ文句を言いながら、パルマは自分でも手ごろな魔石を取り出し、2~3個まとめて飲み込んだ。サラにも2つほど手渡す。飴玉程度の小さな魔石だ。
サラも見様見真似で一つ飲み込んだ。かなり違和感はあったが、体が熱くなるのを感じる。もう一つも飲み込んだ。
「パルマ、王子はどうした?」
ロイがパルマに尋ねた。
「王子は、王都にいます。……向こうも、大変なことになってまして」
「大変なこと!?」
「ええ。王子が無事なことは伝わって、シェード家の皆さんは無事だったんですが」
一瞬、安堵の表情を浮かべたサラだったが、続くパルマの台詞に再び顔を曇らせた。
「王都中の奴隷が………………狂いました」
いつもご覧いただきありがとうございます!
月間ランキング(異世界・恋愛)がちょうど300位でした!きりが良い!(笑
皆様のおかげです。感謝申し上げます!
パルマ君、いつもいい仕事してくれます。地味ですが。安心と安全のパルマ君です。




