45. 逃亡
今日はぎりぎりで2話投稿です。
「うわああああああああああ‼」
「サラ、落ち着いて! サラ!」
王都の地下。蜘蛛の巣の様に張り巡らされた地下水路に、サラの絶叫が響き渡る。
サラがロイを抱えて転移した先は、地下水路だった。初めての複数転移であり、遠くまでは飛べなかったのだ。
頭が、割れるように痛い。血液が、沸騰しそうなほど熱い。
本来であれば、十分にイメージして臨む高度な魔法を、とっさの判断で無理やり習得した代償だった。元々、サラには二人分の転移が出来るギリギリのポイントしか残っていなかった。
完全な魔力切れだ。
そしてそれ以上に、シズを置いてきたことがサラの小さな胸を苦しめていた。
転移の瞬間、シズが笑っているのが見えた。
鼻血が出てはいたが、いつもサラを安心させてくれる、優しい笑顔だった。
サラには、シズに魔力が残っていないことが分かった。おそらく、寿命の様なものを削って、力に変えているのだと気付いてしまった。
だからこそ、あの場を離れるしかなかった。シズはサラとロイを助けるために留まり、サラはシズを助けるために転移するしかなかった。
「うぅ。うぅぅぅ。シズぅ……!」
「サラ。ごめん。ごめん……!」
通路にうずくまり呻くサラの背に、ロイは戸惑いながら手を置いた。ロイ自身、何が起きてここにいるのか、急展開過ぎて頭が追い付いていなかった。しかし、シズが命懸けで自分とサラを逃がしてくれたことだけは分かった。シズが最後に見せた眼差しは、父のものによく似ていたからだ。
だから、謝る。
謝ってもどうしようもないのだが、自分にとっての父の様な存在を、自分のせいで傷つけてしまったのだと分かったから。
従属の首輪が外れたとはいえ、ロイ自身にかけられた封魔と従属の魔法は残ったままだ。ロイには、サラを抱きしめることしかできない。
自分の無力さが悔しかった。このまま一緒にいれば、奴隷商人は必ずロイの居場所を突き止める。従属の魔法がある限り、ロイとアグロスは繋がっているのだ。
はっ、とロイが顔を上げた。
近くに、誰かが現れた気配がした。
ロイはサラを自分の体で隠すように覆いかぶさった。ロイに纏わりつく程度なら、封魔の状態でも闇を呼び集めることが出来る。自分ごと、サラを闇に隠そうと思った。
サラも異変に気付いたのか、必死で息を殺している。ロイは耳元で「大丈夫。俺が付いてる」と囁くことしかできなかった。
少し動けば触れそうな距離で、足音が止まった。
「おかしいですね」
一瞬、奴隷商人かと思ったが、ずいぶん声が若い。ロイは顔を上げた。見上げた先には二人の少年が立っていた。小さな魔法の光に照らされた顔の一人は、パルマとかいう少年のものだった。
「サラさんの魔力を追って転移したので、確実にこの辺りにいるはずなんですが」
「ここは混み入った通路が多い。怪我をして、何処かに隠れているかも知れない。手分けして探すか?」
もう一人は、初めて見る少年だった。
白っぽい髪と、暗闇でも輝いて見えるほどの存在感を持った、身なりの良い少年だ。
二人の雰囲気から、サラを心配していることが分かった。彼らは味方だと、ロイは判断した。
「待ってくれ」
ロイは闇を払った。
「ロイ!? って、そこにいるのはサラさん!?」
「サラ……!」
突然、足元に姿を現した二人に、パルマは驚き、ユーティスはロイを押しのけてサラを抱きしめた。
サラはぐったりとして、抵抗しない。
「一体、何があった!?」
ユーティスが、ロイを睨みつけた。少年とは思えない威圧感がロイを襲う。
「お待ちください、ユーティス王子。ここは危険です。移動しながら話しましょう」
ユーティスの視線からロイを庇う様に体を割り込ませて、パルマが進言する。ユーティスは王の器だ。弱り切っているロイには、ユーティスの存在自体が負担になる。
「……分かった。ちゃんと説明しろ、いいな」
サラに見せる甘い顔とは別人の様だった。これが本来のユーティスだと、パルマは知っている。
「……ユーティス様、ロイを、虐めないで……」
「サラ!」
腕の中のサラの小さな呟きに、ユーティスの顔がパッと明るくなった。子供らしい、明るい笑顔だ。これも素のユーティスだと、パルマは知っている。
「もう、大丈夫ですよ。私が、貴女を守ります」
蕩ける様な笑顔で、ユーティスはサラの体を起こすと、燃えるように熱い小さな体を背負った。安心したのか、力尽きたのか、サラは気を失ったようだった。
「肩貸そうか?」
パルマがロイに尋ねた。長い間、鎖に繋がれ、体力が落ちているだろうと思ったからだ。
「大丈夫だ。ここは、闇が深い」
「そうか。今から少し走るけど、辛かったら言ってね?」
パルマはロイの肩をポンと叩くと、ユーティスに向き直った。パルマが転移で運べるのは自分自身ともう1人のみだ。ユーティスは転移魔法が使えない。その代わり、彼には強力な武器があった。
「王子、あの魔法を」
「分かっている」
ユーティスは目を閉じた。深呼吸を繰り返し、魔力を胸のあたりに集める。
十分に体を魔力で満たし、目を開いた。
「絶対空間」
ユーティスが呟くと同時に、周りの空気が一変した。
王族の中でも、王位継承権を持つ者だけが使える特殊魔法。
術者の周囲を完全に外部から遮断する魔法だ。物理攻撃は元より、魔法攻撃も絶対空間の前では無力化される。たとえ、従属の魔法の様に魂に直接刻まれる魔法であってもだ。
「私から離れるな。行くぞ」
ユーティスは短くロイに言うと、迷いなく走りだした。ロイとパルマも後を追う。
ユーティスはこの地下水路の地図が頭に入っていた。ここは、あらゆる場所と繋がっている。有事の際には、王族の避難経路としても活用されるからだ。
四人は一先ず、王都の外の森を目指した。
走りながら、ロイは経緯を話した。
シズが身を挺して逃がしてくれたと聞いた時、パルマは眉を寄せてギュッと目を閉じた。
「シズさん……」
と、絞り出す様な声が、ロイの心を締め付けた。この少年にとっても、彼女は大切な人だったのだ。
途中、交代でサラを背負いながら2時間近く走り、四人は陽の落ち始めた森の中へと抜け出した。
誰もが、疲弊していた。
特に、『絶対空間』を維持しながら走ったユーティスの消耗は激しかった。
パルマは、これ以上の逃走は危険と判断し、比較的安全そうな洞窟で一夜を過ごすことにした。
サラはまだ眠っている。
ロイも、急に動いて疲れたのだろう。サラの近くで倒れるように眠りについた。
パルマは一旦『絶対空間』から出て、空間魔法で水筒と小さな魔石をいくつか取り出すと、青い顔で冷や汗をかくユーティスに飲ませた。じわじわと、ユーティスの顔に生気が戻る。
「すまないな」
「いいえ。こちらこそ、一国の王子に負担を掛けて。『梟』として失格ですね」
「構わない。サラは私の運命の人だし、お前も……あの半精霊とやらも、私の国民だ」
優雅な笑みを取り戻したユーティスの言葉に、パルマは一瞬目を見開いた。
元々、王子としての意識の高い、真面目な少年だった。しかし、幾人もの王を知り、これからも見守っていくレダスにとっては、ユーティスは友人ではなく、ただの王子に過ぎなかった。
(ああ、この人は良い王になる)
恋敵であり、半精霊であるロイを「私の国民」と呼んだ。
初めてパルマは「ユーティス」を一人の存在として見つめた。
生まれ持った傲慢さと残虐性を、優雅さの仮面で隠した少年。だが、その心根は気高く、美しい。周りの者に恵まれれば、歴代の王を凌ぐ名王になるだろう。
パルマは微笑んだ。
「王子。少し、眠ってください。一晩『絶対空間』を維持するくらいなら、僕にもできます」
「ああ。頼んだ」
(この王子を守ろう)
これから、何が起こるか分からない。今のサラとロイを取り巻く状況は色々と最悪だ。
シズのことも心が重い。
だが。
この国の未来に、少し明るい希望を見出したパルマであった。
夜が、それぞれの想いを抱き込んで、静かに更けていく。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
気が付けば、10万文字を超えていました!
第一章もあと数話で終わる予定です。応援よろしくお願いします!




