40. この世界の裏側で
記念すべき40話目です!
いつもありがとうございます。
魔族、というものがいる。
この世界の『魔族』とは『種族』を指すものではない。
嫉妬や恨み、妬み、悲しみ、怒り、悪意と云った負の感情と、魔素が混ざり合って生まれた『何か』が、人や獣、時に魔物に憑依し、肉体や精神を支配したものが魔族と呼ばれる。
一方で、『魔物』とは、単に魔力の許容量が種族的に大きいものを指す。
ある意味で、エルフも魔物と言える。
魔物と魔族は、似て非なるものだ。
しかし、膨大な魔力を持つ者が核になった場合、吸収できる『何か』の量も膨大であり、やがてそれは周りの魔物や魔族をも取り込み、この世界を闇に染める程の強大な力を得ることがあった。
それが、魔王だ。
魔族とは、魔王の出来損ない、あるいは魔王の餌である。
先の魔王が誕生したその頃、現在のレダコート国よりも遥か西にカチャフという小国に一人の男が生まれた。
彼はカチャフの西の端、アグという砂漠に暮らすアグ族の族長の息子として育った。
アグ族は生まれつき恵まれた魔力を持ち、長寿であることから『砂漠のエルフ』とも言われていた。
アグ族は、一族に特有の魔術で自然や動物たちを操り、人間同士の争いから逃れるために人が生きるには過酷な環境で生き抜いてきた。
そんな先祖の生き様を男は誇りに思い、50人ほどの少数民族であるアグ族を守るため、魔術や剣術を鍛える毎日を送っていた。
ソレは、初めは小さなシミだった。
男は、空に小さなシミが浮かんでいるのを見つけた。鳥の影でも雲の影でもない。そのシミは、空にポツンとついていた。
そのシミが穴だと分かったのは、そこから幾万もの小さな蟲が這い出してきたからだ。
蟲達は、闇の様に砂漠を覆い、アグ族を飲み込んだ。
男には、成す術がなかった。生まれたばかりの娘を抱え、妻の手を取り、助けを求める一族を見捨て、必死で逃げた。
逃げ場など、なかった。
気が付くと、手が軽くなっていた。
手首から先だけを残し、妻は消えていた。
尻の穴から脳天まで震えが走った。蟲が男と娘を襲う。
(蟲、じゃない)
それは、人の顔を持つ、『何か』だった。
腕の中の娘が、消えていく。
男は、吠えた。
『何か』は容赦なく男を襲う。
『何か』で体中が満ちるのが分かった。
男には、『何か』が魔素で出来ていることが理解できた。
魔素ならば、取り込める……!。
(妻を返せ 娘を返せ 仲間を返せ 私を返せ……!)
男は、内側から朽ち果てようとしている体を、魔力で満たした。突然全てを奪われた怒りが、男を支配する。
(魔素ならば、私に従え……!)
一族だけが使える、人を、動物を、魔をも従える、魔術の名を叫ぶ。
「……アグ・ロス……‼」
それは、『闇の檻』と呼ばれる禁呪だった。
男は、生き残った。
たった一人。砂だけになった、カチャフの国で。
男は失意のまま、他国を彷徨った。
そして、知る。
魔王が、力を得るため魔力の高い者を襲ったこと。
襲われた者は一瞬にして魔王の糧になったということ。
いくつかの国が、魔王により滅ぼされたこと。
……その魔王が討伐されたこと。
仇を知ると同時に、仇がいないことを知った。
男は笑った。腹の底から笑った。
男に魔王の情報を教えた商人が「大丈夫か?」と声を掛ける。
(全部、奪ってやる)
男は、とっくに気が狂っていた。『何か』を取り込み過ぎた彼の心は、もう、まともな人間の物ではなかった。
男は、商人に触れた。男が「アグ・ロス」と小さく呟くと、商人は体を引きつらせ、あっけなく死んだ。
男が魔法で商人の姿を借り、奴隷商人として地位を築くのに時間はかからなかった。
一言、呪文を囁くだけでいいのだから。
いつしか男自身が「アグロス」と呼ばれるようになった。
アグロスは、今日も歪に笑う。
体を満たす『何か』が、負の感情を求めている。
(あの半魔はすばらしい)
ぶるっと、アグロスは身震いした。
(父が死んだと聞いた時の、彼の感情は美味しかった。『何か』と対極にあるはずの『精霊』が抱く憎しみや怒りなんて、何という贅沢であろうか……!)
だが、とアグロスは思う。
(最近、半魔の周りが騒がしい)
アグロスの中の『何か』が怯えている。
アグロスは、ゆっくりと立ち上がった。
(全部、奪わなくては)
『何か』を支配できるほどの魔力を持ちながら、『魔王』になれなかった魔族は、今日も、歪に笑う。
記念すべき40話目というのに、まさかの奴隷商人の回でした!
ミラの独白で評価が減ってたので、小説って難しいなあと、改めて思いました。
やはり作家さん達はすごいです!
でも、個人的にミラの独白は気に入っているので、しばらくそのままにさせて下さい。
いつか見直すことがあるかもしれません。
これからもよろしくお願いします。




