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30. 理不尽な暴力

記念すべき30回目だというのに、今回は残虐なシーンがあります。

苦手な方は読み飛ばしてください。次話も投稿しております。

今回の内容はロイの奴隷時代の話になります。

「起きろ。化け物」

 ロイは薄暗く冷たい床の上で目を覚ました。

 ロイの小さな体はあちこち傷付いて、服もほとんど着ていなかった。

 目の前には、男がいて、何か持っている。

「ここは、どこですか?」

「勝手に喋るな」

「ぎゃっ!」

 男は持っていた物でロイの背中を打った。ロイは鞭というものを知らなかった。

「いたいよう」

「喋るなと言ったはずだ」

「ぎゃん!」

「まだ喋るか」

「ぎゃ……! ん……! !」

 声を上げると打たれると分かり、ロイは歯を食いしばって堪えた。泣くと、今度は「泣くな」と言われ打たれた。背中の皮膚が裂け、痛みで身を反らすと、今度は胸を打たれる。


 意味が、分からなかった。


 ロイは暗く温かい教会の地下室から奴隷商人に攫われた後、貴族に売られた。

 その際、奴隷商人から封魔の術を掛けられ、記憶をなくしたことをロイは知らない。

 ただ目覚めたら、化け物と呼ばれ、喋ることを禁じられ、痛みに耐える生活が待っていただけだ。自分の名前すらも、何故こんな仕打ちを受けるのかも、何も分からない。

 父の愛情だけを受け、外を知らずに育った幼いロイは「逃げる」や「助けを求める」といった言葉も方法も知らなかった。

 理由は分からないが「我慢する」は知っていた。だから、ロイは必死で我慢した。


 男は一通りロイを傷付けると、満足したのか去っていった。


 ロイは傷の手当てをされることも無く、床に転がされていた。

 真っ暗になった部屋で、そのまま気を失った。


「気持ちの悪いガキだ」

 古びた屋敷の一室で、血に濡れた鞭を拭きながら貴族の男は歪な笑みを浮かべた。

「まだあれから3年しか経たぬというのに、10歳近くまで成長している。やはり魔物か」

「おやおや。サルナーン様とあろうお方が、怖気づきましたか?」

 目の前にいるのは、ロイを連れてきた奴隷商人だ。二人は長い付き合いだ。

「今更、返品は困りますよ? 苦労して手に入れたんですから」

「怖気づく? はっ。逆だよ、アグロス。私は今、とても興奮しているのだ」

 サルナーンと呼ばれた貴族は、恍惚の表情を浮かべながら愛用の鞭を頬ずりしている。

「あの子は素晴らしい! フロイアの再来だ。いや、あの妖しさはフロイア以上だ。もう少し幼いうちから躾けたかったが、まあ、仕方がない。たっぷり可愛がってやろう」

「ふふふ。ご満足いただけて良ろしゅうございました。……約束をお忘れではありませんよね?」

 アグロスと呼ばれた奴隷商人は、貼り付けたような冷たい笑顔を浮かべながら手もみをしている。

「わかっておる。ワシがあの子に飽きた後は、間違いなくお前に売る。他の者には渡さぬ故、心配するな」

「いえいえ。その心配はしておりません。サルナーン様のことは信用していますよ? ただ、死なせないように気を付けてくださいね。半魔の奴隷など、今後手に入るか分からない貴重な存在なのですから」

「わかっておる、わかっておる。何度も言うな」

 アグロスの忠告にうるさそうに片手を振りながら、サルナーンはふと、愚息のことを思い出した。

「……それより、エドワードの様子はどうだ?」

 奴隷契約の2重契約は出来ないため、現在のロイの奴隷契約者は息子であるエドワードのままである。

 借金奴隷や犯罪奴隷は、契約時に定められた借金を返済するか労働条件を満たすことで開放されるが、違法奴隷は奴隷側には一切の権利がないため、契約者が望むか、契約者か奴隷のどちらかが死ぬか、奴隷商人が無理やり解除の魔法を使うかの3通りしか解除方法がないと、サルナーンは聞いている。

 息子が契約解除を望むはずもなく、方法は2通りしか残されていない。

「配下の者の報告によると、エドワード様は血眼になってあの半魔を探しているそうですよ。サルナーン様のお屋敷にもすぐに捜索の手が回るでしょう」

「かはは! あやつは昔からバカの一つ覚えだからな。フロイアがいた部屋を探して落胆する様子が目に浮かぶわ」

「ここはエドワード様の知らない秘密のお屋敷ですからね。しばらくは見付からないでしょう。しかし、万が一エドワード様に見つかると厄介です。やはり、無理やり契約解除しますか?」

「何を言う。アレは魂に傷が付いて死ぬ可能性が高いから、せめて孫が跡を継ぐまでは止めた方がよいと言ったのはお前ではないか」

 サルナーンは不機嫌そうにアグロスを睨んだ。

 サルナーンには、エドワードに対して親子の情など一かけらもなかった。しかし、一人息子にしか恵まれなかったサルナーンにとって、エドワードは爵位を残すための大事な跡取りだった。

 子供にしか興味がなく、跡取りの為に嫌々妻を娶った自分と違い、愚息は成人女性にしか興味がないというのに、娘一人しか生まれておらず、肝心の跡取り息子を得ていないままだった。

 早くエドワードの娘が成長し、せめて名家の貴族から婿を貰ってもらわねば安心して引退することもできない。趣味に没頭できる幸せな老後のため、今エドワードに死なれては困るのだ。

「冗談ですよ。気分を害されたなら申し訳なく存じます。まあ、あの半魔は封魔の術を施した際に記憶を失ったようなので、エドワード様が現れたとしても直ぐに逃げ出すことはないでしょう」

「ふん。まあ、良い。あやつのすまし顔が怒りで歪むのを見るのも、ワシの趣味だからな。しばらく楽しませてもらおう」

「御意」

 アグロスは頭を垂れた。



 暗闇の中で、ロイは目を覚ました。

 傷が、痛くない。

 薄い闇がロイを包み込むように纏わりつき、傷を癒しているのだと気付いたのは()()()()()()周りが見えたからだ。

 部屋の中は薄明るく、ロイ以外にも数人の小さな人間がいることが分かった。

 ロイは寝転がったまま、左手を上げた。その動きに合わすように、闇が動いていく。

 恐くはなかった。闇は温かく、心が落ち着いた。

 そのまま闇に包まれて微睡んでいると、激しく横腹を蹴られた。

「‼」

 思わず声が出そうになって、ロイは慌てて口を塞いだ。蹴られた反動で飛ばされた先には、部屋の上部に設置された換気用の格子から光が差し込んでいた。

「‼」

 急激な明るさにロイは目を瞑った。初めて知る感覚だった。ロイの身に纏わりついていた闇が散っていくのを感じながら、ロイはこれが『光』で、きっと『朝』が来たのだと思った。

「気味の悪いガキだ」

 何とか目を凝らして見上げると、昨日の男が立っていた。ロイは血の気が引くのを感じた。

 周りからも恐怖の感情が伝わってくる。ロイは、周りの小さな人間も自分と同じように、この男から痛いことをされているのだと理解した。

 男はロイの腕を掴むと、荒々しく床に引き倒した。

「ほう。傷が治っている! 素晴らしい。実に素晴らしい!」

 男は心底嬉しそうに笑った。そして一番近くにいた小さな人間を床に倒すと、手に持った何かで殴った。

 何度も、何度も殴った。昨日のロイにしたように。

 小さな人間は最初は叫んだり、飛び跳ねたりしていたが、だんだん動きが小さくなっていった。

「見ろ、化け物! 人間はこうやって鞭で打つと皮が裂け、肉が飛び散り、骨が見えて……何をしている?」

 男の手がピタリと止まった。ロイの小さな手が鞭と呼ばれた物を掴んだからだ。

「やめ……ろ」

 小さな生き物は動かなくなっていた。光と同じ色の髪から覗く青い瞳は、何も映してはいなかった。少し尖った耳が印象的だった。

「ふん。死んだか。……おや! この子は高かった子じゃないか!」

 男はロイの顔を思い切り蹴りつけた。鞭から手が離れる。

「なんてことをしてくれるんだ! お前が興奮させるから、大事なエルフを死なせてしまったじゃないか! 悪い子だ! 悪い子だ!」

 男は怒りに任せ、ロイを鞭打った。何度も、何度も。

 ロイは我慢した。

(きっと、夜が来れば黒いのが癒してくれる。だから、我慢……!)

 ロイは再び気を失った。


 男からの暴力は、毎日続いた。

 鞭で打たれる日が多かったが、違うことをされる日もあった。

 外で受けることもあったし、別の部屋で受けることもあった。


 ロイは、周りの小さな人間が『子供』で、自分も含めて『奴隷』という生き物だと知った。

 周りの子供は、自分と違って夜になっても傷は治らなかった。数が減ると、また違う子供がやってきた。

 一度、『黒いの』に皆の傷を治してと頼んでみたが、無駄だった。


 ロイは何も考えなくなった。


いつもご覧くださりありがとうございます。

次話はロイとロイパパの再会シーンですので安心してお読みください。

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