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124. 総力戦

「ヒュー!!」

 唐突に、サラはヒューから追い出されるようにして、意識を取り戻した。

 はぁ、はぁ、と息が荒い。実時間ではほんの数秒だったとはいえ、魔王とソフィアの二人と意識を共有した上、ソフィアの体内から吸い出されていく魔力を補ったのだ。ガンガンと耳鳴りがする。目の前も砂嵐のようにチカチカする。急激な魔力の消失により、激しい貧血のような症状が出ていた。


「サラ! 大丈夫か!?」

 すぐ近くで、リュークが心配そうにサラを見つめている。

「……リューク!」

 縋る様に、リュークにしがみついた。その身体を、リュークの手が柔らかく包み込んだ。

「ああ。俺だ。遅くなってすまない」

「リューク! ヒューが……!」

「分かっている。魔王は、あの少女と切り離された。……これで、確実に倒せる」

 ソフィアと互いの腕で繋がっている限り、たとえヒューを倒したとしても、ソフィアが生きていればヒューは復活する。

 ヒューは自ら繋がりを絶ったように思えた。

 サラの視線の先には、右腕を失い気を失ったソフィアを抱きかかえ、治癒魔法を使うカイトの姿が見える。

 そして、そのはるか上空に……

「!? ヒュー!」

 ソフィアに分散されていた魔力を吸収し、完全に自我を失い、ただ『扉を開く者』となったヒューがいた。

(ああ! そんな……!!)

 サラは、ゾクリ、と背筋が冷たくなるのを感じた。

 ヒューの表情が、ゲームで対峙した『魔王』そのものになっていたからだ。


「ヒュー!!」

 サラはリュークの腕を振りほどき、ヒューの元へ向かおうとした。だが、リュークの太い腕は、それを許さない。

「離して、リューク! 私はヒューも助け」

「サラ!!」

 耳元で大声を出されて、サラは激しい頭痛に襲われた。リュークはサラを抱きしめた。

「サラ、あれは魔王だ! ヒューは、最期の力で自ら復活の手段を絶ったんだ。これは、サラの起こした奇跡だろう? だが、これ以上の奇跡はもう起こらない!」

「……うううっ! うわあああああああ!」

 泣いている場合じゃないと分かっている。だが、ヒューの過去を共有したサラにとって、ヒューは魔王になりたくないと震えていた普通の男の子だった。

 救いたかった。

 ソフィアが助かっただけでも良かった、とは、サラにはとても思えないのだ。


「ああ! 扉が開く!!」


 誰かの声が響いた。

 あちこちから息を呑む気配が伝わって来る。 


 魔王が、何の感情も感じさせない無機質な顔のまま、スッと胸の前で両手を合わせた後、流れる様な動きで両腕を広げた。

 その動きに合わせる様に、扉が唸るような声を上げながら、ゆっくりと開いていく。


「ぐあっ!!」

 扉の圧力に押され、ゾルターンの指が外れた。その弾みで後ろに倒れたゾルターンを、ゼダの巨体が受け止める。

「駄目だ! 押さえきれん!! 下がるぞ、バンパイアの王よ」

 ゼダは扉から手を離すと、長い腕でゾルターンとデュオン、そしてロイをまとめて抱え込み、アルシノエの後ろまで下がった。


 リュークもサラを抱えて転移する。


「ちょっと、勇者!! あんた達もそこ危ないから、一旦、こっちに来なさい!!」

「! 分かった!」


 ソフィアの容体に気をとられていたカイトだったが、アルシノエの呼びかけで扉が大きく開いたことに気付き、素直に転移で下がった。


 扉から凄まじい勢いでおぞましい『魔』が這い出して来る。

「おりゃああああ!!」

 アルシノエがエルフらしからぬ形相で聖魔法の結界を展開している。結界は魔王ごと扉を覆う形で張られているため、今のところ『魔』は結界内で抑え込まれているが、この勢いだと結界が破られるのも時間の問題であろう。


 そのアルシノエに向かって、魔王は小さく手を払う動きをした。

「え?」

 突然、無数の赤黒い槍が出現し、内側から結界を突き破ってアルシノエ達に襲い掛かる。

「きゃああああああああああああああ!!」

 アルシノエが悲鳴を上げた。結界に全ての魔力を注いでいるため、とっさの防護壁を張れないのだ。

「闇の精霊よ!!」

 ロイが闇の精霊で壁を作るが、槍は易々と壁を突き破っていく。

「「させん!!」」

 槍がアルシノエに届く寸前、リュークとランヒルドが同時に吼えた。

 直後、凄まじい衝撃音と振動がサラ達を襲った。


「リューク!」

「ランヒルド!」


 サラとアルシノエの悲鳴が上がる。


 槍は、二匹のドラゴンの身体に突き刺さっていた。仲間達を守るように広げられた翼には、あちこち穴が開いている。


「俺は黒龍だ! 問題ない! ランヒルドは下がっていろ!」

「リューク兄様! 白龍のウロコは何より硬い! 私もまだ大丈夫だ!」

「そうか。次も来るぞ!」

「はい!」


 二人とも、大丈夫などではないはずなのに、次の攻撃に備えて構えている。 

 せめて治癒魔法を、とサラは立ち上がろうとしたが、力が入らずその場に倒れた。慌ててゾルターンが抱き起こす。その腕に掴まろうとするが、全く指に力が入らない。そればかりか、次第に意識が遠くなっていく。


(まだ……だめ……)


 気を失うまいと、必死でサラは目を凝らした。


 魔王は無表情のまま、今度は両手に魔力を籠めている。

 先程よりも太い槍が次々に形成されていく。

 確実に、邪魔者を排除する気なのだろう。


「来るぞ!」

 ゾルターンが叫んだ。

 皆がアルシノエとサラを庇う様な配置で身構える。


 魔王が、手を突き出した。

 同時に、強化された無数の槍が流星のごとく一気に降り注ぐ。


「消失」


 圧倒的な魔王の攻撃を前に、その場にいた全員が死を覚悟したその時、艶やかな低い声が響いた。


「「「!!??」」」


 誰もが、目を見張った。

 魔王の槍が、一定のところまで到達すると音もなく消えていくのだ。

 まるで、何処かに転移していったかのように。


「お父様!」

 いち早く状況を把握したアルシノエが歓喜の声を上げた。

「リーン!」

「父上!」

 前線で身構えていたリュークとランヒルドも目を輝かせる。よく見ると、リュークはランヒルドよりも一歩前に出ており、翼でランヒルドを庇っていた。


「ふっふーん! 天才大魔術師の登場でぇす! 皆、今の内に態勢を整えて! ジーク、マール、扉を両側から押さえて! 早くしないと次の攻撃が来るよ!」


 テキパキと指示を出すリーンに、皆がハッと気を取り直した。


 ジークとマールの古代龍コンビは、身体を扉よりも大きい50メートルサイズに変化し、左右からそれぞれ扉を押し始めた。もっと大きくなることも可能だが、大きくなったから力が上がる、という訳ではない。魔力を籠めて扉を閉める、という作業であればこのくらいがちょうど良いのだ。

 半分近くまで開きかけた扉は、古代龍の力で僅かに押し返されたところで膠着状態に陥った。魔界側からの圧と、古代龍の力がせめぎ合っているのだ。魔王がいる限り、扉を閉めきることは出来ないだろう。


 当然のように、魔王は二匹へと攻撃を放つ。


「させないよ。……消失」


 リーンは華麗に魔王と古代龍の間に転移すると、魔王の攻撃魔法を何処かへ消していく。

 『消失』は亡きシズが使っていたオリジナル魔法だ。触れた部分だけを異空間へと転移させる、転移魔法に長けた『鬼』一族だからこそ出来た魔法である。


 転移魔法を攻撃魔法として使うという、それまで無かった発想に感銘を受けたリーンは、あちこちで魔族相手に実験を繰り返し、更に高度な特殊魔法へと進化させ、すっかり自分のものにしていた。

 リーン版の『消失』は、大量の魔力を消費する代わりに、自分の張った結界に触れたものを全て消失させる。その対象は、物質だけでなく魔力も含まれる。

 リーンは、魔王の攻撃魔法を『消失』させたのだ。


「僕ちゃん、凄い! でも、あと何回かが限界だよ!」

 誰に言う訳でもなく、リーンが叫んだ。


「お父様! 外の結界はどうなさったの!?」

「それは問題ないよ!」

 魔王の攻撃を消失させたり弾いたり、別の攻撃魔法で相殺したりしながら、リーンは娘の質問に答えた。

 リーンはアルシノエと魔王城で別れた後、結界の維持を連合軍のエルフや妖精達にお願いして、総力戦のために駆け付けたのだ。

 粗方の魔族や魔物はジークやバンパイア達が倒していたが、魔界の扉が開いたことにより、生き残った魔王軍が力を付け始めている。そのため、それぞれのエルフには護衛として冒険者や連合軍の騎士らをつけ、四方八方に散らばって結界を支えてもらっているのだが、その準備のためにリーンとジークは登場が遅れたのだ。マールと合流したのは偶然である。


「アルちゃん、魔王だけアルちゃんの結界から出して! このままじゃ、勇者君が攻撃できない!」

「分かったわ!」

 アルシノエは返事と同時に結界の規模を調整し、魔王を結界の外に出した。

 だが、これは諸刃の剣である。

 それまでアルシノエの結界越しに行っていた攻撃が直接届くことになるのだ。魔界の扉が開いている限り、魔王の魔力は無尽蔵だ。リーンの魔力が尽きる前に勝負を決めなくてはならない。


「勇者! その子は置いて、早く魔王を何とかしなさい! あんたの役目でしょ!!」

「分かってる!」


 アルシノエに叱責されるまでもなく、カイトは次の一撃で仕留めるつもりだった。


 だが、ここに来て僅かに迷いが出ていた。

 あまりに短時間の内に想定外のことが起きすぎて、頭と感情が追い付いていないのだ。


 分かっているのは、腕の中のソフィアから『魔』が消えて、清らかな魔力に置き換わっていること。そして、それと引き換える様に、魔王の魔力が爆発的に上昇したことだ。


(本当に、倒せるのか?)


 魔王は、カイトが想像していたよりもはるかに化け物だった。仮に魔王を倒したとしても、あの扉をどうにか出来るのだろうか。


(失敗したらどうする?)


 強大な魔物が世界に溢れ、カイトの大切な人達を殺していく風景が頭をよぎる。

 ソフィアが、アラミスが、『蒼穹の雷』の仲間が、ユーティスが、ティアナが、サラが……!

 ゾワッ、とカイトの中に恐怖心が芽生えた。

 もう一度ソフィアを失うかもしれないと思うと、急に身体が震え出した。


「何やってるの!? 早くしなさい!」

「分かってるってば!」


 落ち着け、と思えば思うほど気持ちが落ち着かない。こんな事は初めてだ。カイトはパニックを起こしかけていた。

 逃げ出したい。ソフィアを連れて、何処か遠くに転移したい。


(魔王を殺せるのは、僕だけなのに……!!)


「……カイト……」

「!?」


 不意に、カイトの腕に触れる者がいた。


「ソフィア……!」


 ソフィアはカイトの腕の中で、優しく微笑んでいる。


「カイト。あなたなら、出来るわ」

「!」

 まるで、カイトの心の中を覗いていたかのような言葉に、カイトは目を見開いた。

「カイト。私はもう大丈夫。お父様の想いも、お兄様の想いも、全部受け止めたから」

 そう言うと、ソフィアは涙を拭った。それは、決別の涙だった。


「お兄様を、これ以上、苦しめない」

「……うん……!」


 ソフィアはカイトの腕から降りると、正面からカイトに抱きついた。そして左腕を伸ばし、カイトの手を握り剣に祈りを籠める。


「ソフィア。幸せになろう……!」


 カイトの震えは、止まっていた。


ブックマーク、評価、感想等ありがとうございます!

励みになります!


さて、ようやく「ゆるふわ最強エロフ」と古代龍2匹が合流です!

古代龍達は扉閉め係なので大した活躍が無いのが申し訳ない!

その分、リーン先生に頑張っていただきました。


次回は、ついに決着かな? という感じです!


それと、イラストのある回の題名に(挿絵あり)というコメントをつけました。

ついでに、117話(全体では189話)に、ゾルターン王のイメージ画を追加しています。

参考までにどうぞ!

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