110. 城2階の戦い ー忠義の魔法騎士 2ー
「うっ!」
レオナルド一閃が、バンパイアの一人を仕留めた。レオナルドは流れる様に次の獲物へと切りかかる。デュオンの近くにいたバンパイアが剣を受け損ね、壁に叩きつけられた。
強い。
あまりの早業に、デュオンもロイも一瞬言葉がでなかった。
だが、呆けている場合ではない。
デュオンは気持ちを切り替えると、残った者達に指揮を出した。
「ロイ君! 結界を! ガーラントはマルフォイと外へ!」
「はい!」
「はっ!」
ガーラントと呼ばれたバンパイアが、先程壁に叩きつけられた仲間に駆け寄る。そこへ容赦なく剣を振り下ろすレオナルドに、デュオンも鋭い突きを放った。レオナルドは半身を捻ってそれを躱すと、その勢いのままターンしてデュオンに突きを返した。デュオンはそれを刀の腹で防ぎ、すぐさま突き返す。
突きと突きの攻防。
元々フェンシングの得意なデュオンに合った戦いだが、それでもレオナルドの突きは凄まじく、デュオンはじりじりと押されていく。一瞬どころか、刹那ほどの時間も油断できない。猛烈な勢いで、デュオンの精神力が削られていく。
「アグ・ロス!」
デュオンの後方から、ロイがレオナルドに向かって服従の呪文を唱えた。
「やかましい!」
レオナルドが吼えた。ロイの呪文を跳ね返す勢いで、レオナルドから魔力が放たれる。
その隙をついて、デュオンは一旦距離をとった。
「闇の精霊よ、守れ!」
「ロイ君! 助かりました」
ロイが張った精霊の結界に入り、デュオンが礼を言った。もう少し突き合いが続いていたら、確実に死んでいた。ぽとり、とこめかみから汗が落ちた。
デュオンも強い。
異世界に居た時でさえ、フェンシングで州代表に選ばれるほどの腕前だった。こちらに来てからも剣術を磨き、バンパイアになってからは体力も反射神経も飛躍的に向上した。
バンパイアナイトの名に恥じぬ実力であり、SSランクの冒険者としても通用するレベルだ。
しかし、目の前の男は明らかに次元が違う。
剣術も、魔力も、一段も二段もデュオンより優っている。普通のバンパイア騎士では相手にならないと判断し、彼らには部屋を出てもらった。
(ロイと二人で、何とかするしかないな)
敵は、強い上に油断もない。おそらく、無駄話にも乗ってこないだろう。
(魔王の腹心……部下であれば、これほど頼もしい男もいないな)
デュオンはサラやゾルターンと別れたことを、少しだけ後悔していた。
ちらり、とロイを見ると、ロイはせっせと空間魔法で黒い魔石を大量に取り出している最中だった。
「どうする気ですか?」
格上の魔族に視線を戻し、剣を構えたままデュオンは尋ねた。
「この魔石は、『魔』を吸い取ります。どれほど役に立つか分かりませんけど、相手の魔力を少しは削ってくれるはずです。……正直、あんなに強いなんて想像できていませんでした」
「………………同感です」
魔族は剣を縦に構え、目をとじて剣に魔力を与えている。明らかに、剣の色が先程と変わっている。あの剣で突かれれば、ひとたまりもないだろう。
(……何とか、相打ちくらいには持っていきたいですね)
デュオンは、覚悟を決めた。
「ロイ君、君も剣を使えましたよね? ロイ君は自分の身を守ることに集中してください」
「デュオンさんは?」
「……ピアノを弾いて、テイムとか……?」
「無理だと思います!」
「ですよね。では、やれることは一つです。……狂戦士化します」
「え!? 何ですかそれっ」
「理性を無くしますので、ロイ君も危ないです。……理性が戻らなかったら、殺してくださいね」
「ちょっ、デュオンさん!?」
ロイが止める間もなく、デュオンは床を蹴って精霊の結界を飛び出した。
―――『狂戦士化』
術者、あるいは術をかけられた者の肉体を一時的に改造し、飛躍的に戦闘力と魔力を上げる術である。その代償として、狂戦士となっている間は理性を無くす。周りに味方がいない状況であれば有用だが、敵味方関係なく暴れまわり、その被害が甚大になることから、禁忌とされている。また、狂戦士化している時間は、一瞬とも、数時間とも言われており、個体差が大きく、扱いにくいことでも有名な術である。そのため、現在では使える術師もほとんどいない、忘れさられた秘術であった。
かつて「理性を無くすバンパイアと無くさないバンパイアの違いは何だろう」と、ネイサンが呟いたことがきっかけで、デュオンとオースティンは頭を悩ませたことがあった。いくつか仮説は立てたものの、その時は実験する手立てがなく、お蔵入りになった案件であったが、この10年程、デュオンは密かに研究を進めていた。上手く行けば、野良バンパイアによる感染予防に使えるのではないかと考えたからだ。
ところが、中々研究は進まず、半ばあきらめかけていた頃、シグレとアマネに出会い、『魔脈』というものの存在を知った。レダコート王国では、魔力が流れる『魔脈』の存在は周知の事実であるが、デュオンの住むサフラン大陸では魔力は単純に「体内に宿る」としか考えられておらず、体内の何処にあるのか、という発想はなかった。
魔力の流れは、『気』の流れに似ている。デュオンが東洋人であったなら、あるいは東洋医学の知識があったなら、『魔脈』の存在に自力で気付けていただろう。
ドヤ顔のアマネから『魔脈』と、針を使った魔力のコントロールを習ったデュオンは、何体かの野良バンパイアで人体実験を行った。
その過程で、意図せずして何体かの『狂戦士』を生み出してしまった。
(魔脈を操ることで、『狂戦士』は作れる)
研究熱心なデュオンが興味を示さない訳がなかった。当初の目的とは異なってしまったが、デュオンは自力で、しかも魔術も使わずに、失われた禁術を復活させた。
それを今、自らに施した。
野良以外で実験をしたことはない。だが、命を惜しんでいては勝てない相手だ。迷っている時間もない。医者は、常に人の命を左右する決断を、瞬時にしなければならない。だから、即決した。
「ぐああああああああああああああ!」
デュオンの筋肉が膨れ上がり、鎧を繋ぐベルトがはじけ飛んだ。目は充血し、いつもの穏やかな表情が一変した。デュオンは咆哮を上げながら、目の前の魔族に向かって飛び掛かった。
「ふん。気が狂ったか」
レオナルドは冷笑し、魔剣を胸に向かって突き出した。どれだけ肉体を強化しようとも、知能のない戦士など、敵ではない。
ずぶり、と剣はデュオンの肩にのめり込んだ。
「ちっ」
空中で体勢を変えられたせいで、剣が胸ではなく肩に刺さったことに、レオナルドは不満そうに舌打ちした。筋肉が邪魔をして、予想よりも深い傷を負わせていない。だが、大した問題ではなかった。傷口は激しく燃え上がっている。それに、何度でも、刺せばいいだけだ。
レオナルドはデュオンが刺さったままの剣を横に振った。デュオンは剣から外れ、床へと叩きつけられた。その胸に、躊躇いもせず、レオナルドは剣を突き刺した。
「があああっ!」
「デュオンさん!」
ロイが叫んだ。
「あと一人」
レオナルドは闇の精霊に守られた黒髪の青年に向き直った。
精霊の結界は強固だが、レオナルドの魔力をもってすれば、破ることは可能だ。
レオナルドはロイに向かって魔剣を構えた……構えようとした。
「なっ……!?」
レオナルドは目を見開いた。
剣が、持ち上がらない。まるで、鉛にでもなったかのように。
「重力魔法」
はっ、とレオナルドは狂戦士を見た。
そして気づく。重くなっているのは、剣だけではない。レオナルド自身も、大地に引っ張られるように、身体が動かない。
「ふふ。実験成功、ですね」
血走った眼で、デュオンは笑った。
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今回は、レオナルド戦です。
デュオンさん、戦える医者だったなあ、と書きながら思い出しました。
ロイ君の出番なさそう(笑)。
レオ様は、真面目なので、ギィみたいに敵をおちょくったり、ニーチェみたいに「あはん!」なんてことはありません。
悪・即・斬、です。悪はレオ様の方ですけど。
ところで! 明日は長崎に行ってきます!
なぜかって? ふふふ、ジョジョ展に行くのですよ~!
この歳で行くのは恥ずかしいのですが、そんなの関係ねえ!と、楽しんでまいります。
ではでは。