18. 引きこもり令嬢のネガティブな休日
今回から第1章の後半に入ります。
楽しんでいただけると幸いです。
サラが初めて休みを取ってから、2カ月が過ぎた。
急激な周りの変化に、サラの頭は絶賛混乱中であった。
たった1日休んだだけなのに、サラのために『月に5日』の有給制度が誕生していた。この世界に、『有給』という概念は無かったにも関わらず、だ。今までの時給制から、1カ月間働いた額に相当するお金を月給として支払われることになった。1月は30日なので、月の1/6を働かなくともお金が出るということになる。サラの年齢や雇用主(リュークは除く)の経済状況を考えるとありえないことだった。
しかも、何故だか『S会』の面々に奇妙な連帯感が生まれており、リュークにいたっては会議中フードを取るまでになっていた。そのおかげか、今まで散々リュークが「黒フードだ」と訴えても頑なに「黒塗りの兄ちゃん」で統一していたメンバー達が「リューくん」とか「黒リュー」と愛称で呼ぶようになった。もちろん、「黒リュー」は『黒フードのリューク』の略であり、『黒い龍』のことではない……はずだ。
ちなみに、新メンバーのシズに一部の男達が熱い視線を送っており、中には『鬼娘様に踏まれたい』と口にする者もいた。『黙れ、白ブタ』と、シズに睨まれていたが。
(いったい、私のいない1日で何があったの……!?)
今日はその9回目の有給日である。
何もすることが思いつかなかったサラは、うずくまる様に布団を頭から被り、ベッドの中で大人達の変化について考察していた。
(私がいなかったから、皆、打ち解けられたの? 有給まで作って、そんなに私を休ませたいの?)
じわじわと、鳩尾の辺りに黒いものが広がってくる。
(私、調子に乗り過ぎてた? 皆、実はドン引きしてたの? 私、浮いてた? リュークもあんなに皆に懐いて。何なの? 私がいない方が、上手くいくの? 私、邪魔なの??)
生前、職場でのマシロは内向的ではなく、むしろ積極的に部下や同僚とコミュニケーションをとる社交的な人物を演じていたが、プライベートでは引っ込み思案で友達も少なく、ずっと孤独感と疎外感が付きまとっていた。
『サラ様』として、役割を与えられている間は楽だった。『バイトのサラちゃん』も『しつこく武器屋に通う客』も楽しかった。しかし、こうしてプライベートな時間が与えられた今、全く何をしていいか分からないのだ。
(つらい……休み、嫌いだ)
サラは布団の中で更に丸まった。
初めての休日は何とかなった。
疲れていたこともあって昼過ぎに目覚め、昼食を取り、お風呂に入り、屋敷内を散歩し、庭を探索し、本を読み、夕食を取り、魔法の練習をして、早めに寝た。
完璧な休日だった。
初めて巡る伯爵邸には色んな発見があったし、色んな出会いもあった。
サラの心身は回復し、また明日から皆と頑張ろう、と心から思えた。
そんな矢先の『有給』命令だ。サラの体には必要な休みだったが、大人達の気遣いが、逆にサラに強烈な疎外感を与えていた。
しかも、やることが、ない。
サラには趣味も、同世代の友達もいないという寂しい現実に、否応なしに気付かされた。
おかげで休みの度に、悶々とベッドにうずくまり、自己嫌悪に陥る日々が続いている。
マシロに趣味が無かった訳ではない。
20代の頃はイギリスのバンド「バーテンターズ」のレコードを毎日聞いて過ごした。30代では超常現象を題材にしたアメリカの人気テレビドラマ「Xフォルダ」、40代では韓国ドラマ「宮廷仕事人 チャングソン」や「冬デスガ ナニカ」にハマり、50代ではペットとして飼い始めた保護犬シロの世話に明け暮れた。
気が付けば、一緒に何かをするような友達がいないまま定年を迎えていた。
定年して間もなく、シロが死んだ。老衰だった。
生きる気力を失い、引き籠りになったマシロを心配し、姪っ子が勧めたのが「聖女の行進」だった。おかげでマシロは立ち直ったのだが、予想を超えてのめり込んだのは姪っ子の計算外だった。
「若い頃は、年を取ると見た目だけじゃなくて、気持ちも年を取るって思ってたけど、実際のところ気持ちは子供と変わらないのよね。私の根幹は、小2のまんまだわ」
と、生前のマシロは良く笑っていた。
「せめて中2にしとけよ」
と言ったのは、弟だったか甥っ子だったか。
とにかく。
この世界にはレコードもビデオもゲームもない。魔法書も禁書レベルの特級魔法まで暗記してしまった(使える訳ではない)今、暇のつぶし方が分からない。
遊びに行く場所も、誘う相手もいない。
シズなら喜んでお供してくれそうだが、「私が休みの日は、シズも休んで! これは、命令です!」と無理やり休ませた手前、我が儘に付き合わせるのは気が引けた。リュークにも会いたいが、「休みの日は武器屋立ち入り禁止」を言われており、外で会おうにも客でも従業員でもない『只のサラ』がリュークと何を話せばいいというのだ。
サラがいじけて鼻をすすっていると、コンコン、と窓を叩く音がした。
シズは「上司命令」とやらで出かけている。代わりに、「何かあればこの者たちに命じてください」と、シユウとアマネという若い男女を置いて行った。どちらも日本人っぽい見た目と名前だが、他の使用人と同様、ひどく事務的だった。
コンコン、と再び音がして、サラは顔を上げた。
ここは2階のはずだが、カーテン越しのテラスに見慣れた人影が見えた。
「リューク!?」
サラは飛び起きた。薄手の寝間着姿であることも忘れ、裸足で駆け寄るとテラスに続く扉を開けた。
「リューク!」
勢いのまま、引き締まった体に抱き着いた。反動で、フードが上がる。リュークの腹に顔を埋めながら、思い切り息を吸った。
「リュークの匂いがする! ドラゴンっぽい!」
「ドラゴンっぽい匂いって何だ?」
突然、子供に懐かれて戸惑う大人の様に、困った顔をしながらそれでもリュークはサラの頭を撫でてくれた。
「良かった。元気そうだな」
「リュークを見たら元気になった!」
実際、先ほどまで何を話せばよいのか悩んでいたことが嘘のように、サラの心の暗雲が去り、今は晴天だった。
「そうか」
リュークは笑った。間近で見るリュークの笑顔と体温に、サラは何だか気まずさを感じて思わず体を離した。
「どうした? 顔が赤いが、熱でもあるのか?」
「何でもない! 元気だってば。最近、リューク達が冷たいから、怒ってるの!」
サラが照れ隠しに適当な言い訳をすると、リュークが驚いたように目をパチパチとさせた。
「冷たい??」
「あ、いや、何でもない。忘れて!」
リュークがひどく混乱している様子だったので、サラは慌てて否定した。リュークが見た目よりもずっと純粋で優しくて傷つきやすいことをサラは知っていた。
「そうだ! ねえ、この間、市に連れて行ってくれようとしてたでしょ? リーンの邪魔が入って引き返したけど。今、暇で暇でしょうがなかったの。連れてってくれる?」
サラが大きな瞳を煌めかせながらおねだりすると、リュークは「ああ」と言って破顔し、それを見たサラは眩暈がした。
(最近、リュークが可愛すぎる……!)
「ちょうど良かった。俺も、行こうと思っていた」
「ちょっと待っててね! 着替えてくる!」
サラはパタパタとクローゼットから庶民が着るようなワンピースを2着取り出し、シズが普段使っている隣室へと駆け込んだ。
落ち着いた深緑色と、爽やかな水色のワンピースを見比べ、一瞬悩んだ後、水色を選択した。
「おまたせ!」
サラは少しゆとりのある水色のロングワンピースを、腰の部分で瞳と同じ藍色のリボンで締め上げていた。薄桃色の長い髪はハーフアップにして、お揃いの藍色のリボンで飾っている。果実のような唇には薄く紅がさしてあり、可憐さが際立っていた。
今日のテーマは「初めてのお出かけ in 市場。裕福な商家のお嬢さん風、武器商人を添えて」であった。
どうだ、ヒロインの可愛さは!と言わんばかりに仁王立ちするサラを、フードを被りなおしたリュークがひょいとお姫様抱っこした。
「ひゃあ!」
「じゃあ、行こう」
「え! 飛び降りる気? ちょ、待って! あ、シユウ、アマネ、行ってきます! って、きゃあああああ!」
ストン、と軽やかにリュークは地上に降り立つと、サラを抱えたまま裏口から屋敷を出た。
途中、すれ違った庭師が目を見開いて固まっていたので、サラは「誘拐じゃないから! 友達だから! 皆には黙っておいて!」と叫んでおいた。
リュークは笑っていた。サラも笑った。
この後、市場で運命の出会いが待っているとも知らずに。
いつもありがとうございます。
後半は重い話が多くなりますが、重くなり過ぎないように気を付けます!