103. 城1階の戦い ー愛を知る魔族 3 (アマネ)ー
「だれか、みつけて」
幼い日。
アマネは自ら入り込んだ異空間で、助けを求めた。
当時のアマネの環境は、あまり良いとは言えなかった。
アマネは頭領であるテスの孫娘、かつ、角を持つ『鬼姫』として生を受けた。ほとんど人間と変わらぬ姿で生まれてくる『鬼』の一族の中で、稀に先祖返りで角を持って生まれてくる者がいる。彼ら、あるいは彼女らは一族の『姫』として育てられ、将来は一族の中から選ばれた優秀な異性と婚姻を結び、子を成すことを義務付けられていた。女性の『鬼姫』にとって、伴侶となる相手のほとんどは頭領もしくは次期頭領候補であり、『鬼姫』に選ばれた者は自動的に頭領として君臨することを許された。
『鬼姫』は数十年に一人しか生まれてこなかったため、ほとんどの『鬼姫』が頭領の妻として一族の尊敬を集めながら恵まれた生涯を送った。
本来であれば、アマネもそうして大事に育てられ、決められた人生をそれなりに幸せに生きたことだろう。
しかし、アマネが生まれた頃、『鬼』の里では既に3人の『鬼姫』が存在していた。かつて同時に2人の『鬼姫』が存在したことは何度もあったが、年齢差が親子以上に離れている場合がほとんどであり、競合することはなかった。
だが、アマネが生まれた時、一番上の姫が13歳、次いで9歳、6歳といずれも近しい年齢であった。他の『鬼姫』の中に飛びぬけて才能がある者がいれば問題はなかったのだが、最後に生まれたアマネ以上の魔力を持った者がいなかった。そのため、一族は次期頭領を「最年少の鬼姫が成人した後」に決めることとした。
先に生まれていた3人の『鬼姫』達は皆、アマネを疎んじた。
特に最年長の姫はアマネが成人する頃には30近くになっていることもあり、アマネの存在は邪魔でしかなかった。
アマネはテスの孫としての重圧と、不条理な妬みを小さな体に受け続け、人目を避けるようになった。屋敷の中で小さく縮こまる日々。気配を殺してひっそりと生きていても、真綿で首を締めるように、じわじわと周りの悪意がアマネの心を痛めつけていく。
アマネはただ逃げることだけを考えて生きてきた。
そんなある日、アマネは他の姫の策略によりオーガの群れの中に取り残されてしまった。
オーガは種族的に『鬼』に近い。それ故、繁殖相手として『鬼』の娘が狙われることがあった。
アマネは必死に逃げた。が、幼い子供の足では逃げ切ることは出来ず、あっさり魔物に捕えられた。まだ、転移すら覚えていない無力な少女は、オーガに組み敷かれながら生まれて初めて「生きたい」と願った。
そして術が発動した。
自ら作った異空間に転移するという、アマネだけの特殊魔法。
おかげでオーガからは逃げることができたものの、アマネは完全に方向感覚を失い、何もない空間を漂うことになった。時間の経過も分からない。思考は出来るが、身体は全く動かない。そればかりか、認識することすら出来なかった。
「だれか、みつけて」
アマネは必死で祈った。
「アマネ様」
不意に誰かの声が聞こえた時、アマネの小さな胸は感動でいっぱいになった。
大きな手が、アマネの手を掴んで現実世界に引き戻してくれた。
その時は、誰かは分からなかった。
だが、自分を助けてくれた人に「いつか恩返しをしよう」と心に誓った。
その日から、アマネは引き籠りをやめた。
相変わらず修行はさぼるし、他の『鬼姫』からも逃げてばかりだったが、空間魔法と転移魔法においては他の追随を許さないレベルにまで達することが出来た。
いつか、あの人を助ける。私が、あの人を頭領にする。
それが誰なのか、男か女かさえも分からなかったけれど。
小さなアマネの小さな胸に芽生えた、今でも残る大きな覚悟。
だから。
「シグレ兄様!?」
アマネは叫んだ。
サラ達がニーチェの横を通り過ぎていた頃、人目を盗んでリーンの結界の中からこっそり抜け出したアマネは、バンパイア達に守ってもらいながら大聖堂前広場まで辿り着いた。
そこからエリン達と一緒に魔王城の中の魔力の動きを探っていたのだが、急激に1階付近の敵の魔力が膨れ上がり、同時にシグレの気配が弱まったことを感じ、アマネは悲鳴を上げた。
「待ってアマネさん! 行っちゃ駄目よ!?」
止めるエリンを無視して、アマネは転移する。
いつか、あの人を助ける。……今が、その時だ。
ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます!
今回はアマネの回でした。
ずっと書きたかったエピソードの割に、すごく短かったですね。
アマネは時々とっても頑張ります!
常に頑張るタイプではありませんが、「今だ!」と思った時には全力を注ぎます。
次回で、城1階の戦い が終わる予定です!
よろしくお願いします。