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101. 城1階の戦い ー愛を知る魔族 1ー

「ニーチェ。俺の妻になってくれないか」

 男は、ヒゲに白髪の混じる、とある国の宰相だった。

「喜んで……!」

 ニーチェは花の様な笑顔で応えた。


 もう、20年も前のことだ。


 当時、サキュバス業界において「魅了の術を使わずに、男を堕とす」という遊びが大流行していた。この世界のサキュバスは本来、夢の中で男を誘惑し生気を奪い続け、実生活まで堕落させ、やがて死に至らしめるという、実体を持たない魔物である。しかし、死んだ人間に憑りつくことで実体を得ることも可能であり、ニーチェは何百年も前に手に入れた今の器を気に入っていた。

 赤い髪に豊満な肉体。意志の強そうな大きな瞳に、ラズベリー色の可憐な唇。

 精神体である本来のニーチェにも見劣りしない、魅力的な身体だった。


 サキュバス達の遊びにニーチェも興味津々で、暇があればターゲットとなる男を物色する日々を送っていた。

 正直なところ、ニーチェにとっては世の男性の9割9分は好みのタイプであり、堕とす相手は誰でも良かった。しかし、中途半端な男ではサキュバス仲間に馬鹿にされかねない。

 そこでフラフラと世界中を飛び回っていた時に、この男を見つけたのだ。


 男は妻と子供に先立たれ、独り身のまま国のために身を削る生活を送っていた。その古木のような渋さにニーチェはグッときた。

 ニーチェは完全に人間になりきるため、燃える様な赤い髪を死んだ妻と同じくすんだ金髪に変え、露出の少ない清楚な女を演じ男に近付いた。若く美しいニーチェに男は初め警戒していたようだが、不器用ながらも献身的に身の回りの世話をやく姿に、妻の面影を探す様になっていった。

 そして出会ってから半年が過ぎた頃、男はニーチェにプロポーズした。


 ニーチェはかつて味わったことのない幸福感と充実感に包まれた。

 長い、長い生涯のうちの、ほんの瞬き程度の瞬間ではあったが、男の妻として生きてみようと思った。


 だが、ニーチェのかりそめの幸せは、長くは続かなかった。


 別のサキュバスによって、男は精神を蝕まれ、廃人となった。

 ニーチェは深い、深い闇の中に落とされた。


 ……憎い。私から、あの方を奪ったあいつが憎い。


 ニーチェは食と色を断ち、力を求めた。


 そして魔王が復活したあの日。

 世界のあちこちで小さな魔界の穴が開いた。ほとんどはすぐに閉じてしまったが、偶然にも足元で開いた穴にニーチェは落ちかけ、豊かなお尻で穴を塞いでしまった。一瞬にして、膨大な『魔』がニーチェの身体に侵入する。あまりの衝撃にニーチェは悲鳴を上げた。

 本来であれば、あっさり『魔』に飲まれて消滅していたに違いない。


 だが、恨みと憎しみで研ぎ澄まされたニーチェの心身は『魔』の侵入に持ちこたえた。


 ……こんなもので死ねない。私は『魔』を食し、魔族になってやる……!


 こうして、普通のサキュバスでしかなかったニーチェは、力を得、魔族となった。

 原因となった愚かなサキュバスは、圧倒的な魔力を得たニーチェの敵ではなかった。ニーチェは女を狂わし、自ら命を絶たせた。それはそれは、無残な死に様であった。



「ニーチェ様。聖女の一行が魔王城に近付いています」

 ふと、配下の男の呼ぶ声でニーチェは目を覚ました。滑らかな自室のベッドに一糸まとわぬ姿で、ニーチェは横になっていた。

「お邪魔でしたか?」

「いいえ。教えてくれてありがとう。ちょっと昔のことを思い出していただけよ。そこの服取ってくれる? 面倒だけど、ガイアード様と魔王様のため、聖女様と遊んでくるわ」

 ベッドから降り、ニーチェは軽く背伸びをした。

「我々も参ります」

 慣れた様子でニーチェの着衣を手伝いながら、騎士の格好をした男は部屋の中を見渡した。部屋の中には、数人の男達がいた。皆、忠実なニーチェの下僕だ。彼らは皆人間であり、ニーチェの魅了の術によって心を支配されていた。

「あはん。駄目よ。私の術は強力なの。あなた達まで壊しちゃうわ」

 クスクスと笑いながら、ニーチェは男に口付けした。

「大人しく待っててね。坊やたち」

「「「はっ」」」

「良い子ね」

 ラズベリーの唇を一舐めして、ニーチェは妖艶に微笑むと姿を消した。


 次の瞬間、ニーチェは城の一階部分、大広間へと舞い降りた。

 ちょうど正面の扉が開き、サラ達が入って来たところであった。


「いらっしゃい。聖女様。ふふ。ずいぶん大勢で来たのね? ……あら、まあ! いい男がいっぱい! あはん、ゾクゾクしちゃうわ」

 自分の胸を持ち上げる様に腕を組み、うっとりとした表情でニーチェは身を震わせた。

 ……が。

「2階組は右の階段から! 3階組は左の階段から突破! 皆、頑張ろうね!」

「「「おお!!」」」

 完全に無視である。

 サラ達は二手に分かれ、大広間の横の階段を駆け上がり始めた。


「え!? ちょっと! 何で無視してんのよ!? 目の前に敵がいるでしょう!?」

 予想外の展開に、呆気にとられてニーチェが叫んだ。

 転移でサラ達の前に移動しようとしたその時、ニーチェの前に背の高い美丈夫が立ちはだかった。

 シグレである。

「あっはん! いい男!!」

 ニーチェの足が止まった。

「貴女とは、二人きりで語り合いたいのですが……私では不満ですか?」

 寂し気に、シグレが俯いた。身長差があるため、自然にシグレの目線がニーチェの顔に落ちた。

「いいえ! 全ッ然! むしろ大歓迎ですわ!」

 ニーチェは興奮気味に拳を握りしめた。


 サラの予想通りの展開である。

 ゲームでは、ニーチェは「いい男」と二人きりになるため、全員に魅了や束縛、睡眠や麻痺、衰弱などの精神系の術で身動きをとれなくした後、執拗に女性キャラから攻撃をしてくる。だからこそ、最初から「いい男」と二人きりになれる環境を用意してやれば、乗ってくるに違いないと思ったのだ。

 もっとも、ニーチェにしてみれば、サラ達を逃がしたところで大した問題ではない。次の階にはレオナルド、更にその先にはガイアードがいる。何も心配などしていないからこそ、聖女達の可愛らしい策略に乗ったのだ。


 ニーチェがシグレに気を取られている内に、サラ達は一気に階段を駆け上がった。


「サキュバス殺し」

「サキュバスハンター」

「サキュバスコロリ」

「サキュバスホイホイ」

「サキュバス釣り師」

 去り際に仲間達が次々に暴言を吐いていったが、そこは華麗に無視してシグレは微笑んだ。


「では、何から始めましょうか。……お嬢さん」


 愛を知る魔族・ニーチェ vs 心を閉ざす鬼・シグレ、開戦。


ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます。


今回からは、ガイアード氏が「碌な部下がいない」と嘆く原因の筆頭であるニーチェさんとの戦いです。ニーチェさんは恋愛至上主義なので、ぶっちゃけ惚れた相手以外のことはどうでもよくなっちゃうタイプです。なので、命令違反もしばしば。

ちなみに9割9分がタイプですが、残りの1分はギィみたいな奴です(笑)。


ではでは!


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