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98. 大聖堂の戦い ー狂気のエルフ 1ー

「おや、残念。聖女のパーティだと聞いていたのに、枯れかけのエルフと筋肉ダルマとバンパイアか」

 大聖堂で待ち構えていた高位魔族ギィが、深くため息をついた。

「悪かったのう。……南のエルフよ」

 隣で「誰が筋肉ダルマだ!」と突っ込みを入れるダイを無視して、グランは杖を持ち直した。ギィとグランは面識はないが、ギィの歳は300歳ほどか、とグランは判断した。


 グランとダイ、そして3人のバンパイアは魔王城へ向かうサラ達と別れ、大聖堂の扉を開いた。大聖堂の中は正面奥に巨大な女神像があるだけのシンプルな造りになっており、ギィとグラン達を遮る物は何もない。

 ギィはエルフ特有の美しい見た目と、竪琴を奏でる様な美しい声でグラン達を出迎えた。

「お主、その額の文様からして、王族じゃな。魔を絶対悪とする南のエルフの王族が、何故魔族などやっておる。誰かに唆されたか?」

 相手の出方を探る様に、グランが問いかける。ギィは「まさか」と、薄く笑った。どうやら、お喋りする気はあるらしい。向こうもこちらの様子を伺っているのだろう。

「ご老人。俺は、ずっと不思議だったのだ。かつて、エルフで魔王になった者はいない。おかしいだろう? この世界で最も魔力がある種族にも関わらず、魔族にはなれても魔王にはなれなかったのだ。だから、自分がエルフ初の魔王になろうと思った。俺は始祖ラファエルの再来と噂されるほどの魔力容量だったから、上手く行くと思ったんだが……まあ、結果は見てのとおり、高位魔族止まりさ」

「……そいつは、残念じゃったの」

「全くだ!」

 アハハ! と、豪快に笑いながら、ギィは銀色の前髪をかき上げた。

「だから、エルフの赤ん坊が魔王だと言われた時は愕然としたよ。しかも、俺と同じ南のエルフだ。まあ、魔力容量が僅かばかり俺よりヒューの方が大きかったから、納得したけどね」

 そう言うと、ギィは指をパチン、と鳴らした。すると音もなく、ギィの横に一人の小柄な女が現れた。背中に6枚の透明な羽が生えている。元は妖精族だろう。エルフと並び魔力が高い種族だ。女は虚ろな目で、虚空を眺めている。実力は中位以上、高位未満、といったところか。

「おや。もう一人呼んだつもりだったが、既にやられたか。エルフの割に品が無いので、傍に置かずに放置していたのだが……ふふ。あっけないな。エルジアの女王の血族と言うから、期待していたのに」

 何が可笑しいのか、ギィが再びアハハと笑う。エルジアの女王、と聞いて、グランが眉を寄せた。10年程前、エルジアの姫の一人が失踪した。周囲に「好きな人ができたが、大おばあ様が反対している」と語っていたことから、駆け落ちしたと思われていたが……

「まさか、カサンドラ様のことではあるまいな」

「……おお! 確かそんな名前だったな。ふふ。美しい顔に似合わず、ガサツで下品な女だった。魔力だけは他の姫よりも優れていたので、声を掛けたのだが……ふふ。落とすのは簡単だったな。甘い言葉を囁きながら手を握っただけで、あっさり身も心も許してくれたよ」

「貴様。カサンドラ様に何をした……?」

「何って、ジジイのくせに男と女の事を聞くのか? いいよ、どんな様子だったか教えてやろうか」

 ペロリ、と怪しくギィが唇を舐める。グランは表情を変えぬまま、語気を強めた。

「とぼけるな。()()()()()()()()を、あの方にもしたのかと聞いておる」

 ビクッ、と、妖精の女が身を震わせた。虚ろな目に、僅かに感情がこもる。

「ふふ。年寄りの目は誤魔化せないか。……そうだな。俺は元々学者でね。自分にやった実験を、彼女達にもやっただけさ。……()()()()()()()()()()()、ってやつをね」

「クソ野郎だな」

 ダイが拳を握りしめて、ギィを睨みつけた。ここまで胸糞悪い相手は久しぶりだ。

「そんなに睨むなよ。進化のために、実験と犠牲はつきものだろう? 俺は、興味があったんだ。何故、俺は魔王になれなかったのか。魔力容量の問題だけ? 年齢的な問題? 魔族になった時の条件? ひょっとして、今からでも魔王になれるのか? そもそも魔族と魔王の違いは何だ? ……ああ! 気になるだろう? だから、色々集めて実験したのさ。俺の容姿は女受けが良くてね。実験体を集めるのは簡単だったよ」

「この野郎……!」

「落ち着け、ダイよ」

 今にも飛び出しそうなダイを、グランは片手で制した。

「だがよ……!」

 グランに文句を言いかけて、ダイはハッと息を呑んだ。グランの目が、静かに怒りに燃えている。「これはヤバイ」と、ダイはゆっくり後ろに下がった。一緒に来たバンパイア達にも視線を送り、後方へ下がらせる。

 グランはギィに向けて一歩踏み出した。

「それで、実験はどうなったんじゃ? 何か知見は得られたのか?」

「それが、さっぱり! だって、実験で生き残れたのは三人だけだったからね。この子と、カサンドラと、クメールシスタの魔術師?」

「エアリスか……!?」

「ああ、そうそう! じいさん、顔が広いね。あの女、いい年して独り身だったから、甘えてみたら簡単に落ちたよ。小娘には危険な貴公子、ババアには礼儀正しい甘えん坊、これ、鉄板だから! そこのゴリラ、覚えておくといい」

「余計なお世話だ!!」

「若造……。他に言いたいことはあるか?」

 ゆらり、とグランの身体から魔力の湯気が立ち上る。その様子に、ギィは嬉しそうに顔を歪ませた。

「もちろん! 年老いたエルフで実験したことはないから、結果が楽しみだ。それに、君達を改造した後は、聖女様を頂くとするよ。……ふふ。最高だね。ずっと実験台にしたかった魔王の妹は死んでしまったからね。さてさて、可愛らしい聖女様はどんな声で哭くのかな」

 ぶち、とグランの何かがキレた音がした。ギィがニヤリと笑う。ダイは嫌な予感に背筋を強張らせた。

「グラン! 冷静になれ!」

「じゃかあしいわ!」

 ゴウッ、と音を立ててグランの魔力が爆発的に膨れ上がった。

「死ね! 若造!」

 グランの杖が炎を放つ。マグマの様に朱く蠢く巨大な蛇のな炎だ。

「あはは! 予想通り、短気なジジイだ」

 ギィが冷気で応戦する。無駄話に付き合ったのは、グランの性格を見極めるためだ。性格と得意魔法は関連が深い。ギィは会話をしながら、グランの様子をつぶさに観察していた。一見すると冷静沈着で何事にも動じない老人のようだが、カサンドラやエアリスと言った旧知の人物をけなすと、魔力に乱れが生じた。なるほど、意外に熱しやすい=火炎系か、と判断したギィは、話を続けながら静かに氷の地場を整えていった。そして、恐らく彼らの最も急所とも言える聖女を言葉で嬲る。思った通り、老魔術師は冷静さを欠き、大魔法を放ってきた。

(まったく、チョロいな)

 と、ギィは歪に笑う。

 ギィは絶対零度の領域を展開し、更に風魔法の応用で領域から酸素を抜いていく。酸素が無くては、火は燃えない。魔法でも同じだ。グランの炎はギィの領域で急速にしぼんでいく。

「しゃらくさいわ!」

 くわっ! と目を見開いて、グランは炎の蛇に風を送り込んだ。勢いを失くしかけていた蛇が再び首を上げてギィに襲い掛かる。

「いいね! その魔力、いつまでもつかな?」

 ギィが楽しそうに笑う。

 炎の蛇と冷気のせめぎ合いだ。大聖堂の中は炎と冷気が充満し、魔力で身体を覆わなければ息すらできない状況と化した。

「加勢するぜ、グラン!」

 ダイが大剣を片手に駆け出した。バンパイア達も続く。

 しかし……

「させません」

 ひらり、と、妖精だった魔族がダイ達の前に舞い降りた。

 女はクルリと回ると、右手にグランの炎を、左手にギィの冷気を纏い……消えた。


「! ぐはあっ!」

 突然、ダイのすぐ後ろに居たバンパイアが呻き声をあげて絶命した。胸には後ろから女の両手が生えていた。

「くそ、転移か!」

 ダイが即座に女に切りかかるが、女は一瞬で手を抜き取ると、消えた。

「どこ行った、あの女!」

 ダイとバンパイア達は背中を合わせた。

「ただの転移ではありません。姿を消す魔法を併用しています。今も、ここの何処かに居るはずですが、完全に気配を消しています」

 バンパイアの一人が冷静に状況を分析する。仲間を失ったショックよりも、戦いを優先してくれている。流石に優秀だ、とダイは感心する。同時に、半分魔物であるバンパイアですら感知できない女の魔術の巧妙さに舌を巻く。やりにくい相手だ。

「おい、あんたら妖精と殺り合ったことは?」

「「ありません」」

「だよなあ! 可愛いもんなあ!!」

「「ですね!」」

 そう言う問題か、と自分に突っ込みながら、ダイは緊張をほぐす。バンパイア達も同じだろう。会話の中身に意味など無い。

 どこから来るかも分からない攻撃に対し、ダイ達は神経を研ぎ澄ます。正直、「うりゃあああ!」とか「おりゃああ!」とか言っているジジイが邪魔だ。

「!」

 不意に、バンパイアの一人が動いた。それを合図に、もう一人が剣を薙ぎ、ダイも正面に剣を突き出した。パラパラ、と妖精の羽が落ちた。

「くそ、掠っただけか!」

「まだ居ます! っつあ!」

「そこかあ!」

 ビュッ、と風を切り、ダイの投げたナイフが顔の半分を燃やされたバンパイアの横の空間に刺さった。

 一瞬だけ女の腹にナイフが刺さっているのが見えたが、女は声も漏らさず、すぐに消えた。

「おい! しっかりしろ!」

「ダイ殿! 怪我人にかまっている場合でありません!」

「くそ! 分かってる!」

 ダイは即座に、残ったバンパイアと背中を合わせた。

 さっきのナイフはほとんど野生の勘で投げた。

 運よく刺さったものの、女は精霊族だ。時間をあければ治癒魔法で回復してしまう。

(仕方ねえ!)

「おい、あんた! グランの背後に回れ!」

「!? 何をする気ですか!?」

「説明している暇はねえ!」

「承知した!」

 ふっ、とダイの背中が涼しくなった。ダイは2メートルほどありそうな大剣を気合を込めて床に突き刺すと、大剣を背に短剣を抜いて目を閉じた。

 しばしの、静寂。

 ダイはスッと、短剣を前に突き出した。

「!!」

 ツプリ、と柔らかいものを突き刺した感触がダイの手に伝わる。

「やっぱりな。何かに接していたら、転移できねえんだろ?」

 ダイの短剣には、女が一人、胸を貫かれてぶら下がっていた。女は転移できず、ダイの手を燃える右手で、短剣を凍る左手で握る。ダイの手が見る見る火傷していくが、それでもダイは離さない。剣はドラゴンの爪から作った特注品であり、魔法では凍らない。

「な、なぜ分かったの……?」

 コフッと血を吐きながら、女がダイを見上げた。

「さっき、わざわざ手を抜いてから転移していたからな」

「なぜ、あなたを襲うと……?」

「アンタの魔法、あのジジイと詐欺師から盗んで使ってるんだろ? それに、ジジイの相手は詐欺師がやってる。邪魔した怒られるだろ? だったら、ジジイは襲わねえし、ジジイの真後ろに居るバンパイアも後回しだ。としたら、俺しかいねえ。んで、剣を背にしていたら、正面から来るしかない。タイミングは……勘だ」

「勘……?」

「SSランクの勘を馬鹿にすんなよ、妖精ちゃん」

 ダイは、ニカッと白い歯を見せて笑った。腕の焼ける臭いが鼻をつく。

「ふ……ふふ。妖精ちゃん、か。それに……詐欺師って……ふふ」

 苦しそうに、しかし、楽しそうに女が笑った。

「妖精ちゃん、名前は?」

「ミミ」

「そうか。ミミ。もう、眠んな。魔族なんて、嫌だろ? あの詐欺師は俺達が倒してやるよ」

「……そう……ね」

 ミミは何かを諦めたように、ダイと短剣から手を離した。そして、両手で自らの胸を掴んだ。

「! ……! ……!」

 ミミの身体が半分燃え、半分凍る。

 ダイはゆっくりと剣を抜いた。ミミの身体が床に投げ出される寸前、ダイはミミを受け止めた。

「!?」

 ミミが驚きに目を見開く。せっかく手を離してやったというのに、この冒険者は自分を抱き留めてくれている。

「馬鹿ね……死ぬわよ?」

「女に優しく、ってのが、信条なんだよ。ミミ」

 そう言って笑うダイの身体も半身焼かれ、半身凍っていく。ミミは数年ぶりに心を揺さぶられた。

「ふふ……私、男を見る目なかったな」

「お? 俺に惚れたかい?」

「そうね」

 ミミが、ニコリと笑う。

 その首を、バンパイア騎士の一撃が切り落とす。

 ミミの首は落ちる瞬間、小さく呪文を唱えた。

「……ヒール」

 ミミの身体は光の粒になって消えた。


「甘すぎですよ、ダイ殿」

 血に濡れた剣を拭きながら、バンパイアがダイに苦言を呈す。

「分かってるよ」

 ダイは光の粒を掴んだ掌をそっと開いた。

 ふわっと、光が消えていく。


 その手から、傷は消え去っていた。

 ミミは死ぬ瞬間、自分ではなく、ダイに治癒魔法をかけたのだ。


 ……仇は討ってやるよ。妖精ちゃん(ミミ)


 ダイは大剣を抜き、ギィに向かって駆け出した。


ブックマーク、感想、評価等、ありがとうございます。

励みになります。


今回は、胸糞悪いサイコ野郎ギィ氏と、犠牲者の妖精ちゃんの回でした。

ギルドマスター・ダイ氏が頑張ってくれました。

流石に1話には収まらなかったです。

次回もギィ戦です。

お読みいただけると幸いです。


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