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94. 泉の守護者 2

 テイムする、とは言ったものの、今までサラが意識してテイムしたのは、父ゴルドが素手で狩ってきたグリフィンのみである。ケンタウロスもチュールもコカトリスも、気が付けば後ろに付いて来ていた、という感じだ。リュークやジーク、バンパイア達のように知能の高い者達とは時間をかけて打ち解けていき、結果としてテイムと同じ効果が得られていたにすぎない。速攻でテイムしてしまったラズヴァンは別であるが。


 目の前の青龍は、どうだろうか。獣よりも知性があり、人よりも純粋だ。ガイアード達に洗脳されていない時であれば、ジークと仲良くなった時のように、楽しい会話からテイム出来たかもしれない。だが、何者かに意識を支配され、苦痛に身悶えている子供と、まともな会話が成り立つとは思えなかった。 

 かと言って、力尽くで押さえこめる相手ではない。ジークの力を借りる選択肢もあるが、ジークがあの場を離れれば、魔王軍は連合軍が死守する安全地帯に雪崩れ込むだろう。


「うがああ! うがああ!」


 苦しいそうに、小さな青龍が転げまわっている。小さな尾が地面を打つたび、激しい振動がサラ達を襲う。

「可哀そう……」

 あんなに小さいのに。

 ただ、お気に入りの場所で静かに眠っていたいだけなのに。

「グレ兄様」

 思わず、昔の呼び方をしてしまったが、今はそんなことはどうでもいい。目の前の青龍を助けたい……!

「誰も邪魔しないように……お願いします」

「サラ様?」

 不意に、シグレの背中が軽くなった。

「! サラ様!」

 サラの意図に気付き、シグレは前方を見据え、気を放った。

 バッ、と一斉に仲間達がシグレを見る。

「サラ様が青龍と相対します! 何があっても、手を出さないように願います!」

「何だと!?」

 ゾルターン達が青龍を振り返った。

 そこには、暴れる青龍にしがみつくサラの姿があった。

「サラ!?」

 飛び出そうとするロイの肩をダイが掴んだ。

「待てや! お前が行っても邪魔になるだけだ!」

「でもっ!」

「ロイ。ワシらの力では、あそこに転移することも出来ん! 聖女だから古代龍の結界を抜け、触れられるのだ。サラに任せるしかないじゃろう! その間、ワシらはあの二人の邪魔をする者達を排除するだけじゃ!」

「……っ!」

 唇を噛みしめて、ロイはサラを追いたくなる気持ちを抑えた。サラは小さな子供を抱きしめる様に、青龍の身体を抱えている。伝説の装備が無ければ、近づくだけで存在が消滅してしまいそうなほど、あの小さな青龍の熱量はすさまじい。それなのに、青龍の尻尾に身体を打たれ、可愛い顔が歪ませながらもサラは青龍を抱え続けている。口元で「大丈夫、大丈夫」と言っているのが読み取れる。何か自分に出来ることは無いか、とロイは襲ってくる魔物を剣で捌きなが必死で考え続けた。

 大人達は黙々と、サラと青龍の戦いを邪魔しようとする魔王軍を迎え撃っている。魔王軍の数が、先程よりも確実に増えてきている。やはり、噴水を復活させたくないのだろう。青龍を倒さずに、噴水を復活させる方法は無いのだろうか。


「きゃあ!」

「!?」

 不意に、サラの悲鳴が聞こえ、ロイは我に返った。身体を抱え込むサラを、体当たりで地面に叩きつける青龍の姿が見えた。それでもサラは、手を離さない。

「うわああああ!」

 ロイは体中の血液が沸騰するのを感じた。その時、ふっ、と何者かに引っ張られる感覚をロイは味わった。

「ロイ」

 名を呼んだのは、グランだったのかシグレだったのか、それとも別の何かか……。

 ロイは一瞬にして別の場所に転移されられていた。


「ぐっ! 落ち着いて! 大丈夫だから! 私はあなたの味方だから!」

 地面に全身を叩きつけられながらも、サラは青龍に呼びかけ続けた。痛みはあるが、命に別状はない。伝説の鎧と、それをくれたリュークに感謝しかない。

「ぐうっ。うぎゅうう。……みかた……? うがああ」

「!? そうよ、味方よ。私はサラ。あなたの名前を教えて?」

「なまえ? ま……うううううう!」

「大丈夫よ、落ち着いて!」

 極力、治癒魔法を使う時の慈愛の意識を保ちながら、「私は味方。あなたとお友達になりたいの」と、サラは繰り返した。一方で、ガイアードにかけられた暗示を解くため、青龍の魔力の綻びを探し続ける。魔王軍が猛攻を仕掛けているのが伝わってくるが、頼もしい仲間達が食い止めてくれているのも分かった。とても、有難い。

「良い子。良い子。『聖女の泉』の小さな守護者さん。私達が、悪い奴らをやっつけるから、もう大丈夫よ。だから、あなたの力を貸して欲しいの」

「ぼくの、ちから……?」

 青龍は少しずつ話が出来るようになっている。明確な綻びは見付からないが、青龍の身体を蝕む魔の気配が、聖女の治癒魔法でゆっくりと浄化されているのが分かる。もう少しだ、とサラは青龍を抱く腕に力を込めた。

「うん。この噴水を復活させたいの。ここを聖水で満たして、悪い奴らが近づけないようにしたいの。だから……」

「ぼく、まもる……! このふんすいには誰も近づけない! ……お前も!」

「! 違う! それはあなたの意思じゃないの! ガイアードが……」

「ぐわああああ!」

「いっ!」

 ばくり、と青龍の口がサラの左腕を飲み込んだ。鎧のおかげでちぎれてはいないが、今まで味わったことのない激痛がサラを襲った。

「サラ!!」

「サラ様!」

 仲間達の悲鳴にも似た叫びが聞こえる。笑わなきゃ、これくらい何でもない、とサラは顔を上げようとしたが、腕を咥えたまま青龍が身をよじらせたため、堪らず悲鳴がでた。

「……ぁああああああああああ!」

「サラ! ルカを召喚して!」

 突然、ロイの声が脳裏に響いた。言われるがまま、サラはルカを召喚した。

「ルカああああああ!」

「任せて」

 と、短いルカの言葉が終わると同時に、ドオオオオン! と地響きと共に、噴水が勢いよく噴きあがった。

「!?」

 噴水はそのままサラと青龍の頭上に降りかかり、二人を包み込んだ。


「これは……!?」

 突然の出来事に、ゾルターンが目を見張った。聖水の水しぶきが大聖堂広間全体に降りかかり、魔物達は一斉に退いた。逃げ遅れた魔物は聖水を浴びて、断末魔を上げながら光となって消えていく。ゾルターン達バンパイアも一瞬ぞわぞわとした感覚を味わったが、身体自体は人間のためか、不快感はない。それよりも、宙を漂う巨大な聖水の球体に飲み込まれた聖女と青龍の行方が気になって仕方がない。

「無理やり、噴水と泉を繋げてみた……!」

 ゼイゼイと息を切らせながら、噴水の中からロイが現れた。

「ロイ!」

 シグレが転移で駆け寄り、崩れ落ちそうになるロイを支えた。一歩で遅れたダイが「ぐあ! ずるいぞ、てめえ!」と言っているが、これ以上ロイをゴリラの手に渡すわけにはいかない。

「何があった、ロイ?」

 シグレはロイの身体を温風で乾かしながら、優しく尋ねた。ゾルターン達も次々に噴水の周りに集まってくる。皆、ロイと、未だに水球に飲まれたままのサラと青龍の様子を不安げに見守っている。

「さっき、誰かに呼ばれて転移したんだ。そこは、水の中だった。でも、とても気持ちよくて、サラの言ってた『聖女の泉』なんだと思った。俺を呼んだのは、きっと泉に溶けた聖女様の意識だ。俺は半分精霊だから、泉に転移できたんだと思う」

 息を整えながら、ロイが自分の身に起こった事を説明する。

「どうしろとは言われなかったけど、俺の中にはルカが居て、サラの中にもルカが居ることを思い出した。もしかしたら、ルカを通して水を呼び込めるんじゃないかと思ったんだ」

 転移する寸前まで、ロイは噴水を復活させる方法を考えていた。だからこそ、とっさに判断できたのだろう。結果は予想以上に効果があった。ロイは、サラが召喚したルカの元に泉から聖水を転移させるつもりであり、聖水を浴びれば青龍の意識も戻り、封印が解かれるのではないかと予想していた。しかし、実際にはロイとルカの身体の繋がりと、サラを想うロイの心の繋がりに聖女クラリスの想いが加わり、直接噴水を復活させるという荒業が実現したのだった。強引に外から封印を壊され、青龍の心と体にどのような影響が出ているかまでは分からない。だが……

「青龍、笑ってるわ」

 エリンの声に、全員がはっと顔を上げた。

 聖水に身を浸す聖女と青龍が、柔らかく微笑み合い、身体を寄せ合ってクルクルと水球の中を泳いでいる。まるで、舞踏会のように。


「驚いたのぅ」

 グランが呆れたように呟く。

「本当に、青龍までテイムしおった」

「はは! 我らの聖女殿は、実に規格外だ。大いに結構!」

 ゾルターンが朗らかに笑い、バンパイア達も満足気に頷きあった。


 セーブポイント奪取、成功である。


「皆、ただいま!」

 水球の水を、噴水の周りの池に戻し、サラが青龍を抱っこしながら仲間の前に降り立った。

「サラ様、腕はご無事ですか?」

 シグレが心配そうにサラに手を伸ばした。その手に、水龍がかぷっと噛みついた。

「さら、まもる」

「あわわわわ! マール、駄目!」

「痛いですね」

「あわわわわ! ごめんなさい! ヒール!!」

 慌ててサラが治癒魔法をかけた。シグレは「いいえ、お気になさらず」と微笑んだが、親しい者ならシグレが腹の内で「この青龍、いつか殺す」と思ったことに気が付いただろう。

「マール君って、言うんだ。私、小さいドラゴン見たの初めて! 可愛いのね」

 エリンがひょこっとシグレの後ろから顔を出した。満面の笑みで、エリンがマールに手を伸ばした。

「馬鹿者! あぶな……ん?」

「「「んん?」」」

 一瞬、青龍に手を喰われるエリンを想像し、緊張が走った騎士達の目に映ったのは、中途半端に短い尻尾をぶんぶんと振って、キャッキャと美少女二人に撫でられまくる『ちびエロドラゴン』の姿だった。

「こんの野郎ぉ!」

 反射的に額に血管を浮かび上がらせたダイがマールに手を伸ばし、「うがあ!」と火を吐かれた。

「あわわ! ダイさん大丈夫!? 駄目だよ、ドラゴンさん。皆、君のことをとても心配してくれたんだからね?」

「ちょっ! ロイ、近づくな!」

 グランに治癒魔法をかけてもらいながら、ダイがロイを止めた。「何で?」とロイが振り返りながら、マールに手を伸ばす。

 再び、騎士達に緊張が走った。果たして、()()()()()()()なんだ、と。

 マールはロイの顔と、ロイの手と、そしてなぜかダイの顔を見比べ、ニタッと笑ってロイのよしよしを享受した。

「「「そっちかあああああ!」」」

 すっかり安全地帯となった大聖堂前広場に、頭上に「?」を浮かべる女子二人とロイを除く、野郎どもの叫びがこだました。


「何はともあれ、拠点が確保できたわ。ここからは、4グループに分かれようと思うの」

 サラの言葉に、ちびエロドラゴン事件のせいで緩んでいた空気が、ガラリと変わった。そこは流石に、百戦錬磨の戦士達である。

「さっき、マールを説得してる間、次から次に魔王軍が押し寄せてきたでしょう? 明らかに、当初より数が増えてるわ。きっと、魔王が力の使い方に慣れてきて、魔界の扉を開きつつあるのよ。まだ開ききって無いから、質より量、って感じだけど、これ以上開けば、もっと強い魔物もどんどん出てくるわ。時間との勝負よ」

 ゴクリ、と騎士の誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。事の重大さに気付き、皆、言葉を失くしている。

「魔王を護る高位魔族は4人よ。エルフのギィ。サキュバスのニーチェ。魔法騎士のレオナルド。そして、最強の騎士、ガイアード。この4人は、魔王への魔力の供給源にもなってるから、彼らを倒してからじゃないと魔王を倒すのは不可能よ」

「だから、どこからそんな情報仕入れてんだよ!」

「夢で見たのよ」

 ダイの突っ込みに、サラはあっさり嘘をつく。間違ってもゲームの知識だとは言えない。これらの情報に関しては、冒険者時代に『黒龍の爪』のメンバーとは共有している。いつか来る魔王戦に備えて、皆で話し合ってきたのだ。そのため、グラン、シグレ、ロイはサラの話を聞きながら、武具などの点検を始めている。

「高位魔族が4人なら、魔王も入れて5グループに分かれるべきではないのか?」

 ゾルターンが至極当然な質問をする。サラは、そうね、と頷いた。

「そうしたいところだけど、ガイアードと魔王は連戦になる。同じメンバーでいくわ」

「そうか。分かった」

 ゾルターンは素直に頷いた。


 短い話し合いの結果、人選が決まった。


 大聖堂で待ち構えるギィをグラン、ダイ組。

 魔王城、一階に現れるニーチェをシグレ組。

 二階に現れるレオナルドをロイ、デュオン組。

 三階のガイアードをゾルターンとサラ組。


 そしてそれ以外の騎士は、数名ずつ各組の補佐に付き、残りは噴水の警備と、魔王軍が連合軍のいる安全地帯へ侵略するのを防ぐのが仕事だ。ちなみに青龍マールは「ぼく、やることある」と、別行動をすることになった。ちょっと残念だ。

 ニーチェの相手がシグレ一人なのが気がかりだが、そこはエリンとサラ以外の仲間が男である以上、万が一に備えてサキュバス耐性のあるシグレで対応するしかない。幸い、ニーチェは戦闘能力も体力も高くはない。精神攻撃さえ防げれば、Sランクレベルで充分倒せるはずだ。エリンが「自分も行く」と主張したが、ニーチェの精神攻撃はお色気だけでなく、睡眠や混乱、凶暴化、など多岐に渡る。精神的に子供のエリンには危険が大きすぎた。


「じゃあ、皆、頑張って行きましょー!」

「「「おおー!」」」


 体育会系のノリで、円陣を組んで気合を入れた。全員の顔を眺めながら、「皆、無事で帰ってきてね」と、サラは心から祈る。


 魔王城に向けてゾルターン達と走り出しながら、サラはチラリと噴水を振り返った。手を振るエリンやラズヴァンに笑顔を返しながら、サラは少し、寂しい気持ちになる。


 ゲームでは、『何処にでもいる武器屋』は、あの噴水の横にも店を出していたのだ。


「ちょっとだけ、期待してたんだけどな」


 ぽつり、とサラは呟いた。


ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます!

とっても励みになります。


今回は内容が盛りだくさんで、まとまりが無かったですね。

あ、いつもか。すみません!

そして、ロイ君が皆に女子扱いされてます。おかしいな……。


次回は、いったん別の所を中継いたします。

ではでは!


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