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92. アルシノエとランヒルド

本日、91話、92話を投稿しています。

 サラ達がゲームで言うところの「セーブポイント」を目指していた頃、旧アルバトロス王国の隣国イーグルハイは中位魔族とそれに従う魔物の襲撃にあっていた。

 魔王覚醒の知らせと同時に、転移魔法を使える魔術師達が配備された避難所へと国民が殺到している。王族、貴族も例外ではない。むしろ、我先にと平民を押しのけて……時には、手にかけて……他国への脱出を試みていた。


「い~い眺めねぇ!」

 上空から人間達の醜い争いを鑑賞しながら、魔族の女は笑った。形の良いヒップから伸びた尻尾の色と形状から、元は水龍であったことがうかがえる。


「もう少し、魔物をけしかけるか?」

 女の隣で、つまらなそうに胡坐をかく男が提案した。男の方は元火龍か。


 二人とも、中位魔族ではあるが、限りなく高位に近い実力を持っている。ほとんどの中位魔族は王都シーガルに滞在していたが、元々自由を好むマイペースなドラゴン族の二人は辺境の廃城を根城にしていた。

 この2年。圧倒的上位種の古代龍の結界のせいで、数キロ先のイーグルハイを眺めて過ごすしかなかったのだが、ほんの1時間前にその結界が消えた。

 二人は嬉々として人間狩りを始めた。

 一息には襲わない。寿命の長いドラゴンにとって瞬きにも満たない時間とはいえ、2年も我慢したのだ。弱い魔物をけしかけて人間達を一か所に集め、恐怖や恨みの感情を最大限に引き出してから一匹ずつ食す。今は、そのための調理中なのだ。

「あら、だめよん。魔物に襲われる恐怖と、人間同士で殺し合う憎しみをもっとあおりたいの。魔物を増やしたら、開き直って刃向かってくるでしょ? 開き直った人間って、美味しくないもの。頑張れば逃げ切れる、くらいの魔物の量がちょうどいいのよ」

 ふふふ、と出来の悪い生徒を諭す教師の様に女は笑った。

「ふぅん。……ああ、あの人間達、逃げるのを諦めて家に戻る様だぞ。食っていいか?」

 男の視線の先には、肩を落とし、避難所から離れていく幼い子供を抱えた一家の姿があった。

「あら。本当。諦めた人間も美味しくないのよね。私の趣味じゃないから、食べていいわよ」

 仕方ないわね、と女は男の頬を撫でた。ドラゴン族の魔族は二人だけだ。女にとって、男は可愛い愛人だった。男にとっては、ただの同族の女でしかなかったのだが。


「行ってくる」

 と、男が言い残して女の元から離れた直後にソレは起こった。


 突然、一筋の光が女の目の前を通り過ぎ、そのまま男の頭を吹き飛ばした。落ちていく頭が驚きに目を見開いたが、間髪を入れず、光の弾丸が男の身体に降り注ぎ、男は龍化する間もなくあっけなく消滅した。


「……デロイト!?」

 女が叫びながら、男の残った頭を抱きしめた。

「う……うわあああああああ!」

 女が敵襲に気付き、龍化しようとした時には既に決着はついていた。

「なっ!? 龍化出来ない!?」

 戸惑う女の前に、突如として異様な殺気を放つ金髪のエルフが現れた。

「朽ち果てろ! ドラゴン女ぁ!! 『聖なる檻』からの『脱水』じゃあああ!」

 エルフの雑な呪文により、女の周囲に2メートル四方の檻が出現した。

「何なの、お前!? ……あっ、いやあああああああああ!!」

 女は体から水分が抜けていくのを感じ、必死で抵抗した。女は元水龍だ。水を操ることに関しては、誰にも負けない自信があった。しかし、目の前の狂ったエルフの力は女の能力を凌駕していた。何がこのエルフをそれほどまでに駆り立てるのか。

「嘘でしょ!? こんな、こんな簡単に……!」

 女は最期の力をふり絞り、自分ではなく男の頭を守った。

「おりゃあああああ!」

「いやあああああああ……」

 イーグルハイ全土に響くほどの絶叫を上げながら、女は干からび、水色に輝く大きな魔石を残して、最期は砂になった。女が守ろうとした男も赤い魔石になった。

「よっしゃあ! でかいの2つゲットじゃあ!」

 ぽかん、とイーグルハイ国民が見上げる中、エルフの女王は魔石を2つ回収し、ついでに辺り一面の魔物を聖なる毒で殲滅し、ハイテンションで去っていった。

 のちに、『狂ったエルフと魔族の恋人たち』という、どっちが悪役かよく分からない題名の絵本がイーグルハイでベストセラーになったという。


 ◇◇◇◇


 アルシノエがドラゴン族の魔族相手に狂喜乱舞していた頃、喧嘩相手のランヒルドはエルフの魔族を見つけていた。金髪に青い瞳。間違いなく、アルシノエの血族だ。女は、美しい顔に笑みを浮かべながら、連合軍の一部隊を蹂躙している最中だった。


「親戚の躾は、しっかりしなくてはならないな」

 美しい眉間にシワを寄せながら、ランヒルドが女の前に降り立った。ランヒルドは女の氷の刃に貫かれそうになっていた騎士の身体を横に投げ飛ばし、刃を爪で軽く受け止めた。


「まあ。ドラゴン女が、何の用? ……あら、貴女、半分エルフなのね?」

 邪魔が入ったことに一瞬顔をしかめた女だったが、ランヒルドを見て、面白いおもちゃを見つけた子供のように顔を輝かせた。

「エルフなのは、お父様?お母様?」

「? 父だが?」

 女は品定めをするようにランヒルドを見つめ、そして鼻で笑った。

「はっ! よりによってドラゴンと交わるなんて、お父様はよほどの物好きね! それともよほどの不細工で、エルフから相手にされなかったのかしら? ドラゴンは頭もお尻も軽いというし、欲求不満を満たすにはちょうどいいお相手だったのかしらね! ほほほほほ!」

「おかしいな」

 顎に手をやり、ランヒルドが首を捻った。

「何がかしら?」

 不審そうに女が眉を寄せる。

「下品で粗暴なチンピラとはさっき別れたはずだが……分身か?」

「何の話よ!」

「ちがうか。似てるが、お前に、胸はない」

「……きいいいいいいいいい!! 来なさい! 私のペット達!」

 怒りに任せて女が従魔を召喚した。S級の魔物、リッチが2体だ。実体のない幽霊の様な魔物だが、討伐の難しさと凶悪さで歴戦の騎士や冒険者からも恐れられる強者である。それを事もなげに召喚する女の実力を前に、騎士達も息を飲んだ。

 が。

「邪魔をするな」

 がんっ、とランヒルドがリッチを殴り飛ばした。

「はん! リッチが殴れるわけ……うそおおお!?」

 目を見張る女と騎士達の前で、ランヒルドはあっさり2体のリッチを拳で消し去った。

「お前は何故魔族になった?」

「いや、ちょっと待ってよ!? 何でリッチを殴れるのよ! 非常識でしょう!?」

「? 私は白龍だ。魔を殴れるのは、当たり前だろう?」

「当たり前じゃないわよ!? だいたい……え? 白龍?」

 さあーっと、音を立てて女の血の気が引くのが分かった。魔族であるはずの女が、ガタガタと震え出した。

「まさか、ランヒルド……様?」

「そうだ。知っているなら話がはやい。お前は誰で、何故魔族になった?」

「ひ、ひいっ」

「逃がさん」

 転移で逃げようとした女の首をがっちりとランヒルドの右手が掴んだ。

「お前は、エルジアのエルフだろう? しかも、かなり高位の。アルシノエの孫か? ひ孫か?」

「アルシノエ……大おばあ様……」

「ひ孫か」

 観念したのか、こくん、と女が頷いた。相手がランヒルドでは、格が違い過ぎた。

「エルジアの姫が、なぜ魔族になった。アルシノエ達は知っているのか?」

 ランヒルドの問いに、フルフルと女は首を横に振った。

「私は、駆け落ちしたと思われています。実際、私もそのつもりでした……でも」

 女は、真っ直ぐにランヒルドの紅い瞳を見つめた。何かを、訴える様に。

「私が愛した人は、魔族でした。愛を囁いて魔力の高い者を誘惑し、実験と称して私達を魔族に変えたのです。私は……魔族になど、なりたくありませんでした……!」

 女の悲痛な叫びが、響き渡った。先程まで女に蹂躙されていたはずの騎士達さえ、固唾を飲んで二人の動向を見守っている。

「そうか。残念だったな」

「!? はっ、はは……! そこは、同情したり、慰めたりするところではありませんの?」

「残念だったな」

 あくまでも淡々と、ランヒルドは繰り返した。首を絞める手からも、力は抜かない。

「……ええ……ええ! 残念でした! 悔しい! 悔しいですわ、大おば様!」

 血を吐くように、女は叫んだ。人であった頃は、さぞかし我がままで、高飛車で……可憐な少女だったろう。涙も流せなくなった身体で、必死に無念さをランヒルドに訴えてくる。

 ランヒルドは無表情のまま、腕に力を込めた。

「お前は人を殺し過ぎた。魔族を生かしてはおけん」

「……うう……!」

「だが……」

 一瞬だけ、ランヒルドの目に憐憫の情が宿った。

「お前を貶めた男は、私が消してやる。名を教えてくれ」

「ギ……ギィ……!」

「お前の名は?」

「!? ……カサン……ドラ」

「そうか。……お休み。カサンドラ」

 ランヒルドに消される瞬間、カサンドラは笑った。何か重荷から解放された様な、柔らかな笑顔だった。

 カサンドラが消えた跡には、真珠の様な美しい魔石が転がっていた。


「お前達」

 不意にランヒルドに声をかけられ、騎士達がビクッと身を強張らせた。味方なのは分かるが、存在が圧倒的過ぎた。氷の様な冷たい美貌が堪らなく恐ろしい。

 氷の女は、恐怖に身を固くする騎士達の前に立つと、見事なまでに90度に腰を曲げた。

「あの女のことは、忘れてくれないか。お前達の仲間を殺したことは、消えることのない罪だ。だが、私が仇を討った。そこにリッチの魔石が転がっている。お前達が持っていくといい。そしてリッチの仕業だったと、伝えて欲しい」

 それが「頭を下げている」のだと騎士達が理解するのに、数秒を費やした。その間、律義に無敵のドラゴンエルフは綺麗な姿勢で頭を下げ続けていた。慌てて、騎士団長が駆け寄った。

「顔を上げてください! 命の恩人の貴女の頼みを断れるはずないじゃないですか! 確かに、仲間を殺された恨みはありますが、あの娘も被害者だったんでしょう? 死んでまで辱める様な真似は、私もしたくありません!」

「そうか。ありがとう」

 団長の言葉に、ランヒルドが顔を上げた。

「では、死ぬなよ、お前達。さらばだ」

 ぽかん、と赤い顔で立ち尽くす騎士達に短く言い残し、ランヒルドは次の戦場へと去っていった。


 のちに、ランヒルドについて騎士達はこう書き残している。

「死を覚悟した我々の元に舞い降りた氷の美女は、火の神のごとき鉄拳でリッチを討ち、春の女神のごとき笑顔で我々の心に花を咲かせて去っていった」

 と。


ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます。


アルちゃんとランちゃんの戦いですが、

倒した魔族の数、質はアルちゃんに軍配が上がっておりますが、

人間性というか何というか、そういった面ではランちゃんの圧勝です(笑)。

アルちゃんも良い子なんですよ? 

魔族のドラゴン女がいたせいで、プッツンしてましたけど。


次回は、サラ達に戻ります。

今後とも、よろしくお願いいたします。

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