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90. 進む者と残る者

 現在、旧アルバトロス王国の王都、城塞都市シーガルには二重の結界が張られている。

 1つは魔王城を中心に、西の塔、東の塔、大聖堂を含む領域に張られた魔王の結界。

 2つ目は、それを覆う様に新市街地の中ほどまでに達するリーンの結界である。


 魔王覚醒までは魔王の結界は存在せず、シーガルだけでなく、アルバトロス王国全体を覆う巨大な結界が古代龍ジークによって張られていた。

 魔王の結界は、魔王覚醒時の攻撃により、ジークの結界が一瞬破られた隙を突いて作られたものだ。

 その後、それに蓋をするような形でリーンが結界を張り直した訳だが、現在そこは魔王領においての唯一の安全地帯となっている。ジークがやる気を取り戻し、根こそぎ魔族や魔物を狩ったからだ。あるいは、ジークに恐れをなした敵兵が魔王の結界内に逃げ込んだせいでもある。


 新市街地にはほとんど魔物も魔族も出現せず、サラ達連合軍一行は難なくリーンの張る結界まで辿り着いた。 

 新市街地と旧市街地を隔てる門は既に開いている。

 サラ達は門の前で進軍組と居残り組に分かれることにした。怪我を負った者はここで手当てをする必要があるため、当然居残り組だ。更に、手当てをするための魔術師、また、魔力を使い果たした者もここに残る。そして……心が折れた者達も。


「あれが、魔王の城……」


 誰かが、ぼそりと呟いた。


 リーンの結界の外から見る魔王城と、内から見る魔王城は全く別物だった。

 瘴気の濃さが段違いなのだ。恐らく、連合軍のほとんどの者が中位以上の魔族と対峙するのは初めてである。リーンとジークに守られた魔王の結界の外だというのに、身体の奥から恐怖が湧き上がってくる。ここに居る者は全て、各種族から選ばれた精鋭達だ。それにも関わらず、初めて味わう恐怖に心が折れ、その場に膝を突く者が続出した。


 -進めば、確実に死ぬ。


 皆、本能でそれを感じ取っていた。聖女のために、仲間のために、世界中の民のために死を覚悟して出陣したはずなのに、震えが止まらない。

 魔王の城を目前にして、連合軍には悲壮感が漂っていた。


「嫌です!」


 突然、沈黙を破るように、若い女の声が辺りに響いた。はっ、と、誰もがその女に注目した。長い黒髪を後ろで束ね、黒い皮の装備を纏っただけの小柄な美女……アマネであった。

 童顔で化粧もしていないため、10代の少女に見える。いつも聖女の側にいる不思議な存在だった。

 その女が食らいついているのは、同じ様な格好をした大柄な男だ。怒りを顕わにする女と対照的に、男は冷静沈着といった感じだった。


「私も行きます!」

 アマネの発言に、騎士達ははっと顔を上げた。


「足手まといだと言っている。ここから先は、誰かを守りながら進めるほど甘くはない」

 シグレはあくまでも冷静だ。非情ともいえる。

「守ってもらわなくて結構です! 私も『鬼』です。主君を守るのが、仕事です!」

「お前は弱い。主君を危険に晒すことになる。ここに残れ」

「嫌です!」

「アマネ!」

 シグレに怒鳴られて、アマネは思わずビクッと肩を震わせた。しまった、と思った時にはシグレは優しい目になっていた。シグレの大きな手が、アマネの肩に触れた。

「……俺に怒鳴られたくらいで身を強張らせる、それがお前の実力だ。これは、サラ様のためでもある……お前まで死なせる訳にはいかない。頼む、残ってくれ」

 鞭で叩いたと思ったら、急に飴を投げてくる。

 アマネは「うっ」と言葉に詰まった。

「私からも、お願い。アマネ」

 サラもケンタウロスから降りて近づいて来た。実のところ、サラも直前までは当然のようにアマネも一緒にいくのだと思っていた。しかし、実際に魔王の城を目の当たりにして、Aランクのアマネには……いや、Sランクの冒険者でもあの結界の中に入るのは無理だろうと判断した。おそらく、あの空間の瘴気は、ハミルトンの湖よりも濃い。あの時と違って、実力も上がった上に装備も揃っているが、あの中で戦闘するとなるとSSランク相当以上の実力がなければ成す術なく死ぬことになるだろう。

「サラ様……」

「大丈夫よ!」

 涙目のアマネに、サラはとびきりの笑顔を見せた。

「アマネが支えてくれたから、すっかり落ち着いたわ。腹もくくったし、私は大丈夫よ。アマネはここで連合軍の皆と待ってて。その方が、私も思い切り戦える」

「……っ! 分かり……ました」

 守りたい相手から、やんわりと拒否されてしまってはそれ以上駄々を捏ねる訳にもいかない。アマネは一歩下がって、頭を下げた。

「ご武運を……!」

「……ありがとう。アマネ……!」

 サラは、アマネを抱きしめた。その二人をシグレが抱きしめる。それを守る様に、グランとロイも輪に加わった。ひとときの、抱擁。


「さ、そろそろ行ってください」

 アマネが顔を上げたのを合図に、皆が手を離した。


 そのタイミングを見計らっていたように、パルマが前に出た。パルマの後ろには、数十人の兵が続いている。

「サラさん。進軍を希望するメンバーです」

 パルマの後ろに立つメンバーを見て、サラは小さく驚いていた。

 正直な所、誰もついてこないだろうと思っていたのだ。それほどに、魔王軍の放つ瘴気は甚だしい。

 しかし、30人ほどがパルマの後ろに控えていた。先程のアマネに刺激を受け、戦意を取り戻した者も多い。


 連合軍の精鋭部隊として、共に本隊から駆け抜けた150名の内、ここまで辿り着いたのが93名。後方にいたエルフや魔術師、妖精達50名にはほとんど死者が出ていない事から、獣人、騎士、冒険者の半分以上が死んだことになる。特に、レダコート王国第三騎士団の被害が大きかった。彼らは、獣人の様な強靭な肉体も持たず、魔法騎士の様に魔法が使える訳でもなく、冒険者の様に臨機応変に逃げ隠れできる訳でもない。ただ愚直に、聖女のために命をかける。逆に言えば、その他に被害が少なかったのは、彼らの活躍によるところも大きいだろう。

 第三騎士団は、27名いたメンバーの内、生き残ったのは僅か6名だった。それなのに、その6名も立っている。酷い怪我を負っていたはずのゲイル団長も、魔術師に簡単な治癒魔法をかけてもらい、剣を杖代わりにして凛々しく立っていた。仲間を失い、真っ先に心が折れても仕方がない状況だというのに……!

「ゲイル団長……!」

 思わず、サラは名前を呼んでいた。サラに名を呼んでもらえると思っていなかったゲイルは、はっとサラを見つめ、笑顔になった。その笑顔に、サラは堪えていた涙がこぼれた。気持ちは嬉しい。ものすごく、嬉しい。だが、アマネを連れて行かないのと同じ理由で、サラは彼らを連れて行きたくはなかった。ゲイル団長達の心意気を不意にすることになっても止めなくては、と、サラはぐっと拳を握りしめた。

「ゲイル団長、私は……」

「も・ち・ろ・ん!」

 突然、サラの言葉を遮る様にパルマが大声を上げた。

「パルマ?」

「もちろん、希望したからと言って、行っていいわけではありません! あの中には『魔』が充満しているので、SSランク相当かそれ以上のメンバーに絞ります! 僕の権限で!」

 ざわっ、と周囲がざわめいた。サラは、はっとパルマを見た。言いにくいことを言おうとしていたサラの代わりに、パルマが声を上げてくれたのだと分かった。先程の、シグレと同様に。

「ここから先に行くのは、聖女サラさん、大賢者グランさん、ギルドマスター・ダイさん、『鬼』族代表シグレさん、闇と土の精霊・ロイさん……以上!」

「「「ええええ!?」」」

 ざわめきが一気に大きくなる。特に、SSランクの冒険者や魔法騎士団長、それに、死ぬ気満々のゲイル達には納得がいかない。

「それ以外は、ここに待機です!」

「ちょっと待ってください! パルマ様!」

 青ざめた顔で、ゲイル団長がパルマに詰め寄る。そのゲイルを、パルマは右手で制した。

「それ以外の人は、この空間を死守してください! 恐らく、聖女達が中で暴れれば、こちら側へ逃げ出す魔物もいるはずです。また、中で怪我をしたり、休憩が必要になった時に、サラさん達がここに戻ってくる可能性があります。その時のためにも、ここは絶対に必要です」

 あっ、と何人かが顔を上げた。ゲイルも胸を撃たれたような衝撃を受けた。たとえ足手まといでも聖女に付き従い、最期までお守りすることが自分達の役目だと信じていた。だが、それだけが自分達の役目ではないと、総大将が道を示してくれている。

「いいですね!? 僕は本隊に戻らなければなりません。ここは決して安全な場所ではないんです。聖女の逃げ場を、皆さんが守るんです! リッケルトン魔法騎士団長、この場の指揮を頼みます! SSランクの冒険者の皆さんは、いつでも出られるように準備しておいてください!」

「分かった」

「「「おお!」」」

「ゲイル団長。……サラさんが戻った時に、レダコートの兵が居なかったら……泣きますよ、あの人」

「!? ……はっ! 我々、第三騎士団は、ここを死守します!」

 ゲイルが勢いよく片膝を突いた。それを見て、パルマはにっこり笑うと、サラに片目を瞑ってみせた。


「ありがとう、パルマ」

「すみません。本当は、僕も一緒に行きたかったですけど……」

「ううん。ここまで連れてきてくれてありがとう。……行ってくるわ」

 サラはパルマの手を握った。

 何度も勇気をくれた幼馴染の手。握る度に大きくなっていく、優しい手。

 パルマもサラの手を握り返した。

 初めて会った頃は、頑なに人の手を拒んでいたのに、会う度に、人を受け入れられるようになっていった、小さな手。誰よりも守りたい、愛しい手。

「……ああ、もう! クラウス!」

 パルマは唐突に愛馬を呼んだ。主人の意図を察したように、ペガサスが翼を広げサラとパルマを包み込んだ。

「パル……!?」

「静かに」

 パルマの唇が、サラの唇に重なった。柔らかく、優しい口づけ。サラはゆっくりと目と閉じた。

「サラさん、絶対に、帰ってきてくださいよ?」

 サラの唇に軽く触れたまま、パルマが呟いた。声も、腕も、唇も震えている。

「でないと僕は、今ここで貴女を見送ったことを、永遠に後悔する」

「パルマ」

 今度はサラから唇を押し当てた。パルマの想いが、痛いほどに伝わって来た。

(ありがとう、こんなに私を想ってくれて、ありがとう)

「大丈夫。私ね、予言の力もあるのよ? 絶対に帰って来られる自信があるわ。だから今度、一緒に新商品開発しよう?」

「はは! こんな時まで『S会』ですか? いいですよ、マシロさん」

「ふふ! よろしくね、レオンハルトさん!」

 もう一度キスをして、二人は離れた。二人とも、少し赤い晴れやかな笑顔だった。


 ペガサスが翼を広げると、何故か全員赤い顔で顔を背けていた。

 ……何をしていたか、バレバレであった。


「こほん! えー、じゃあ、僕は行きますから! 皆さん、頼みましたよ!」


 耳まで赤くして、パルマが本隊へと戻っていった。


「ワシらも行くぞ。ケンタウロスは置いていく。ここからは徒歩じゃ」

「はい!」

 バチーン、と、サラは自分の両頬を打った。その左手を、ロイが握る。

「絶対、戻ってこよう? 俺、パルマや王子とも、もっと仲良くなりたいんだ」

「……うん!」


 サラ達は、アマネや居残り組に一礼すると、魔王の結界へと走り出した。


 ゲーム通りだとすると、この先には中位魔族やS級以上の魔物が何十体も出現する。それに高位魔族が3体、そしてガイアード。最後に、魔王だ。


「行こう!」


 サラ達5人は、魔王の結界に飛び込んだ。


ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます!


あれ? あの人達を出しそびれた……

だって、パルマ君が急にチューするんですもん!

いやあ、参った、参った(笑)

おめでとう、パルマ君。


そして、「一方その頃」的な感じで、カイト達を放置中でしたね。

アルちゃんとランちゃんも喧嘩しっぱなしだし。

やることがいっぱいです! 頑張ります。

ではでは、今後ともお付き合いいただけると幸いです。


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