87. 開戦
「ジーク! 大丈夫かい!?」
「……エルフ娘が死んだ……」
「いつまで落ち込んでるの!? しっかりしてよ、もう! いくら僕が天才でも、限界はあるんだよ!?」
ジークの結界が破られ、魔王覚醒の気配をいち早く察知したリーンは、真っ先にジークの元へ転移した。魔王の配下が世界に拡散するのを防ぐため、リーンはジークの代わりに結界を張り直し、ジークの傷を癒した。
それだけでも大量の魔力を消費したのだが、容赦なく魔王軍の飛行部隊が次から次へと襲い掛かってきたため、さすがのリーンでも、戦いながらアルバトロス全土を覆う結界を維持することは困難であった。
リーンは結界の規模を、中位以上の魔族や魔物が集まる王城付近にまで絞り込むしかなかった。
しかし、リーンと共闘するはずのジークはしょんぼり肩を落とし、30メートル位まで縮小化したまま一向に戦う気配がない。リーンは自身と『しょんぼりドラゴン』を守らねばならず、開始早々に「え? 何これ、ピンチ?」と思い始めていた。リーンを襲う魔族や魔物は、いずれもS級以上なのだ。しかも時々、魔王直々に光線を放ってくる。
「もう、この馬鹿ドラゴン!」
と、リーンはジークの腹にパンチした。殴った手の方が痛い。
「ウロコ硬っ! もぉー! せめて背中に乗せてよね!?」
ひらり、とジークの背に乗って、リーンは両手を突いた。呼吸が荒い。肩で息をしたのはいつぶりだろう。
「参ったな。魔王軍って、こんなに強かったっけ? それとも僕が弱ってるの?」
「エルフ娘……」
「ジーク! 悲しむのは後にしてよ!」
「むう……」
ポカポカと背中を叩かれ、ジークは唸りながら蠅でも払うように襲って来たアンデッドドラゴンを尻尾で叩き落とした。しかし、そのタイミングを見計らっていたかのように、ジークの腹を目掛けてガイアードの槍が飛んだ。ジークの背に乗るリーンからは完全な死角だ。
「む!」
ジークが気が付いた時には、槍はジークのウロコに触れる寸前だった。
「危ない! おじさま!」
突然、一筋の光が彗星のごとくジークの脇腹をかすめ、槍を撃ち落とした。
それと同時に、美しい声が王城を包み込む。
「聖なる霧よ、悪しきものの命を奪い給え」
呪文と共に王城に毒の霧が立ち込め、力の弱い者達の命を奪っていく。『魔』にしか効かない、聖魔法と水魔法を合わせた毒だ。
「ランちゃん! アルちゃん!」
突然の援軍に、リーンは目を輝かせた。
霧から身を守る様に、高位の魔族達が魔王を取り囲んで王城内へと避難するのが見えた。一時的ではあるが、形勢を立て直すチャンスだ。
「ランちゃん、アルちゃん、格好いい! グッドタイミングだよ」
リーンは二人の美女に呼びかけた。
「遅くなりました、父上」
全身を白いウロコが覆う、凛々しい美貌のエルフが優雅に一礼した。
「私が来たからには、もう安心ですわ、お父様!」
エルフとは思えないほど肉感的な美女が胸を張った。
リーンの娘、ドラゴン族のランヒルドとエルフ族のアルシノエだ。
アルシノエがぶんぶんと右腕を回した。
「私が魔王をやっつけましてよ! ……秒で決めてやるぜ」
勇ましい妹の様子に、ふんっ、とランヒルドが鼻で笑う。
「馬鹿か、お前は。今回の魔王は今までとは格が違う。実力差の分からないチンピラは、その辺の雑魚の相手でもしていろ」
「きい! 何だとこの、まな板ババア! 寝てばっかのくせに! 寝言がうるせえぞ!」
「おかしいな。見付からない」
「何がよ!?」
「アルシノエの品性」
「きいいいいいい!」
アルシノエが発狂した。霧が一層濃くなる。これ以上は魔力の無駄使いな上に、連合軍にも影響が出かねない。ランヒルドは呆れた顔で、白竜の皮とウロコで出来たスーツで口周りを覆った。
「自分の毒で死ね」
「むきいいいいいい!」
慌ててリーンが仲裁にはいる。
「わわわ! 姉妹喧嘩してる場合じゃないでしょ!?」
「「エロフは黙ってろ!」」
「ひん! 娘にまでエロフって言われた!」
リーンが涙目になったその時、四人の脳内にパルマの声が響いた。
「いい加減にしてください!!」
「「「「!?」」」」
王城を挟んで対面する城壁の上で、パルマは深くため息をついた後、キリッと姉達を睨んだ。
レダコートの大聖堂から転移したパルマは、異様な胸騒ぎを感じ、連合軍を指揮する前に大物四人の近くに転移したのだ。
「喧嘩してる場合じゃないでしょう!?」
「レダスたん!」
「レダスなのか!?」
アルシノエは目を輝かせ、ランヒルドは目を見開いている。
ランヒルドに会うのは今生では初めてだった。それもそのはずだ。ランヒルドは人生のほとんどを寝て過ごしている。一定以上の実力の魔王が現れた時だけ目を覚まし、瞬時に駆けつけるのが彼女の宿命だった。この数千年、目を覚まさなかったランヒルドが目覚めたという事は、今の魔王が強敵である証であった。パルマのこめかみを汗が伝う。
「アルシノエ姉様! ランヒルド姉様が起きたという事は、我々だけでは危険な相手だとお分かりでしょう!? 真面目にやってください!」
「う、レダスたん、ごめんなさい……!」
可愛いレダスたんに怒られて、アルシノエがしゅんとなった。
「ランヒルド姉様! 今回は、勇者と聖女も目覚めています。頭脳明晰な姉様なら、これが何を意味するかお分かりのはず! 姉妹で喧嘩をしている場合ではないでしょう!?」
「ふむ。それもそうだ。レダスは偉いな」
賢い弟に諭されて、ランヒルドは頷いた。
「もうすぐ、聖女のパーティが到着します。人族による『連合軍』はこの結界から漏れた低位以下の魔族や魔物を請け負います。僕たちの役目は、勇者と聖女を魔王の元へ送り届けることです。我々には、魔王を封じることは出来ても、倒すことは出来ないのですから。ですから、姉上達は、ひとまず父上の結界の外にあぶれた中位以上の魔族を片っ端から片づけてください。外に被害が出ないように!」
「分かったわ!」
「分かった」
パルマの指示に、姉二人は大きく頷いた。が、すぐさま睨み合う。
「ランヒルド! 競争ですわよ! 多く狩った方の勝ちよ!」
「む。では私が勝ったらお前の国をもらおう」
「何でよ! じゃあ、私が勝ったらあんたの国をもらうわよ!」
「姉様たち!」
パルマの顔が怖い。
「あん! 冗談よ、レダスたん! 私が勝ったらほっぺにチューしてね!」
「何! そういうのもありなのか!? ならば私はリューク兄様に……」
「さっさと行けぇ!」
「「はい!」」
パルマに叱られて勢いよく飛び去ったものの、結局二人は見えなくなるまで喧嘩を続けていた。
はあ、っとパルマは押し寄せる精神疲労にため息をついた。が、こうしている場合ではない。
「父上! 馬鹿エロフのくせに勇者の力を封じたままなのは流石の判断です。封印を解くのは、せめてもう少し魔族が数を減らしてからがいいと、僕も同意見です!」
「……え?」
リーンが目をしばたかせた。思い切り顔に「何のこと?」と書いてあるが、遠めなのでパルマにはよく見えていない。
「カイトは成長著しいとはいえ、久々の力を使いこなすのに、少し時間がかかるでしょう。今、父上の結界が外から破られることがあれば、甚大な被害が出るはずです。僕は連合軍の指揮をしなければならないので、封印を解くタイミングは父上にお任せします」
「……う、うん!」
リーンは首が取れそうな勢いで、大きく頷いた。勇者に封印をかけていたことを、ようやく思い出したのだ。どうりで力が出ないはずだ。
「それから大おじさん! 何で落ち込んでるのか知りませんけど、シャキッとしてください! 父上は魔力の大部分を勇者の封印に割いているんですから、まともに戦えないはずです! 大おじさんが頼りなんですよ!?」
パルマの叱責に、ジークは一層肩を落とした。
「だって……」
「だってじゃありません! サラさんが死んでもいいんですか!?」
「!? サラが、死ぬ?」
ビクン、とジークは反応した。瞳孔が縦に伸びている。
「そうですよ!? 今、王城内には魔王の魔力が充満しています。幸いまだ目覚めたてで上手く力を使えていないみたいですが、本来、魔王の力は『魔界の扉を開く』能力です。そんな危険な所にサラさんを行かせる気ですか? 大おじさんが守らないと、サラさん死んじゃいますよ!?」
「うおおおおおお」
ガタガタとジークが震えはじめた。
「サラは死なせん……!」
くわっ! と、ジークが目を見開いた。急に首を上げたので、背中のエロフが落ちそうになっている。
「その意気です! はい! あーん!」
「あーん……! むう! ばあむくうへん!」
ジークの目が赤々と光を発した。
「むおおおおお!」
ジークが気合を入れると、身体が丸っこいフォルムからスラリとしたフォルムへと変化した。王城と城壁の狭い空間を飛び回るために形態変化したのだ。
「オレ、頑張ルゾ!」
何故かカタコトだ。
「頑張ってください! じゃあ、僕も行きますんで!」
ジークが持ち直したことを確認し、パルマは自分の仕事に戻ろうと父とドラゴンに手を振った。
「パルマ!」
急に、父から呼び止められた。
「?」
キョトンと見上げる息子に、父はにっこりと微笑んだ。それは庇護すべき息子に向けるものではなく、頼れる仲間に向ける笑顔だった。
「外を、任せたよ?」
「……はい!」
笑顔で父に頷いて、パルマは連合軍の元へと転移した。
(……さて、ここからが僕の戦いです)
連合軍とは、長い時間をかけて訓練を行ってきた。
48の国と、7つの種族、500万を超す兵がこの地に集っている。
その総指揮を執るのが、英雄レダスの二つ名を持つパルマだ。
何千年も軍を指揮してきたレダスだが、今回ほど大規模な戦は初めてだ。人の軍隊で魔王の領地を取り囲むなど、かつてないことだったのだから。
砂煙が舞う。
ガイアードの命をうけた中位魔族の指揮する魔王軍と、パルマ率いる連合軍が王都の外に広がる砂漠で向かい合っている。
(サラさん。僕達が、道を作りますから)
「全軍進め! 正義は我らにあり!」
パルマが、吼えた。
ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます!
更新が遅くなってすみません!
仕事始めは忙しいですね(笑)
さて、魔王戦が開幕いたしましたが、
魔王の前に家族の相手をしないといけないパルマ君です。
苦労しますね。
新キャラのランヒルドお姉さまは、クールビューティで、イメージは女版リュークです。
白龍系です。リーンの奥さんでご存命なのは、この白龍ママだけです。
いつか登場させれたらいいなあ、と思ってます。
ではでは。次回は巨人族のイケメン王子の登場です。