表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/365

86. それぞれの戦場へ

前回から急展開しております。

「ソフィアが……死んだ?」


 魔王覚醒の知らせを受けたサラが発した第一声は、魔王のことではなく友人の死に関することだった。


 魔王覚醒直後、世界中に散らばった『梟』の元に、ジークから念思が届いた。むろん、リュークやリーン、グラン、パルマ達の元にも伝わっている。

 ジークをテイムしているサラも例外ではなかった。

 そればかりか、ジークの負った怪我や心の痛みまで伝わってくる。


「くぅ……ああああ!」

「サラ様!?」


 急に胸を押さえて膝を突いたサラに、アマネが駆け寄った。


「大丈夫ですか? サラ様」

「皆を、呼んで。……うう。ジークが、泣いてる。早く、皆を呼んで……アマネ!」

「はっ!」


 アマネが転移したのを確認してから、サラはフラフラと椅子に座り直した。膝を抱え、背もたれにしがみついて、痛みを堪える。目を閉じると、ジークが見たであろう光景が流れ込んでくる。


 それは、空から見た光景だった。

 人間の格好をしたガイアードの腕に、ソフィアが抱かれている。

 白い肌にはあちこち傷や痣があった。町娘に変装していたのか、粗末な服はボロボロで、あちこち乾いた血がこびりついている。ソフィアはぐったりと死んだように……いや、死んでいるのだ。

 ガイアードが震えているのが分かる。

 二人を囲む様に、魔族が集まっていく。

 その魔族達の間を縫って、銀髪のエルフが息を切らしながら進み出た。

 少年とも、青年とも言えない年頃のエルフは、ソフィアに近づくと、必死で何かを語りかけているようだった。顔に触れ、身体に触れ、叫んでいる。

 突然、エルフ……ヒューは、何かに気付き、はっと顔を上げた。

 ガイアードが大きく頷いた。その途端、ヒューの琥珀の瞳が金に輝き、全身から眩い光が無数の光線のように放たれた。

 その中の、一際太く鋭い光線が、ジークの胸を貫いた。

 光線はそのまま結界を破り、何処かへ向けて飛んで行った。……恐らく、人間達の街へと。


「ソフィア……! ジーク……! 可哀そうに……!」

 ジークは、ソフィアと仲が良かったのだろう。貫かれた胸の痛みよりも、ソフィアが死んだことに対する哀しみの方がずっと苦しい。


 初めてソフィアに会ったときから、疑問に思っていたことがある。

 ゲームでは、ソフィアは出てこない。魔王も、人間に深い恨みを持つ、残忍で冷酷な人物として描かれていた。しかし、2年前に実際に出会ったヒューは、少しぼんやりとした妹想いの少年だった。美しい顔は、紛れもなく何度もゲームで対面した魔王そのものであったのに、一瞬、結び付かなかったくらいだ。

 ゲームのヒューに何があったのだろう、と、サラは不思議でならなかった。

 ゲームと現実世界にかなり相違があることは感じていたが、あのヒューが魔王として覚醒する姿など、想像できなかった。

 だからこそ、もしかしたら、魔王と共存できるエンディングを作れるのではないか、という淡い期待をサラは抱いていた。


 だが、ソフィアが死に、ヒューは目覚めた。


 恐らくあの傷は、人間達が負わせたものなのだろう。

(だから、ヒューもガイアードも、人間を恨んだんだ)

 ボロボロと、涙が溢れてきた。

(ソフィアが死ぬなんて……! あんなに惨たらしく! 怖かったよね。痛かったよね。悔しかったよね……!?)

「う……! ぅわあああああああああん!」

「サラ!」

 がばり、と、扉の前で待機していたはずのロイの胸に抱きしめられた。サラの鳴き声を聞いて駆け付けてくれたのだろう。

「どうしたの? サラ」

「ロイ……! ソフィアが、死んだの」

「ソフィア? ……サラの友達の?」

「うん。うん……!」

 ロイは、ソフィアを知らない。だが、話しには聞いていた。サラが魔王軍との戦いに躊躇している理由が、その少女の存在だったからだ。

 とっさに、ルーラのことが頭をよぎった。ロイは、サラの頭を抱きかかえる様に胸に押し付けた。

「わた……私っ、聖女なのに! 前より、強くなったのにっ、また、何も、出来なかった! 遠くにいたら、誰も、救えない……!」

「サラ! サラのせいじゃない! 自分を責めないで!」

 うわーん、とサラがしがみついてくる。

 この1カ月、聖女らしい振る舞いを意識していたサラが久々に見せる涙だった。

(こんなに近くに居ても、サラを救えない……!)

 ロイには、サラを抱きしめることしか出来なかった。せめて、サラに救われた自分の存在を思い出してほしい。誰も救えない、なんて思わないでほしかった。


「サラ様! 手あたり次第、声を掛けました!」

 アマネがゼイゼイと肩で息をしながら戻って来た。

「サラ!」

「サラさん!」

「サラ様!」

 次々に、仲間達が大聖堂の『聖女の間』に集まって来た。

 強引に涙を拭って、サラは顔を上げた。


 集まったメンバーは『黒龍の爪』に加え、リューク、パルマ、ユーティス、ゴルド、テス、ゴリラ男爵そして『紅の鹿』のメンバーだ。

 リーンは魔王覚醒を感じ取ると、間髪入れずにジークの元へ飛んだらしい。


 すでに、魔王戦は始まっているのだ。


「アルシノエ姉様や、ランヒルド姉様も駆け付けたようです。あの四人が魔族を抑えている間に、アルバトロス周辺に配置している『連合軍』を動かします。僕は、連合軍の指揮官としてここを離れます。王子、レダコートを頼みましたよ」

「分かっている。サラ。俺は、アルバトロスには行けない。予定通り各国から難民が送られてきているからな。彼らの受け入れや、レダコートを守るのが俺の役目だ。……君と一緒にいられない事が、歯痒いよ」

「パルマ、ユーティス。二人とも、気を付けて……! 絶対、死なないでね?」

 ぎゅっと二人の手を掴んで、サラは涙目で懇願した。パルマは優しい顔になり、ユーティスは険しい顔になった。

「向こうで会いましょう、サラさん」

「絶対、ここに戻ってくるんだぞ。サラ」

 うん、と頷いて、サラは笑顔を作った。

「いってらっしゃい……!」

 それは6年前、洞窟で二人を見送った時と同じ言葉だった。二人もそれを思い出したのか、ふわっと笑顔になった。

「行ってきます」

「行ってくる!」

 二人はサラから手を離し、旅立った。


 二人と入れ替わる様に、ゴルドがサラの手を取った。

「サラ。俺とテスは、ノルンを守る。お前と一緒に行きたいが、足手まといだろう。シグレ、アマネ、サラを頼んだぞ」

「「はっ」」

「それから、ロイ」

 ゴルドは空いている手をロイの頭に載せた。

「エドワード殿の領土には、アイザックが向かった。エドワード殿も、シャルロットも、アイザックと『鬼』が守る。安心しろ」

「はい。お義父さん」

 アイザックとシャルロットは、先日めでたく婚約した。来月には式を挙げる予定だ。晴れて家族となることが決まったロイは、ゴルドのことを「お義父さん」と呼んでいる。初対面の時は、「サラに近づく小僧」くらいにしか思っていなかったゴルドだが、潤んだ瞳で頬を赤らめ、遠慮がちに「お義父さん」と呼んでくるロイに情が湧いたらしい。今ではすっかり、父代わりの気分だった。

「旦那様。そろそろ行かねば」

「ああ、分かっている」

 テスに促され、ゴルドはロイから手を離した。

「サラ。シズの最期の言葉を知っているか?」

「!?」

「何でも願いを聞いてやる、と言った俺に『サラ様を抱きしめてあげてください』と言ったのだ、あの娘は」

「……お父様……!」

「サラ」

 ゴルドは、サラを包み込むように抱きしめた。頼もしい仲間と一緒とは言え、心優しい我が子が向かう先は、戦場だ。敵も味方も、多くの死と向き合うことになるだろう。

 初めて抱きしめた時よりも、ずっと大人になったとはいえ、いくつになっても子供は子供だ。代われるものなら、代わってやりたい。

「お前が聖女でなければ、この手で守ってやれたのに」

「お父様……! 私、帰ってきますから。ちゃんと、お父様の元に帰ってきますから!」

「ああ。待っている。……愛しているよ、サラ」

「私もです……! お父様!」

 ゴルドは優しく笑って、サラのこめかみにキスをした。

 そのまま何も言わず背を向けると、テスと共に去っていった。サラは歯を食いしばって涙を堪えた。


「サラ、Aランク以下の冒険者は騎士団の手の回らない周辺の村々の警護にあたる。魔族に当たっちまったら、お陀仏だが、手頃な魔物に当たれば一攫千金だ。とはいえ、あんまし魔物が増えすぎると、ギルドが破産しちまう。さっさと魔王を倒してくれよ!」

 暗い雰囲気を取り払うかのように、ゴリラ男爵ことダイが笑った。

「Sランク以上の冒険者は、極力魔王戦に参加する。転移が使える者を使って、続々とアルバトロスに向かってるぜ。俺もこの後行くつもりだ。『紅の鹿』はどうする? Aランクだが、ライラやホッケフはもとより、ぎりぎりだがモーガンとピコもSランクでも通用するだろ?」

「俺以外かよ!」

「私達は転移が使えないし、いざとなった時、足手まといだわ。それよりも、難民の受け入れを手伝いたいの。エルフはともかく、それ以外の人族を受け入れるには、まだまだ抵抗があるでしょう? 向こうも、人間に助けを求めるのは難しいと思うの。でも、私達が居ればお互い安心できるはずよ」

 ライラの言葉に、堪えていたはずのサラの涙腺が崩壊した。

「ライラ゛ざぁん゛」

「うわ、サラ、お前酷い顔だぞ!」

「モ゛ブおじざん゛」

「サラ! 俺達の心配はいらねえからよ、頑張ってこい! 俺達も、元『聖女のパーティ』として頑張るからよ!」

「聖女の゛パーティ?」

「へへ。ちょっとだけだったけどよ、聖女サラとパーティ組んでたことが誇らしいんだわ、俺達! 聖女の名に恥じないように、頑張るぜ!」

 ボブの言葉に、『紅の鹿』の面々が深く頷いた。

 耐えきれず、サラは椅子から飛び降りると、モブの胸に抱き着いた。

「私も! 元『紅の鹿』として、頑張ります! うわあああああん!」

「サラ! って、おい、鼻水つけんな! ん? むしろご褒美か? ……痛え!」

 ゴン、とボブの額に黒い魔石がヒットした。勢いで、ボブが後ろに倒れたが、誰も支えなかった。むしろ、避けた。

「痛えな!」

「自業自得でしょ?」

「成長せんな、おぬし」

「ボブ兄……最低」

「アホだろ、お前」

「散々な言われようだな! おいっ!」

 文句を言いながら、ボブはちゃっかり魔石を回収し、ポケットに入れている。

「ぷ……ふふ、あははは!」

 昔と変わらない『紅の鹿』のやり取りに、サラは思わず笑った。心が少し、軽くなった気がした。

「ありがとう。皆。帰ってきたら、またダンジョン行こうね!」

「「「「「おお!」」」」」


「さて、サラ。ワシらも行かねばならん。レダコートに被害が出るかどうかは、ワシらがいかに魔王を素早く倒せるかどうかにかかっておる」

「はい」

 グランの言葉に、サラは凛々しく頷いた。『紅の鹿』が笑顔をくれたおかげで、立ち向かう覚悟ができた。

「サラ」

 リュークがサラに近づいた。ドキッ、と胸が高鳴る。

「これを着て行け」

「あ!」

 ふわっと、リュークが魔法をかけると、サラは全身に『伝説の装備』を纏っていた。

「サラ専用に作っている鎧も、あと少しで完成する。出来上がったら持って行くから。一先ず、これで頑張ってくれ。きっと母さんが守ってくれる」

「……ありがとう。ありがとう、リューク」

 サラは、自分自身をギュッと抱きしめた。始まりの聖女マリエールの鎧が、暖かくサラの身体を包んでくれている。リュークを生んでくれた人の鎧だと思うと、感謝の念が込み上げてきた。

「サラ。俺は商人だから、魔王戦で直接戦うことはないが、戦場には顔を出す。世界中から一気に呼び出しがかかるから長居は出来ないが、呼ばれたら必ず行く」

「うん」

 サラは、ゲーム『聖女の行進』の七不思議の一つ「何処にでも居る武器屋」を思い出した。きっと、戦場にも支店を出すのだろう。それと同時に、転移や時間魔法を駆使して世界中の支店を飛び回るに違いない。

「行ってこい、サラ。戻ってきたら、またアルバイトをしてくれ。人手が足りないんだ」

「うん! アルバイトじゃなくて、正社員にして!」

「ふっ。考えておく」

「じゃあ、またね、リューク」

「ああ」


 リュークと、冒険者の面々に見送られながら、サラと『黒龍の爪』のメンバーはアルバトロスへと転移した。

 後戻りはできない。

 しかし、不思議とサラは落ち着いていた。

 幼い頃、ずっと一人で立ち向かおうとしていた魔王戦。本当にそうなっていたら、どれだけ心細かっただろう。そして、それがどれほど愚かで、無茶なことだったのか、今なら分かる。

 世界中に、守りたい人がいる。

 世界中に、心強い仲間がいる。


 それに、誰よりも愛しい人には、また会えるという確信があった。

 「何処にでも居る武器屋」は、魔王戦直前の扉の前にも店を開いていたのだから。


「さて、行きますか」


 転移で行ける最も近場のポイントに着地して、サラは暗雲の立ち込める魔王の城を見つめた。


ブックマーク、評価、感想など、いつもありがとうございます!


昨日に引き続き、本日も投稿しております。

昨日は3話(1話はオマケですが)投稿したので、読み飛ばしがある方は「?」となっているかもしれません。

ご注意ください。


さてさて、急展開ですね。

楽しい時間は終わって、これからは真面目に戦いましょう。

早く終わらせたいです。さっさと終わって、番外編が書きたいです(笑)。


今後ともよろしくお願いいたします!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ