78. 凱旋パーティ -王と、父と、兄ー
「聖女サラ・フィナ・シェード。よく戻ってきてくれた。レダコート王国を代表して、礼を言う」
「身に余る光栄に存じます」
サラ達を載せた馬車は歓声を背に王城に入った後、下級貴族達からの熱い視線を受けながらパーティが行われる会場へと向かった。途中、満面の笑みで手を振るエドワードとシャルロットの姿が見え、緊張した面持ちだったロイに、やっと心からの笑顔が戻った。その姿にサラは少しだけ安心し、二人に向かってカーテシーで応えた。
会場となる大広間のある建物に着き、クロードのエスコートで馬車から降りたサラは、そのまま会場内へと案内された。既に上級貴族で埋め尽くされた熱気の籠る会場には、入り口から玉座に向けて真っ直ぐな道が出来ていた。クロードに目で合図され、サラは一人で玉座へと進んだ。グランとロイは、クロードと共に入り口付近に留まっている。
これは、『黒龍の爪』の凱旋パーティではなく、聖女のためのパーティなのだとはっきり示す意味があるのだろう。
観衆の様々な思惑を含んだ眼差しが、容赦なくサラに浴びせられる。
さすがは上級貴族の集まりであり、庶民のように歓声を上げる者はいない。その代わり、一挙一動が見張られているような嫌な感覚に、サラは気分が悪くなった。
「王様。サラ・フィナ・シェード、ただいま帰還いたしました」
吐き気を抑え、サラは笑顔でノーリス王にカーテシーをした。ノーリスは玉座から立ち上がり、サラの元へと歩み寄った。ざわざわと、会場がざわめきだす。国際法で、王と聖女では王の方が立場が上とされている。聖女や勇者が、その国の秩序を乱すのを防ぐためだ。
それにも関わらず、ノーリスは玉座を降り、わざわざ自分からサラに近寄ったのだ。しかも、めったに見せることのない、とびきりの笑顔で。
「聖女サラ・フィナ・シェード。よく戻ってきてくれた。そなたが成し遂げた数々の功績。さぞ、苦労があったであろう。レダコート王国を代表して、礼を言う」
良く通る、王に相応しい凛々しい声で、ノーリスがサラを労った。
「身に余る光栄に存じます」
サラは素直に感謝の意を伝えた。ノーリスの笑顔で幾分心が軽くなったのだ。
「ふふふ。まさか、バンパイア達を味方につけるとは思ってもいなかった! まさに、聖女にしか起こすことのできない奇跡であろう。実に頼もしい!」
愉快そうに笑うノーリスの言葉に、どよっ、と会場の空気が淀んだのが伝わって来た。この大陸では、あくまでもバンパイアは魔物だ。しかもS級に位置づけされる、危険な魔物である。すんなり受け入れられないのは当然であろう。サラがバンパイア騎士団を呼び出せることは秘密にしているため、ここに呼べない事が悔しい。せめてエリンに会うことができれば、この国の人達の見る目も変わるのに、とサラはマントの下でスカートを握りしめた。
「ところで、聖女殿。そなたに、褒美があるのだ」
「褒美……?」
きょとん、と首を傾げるサラに、いたずらっぽくノーリスは微笑んだ。
「ゴルド・シェード伯爵、ここへ」
「はっ」
ノーリスから名を呼ばれ、ゴルドが前へ進み出た。思わず、ぱあっと笑顔になるサラには目をくれず、ゴルドはサラの横に並ぶと王に向かって片膝を突いた。
「お呼びでしょうか」
「うむ。ゴルドよ。シェード家の今までの長きに渡る功績に加え、娘サラの活躍、および聖女を輩出した功績により、伯爵から侯爵へと陞爵する。……これからも、励むがよい」
「はっ。ありがたき幸せ」
「ええええ!?」
目の前で父の爵位が上がり、思わず素が出た。慌てて口を押えたサラに、ノーリスは「ははは」と笑った。貴族達の反応は様々だ。嬉しそうに頷く者もいれば、忌々し気に顔をしかめる者もいる。父には、味方も多いが敵も多い、と聞いたことがある。敵対する者には、面白くない話であろう。もちろん、娘が聖女というのも気に食わないに違いない。
「驚いていただけたかな? 聖女殿」
「は、はい!」
「そなたも今から侯爵令嬢だ。……これで少しは、其方に近づく者を減らせたかな?」
後半部分はサラにしか聞こえないほどの小声で囁き、ノーリスは片目を瞑った。
「! ありがとうございます!」
サラはノーリスに頭を下げた。
爵位の下の者から上の者へ声を掛けることは不敬に当たる。この愛憎渦巻く貴族社会で、少しでもサラの負担を減らすためのノーリスなりの配慮であった。
「さあ、皆、今宵は楽しむがよい! 私も踊るぞ。聖女殿、早速1曲頼む」
「……はい!」
王に手を取られて、思わず「ひええええ!」と言いそうになり、ぐっと堪えた。父がもの凄い形相で王を睨んでいるが、アイザックが爽やかな笑顔で父の前に立ち、父に何か言っている。父が「はっ!」と正気に戻ったところを見ると、窘めてくれたのだろう。「グッジョブ! お兄様」と、サラは心の中でサムズアップした。
観衆の見守る中、サラはローブを脱ぐと、大胆なドレスで王と舞い始めた。王が僅かに驚いた顔をしたのが印象的だった。「王様、私、12の子供じゃありませんのよ」と嫌味を込めて言うと、ノーリスは「それは失礼した! 今度は違うドレスを贈ろう!」と目を細めて楽しそうに笑った。王と踊り終えると、盛大な拍手が沸き起こった。後で聞いた話だが、王が人前で踊るのは数年ぶりだったのだそうだ。
王と踊り終わったサラの手を真っ先に掴んだのは、誰であろう、ユーティス……ではなく、父だった。
「お父様!?」
「ふん。王には先を越されたが、小僧には負けん……!」
父が勝者の顔をしている。
目の前で愛しい女性を奪われ、ユーティスが右手を伸ばしたまま固まっている。「あわわ! かわいそう!」とサラが心配していると、その手をティアナが掴み取り、優雅に踊り始めた。「グッジョブ! ティアナ」と、サラは再びサムズアップした。
「お久しぶりです。お父様……あの」
「どうした、サラ」
「陞爵、おめでとうございます! それから、ますます男前になられましたね! お父様!」
「ぶほっ!」
ゴルドが、無表情で器用にむせた。少し、耳が赤い。
「ふん! お前こそ、すっかり見違えるようではないか。よし、これが終わったらすぐ帰ろう」
「ええ!? まだ、2曲目ですよ?」
「こんな無防備な格好の娘を、他の男と躍らすわけにはいかん!」
「な!? これくらいの格好の方、たくさんいますよ? それに、私のためのパーティですから、帰れません!」
「む! では、次はアイザックと踊れ。その次は、俺だ!」
「えええ!?」
父は無茶苦茶だ。だが、1年間の空白が嘘のように、すんなり話ができている。聖女として公式に認められたことで、距離が開いたのではないかと心配していたが、父は今まで通りサラを娘として扱ってくれている。そのことが、とてつもなく嬉しかった。
「お父様。ご心配をありがとうございます。でも、私は、私の役目を果たすために戻ってきました。ですから、ちゃんと、聖女として振る舞いたいのです」
作り笑顔ではない、心からの笑顔で、サラはゴルドに微笑んだ。変わらない人がいる、というのはとても心強い。
「……旅は、楽しかったか?」
「はい。とても」
「そうか。……成長したのだな、サラ」
「……はい。皆のおかげです」
「そうか。ならば、何も言うまい」
ゴルドはそう言うと、サラの腰に回していた手を外し、サラの頬に手を当てた。ごつごつして、暖かい大きな手の感触に、サラは少しだけ甘えた。
曲が終わり、サラとゴルドは向かい合って礼をした。
今度こそ! と手を伸ばしたユーティスだったが、アイザックに先を越された。サラの手を取りながら、アイザックがティアナにウィンクをしている。アイザックの意を汲み取り、ティアナが「あら、ユーティス様ったら! 私ともう1曲踊りたいのね! よくってよ!?」と大声でユーティスを拉致していった。
「か、可哀そう、ユーティス」
「ふふふ。次は踊っておやり」
すっかり大人の色気を身に纏ったアイザックが、優しく微笑みかけてくる。
「お兄様。ご無沙汰しておりました」
「元気そうでなによりだ。サラの話は時々シグレから聞いていたから、心配はしてなかったよ。……寂しくはあったけどね」
「お兄様!」
「サラ。実は、サラに報告があるんだが、今聞きたい? 今度がいい?」
「え!? いい報告ですか? 悪い報告ですか?」
「もちろん、良い報告さ。なんせ、お前にお姉様が出来るんだから」
「……?」
「鈍いな! 婚約したんだよ。……おっと、叫ばない!」
「うがっ! ここここ婚約!? お兄様が!?」
「そ。そろそろ跡取りのことも考えないとね。いつまでも、遊んでばかりいられない」
「ど、ど、どちらのご令嬢ですか? まさか、サキュバ」
「人間だよ。シグレじゃあるまいし!」
苦笑しながら、アイザックはサラをクルッと回した。スカートが大きく揺れて、サラの可憐さが際立つ。美男美女の兄妹のダンスに、観客は酔いしれた。
「ふふ。サラは、やはり美人だね。お母上にそっくりだ」
「! お母様を、ご存じなの?」
「当たり前じゃないか。フィナさんはうちの使用人だったんだから。とても綺麗で、優しくて、俺の初恋だったかな」
「ええ!?」
「もちろん、片思いだよ? 亡くなったと聞いた時は、とてもショックだった。でも、俺にこんなに可愛い妹をくれて、とても感謝している。サラ、生まれてきてくれてありがとう。サラが聖女でも、俺は兄としてお前を一生大事にするからね」
「……! お兄様、お兄様こそ生まれてきてくれてありがとうございます。私は、お兄様の妹であることが、とても嬉しい!」
「……やばいな。ほんとに可愛い。嫁とるの止めるか……?」
「ええ!?」
「冗談だよ。婚約についてはサラが家に帰って来た時に改めて報告する。実は、婚約者とは今日会ったばかりでね。思った通り良い子そうだし、これから愛を育んでいくよ」
「はい。楽しみにしています!」
兄との会話は、色々と刺激的だった。兄が母を知っていたことも、母が兄の初恋の相手だったことも、恋の狩人だった兄が婚約したことも。
曲が終わり、サラとアイザックは一礼した。別れ際、アイザックはサラを抱き寄せ、耳元にキスをしてくれた。わっ、と周りから歓声が上がったが、父が鬼の様な顔をしている……息子にも嫉妬するんかい、とサラは脳内で突っ込んだ。
「サラ」
4曲目にしてようやく、ユーティスがサラの元に辿り着いた。何故か息が切れている。
ふう、と息をついて、ユーティスが手を差し伸べた。
「綺麗だ。天使だと思っていたが、まさか女神だったとは」
キラキラと王子オーラを振りまきながら、ユーティスがサラの手にキスをした。
「えっと、聖女ですが……」
久々に会うユーティスは、1年前よりもさらに男らしくなっていた。自然に、サラの顔が赤くなる。律義に突っ込みを入れるサラに、ユーティスは「はは!」と笑った。
「では、聖女様。俺と、踊ってくれるね?」
「……はい……!」
サラは大きく頷いて、ユーティスを見つめた。
ドキドキと胸が高鳴る。王や、父や、兄と踊った時には感じなかった胸のトキメキだ。
ユーティスのリードに合わせるように、サラは、ゆっくりと踊り始めた。
ブックマーク、感想、評価等、ありがとうございます!
クリスマスですね!
サンタさん、評価をください(笑)
さて、今回から数話、夜会の様子が続きます。
ラストに向けて、カイトを除く攻略対象者それぞれと、
ちゃんと話をさせておきたかったので。
さて、まずは王子ですね!
一番頑張ってるのに、一番パッとしない王子……。
頑張れー!!