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72. ただいま

「いよいよ、明日はレダだね!」

 夕食を頬張りながら、サラは仲間達に満面の笑みを見せた。


 ハミルトン王国のあるサフラン大陸を出航した『黒龍の爪』一行は、行きとは違うルートでレダコート王国まで帰還することにした。

 必要な報告はグランが転移で済ませていたこともあり、急ぐ旅ではない。

 それよりも、見聞を広めると同時に、転移できる場所を増やすため、多少遠回りしてでも旅を続けるべきだというのが、大人達の意見だった。サラ達若者組も賛成であった。レダコートに会いたい人はたくさん居るが、どうせ会うならもっと成長した姿を見せたい。それに、せっかくここまで来たのだから、もっと色々な国を見てみたいとサラは考えていた。

 そこで、サフラン大陸の北から出港し、北西の大陸グリノールを経由して、エウロパ大陸へ戻ることになった。途中、グリノール大陸の中心にある『ドラード』、エウロパ大陸の北にある『エルジア』を目的地とし、近隣諸国を巡りながら『黒龍の爪』は快進撃を続けた。


 『ドラード』はグランの生まれ故郷だ。

 グランの親族も大勢いる。サラ達はそこでグランの妻や息子、孫、ひ孫、夜叉孫……と、総勢60名のグランファミリーと出会った。グランは、孫以降はすべて『孫』で一括りにしているらしい。かつてサルナーン子爵に殺されたあのエルフの少女は、夜叉孫の孫、という事だった。


 エルフの国は世界に3つあり、古代エルフの血を引く王族がそれぞれを治めている。

 リーンの娘、アルシノエが治めるエウロパ大陸北部の『エルジア』。

 ラファエルという古代エルフが築き、その子孫が治める南の果ての国『エルドルド』。

 アルシノエの娘とラファエルの孫が築いた、グリノール大陸中央の『ドラード』。


 グランの説明によると、エルジアとエルドルドとの国交はほとんど無く、互いに用がある時はドラードを通すのが通例となっているそうだ。

「え? ドラードが一番離れてるのに、何でわざわざ?」

 サラは素朴な疑問をぶつけた。

「性格の不一致じゃよ」

 そんな離婚の理由みたいな、とサラは内心で突っ込んだ。

「エルジアのエルフは、明るく社交的でおおざっぱ。よく言えば『大らか』じゃが、悪く言えば『いい加減』なんじゃ。失敗しても『てへ!』で済ますところがある」

「あ……はい。よく分かります。誰のこととは言いませんが」

「エルドルドのエルフは、閉鎖的で勤勉じゃが、熱しやすく気が短い。よく言えば『真面目な熱血漢』なんじゃが、悪く言えば『短絡的で融通が利かない』んじゃよ。失敗すると、死を選ぶこともある」

「うわ、極端!」

 そんな昔の日本人みたいな! とサラは脳内で叫んだ。

「おそらく、始祖となったリーン師匠とラファエル様の性格の違いがそのまま国民性に出ているのじゃ。遥か昔、初めてこの世界を『魔』が襲った時、魔は南から広がったらしくてな。ラファエル様達、南のエルフは壊滅的な被害を受けたそうじゃ。それ故、南のエルフは鍛錬を惜しまず、国を閉ざし、『魔』に備え続けている。北のエルフは女神セレナの恩恵が間に合い、被害が少なかった。おかげで、緊張感がない、パッパラパーな国民性じゃ」

「散々な言いようですね。でも確かに。誰のこととは……以下略」

「ドラードは閉鎖的なエルドラドの未来を心配した、ラファエル様の孫グリノール様がエルジアを訪ねたことから始まる。エルジアで、グリノール様はアルシノエ様の一人娘エレクトラ様と出会い、二人は結ばれドラードを興した。それ故、ドラードだけは今でも両国と交流があるんじゃ。性格も、どちらの性質も持っているな」

 そうか、とサラは口元に手をあてて呟いた。

「……アルシノエ姉様、子供居たんだ……」

「そこは、突っ込むと殺されるぞい」

 グランはそっと、サラの口を塞いだ。


 ちなみに、エルフには古代エルフの血の濃さでランクがあるらしく、両親が古代エルフの場合を『ピュア・エルフ』、両親もしくは片親が古代エルフまたはピュア・エルフの場合を『ハイ・エルフ』、古代エルフの血が1/4から1/2を『ミドル・エルフ』、1/8から1/16を『ロー・エルフ』、それ以下はエルフとは認めない、とのことだ。片親がエルフの場合、『ハーフ・エルフ』という呼び方をすることもあるが、古代エルフのハーフと、ロー・エルフのハーフでは身分に天と地ほどの差があるらしい。

 リーン以外の古代エルフは1万年以上前に死に絶えており、現存する『ピュア・エルフ』はアルシノエの他に2人しかいない。グランと妻、息子は『ミドル・エルフ』であり、孫以降はロー、もしくはエルフとは認められない者達だ。とはいえ、エルフの血を僅かでも引き、見た目にエルフの特徴を持っていれば追い出されることは無いのだという。エルフは長寿故に繁殖力が弱く、純血を保つのは元より、人口を維持することさえ難しいのだ。


 サラはドラードで、現国王であるアルシノエの孫娘とその夫に謁見することが出来た。リーンやアルシノエの血を引いているとは思えない程、麗しく、礼儀正しく、上品なエルフだった。サラは心の中で「ラファエル様の血脈、グッジョブ!」と親指を立てた。


 その後も、サラ達一行は各地で騒ぎを起こし……もとい、各地で伝説を残しながら旅を進めた。


 特に、ヒュドラと呼ばれる伝説級の魔物の討伐と、古代龍(白竜)の遺跡の発掘の功績は大きく、サフラン大陸を出て半年後には、冒険者達の間で知らぬ者がいないほど『黒龍の爪』は有名になっていた。

 それと同時に、『黒龍の爪』は聖女のパーティではないか、という噂も急速に世界中に広まり、サラ達は自由な旅を続けるのが困難になっていた。

 幸い、その頃にはレダコートに戻るまでの最終目的地であったエルジアまで辿り着いたこともあり、サラの身の危険も考えて、エルジア以降は寄り道をせずにレダコートに帰還することになった。


 旅に出てから1年。16歳になったサラは、1年前よりも格段に美しくなっていた。性格が子供のままなのが、玉に瑕だ。

 旅の間も、ロイは時々ハミルトンに戻り、デュオンから輸血などの治療を受けている。グランやシグレも一族からの呼び出しがあり、パーティを抜けることも多く、自然とサラはアマネと二人で過ごすことが多くなった。アマネは相変わらず自由気ままに生きているが、サラのことはそれなりに気に入っているのか、あれやこれやと世話を焼いてくれることが増えてきた。もっとも、その10倍はサラがアマネの面倒を見ているので、結局シグレから頭を掴まれ悲鳴を上げることになるのだが、アマネも少しは成長しているようだ。


「レダコートに着いたら、まずは王城に行く? それとも、一旦お家に帰る?」

 レダコート王国の首都レダからは少し離れた地域の貴族の屋敷で、豪勢な夕食をとりながらサラは翌日の予定を仲間に相談した。本当は、安宿でチープな食事でも良かったのだが、レダコート国王の配慮、とやらで丁重なおもてなしを受けることになったのだ。

 どうやら、レダコート国内では、サラが聖女であることは既に周知の事実になっているらしい。王直々に、聖女のもてなしを命じられた下級貴族は、終始カチコチに緊張しており、見るに堪えられないほどであった。聖女でなかったとしても、サラは伯爵令嬢、グランは大賢者、ロイは子爵家の長男である。日本で言えば、急に皇族の姫様御一行が田舎に泊まりに来るようなものだ。

 急に大役をするはめになった可哀そうな男爵夫婦に、サラは事前に手紙を送り、「身分を隠した旅の途中であり、パーティなどの過度なもてなしは不要である。仲間でゆっくり夕食がとれ、静かな部屋で眠れればそれでいい」と伝えておいた。おかげで仲間だけで食事ができているのだが、田舎の貧乏貴族が準備するには大層な苦労があっただろう、と思わせる食事内容だった。

 後で家から礼を贈ろう、とサラは心に決めた。


「王が首を長くして帰還を待っておられます。それに恐らく、明日の朝、ここに王都からの迎えの一団が来て、北門から王城までパレードをすることになると思います。シェード家に寄る時間はないでしょう」

 サラのパンに手を伸ばしたアマネの首を締めながら、シグレが冷静に分析する。

「ええ!? パレード? 何で!?」

「聖女の帰還ですよ? サフラン4か国との同盟の締結、種々の伝説級の魔物討伐、幻と言われた古代龍の遺跡の発見および発掘。国の使者としても、冒険者としても素晴らしい功績です」

 驚くサラに、にっこりとシグレは微笑んだ。旅をする前は、たった1年でこれほどの成果が得られるとは思っていなかった。我が小さな主は、よく頑張られた、とシグレは感慨深かった。

「まあ、私とアマネは『鬼』なのでパレードに参加する訳にはいきませんが」

「「ええ!?」」

 裏切り者! という顔で、サラとアマネがシグレを見つめた。

「私もパレード出たいです。愚民どもからチヤホヤされたいです。斜め上から見下したいです!」

「……アマネ。テス様もご覧になるが、本当にいいのか?」

「サラ様。申し訳ありません。パレードには出られません」

「変わり身、速っ! でも、まあ……グレ兄様とアマネは仕方ないか……。グランはいいよね?」

 サラは上目遣いにグランを見上げた。

「もちろんじゃ。パレードは慣れっこじゃ」

 グランはにっこりと笑い返してくれた。サラもホッとして微笑み返す。

「頼もしい! ロイもいい?」

 サラは隣に座るロイに顔を向けた。

「え? あ、ごめん、聞いてなかった」

「ええ!? パレードの話だよ。明日、一緒に出てくれる?」

「……ごめん。俺は今から父さんに会いに一度戻る」

 もう夜分なのは承知の上だが、ロイは実家に戻る気でいた。先日、リーンからの呼び出しを受けて謎の男子会に参加し、色々と思うところがあったのだ。

「ええ!? 今から? パレードが終わってからじゃ駄目?」

「ごめん。どうしても、レダに着く前に父さんに相談したいことがあって」

「そ、そうなんだ……」

 しゅん、とサラが肩を落とし小さくなった。ロイは慌ててサラの肩に手を置いた。

「あ、でも、朝には戻るよ! パレードには間に合わせるから!」

「本当?」

 心配そうに潤んだ瞳で見上げてくるサラが異様に可愛い。王子が『天使』と言っていた意味が分かる気がした。

「うん。サラの大事な時には、絶対、傍にいるって決めてるから」

 王子に対し敵対心を燃やしていたら、思わず、本心が口からこぼれた。ぼんっ! とサラが赤くなった。

「ひゃあああ! ロイ、何か、照れる……!」

 サラは両手で頬を覆った。最近時々、ロイは妙に男っぽい時がある。色っぽくて、上品で、男っぽい。不意にドキドキさせられるので、サラは正直なところ困っていた。

「ご、ごめん! 言葉にするつもりなかったのに……。最近、何か気持ちが落ち着かなくて」

 赤い顔で、ロイが謝った。こうしてすぐに少年っぽいロイに戻ってくれるので、ドキドキが長くは続かないのが救いだ。ロイの横で、アマネが「このヘタレ野郎」と罵った。いつもはアマネを窘めるシグレも、小さく「確かに」と呟いた。グランは苦笑している。

「ううん! 大丈夫、ありがとう。ロイ、エドワードさんやシャルロットによろしくね?」

「うん。サラは、しっかり身体を休めて明日に備えてね」

「はい。行ってらっしゃい」

 サラはにっこりと微笑んだ。ロイは嬉しそうに「うん。行ってくる」と返した。ヘタレと言われようが、今はまだ、この関係が心地好いのだ。


(『行ってらっしゃい』って、いいな)

 夜風に吹かれながら、ロイは頬が緩むのを楽しんでいた。サラにとっては、『黒龍の爪』がロイの家なのだ。きっとサラがシェード家に戻る時も、『家に帰る』ではなく「行ってきます」と言うのだろう。帰ったら「ただいま」だ。そして「おかえり」が返ってくる。

(いいな。俺には『ただいま』が言える場所が2つもあるんだ。なんて、幸せなんだろう)

 ロイは美しく微笑みながら、実家へと転移した。


 残念なことに、エドワードは留守だった。実家では、義母と幼い弟達はもう寝ていた。ロイは執事に起こさないように頼んで、レダコート王城に近いビトレール家の別邸に向かって転移した。


 1年ぶりに会う父は、どんな顔で迎えてくれるだろう。

 6年前、ロイが奴隷から解放された後も、新しい弟や妹が生まれた後も、変わることなく愛情を注いでくれる父。旅の間も、一日たりとも忘れたことはなかったが、父に心配かけまいと会いに行くのを我慢していた。

(昔から、我慢してばかりだな。俺は)

 別邸の父の部屋の前で呼吸を整えながら、ロイは苦笑した。

 聞いてほいいことがあった。父に、相談したいことがあった。

 ドア越しに、父の気配が感じられた。魔力はないが、穏やかな優しい気配だ。

(父上、父上、父上……!)

 ノックするのも忘れて、ロイはドアノブに手をかけた。

「父上!」

 思いの外、大きな声が出て、ロイは後悔した。眠っていたかもしれない、と思ったからだ。

 幸い、その人は今まさに眠りにつこうと布団を持ち上げたところだった。

 エドワードは、突然現れた息子の姿に一瞬ポカンと口を開けて呆けたものの、すぐに蕩ける様な笑顔を浮かべた。

 そして布団から手を離し、駆け足で息子に近寄り、何のためらいもなく抱きしめた。


 恩のあるサラのためとは言え、ようやく一緒に暮らせるようになったロイを手放すことは、エドワードにとっては断腸の思いだった。毎日、心配で心配で、6年前から再開した日記の半分は、ロイへの想いで埋まっている。娘のシャルロットに見られて、ドン引きされたくらいだ。


「おかえり。ロイ」

「ただいま、父上。ただいま」


 父と子は、お互いの存在を確かめる様に、しばらく抱き合ったまま再会を喜んだ。


ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます!


ジャンルを異世界恋愛に戻しました! 

最近、恋愛っぽくなってきた気がしたもので……え?足りない?(汗)


今回は、まとまりがなかったうえに、一気に旅が進みました。

せっかくアルシノエ様のエルジアにも寄ったのに(笑)

すみません。

それもこれも、一刻も早くエドワードさんに会いたかったからです。私が!


次回は、エドワードさんとロイの回です。お付き合いいただけると幸いです。

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