70. 聖女とバンパイア騎士団
「ロイ君。バンパイアになりませんか?」
「え!?」
コルネの葬儀が終わった2日後。
冒険者ギルドの一室で輸血を受けていたロイに、デュオンがとんでもない提案をしていた。
「何を言っているんですか!? それって、魔物に憑りつかれるってことでしょう? 俺の身体、耐えられないですよ?」
当然のことながら、ロイは反対した。冗談を言っているのだろう、と思っていたが、デュオンの目は真剣そのものであった。
「バンプに感染した者は驚異的な身体能力と寿命を得ます。もちろん、そのままでは危険しかありません。ですが、我々にはサラさんの治癒魔法があります。さすがに、活きのいいバンプを入れるのは命の危険があるので、無毒化…無力化したバンプを感染させてみるのはどうでしょう」
「ま、待って下さい! 急には決められません」
デュオンの顔に、ワクワクと書いてある。医師として、新しい治療法に胸がときめいているのだろう。気持ちは分かるが、試される方には覚悟が必要だ。
「まだ時間はあります。我々もまだ検証中ですし、ゆっくり考えてみてください」
にこやかに、デュオンはロイの腕から針を抜いた。
聖女の魔法でバンパイアが治療できる可能性があることが判明してから、デュオンを始めとするハミルトンの医師、魔術師達は様々な検証に追われていた。もちろん、サラも協力している。サラは半年前からは考えられない程、強力な治癒魔法が使える様になっており、若干テンションが上がっていた。
実を言うと、ルカ湖に入った後、サラは魔力が満タンになっていることに気が付いた。サラだけでなく、ロイ、シグレ、そしてアマネも同様だった。ルカ湖に貯まった魔力を吸収したらしい。単純に魔界の瘴気に満ちた魔力を吸収することは身体に毒であり、下手をすれば死んでしまう。しかし、サラの治癒魔法により瘴気が抜け、純粋な魔力だけが残った結果、短時間で魔力を溜めることに成功したのだ。
以前のサラにはここまでの力は無かった。
この半年の旅で確実にレベルアップしたと考えられる。
ルーラとの哀しい別れも無駄ではなかったのだろう、とグランは考えていた。心の成長は時として魔力の質を変化させる。それに加え、一気に膨大な容量を満たすほどの魔力に触れ、聖女としての能力が開花したのかもしれない。
歴代の幾人かの聖女を知るグランから見ても、サラは異質だった。
誰よりも精神的に脆い。しかし、誰よりも柔軟な思考と大らかさを持っている。単純な聖魔法や治癒魔法だけなら、歴代最弱だっただろう。だが、テイマーとしては最強だ。少なくとも、かつて古代龍や黒龍、獣人までをテイムした聖女はいない。そればかりか、テイマーの才能があった者の方が稀なのだ。
面白い、とグランはサラを見る度にほくそ笑む。サラは、エルフ達の悲願を叶えてくれる聖女となるかもしれない。
とは言え、目の前でバンパイア達を前に変顔を披露している様子からは、偉大な聖女になる姿など想像できない。しばらくはこのまま見守るしかないのだろう。……しかし……
「サラ。聖女が変顔の極みを目指してどうするんじゃ」
「目指してない! あ、でも、これと、これと、それからこれと、どれが一番王様のツボにはまると思う!?」
「王に見せる気か!?」
「ちなみに、ナイトさん達の一番人気は、これ!」
そう言って、サラは口を閉じ、上唇の下に空気を溜め、目を細め、耳を横に引っ張った。
「ふぉーふ!(オーク!)」
「ぶほっ!」
思わず、グランも吹き出した。周りのナイト達も腹を抱えて笑っている。
「やったー! うけたー!」
「やったー、じゃありませんよ、サラさん」
「へ? パルマ!?」
振り返ったサラの目の前に立っていたのは、安心安全でお馴染みのパルマだった。
「なんでパルマがいるの!?」
「なんで、って。レダコートからの使節団に決まってるでしょう? 2日前から居ましたが、サラさん、全然気づいてくれなくて泣きそうでしたよ?」
「ええ!? ごめん! ……ほれ!」
いじけるパルマを前に、サラは再びオークになった。
「ぶほっ!」
パルマも吹いた。サラはそれに飽き足らず、オーク顔でパルマに迫ってくる。
「近っ! やりませんよ? そんな『ええー、一緒にやろうよぅ』みたいな目をしても駄目です! 僕は使者なんですからね!?」
「おや、そこにいるのはもしかしてレダスか?」
「んんんんん!(ちがいます!)」
アルシノエの声を聞き、パルマもサラと同じ顔になった。アルシノエの目に殺気が籠る。
「ふざけてんのか、てめえら」
他人のふりをしたつもりだが、パルマの姿でアルシノエに会うのは初めてであり、無意味であった。
「ワシはこのへんで!」
「ああ! グラン師匠、ずるい!」
さっさと逃げ出すグランの後を追おうとしたパルマの行く手を、アルシノエの巨乳が塞いだ。
「お前、200年ぶりに会う姉に対して、何だその態度は。全く……カワユイ! 変顔のレダスたん、カワユイ!」
「ええ!? デレた!」
驚くサラの目の前で、「うぎゃあああ!」と叫びながらパルマが捕獲され、そして拉致されていった。一体、何しに来たのだろう。
「あ、そうそう。サラ。キングが呼んでいたわよ。……その顔は見せるなよ……?」
「は、はい!」
渾身の変顔に駄目出しされ、サラは少し凹んだ。「別の顔ならいいかな」とナイト達の方を振り返り、変顔してないのに爆笑され、更に凹んだ。
「聖女殿。我が家臣達を笑わせてくれているらしいな。礼を言うぞ」
王の間にはゾルターンとデュオンに加え、数人のナイトが待っていた。
「王様にも笑っていただこうと思って、渾身の変顔を用意したんですけど、皆に止められるんです」
「……変顔? やってみろ」
「ふん!(はい!)」
ぶっ、と数人のナイトが吹いた。デュオンは無言で自分の頬を殴り、耐えた。耐える意味があったのかどうかは疑問である。
そんな中、ゾルターンは顔色一つ変えず、サラを見つめていた。
「…………………………………………聖女は、やらないほうがいいだろう」
「ええええ!?」
「はは。ショックを受けることでもなかろう」
楽し気にゾルターンは笑った。コルネが亡くなってから初めての笑みだった。
「気持ちは嬉しいぞ。それにな、そなたは変顔でも愛らしい。笑えはせぬ」
「ひえええええ!」
ゾルターンからの「不意打ち褒め」に、サラは思わず赤面した。周囲のナイト達も顔を見合わせて驚いている。キングがコルネとエリン以外の女性の容姿を褒めるなど、かつてなかったことだ。ましてや、あの甘い微笑み。大抵の女なら、なびいてしまうだろう。
「……サラさん、キングに何かしました?」
デュオンに囁かれ、サラは激しく首を横に振った。
「王様! お話って何でしょう!?」
はいっ! と右手を挙げ、サラは強引に話題を変えた。
「ふむ。デュオンから、かなり検証が進んだと聞いたのでな。報告を一緒に聞こうと思ってな」
「はい! 喜んで」
サラは元気よく頷き、デュオンがひいてくれた椅子に座った。
デュオンを始めとする研究班からの報告を要約すると以下のようになる。
1.サラの治癒魔法を受けても「バンパイアが人間に戻る」ことはない。
2.ただし、バンプが無力化(あるいは無毒化)され、身体能力はそのまま(多少、落ちる)に、陽を浴びても火傷をしなくなる。
3.また、赤血球の破壊が止まり、人の血を摂取する必要がなくなり、代わりに通常の食事が必要となる。
4.体内リズムも通常の人間と同じになり、昼間の活動が活発になり、夜間は鈍くなる。
5.治癒魔法の効果には個人差があり、3日ほどでバンパイアの症状が戻る者もいる。
6.治癒魔法の効果がみられる間は、その者からは感染しない。もしくは、感染力が弱まる。
「ルーカスは治療効果が薄く、4日ほどで症状が復活しました。しかし、再度治癒魔法を施したところ、1度目よりも強い効果がみられています。フィリプスは2週間近く経ちますが、まだ症状は見られていません」
デュオンが壁に貼った巨大な紙に書かれた調査結果を魔法のライトで指しながら説明している。まるで学会発表のようだ。
「しかし一方で、治療効果がほとんどない者もいました。元々のバンプの量が多いのか、バンプの力が強いのか、聖魔法に耐性があるのか、等々、検証の余地が残っています」
「ふむ。治癒魔法の効果は永続的ではない可能性があるとなると、長期間の遠征は難しいな。かといって、有事の度に聖女殿に治癒魔法をかけて回れというのも酷な話だ」
「そうですね。ですが、部隊を昼部隊と夜部隊に分ければ、24時間戦えます。それに、通常の騎士だけでも遠征は可能です。バンパイア騎士団は短期間だけの遠征でも充分貢献できるのでは?」
「ふむ……」
ナイト達から次々に意見が出され、協議が続いている。サラはその様子をぼんやり見ていた。バンパイアを完全に治せたわけではなかった事が、少し残念だった。コルネがあんなに喜んでくれていたのに、と寂しい気持ちになる。
「なんだと!? それは本当か、聖女殿!?」
「へ!? 何がですか?」
突然、大声で王から質問され、サラは驚き椅子から落ちそうになった。
「聞いてなかったのか。バンパイア騎士団の移動の話だ。転移を使える者は少ないため、移動だけで日数を取られては肝心な時に戦えぬ」
「ですが、我々には画期的な解決方法がある、という話で盛り上がってたんですよ。サラさん」
「画期的な方法?」
きょとん、とサラは目を丸くした。
「そうです。……昨日、成功したじゃないですか。忘れたとは言わせません」
一度言葉を切って、デュオンはナイト達を見渡した。
「バンパイアの、召喚です」
「ああああ!」
「なんで貴女が一番驚いているんですか!」
「だって、昨日のはラズヴァンだったし、ラズヴァンは獣人だから呼べたのかなって」
「いやいや、普通に考えて、人である獣人より、魔物であるバンプを器ごと召喚したと考えるのが妥当でしょう」
「なるほど!」
「なるほど! じゃ、ありませんよ、サラ様。召喚するための条件を忘れたんですか? これは画期的な方法ですが、我々としては重大事項なんですよ。昨日説明したでしょう?」
あきれ顔で、デュオンがサラを見つめている。視線が痛い。確かに、昨日デュオンが何かを説明していた気がするが、入浴中のラズヴァンを召喚してしまい、お互い「きゃあああ!」「うわああああ!」と叫び合い、ろくに聞いていなかったのだ。
はあ、とため息をついて、デュオンとルーカス、フィリプスの三人が王の間から出て行った。怒らせてしまったのだろうかと、サラが不安そうな顔でゾルターンを見た。ゾルターンは緊張した面持ちで、サラに命じた。
「聖女殿。ルーカスとフェリプスを召喚してくれ」
「え!?」
「聖女殿の治癒魔法を受け、貴女に名を知られた者なら、呼べるはずだ。……テイムされたらしいからな」
「ええ? えええええ!?」
「だから、何でそなたが一番驚くのだ! 国の主要戦力をテイムされたこちらの心情も考えよ!」
「は、はい! すみません! やります! やってみます!」
慌ててサラは立ち上がり、広い空間に移動して目を閉じた。意識を集中させると、確かにルーカス、フェリプスとの繋がりを感じることができた。そして……
「ここに来て。私の騎士達」
「! これはっ!?」
ゾルターンは驚愕し、思わず立ち上がった。サラを包み込む様に、白い光が発生したと思った瞬間、光は一気に王の間を満たした。まばゆい光に、ゾルターンが一瞬目を閉じ、再び開けた時、ゾルターンは唖然となった。
「馬鹿な……」
王の間には42人のバンパイア騎士が召喚されていた。あの日、サラの治癒魔法を受けた者、そしてエリンとラズヴァン、そしてデュオンだ。突然の召喚に騎士達は戸惑いを隠せないでいる。ラズヴァンはまた風呂に入っていたらしく、「うわあああ!」と叫んでいる。エリンが「きゃあああ!」と言いながら凝視しているが、放っておこう。
「えっと……まとめて召喚できちゃった。てへへ」
サラが照れた。サラは事の重大さにピンと来てはいないが、今ここに、聖女がバンパイア騎士団という超強力な従魔を得たことが証明されたのだ。
唖然としていたゾルターンが、はっ、と正気を取り戻した。
「聖女殿! この人数を一度に召喚するなど、規格外だろう!? 召喚は呼び出される魔物の魔力が強ければ強いほど、術者の魔力を消費すると聞く。バンパイアはS級ではなかったか? それをこの数……大丈夫なのか?」
「えっと、ごっそり魔力を消費した気がしますが、まだ半分以上残っている感じがします!」
「信じられん……」
ふらり、とゾルターンは椅子に倒れこんだ。有り得ないものを、この目で見てしまった。可愛らしい見た目とお茶目な性格のせいで甘く見ていたが、本当に、この娘は『聖女』なのだ。魔王、勇者と並び称される『聖女』。人を遥かに超越した存在。
「実験成功……ですが、サラさん。許可なく呼び出しては駄目ですよ。我々は一応、人なんですから。ああ、ラズヴァン。開き直らないで、自慢のモノは隠してください」
召喚できたことで、本当に『バンプ』がウィルスではなく魔物であると証明された、とデュオンは付け加えた。
「そういえば、デュオンさんやエリンやラズヴァンには治癒魔法してないよ?」
「ああ、我々は陽に当たると普通に火傷するので、本当に適当に召喚するのは止めてくださいね? 私は長く貴女の傍にいましたから、自然にテイムされてしまったのでしょう。恐ろしい人だ。ラズヴァンは既にテイム済みでしたし、エリン様は貴女に借りがある。感謝しているうちに、テイムされたのでは?」
デュオンの言葉に、ラズヴァンの裸体に見とれていたエリンがぎょっとして、振り返った。
「何よそれ! 一国の王女が知らぬ間に従魔にされたとか、怖いんだけど!?」
「ご、ごめんなさい! エリン! 変なことはさせないから!」
「当たり前よ! ……まあ、サラのことは信じるけど……」
「ありがとう! エリン、大好き!」
サラが笑った。サラが笑うと、強面の騎士達も思わずデレッとにやけた。……完全に、テイムされている。
「……本当に、移動問題まで解決してしまったな」
はあ、とゾルターンがため息をついた。にやけていた騎士達も、はっとなり主を見た。
「聖女殿。それから、我が同胞達よ。聖女とバンパイアの関係は国家機密とする。バンパイアが制御できるとなれば、喉から手が出るほど欲しがる国はいくらでもいるだろう。聖女殿の身が危ない。まだ、外には知られていないな?」
「はっ。さすがに、アルシノエ殿やリーン殿には知られてしまいましたが、お二人とも事の重大さを認識されており、口外はしないと誓ってくださいました」
「ふむ。聖女殿、お仲間にも口止めしてくれ。何より、貴女の身のためだ」
「はい」
「では、聖女殿はもう帰られよ。これから、我らのみで会議がある」
「はい! じゃあ、皆さん。勝手に呼び出してすみませんでした!」
勢いよく頭を下げ、サラは王の間を後にした。
扉へ向かう間、何故か騎士達から拍手が沸き起こった。照れ隠しに変顔で振り返り、王から「やめよ」と叱られ、しゅんとなった。が、騎士達が大爆笑してくれたので、良しとしよう。
バンパイア問題は一通り片付いた。
そろそろ、旅に戻るべきだろう。
サラはその夜、『黒龍の爪』のメンバー達と話をし、2日後にサフラン大陸を発つことにした。ロイが終始浮かない顔をしているのが気になったが、「何でもない」と微笑むだけで、理由を話してはくれなかった。
ベッドの中で、サラはふと、デュオンの言葉を思い出していた。
(長く傍にいたから、自然にテイムされてしまった)
(感謝しているうちにテイムされてしまった)
コルネの葬儀が終わった後のゾルターンとの夜と、昼間の笑顔が脳裏に浮かぶ。
(………………………………………………まさかね)
証明するのは簡単だが、恐ろしすぎて、する気にならない。
サラは布団を頭から被り、丸くなった。
2日後。
サラ達は多くの者に見送られながら、サフラン大陸を後にした。
目指すはレダコート王国。
聖女の凱旋である。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます。
またファンアートを頂いちゃいました! 次の登場人物のおさらいで掲載させていただきます! 感謝です!
今回は、パルマ君も出て来たんですが、あっという間に退場でしたね。
本当、何しに来たんだろう。(笑)
そして、ロイ君はどうするつもりなんでしょう? 私にも分かりません(汗)
長かったバンパイア編が終わったので、
次回は箸休めにいつもと違った感じの話になります。
ではでは!(変顔)