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69. クイーンの最期

「よく来てくださいました。聖女様」


 ハミルトン王国の城の地下で、痩せた頬に笑みを浮かべながらコルネが待っていた。ゾルターンを始めとするサフラン4国の王達と同盟を結んだ翌日、サラは一人でコルネの元を訪れた。夜の祝賀会まで時間を持て余していたということもあるが、どうしてもコルネに直接伝えたいことがあったのだ。


「娘とナイトをお救い下さり、感謝いたします。それに、バンパイア達のことも」

 ゾルターンから話を聞いたのだろう。コルネも少し興奮気味だ。

「私のせいで、この国はバンパイアだらけになってしまいました。魔族に滅ぼされるよりは良かったのでしょうけど、陽も当たれぬ身体にされた者達のことはずっと不憫だったの。ありがとう、聖女様」

「いえ、そんな! たまたま、偶然、ミラクルが……」

 ごにょごにょと言いながら、サラは照れていた。今は人払いをしてもらっており、侍女の姿もない。サラはコルネのベッドの傍に椅子を置き、横たわったままのコルネの手を握っていた。感謝の言葉を口にしながら、コルネの手に僅かに力がこもったことに胸が熱くなり、もらい泣きしそうだった。……老女は、もとい聖女は涙もろいのだ。

「聖女様、ルカには会えましたか?」

「はい。コルネ様」

 今日、サラがコルネの元に来た最大の理由はルカのことを報告するためだった。

「実は、昨夜遅くに私を訪ねて一人の男性が現れました」

「男性……?」

「はい。その人は、全裸で歩いて来たようで、街は若干パニックでした」

「……まあ!」

 くすくすと、コルネが笑った。

「しかもその人は、魔物でした」

「!?」

 コルネの笑みが消えた。代わりに、目を見開き、手が小さく震えている。

「コルネ様に謝らなければなりません」

「まさか、ルカが蘇ったの? 謝るって……討伐されてしまったの……!?」

 だとしたら、魔石など渡さなければ、とコルネは泣き始めた。

「違います、違います!」

 ぎょっとして、サラはコルネを慰めようと手を伸ばした。が、それより先にコルネの頬に触れた白い指があった。

「泣かないで、コルネ」

「……ルカ…?」

 いつの間にか、サラの後ろから金色に輝く美しい青年が腕を伸ばしていた。青年は愛おしそうに、コルネの頬を撫でた。

「僕は、寂しくなかったよ。君がずっと傍にいてくれたから。ちゃんと、伝わっていたよ」

「……ああ、ルカ……ルカ!」

 震える腕を伸ばしたコルネの折れそうな身体を、ルカは優しく抱きしめた。

「ごめんね、コルネ。君が悲しい時、抱きしめてあげられなかった。全部、僕のせいなのに」

「ううん! 違うわ、あの時私が選んだのよ? それに、ここに来られたおかげで素敵な旦那様と娘ができたわ。ルカ、私は幸せよ。あなたのおかげで、幸せなの」

「僕の……おかげ?」

「そうよ」

「僕の……」

 ルカは、胸の奥が熱を帯びる感覚を味わっていた。今まで、誰も救えなかったという想いで冷たく固まっていた芯のような部分が、暖かく柔らかいものに変化していく。

「ありがとう。コルネ」

「ありがとう。ルカ。今でも愛してる」

「僕も、大好きだよコルネ」

 きっと、ルカの『大好き』はコルネの『愛してる』とは意味合いが違うだろう。それでも、コルネは300年もの長い間、胸につかえていた苦しみが消えていくのを感じていた。

「ありがとう。聖女様。人生の最期に、こんな素敵なプレゼントが待ってたなんて、想像もしてなかったわ。……そう言えば、謝らなければならない事って……?」

「あ、それは、その」

 急に話を振られて、サラは焦った。人と魔物の恋物語の結末に胸が熱くなっていたのだ。

「……しまして」

「え?」

「ルカさんを、テイムしちゃいまして……すみません!!」

「えええ!? ……うっ」

 げほげほ、とコルネがむせた。ルカが青い顔で背中を擦っている。

「サラが、僕に命をくれた。湖に溶けていた僕の身体は、悪い魔に蝕まれていて、とても再生できる状態じゃなかったんだ。でも、サラの治癒魔法で悪いものが浄化された。おかげで僕は、君が大事にとっていてくれた魔石を元に再生できた。サラがくれた命だから、サラに捧げる。僕の方から、テイムされに行ったんだよ」

 ルカは、魔石を核に再び人の姿を取り戻した。サラの治癒魔法のおかげで清められた魔石と、聖水から生まれた土の魔物、もはや、土の精霊といってもよい存在に生まれ変わっていた。

「……な、何だか複雑な気持ち……」

 コルネは大切な人を横取りされた気分になった。サラが謝った理由はこれか、とコルネは納得した。そんなコルネの気持ちを知ってか知らずか、ルカは言葉を続ける。

「それに、テイムされたら術者が行けるところならどこでも行けるでしょう? 僕の力じゃ城の中には入れなかったから、サラにお願いしたんだ。あなたの従魔になるから、コルネの所に連れて行って、って」

「私に会うために、従魔になったの?」

 コルネは目を見開いた。小さな驚きと喜びが胸に広がる。

「うん」

「ルカ……ありがとう。聖女様、ちょっと悔しいけど……ルカをよろしくね」

 コルネは、祖母がかつて自分に「ルカをよろしく」と言った姿を思い出した。自分はもう長くない。これは寿命なのだ。聖女の力でもどうにもならない。ルカとはもう、一緒に居てあげることはできない。だから、次に託そう。信頼できる人に、大切なこの人を託そう。

「はい! コルネ様」

 サラはコルネとルカの手を取り、力強く頷いた。


 10日後。

 ハミルトン王国のクイーン。

 全てのバンパイアの母にして、ゾルターンの最愛の女性であったコルネリア王妃は、夫と娘、そして多くの家臣とサラ達に見守られながら、300年という生涯を閉じた。死の間際、王は一匹の魔物にも看取りの場に立ち会うことを許可した。


「ありがとう。ゾルターン。誰よりも、愛しています」

 それが、コルネの最期の言葉だった。


 3日間にわたって行われた葬儀には、ハミルトン王国だけでなく、サフラン大陸全土からの弔問客が絶えなかった。そればかりか、エルフの国エルジアと、レダコート王国からの使者団までも訪れた。

 ゾルターンは喪主として、最後まで毅然とした態度で式を執り行った。エリンもテキパキと指示を出していたが、時々一人で何処かへ行くことがあった。一度だけ、エリンを心配したサラが後を追いかけたことがある。そこには、泣きじゃくるエリンの肩を抱き寄せるラズヴァンの姿があった。サラはそっと、その場を離れた。


 全ての葬儀が終わった夜、城から王が消えた。

「やはり、ここにおられたのですね、ゾルターン王」

「……聖女殿か……」

 サラは、ルカ湖の石碑の前に来ていた。ここに来れば王に会えると思ったからだ。月明かりに照らされて、独りで王は立っていた。

「慌ただしくて、すまなかったな。もてなすどころか、こちら側の人間として働かせてしまったそうで、申し訳ないことをした。貴女方には、後で充分に礼をしよう」

「……私のことはいいです。あの、大丈夫ですか? 王様」

「……大丈夫なものか。コルネは私の全てだった」

「……」

「大丈夫ではないが、王たるもの、大丈夫であると演じなければならん。……だが、葬儀が終わった今宵だけは、一人の男として妻を想っていたいのだ」

 そう言って、ゾルターンはサラに微笑んだ。

「申し訳ない。聖女殿。慰めにきてくれたのだろうが、今は一人にさせてくれ」

「……はい」

 おやすみなさい、とサラは頭を下げ踵を返した。

「愛していると……」

「?」

 ぽつり、とゾルターンが呟いた。独り言のように、しかし、サラに聞こえるように。

「コルネから、愛していると言われたのは初めてだった。ずっと、俺の片思いだと思っていた。コルネに頼る者がいないのをいいことに、身勝手に妻とし、バンパイアの母という重圧を与えてしまったのではないかと、ずっと、ずっと……怖かったのだ」

 ゾルターンはサラに背を向け、独白を続ける。月明かりに伸びる影が、サラの足元に届いていた。それはまるで、一人にしないでと、幼い子供が親に向かって手を伸ばしているようだった。

「コルネ、お前は幸せだったか……?」

「幸せでしたよ」

 コルネの代わりに、サラが答えた。

「素敵な旦那様と娘ができて、幸せでした」

 それはコルネがルカに語った言葉だった。あの時、コルネから感じた想いは本物だった。


 サラは後ろから、ゾルターンの肩を抱きしめた。

『共感と共有』

 それが、聖女の力の源だ。コルネの想いがこの孤独な青年王に届きますように。


「幸せでした」

「……そうか。幸せだったか……」

 目を閉じたまま、ゾルターンは少しだけ上を向いた。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます!


ペシャワール会の中村先生は、

異世界勇者や聖女がやることを

剣も魔法も使わずにやってのけた方です。

これって、めちゃくちゃ凄い事ですよね。


話は代わりますが

今日「シティハンター」の実写版を観てきました!

ちょっと下品な所もそのまんまでした!(笑) 

最後に「Get Wild」が流れた時、ちょっと感動しました。

ファルコンのお尻が……お尻が……!(笑)


ではまた次回。

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― 新着の感想 ―
[一言] 載せるの全然おけです!うまくできて良かった(*´σー`)エヘヘ
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