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68. 再交渉

「大変なことになった」

「えええええ!?」


 翌朝。

 王城に招待された聖女一行は、開口一番、ゾルターンからそんな事を言われた。

 なんでも、サラから治療を受けたナイトやバンパイア騎士達の能力が弱まってしまったらしい。大幅な戦力ダウンだ、とゾルターンは頭を抱えていた。

「ごごごご、ごめんなさい!」

 自分が調子に乗って治癒魔法を使いまくったせいだ、とサラは頭を下げた。

「いや、聖女殿が謝る必要はない。聖女殿には感謝しかしておらぬ。頭を上げてくれ」

 申し訳なさそうなゾルターンの言葉に、「ふええ」と涙目でサラは顔を上げた。ゾルターンの後ろでは、エリンとラズヴァンも申し訳なさそうに縮こまっていた。

「ねえ、ねえ。ゾルターン君。具体的にはどんな感じなの? 僕、こう見えて長生きだけど、治癒魔法を受けて弱くなるなんて初めて聞く現象だよ?」

 リーンが興味深げに耳をピクピクさせている。ゾルターンは横に控える二人のナイトに視線を送った。

「ふむ。どのような感じなのだ? ルーカス、フィリプス」

「はっ。まず、夜中に眠気に襲われます。それから、五感が全体的に鈍くなったように感じます。大幅に体力や身体能力が落ちた、という訳ではありませんが、夜中に活動できないのはバンパイアとしては辛いところです」

「私も似たような症状です。私の場合は、それに加えて空腹感を覚えるようになりました。ああ、もちろん輸血すればいくらか治まるのですが、それとは別に、なんというか、300年ぶりに『腹がすいた』という感覚に襲われるのです」

 ざわざわと、バンパイア達にざわめきが広がる。王の間は広く、100人以上の騎士達が集っている。その内の半数がバンパイアだ。

 はて? と、サラは首を傾げた。

「え? それって、普通のことじゃないの? バンパイアさん達って、いつもご飯どうしてるの?」

「聖女様。我々は基本は輸血するだけで、固形物をとることはありません。身体が受け付けないのです。特に300年前にクイーンから直接血を受けた者ほど顕著です。この100年程で感染した若いバンパイア達は普通の人間と変わらない食事ができる者もいますが……」

 サラは更に首を傾げた。

「バンプウィルスが変異したとか? あれ? もしかして私、バンパイアまで治しちゃったとか……?」

 ざわめきが、一般の騎士達にも広がり始めた。どうやら只ならぬことをサラは口にしたらしい。ゾルターンも身を乗り出し、デュオンに視線を送っている。

「バンパイアを治す? そんな馬鹿な……いや、まさか……?」

 はっ、と弾かれたようにデュオンが顔を上げた。

「どうした、デュオン」

「王よ。私はとんでもない思い違いをしていたのかもしれません」

「ほう?」

 しん、と会場が静まり返った。皆が緊張の面持ちでデュオンの発言を待っている。デュオンは、300年近く停滞していたバンパイア研究に一石を投じた研究者だ。デュオンが広めた献血および輸血制度や、鉄剤の定期的な摂取により、バンパイア達の飢餓問題が著しく改善した功績がある。デュオンの発言は、この国では特別な意味を持っていた。

「私は『バンパイアはバンプウィルスの感染によって発症する』と最初に聞いたため、すっかり感染症のつもりで研究していました。ですが、バンプウィルスは本当に『バンプウィルスという名の魔物』なのかもしれません」

「つまり?」

「本当に、魔法で治ってしまうのではないでしょうか?」

「!?」

 広い王の間が再びざわめき始めた。

「バンプウィルスの正体……仮に『バンプ』と名付けましょう。バンプは目に見えない程の小さな魔物で、人間の体液を介して感染する。感染したバンプは人間の赤血球に侵入し、それを破壊。もしくは酸素結合を阻害します。赤血球の働きは突き詰めれば『酸素供給』です。酸素が足りなくなると、人間は著しく機能が低下します。それが、バンパイアの昼の状態。そして、魔物の力が活性化すると魔力によって身体能力がアップする。それが、夜の状態。貧血状態の感染者は、赤血球を求めて血を吸い、それに乗じてバンプは別の個体に感染する。……仮説ですが、そう考えると色々と納得できることが多いのです」

 赤血球は鉄とグロビンから出来ている。赤血球が酸素を運べるのは鉄があるからであり、赤血球輸血は言い換えれば「超高濃度の鉄剤の投与」なのだと、サラはマシロの時に聞いたことがあった。

「バンプは1体ではありません。1体だけが感染したとしても、おそらく体内で爆発的に増殖するはずです。……人によって発症期間がバラバラなのは、最初に入ったバンプの数の問題なのか、増殖力の問題なのか。そして、魔物であるからには魔力を持つはず。体内で爆発的に増える魔力に耐えられず、魔力容量の少ない者は死に、大きい者が生き残る。あるいは、バンプが増殖するには魔力が必要なのかもしれません。なので、魔力の少ない者はあっという間に魔力を奪われ死に、多い者は耐えきれるのかも。……興味深いな。だとすると、人間にしか発症しない、という定説についても再考の余地が……」

「待て待て待て待て! 分かるように話せ!」 

 ブツブツと自分の世界に入り込んだデュオンに、ゾルターンがストップをかけた。医学の発達していないこの世界の人々には、デュオンの話は難しすぎるのだ。

「僭越ながら」

 と、シグレが手を挙げた。

「要約すると、バンプという魔物に憑りつかれた人間は、バンパイアと呼ばれる状態になる。バンプが魔物であるならば魔法で退治が可能であり、バンプが消えたバンパイアは人間に戻る、と?」

「「「……おお!」」」

 シグレの解説に、一呼吸置いてほぼ全員が頷いた。リーンが嬉しそうに「さっすがシグレ君! まとめ上手!」と笑い、「シグレ様、素敵でぇす。昨日のことは水に流して差し上げまぁす!」とアルシノエが腰をくねらせている。

 ふむ、と肘乗せに肘を突き、ゾルターンは顎に手を当てて考え込んだ。

「……しかし、過去の研究においても治癒魔法や聖魔法を始め、種々の魔法が試されたはずだが、バンパイアに有効な魔法は火炎魔法だけだった。……しかも、単純に体ごと灰にする、というだけで人に戻す方法など見付からなかったはずだぞ?」

「はい。私もそれを聞いていたので、不治の病だと思っていたのです。ですが……」

 あ! とリーンが飛び跳ねた。

「聖女の治癒魔法は特別、ってことだね、デュオン君?」

「はい」

 がたっ、とゾルターンが立ち上がった。

「! ルーカス、フィリプス!」

「「はっ!」」

 王の意を汲み取り、二人のナイトは一斉に何処かへと転移した。

 そして数分後、ざわめきが治まらぬ王の間に、二人は息を切らせて戻って来た。

「どうだった、ルーカス!」

「はっ! 私の右腕をご覧ください」

 ルーカスと呼ばれたナイトは、王の前にむき出しの右腕を差し出した。

「ご覧の様に、私の右腕は焼けただれています。海まで飛び、直射日光を浴びて参りました。そして……」

 今度は左腕を差し出した。

「左腕は、我が国内で陽に晒しました」

「!?」

 ゾルターンは玉座から降り、ルーカスに近づくと両腕をまじまじと見比べた。

「左腕は全く火傷をしていない」

「……はい!」

 ルーカスが満面の笑みで頷いた。全身に鳥肌が立つのを感じながら、ゾルターンはもう一人のナイトにも尋ねた。

「フィリプス、お前はどうだ!」

「王よ、ご覧ください」

 フィリプスはターバンを取り、両腕をめくってみせた。左腕は無傷。右腕も、うっすら赤くなっている程度であった。

「……おお……おお!」

「王よ。私は、300年ぶりに外でターバンを外しました。まさか、こんな日が来ようとは……!」

 感極まって、フィリプスと呼ばれた年配のナイトは泣き崩れた。

「……ぉぉおおおおおおおおお!」

 ゾルターンが吼えた。ナイト達も興奮気味に何かを言い合っている。王の間は、異様な熱気に包まれた。

「聖女殿!」

「は、はいっ!!」

 ずかずかと大股でゾルターンはサラに近づくと、直前で立ち止まった。

「礼を言う!!」

 ばっ! と勢いよく膝を突き、ゾルターンが頭を下げた。それに倣い、一斉に配下の騎士達も剣を置き、膝を突いて頭を下げた。

「え!? えっと、えええ?」

 おろおろと狼狽えるサラに、横からグランが笑いかけた。

「ふぉ、ふぉ。サラよ、改めてお願いしてはどうかの?」

「え!? 何を?」

 がた、っと何人かこけた。

「サラ! 当初の目的思い出して!」

「え? ……あ、ああ!」

 ロイから促されて、サラはパッと顔を上げた。

 当初の目的。バタバタしすぎてすっかり忘れていたが、これのためにハミルトン王国までやってきたのだった。

「ゾルターン王」

「はい。聖女殿」

「魔王に立ち向かうため……だけじゃなく、色々なことで世界中が協力できれば、とても心強いと思うんです。それに……私、今回皆さんと協力できて、とても楽しかったです! リーンやアルシノエさんも手伝ってくれて嬉しかった。こんな風に、また誰かが困ったら、お互いに助け合えればいいな、って思いました。……国と国との関係は、単純にはいかないって何となくは分かるんですけど、私はゾルターンさん達を、私の大好きなレダコート王国のユーティス王子やノーリス王にも紹介したいです。エリンやラズヴァンやデュオンさんのことを仲間や家族に自慢したいし、私の仲間達をこの大陸の人達にも自慢したい! ゾルターン王、エリン、ラズヴァン、デュオンさん、それに、ナイトや騎士の皆さん」

 一気にそう言って、サラは一人一人の目を見る様に、周囲を見回した。

「私と、お友達になってください!!」

「「「ええええ!?」」」

 あちこちから(主に仲間サイドから)、驚きの声が上がった。

「いやいや、サラちゃん、違うでしょ!?」

「サラ様、天然ですか? 策略ですか?」

「サラ、サラのやりたいことじゃなくて、交渉、交渉っ!」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ」

「サラ様……」

「えええ!? 皆揃って何で……あ。ああ! 国連! 国連です! 国連に参加してください、王様!」

「フハハハハハ!」

 堪えきれず、ゾルターンが爆笑した。どっと、王の間が笑い声で包まれた。

「聖女殿! よかろう! 友達になろう」

「え、そっち!? いや、あの、国連に……!」

「それも、分かった」

「え!?」

 目を見開くサラの前で、颯爽とゾルターンが立ち上がった。

「まったく、大した聖女殿だ。まだ、判明していないことも多く、検証する時間も必要だろうが、我々の最大の問題である『バンパイアだから』という理由を、自らの手で解決しよった。それに、これほどの恩を受け、仇で返すような卑怯な振る舞いを、我々が良しとする訳がなかろう。 ……皆に問う! 我は、聖女サラ・フィナ・シェードの名のもとに、他大陸の国家と同盟を結ぶぼうと思う! もちろん、リーン殿、アルシノエ殿の居るエルフの王国エルジアともな。反対する者は挙手せよ!」

 力強い声が、王の間に響き渡る。しん、と水を打った様に静まり返り、誰も手を挙げる者はいない。

「では、賛成する者は起立し、聖女殿に敬礼せよ!」

「「「はっ!!」」」

 ざんっ! と一斉に騎士達が立ち上がった。

「聖女殿。交渉、成立だ」

「あ、あああ……」

 胸の奥から湧き上がってくる感情をサラは上手く言葉に出来なかった。100人の騎士達が、サラに敬礼している。恐れとは違う震えが、サラの心を揺らした。

「ありがとうございます!」

 サラも頭を下げた。『黒龍の爪』の仲間達も笑顔で頭を下げてくれた。リーンもニコニコと笑い、アルシノエも苦笑している。


 こうして、この日、ハミルトン王国を始めとするサフラン大陸の4国は、レダコート王国の発案した国際連盟に加入した。

 ゾルターンの言った通り、まだまだ解決すべき課題はあるが、一つ一つ解決すればいいだろう。共に考える、仲間が出来たのだから。


 サフラン大陸攻略、完了である。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます!


ああああ! 

中村哲先生が、亡くなられましたね! もう、驚きです。びっくりです。残念です。

数年前に、講演を聞いたことがあって、素晴らしい活動に感動したのを覚えています。

また講演を聞く機会もあるだろうと楽しみにしていただけに……

アフガンの人達も可哀そうです。人殺しとか、ほんとやめて欲しい。

ご冥福をお祈り申し上げます。


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