61. 進展?
「おはよう。サラ」
「……ん?」
オデコの辺りがくすぐられる感触で、サラは目を覚ました。どのくらい眠っていたのだろうか。毛布と抱き枕が暖かい。
(……抱き枕?)
「うわあ!」
「ええ!? サラ、危ない!」
飛び起きた反動でベッドから落ちそうになったサラの腕を、ロイが掴み身体へ引き寄せた。思いの外、力強い腕と引き締まった筋肉にサラは赤面した。何度も自分から「可愛い孫」を抱きしめたことはあったが、自分から抱くのと相手から抱かれるのでは、全く感じ方が異なる。ましてや、ベッドの中だ。
「ひゃああああああ」
「サラ、暴れたら危ないよ!? あ!」
「うわっ!」
ドシン、と激しい音を立てて、サラは落下した。背中を強打して、一瞬息がつまる。
「だ、大丈夫!? サラ」
「うっ……だいじょう……ぶ」
よろよろとベッドの柵に掴まりながらサラは立ち上がった。ロイは横たわったまま、心配そうにサラを見上げている。暗がりに浮かぶその目がワンコのようで、サラはほっと胸を撫でおろした。危うくロイを異性として意識するところだった。
(危ない、危ない!)
「お、おはよう、ロイ。良かった。目を覚ましたのね?」
「……どのくらい、眠ってた?」
「4日間かな?」
「そんなに!?」
驚くロイに、サラはロイが眠っている間に起こった事を話した。エリンとラズヴァンが行方不明であることに、ロイは心を痛めたようだった。
「俺にもう少し力があれば、二人も守れたのに……」
「ロイが気に病むことないよ? ロイは、私を守ってくれたじゃない。ありがとう」
「……ん……」
サラの微笑みに、少しだけロイは笑顔をみせた。
「おや? 二人とも起きたんですね」
ガチャリ、とドアを開け、デュオンが顔を見せた。廊下の光がやけに眩しい。
「診察するので、灯りをつけますね」
そう言いながら、デュオンはランタンに火を灯した。
「さっきは凄い音でしたね。ふふ。サラさん、ベッドから落ちましたね?」
「ぐっ! ばれてる……!」
「はは。……さて、ロイ君。気分はどうですか?」
椅子をひいて、デュオンはロイの近くに腰かけた。サラも一歩下がって近くにあった椅子に座った。
「まだ、クラクラしますが、気分はいいです。……きっと、サラが隣に居たからだと思います」
ぼんっ! と、サラの顔が赤くなった。先程のロイの男らしい胸板を思い出したのだ。
「はは。さすが聖女ですね。……ああ、貴女が聖女だという事は、ナイト達には通達があったんです。ギルドの職員には知らせてないので、ご心配なく」
「は、はい」
「ふふ。聖女はそこに居るだけで周りの空気を浄化するみたいですね。ましてや、あれだけ密着すれば、ロイ君の精霊達も嫌でも元気になるでしょうね。医者いらずですね」
「な、なんでニヤニヤしてるんですか!?」
「……密着……」
「ロイ! 勘違いしないで! 疲れてたから、ベッドに横になっただけだからね!?」
「うん。分かってる。……サラ、意外と柔らかい」
「きゃあああああ!」
「あと、いい匂い」
「きゃあああああ!」
「でも、ちょっと重い」
「ぐああああああ!」
最後のが一番効いた。サラも乙女だ。ちょっと涙目である。
「ははは! ロイ君の一番の薬はサラさんですね。安心しました。でも、相変わらず脈が弱いですね。顔も白い。……今日も、アレをしますか」
スッと、真顔になって、デュオンがロイに尋ねた。ロイは一瞬なんのことか分からない様子だったが、すぐに思い当たったらしく、ああ、と笑顔になった。
「アレですか。この間の、凄かったです」
「初めてだから心配だったんですが。相性が良かったみたいで安心しました」
「今日も、彼女が?」
「いえ。今日は別の者が相手をします。ダラスという男です。体力があるので、2回くらい出来そうですが……」
「2回ですか……刺す時に痛いのがどうも苦手で」
「ちょちょちょちょちょちょ!? 何の話をしてるの!?」
二人がこの間の夜の話をしていることは何となく分かったのだが、何だか妖しい気配がして、サラは思わず会話に割って入った。顔が赤い。
きょとん、とサラとデュオンを見比べ、会話の内容を思い出し、数秒考えた後、うわあ、とロイも赤くなった。
「ちちちち、違うから! サラ! やましい事じゃないからっ! デュオンさん、笑ってないで、誤解をといてください!」
「あはははは! いや、確かに、何も知らない人が聞いたら、やましい会話に聞こえる……! 盲点でした!」
ひとしきり笑った後、涙目のまま、デュオンはサラに向き直った。
「サラさん。私がロイ君にしているのは、治療ですよ」
「治療?」
「はい」
そう言って、デュオンは立ち上がると、戸棚の中から両側に針が付いたチューブを取り出した。
「輸血です」
「………………輸血かーい!!」
サラの盛大なツッコミがギルドに響いた。
「では、刺しますよ? 力を抜いて下さい」
デュオンがロイに声をかけて、プスリ、と白い腕に血の滴る針を刺した。
「!」
鋭い痛みに、ロイは顔をしかめた。針の根元には細いチューブが付いており、反対側の針はダラスという男の腕に刺さっていた。ダラスの腕はロイよりも高い位置にあり、肘置きに固定されていた。ダラスは慣れているのか、ゆったりと椅子に腰かけ、紅茶を飲んでいる。一方で、ロイはベッドに寝たまま、血管の中に直接生暖かい液体が入ってくる違和感に耐えているようだった。
「うわあ……」
ロイの反対側の手を握りながら、サラも顔をしかめた。マシロの頃、何度か献血をしたことがあったが、針穴の大きさに毎回ドキドキさせられたものだ。
「原始的な輸血でしょう? 抗凝固剤も保存液も無菌的に保存できるバッグも無いので、献血してもらった血液を保存できないんです。なので、こうして毎回、直接血管と血管をチューブで繋いで流しているんですよ。量もスピードもコントロール出来ないので、時間を測って勘で止めるしかないんです」
「ひゃああ。何か、ぞわぞわします」
「はは。慣れないと、そうですよね。この世界で、輸血をやっているのはこの大陸くらいだと聞きました。それも、始めたのは18年くらい前からなんですよ? 私の友人が、この針を発明してくれたおかげです。それまで、献血者はナイフで腕を切って、コップに貯めてたんです。それをバンパイア達は飲んでいたんですが、献血者の負担が大きすぎるのと、血液がすぐに固まるのでバンパイア達からも不評だったそうです。そもそも、体内への吸収効率が悪すぎる」
デュオンの話によると、輸血が広まった当初は、牛や豚、羊などの家畜の血液を使っていた地域もあったようだが、体調を崩すバンパイアが続出したため、現在は人からしか献血は行われていないそうだ。マシロのいた日本では売血は禁止されていたが、ここでは献血するとお金や食料がもらえるため、人気のアルバイトとして確立している。
ちなみに、ゾルターンやその親族に献血できるのは貴族のみであり、王や王妃と直接間近で会えるとあって、競争率は高いらしい。上手くいけば昇進や玉の輿も夢じゃないそうだ。
「この良い匂いは、なんですか?」
「ああ、消毒薬の匂いですね? ちゃんとした消毒薬がないので、最初はアルコールを使っていたんですが、チルという植物の蜜に高い抗菌作用があることが分かってからは、それを使っています。今のところ、細菌感染による副作用は起こっていません」
「へえ!」
感心したように、サラが目を輝かせた。デュオンの話は、知的好奇心をくすぐられて、ちょっと楽しい。
「さて。このくらいにしておきましょう」
デュオンはダラスに近い方のチューブの根元をクリップで止めると、ダラスに声をかけ、ゆっくりと針を抜き、清潔なガーゼで傷口を圧迫止血した。
続いて、ロイの腕からも針を抜き、止血を行うとロイに声をかけた。ロイは途中で眠っていたようだ。
「気分はどうですか?」
「……すごく、身体が暖かいです。気分も、悪くないです」
そうデュオンに答えると、ロイはダラスに微笑んだ。
「ダラスさん。ありがとうございました。……また、お願いしますね」
「ぶはっ!」
水分補給をしていたダラスは、美女(男だが)の妖艶な微笑みに脳髄をやられたらしく、思い切りむせた。何とか「お、おう」と言って、慌てながら部屋を出て行った。ご愁傷様である。
「ロイの節操なし」
「サラに言われたくない!」
「ははは。仲がいいですね」
「「はい!」」
「そ、そうですか。……とりあえず、ロイ君は今日も休んで下さい。動き回るのは明日から。いいですね?」
「はい」
「サラさんは、私と一緒に城に来てください」
「あ! もしかして、作戦が決まったんですか?」
「いえ、それはまだです」
笑いながらそう言った後、デュオンは少し固い表情になった。
「クイーンが、お呼びです」
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます!
なんだ、輸血かーい! と思われた方、申し訳ありません。
どうせ輸血だろう、と思っていた方も、申し訳ありません。(笑)
献血、すごく不足しているらしいですね!
一回献血すると、しばらく日数をおかないといけないので、まだ行けない……
針穴が本当に大きくて、毎回ビクビクしてしまいます。ひえええ。