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60. 暗闇の中の光

「これ以上は無理です! 騎士達の消耗が激し過ぎます!」

 灰色のターバンを巻いたナイトが、船上からゾルターンに向かって叫んでいる。その手は、湖から引き揚げたばかりの騎士の背に置かれていた。騎士の呼吸は荒く、明らかに消耗している。


 エリンとラズヴァンが消えてから、ゾルターン王の指揮の下、100人近い人数で三日三晩捜索が続けられている。湖の瘴気は濃く、魔力容量の少ない者は入ることすら出来ない。エルフ並みの魔力容量を持ち、鍛錬を重ねてきたシグレでさえ、そのままでは数分で魔力に酔うくらいだ。

 そこでシグレとアマネはクラーケン戦で活躍したウェットスーツを着込み、湖の最も深い部分の捜索を担当することとなった。ウェットスーツは全部で5着あったため、残り3着を魔力捜査に秀でたナイトに貸し、5名が中心となって捜査を続けている。しかし、昼間でも湖は暗く10センチ先も見えないため、グランが光魔法で照らしているが、捜索は思う様に進まず難航していた。


 諦める様なナイトの発言に、ゾルターンは激昂した。

「そんなことは分かっている! だが、何としてもエリンを見つけなければならん!」

 エリンは国の宝だ。そうでなくても、大事な一人娘である。エリンを失うようなことがあれば、今度こそコルネの心が死んでしまう、とゾルターンは焦っていた。

「皆の者。こまめに休息をとりながら、捜査を続けてくれ。聖女殿! 騎士達の回復を頼む」

「任せて下さい!」

 頭を下げるゾルターンに、サラは魔法杖を握りしめ、力強く頷いた。瘴気により病んだ者は普通の治癒魔法では回復しなかったが、不思議なことにサラの治癒魔法は著効したのだ。

 かつて、聖女であることをこれほど嬉しく思ったことはなかった。嬉々としてサラは運び込まれる騎士や冒険者達を片っ端から治癒して回った。


 しかし、懸命な捜索にも関わらず、4日目の朝になっても二人は発見されなかった。


 石碑の前に立ち尽くし、ゾルターンが湖を睨んでいる。その後ろで、家臣達が肩を落としている。皆、無言だった。どの顔も、疲労の色が濃い。治癒魔法を使い続けたサラも、立ち上がれない程くたくたに疲れていた。瘴気の中で泳ぎ続けたアマネやナイト達は特に消耗が激しく、気を失っている。シグレは流石に意識があるが、座禅を組み、目を瞑ったまま回復に集中しているようだった。


「聖女殿。湖の飲まれた時、夢を見たと言ったな」

 ふと、思い出したようにゾルターンがサラに問いかけた。サラは「はい」と頷いた。

「夢の中の魔物は『異界の穴が空いている』と言ったのだな?」

「はい。小さな、小さな穴だと言っていました。魔物がどんどん生まれてくる、って。その穴が広がると、また沢山人が死ぬから塞いで欲しいとも言っていました」

「それだ。その穴はどれくらいの大きさなのだ? 魔物が通れるのならば、人も通れるのではないのか?」

「……あ……!」

 サラが弾かれた様に顔を上げるのと、家臣達がざわめきだすのが同時だった。


 エリンとラズヴァンは、異界に行ったのではないか。


 一度口に出すと、それが真実の様に思えてきた。

 ゾルターンの目に希望の光が灯った。

「皆、聞いてくれ! この数日、魔物が発生していないことから、今は恐らく『異界の穴』は限りなく小さくなっているはずだ。異界とやらが何処かは知らんが、二人はそこにいる可能性が高い。穴が小さすぎて、戻ってくることが出来ないのやもしれぬ。自力で脱出するにせよ、我らが迎えにいくにせよ、早急に穴を見つけ出し、一時的に広げる必要がある。その際、スタンピードが起こる可能性を考えなくてはならない。……そこで、我は問う」

 一旦言葉を区切り、ゾルターンは家臣達の目を見渡した。皆、真っ直ぐに王を見つめ返している。その目から、先程までの悲壮感は消えていた。

「我は問う。王女とナイトとはいえ、たかが二人だ。しかも、本当に向こう側に居るかは分からん。その可能性にかけ、多くの者を危険に晒す暴挙に我は出ようとしている。お前達の意見が聞きたい。我がとるべきは、王女か、民か……!」

 しん……と、辺りが静まり返った。

 民をとるのが為政者としては正しい判断だろう。そんなことは、ゾルターンが一番よく分かっているはずだ。

 だが、敢えて王は家臣に問うた。

 迷っているのだ。我らの、強き王が。

 王女でなければ、ゾルターンが迷うことは無かっただろう。誰よりも、民の事を案じ、300年も守り抜いてきた王だ。そして、この場に居る騎士の誰もが、王が王女を溺愛していることを知っている。そして、自分達も王女を春の女神の様に慕っている。

 だからこそ、誰もが沈黙した。

 どちらをとっても、待っているのは苦しみだ。


「あの……」

「「「!?」」」


 その沈黙を、小さな声が破った。全員が一斉に声の主を見つめた。

「どうした、聖女殿」

 ゾルターンがサラを促した。

「あの、選ばないといけないんですか?」

「なに……?」

 何を言っているのだ、とゾルターンはサラを睨んだ。サラは思わず身をすくめるようにして、魔法杖を抱きかかえた。しかし、その目は真っ直ぐにゾルターンを見つめている。

「え、あのっ、良く分かってなくてごめんなさい! 話を整理すると、エリンとラズヴァンを助けるには穴を広げなきゃいけなくて、穴を広げたら魔物がいっぱい出てきて民が襲われるかも、って事ですよね?」

「そうだ。だから選ぶ必要が……」

「でもその場合、どこから魔物が出てくるか、分かってるわけですよね? 穴をどうやって開けたり閉めたり出来るのかは謎ですけど、それほど大きな穴じゃなければ、一度に出てくる魔物の数も限られてるでしょうし、対応できるのではないですか? こんなに、騎士さんや冒険者さんが集まっているんだし……」

「「「……」」」

 しん、と再び辺りが静まり返った。出過ぎた真似をしたかも、とサラは焦った。

「あのっ! もちろん、そんなに単純な話じゃないって分かってます! でも、私、エリンもラズヴァンも民も助けたいです!」

「「「……」」」

 皆がサラを凝視したまま黙り込んでいる。サラは何だか泣きそうになってきた。

「う……ごめんなさい」

 その時。

「……ぷっ」

 と、誰かが笑った。

「グラン師匠!?」

 声の主を探すと、他でもないグランだった。グランは可笑しくて仕方がない、といった顔をしていた。

「ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ! サラよ。自分の力を信じよ」

「へ?」

 何言ってるの師匠、とサラはきょとんとした。

 すると、あちこちからざわめきが起こった。

「ふ……ふははは……ははははは!」

 ゾルターンが笑いだした。見ると、騎士達も互いに顔を寄せ合い、笑っている。

「えええ!? なんで笑うの!?」

 訳が分からず、サラはオロオロと辺りを見回した。シグレも優しい顔で苦笑している。

「えええええ……?」

「はははは。……聖女よ」

「はい!」

 突然ゾルターンから呼ばれ、サラはビシッと姿勢を正した。

「他でもない。そなたの存在意義を忘れていた。穴を塞ぐのが、聖女の役目であったな!」

「ひえええええ! やったことないですけどっ」

 ゾルターンの言わんとしていることを察し、サラは慌てて両手を胸の前で振った。

「構わん! 可能性の話ばかりして、悩んでいた自分が恥ずかしい。目を覚まさせてくれて、感謝する。聖女よ」

 ゾルターンが頭を下げた。一国の王に何度も頭を下げられ、今日のサラは恐縮しっぱなしだ。

「ええ!? 私は別に、大したことは……!」

 ゾルターンは顔を上げ、バッとマントを翻すと、改めて家臣達に向き直った。

「皆の者! 再び問う! 我は異界の穴を広げ、王女とナイトを救出する! だが、問題が山積みだ。我一人の力ではどうにもできぬ! 皆の知恵と力を貸してほしい。我に従う者はいるか!?」

「私が!」

「私も!」

「もちろんです、キングよ!」 

 王の問いに、次々に声が上がる。反対する者はいなかった。力強き王と聖女が居るのだ。充分に勝機はある。

「よし! では一度城に戻り、作戦会議だ。夜勤の者を除き、後の者は城に来い!」

「「「はっ!」」」

 騎士達が一斉に立ち上がった。

 急展開について行けず、ポカンと口を開けたままのサラを横目に、騎士達が移動していく。動けない者は転移が使える者が優先して移動させていた。

「……ほええええ」

「聖女殿」

「ほえ……あ、はい!」

 振り返ると、ゾルターンがナイトに囲まれて立っていた。

「聖女殿。まだ、作戦の見通しは立たぬが、そなたの力を借りる必要があるだろう。……すまぬ。この大陸では我らは無敵だと大口を叩いておきながら、聖女の力をあてにしている」

 ゾルターンは気まずそうに顔をしかめた。サラは「何言ってるんですか!」とゾルターンの手を取り、顔を見上げた。

「私、今まで聖女らしい働きが出来たことないんです! 最近では、仲間からも悪魔だのゴリラだの言われて、聖女として自信が無くなっていたくらいです! だから、私で役に立てるなら、こんなに嬉しいことは無いです! こちらこそ、ありがとうございます! ……何が出来るか、分からないですけど……」

 呆けたり、勇んだり、落ち込んだり、笑ったりとサラの百面相を目の当たりにし、ゾルターンは張りつめた気持ちが緩んでいくのを感じた。

 『勇者は魔物。聖女は母』と、遠い昔に誰かが言っていたのを思い出した。聖女は人の心に寄り添い、励まし、光となる者だと。

「ふ。何とも、幼く頼りない聖女だな」

「うっ!」

「だが、確かに貴女の中に光を見た」

 サラの手を握り直し、ゾルターンは片膝を突いた。

「聖女殿。お疲れでしょう。作戦は我らで考えます。案が出来たら、相談に伺います。それまで宿でお休みください」

「急に敬語!?」

「……不遜な我とて、礼を尽くすべき相手にはそれなりの対応をする」

「ふぉ、ふぉ。王よ。作戦会議にはワシも参加しよう」

「助かります。大賢者殿」

「ふぉ、ふぉ。サラよ。ロイを頼んだぞ」

「! はい。グラン師匠」

 難しいことはよく分からなかったが、今サラに出来ることは休息をとり力を回復することだという事は理解できた。

 サラはゾルターンとグランに別れを告げると、アマネとシグレの元に駆け寄り、宿屋へと転移した。


 宿屋に戻ると、まずはアマネをベッドに寝かせた。怠惰なアマネにしては良く頑張ってくれたと思う。「むにゃむにゃ。サラ様、いつの間にそんな破廉恥なお胸に……むにゃむにゃ」など寝言で言っているあたり、頭は心配だが身体は大丈夫であろう。

 ついて来ようとするシグレを説得してベッドに寝かせ、サラはロイの元へ向かった。平静を装ってはいるが、シグレの疲労がピークを越えていることにサラは気付いていた。

 サラ自身もずっと動き回っていたせいで歩くのもやっとだが、ベッドに倒れ込む前にロイの様子を見ておきたかった。

 ロイは湖に落ちてから、ずっと眠ったままなのだ。

 サラの治癒魔法で湖で受けた瘴気は払われたはずだが、ロイが目を開けることはなかった。

 現在、簡易な診療所も兼ねている冒険者ギルドの一室で、デュオンの治療を受けている。


 コンコン、とサラはロイの病室のドアをノックした。


 返事はない。デュオンも忙しい身だ。今は居ないのだろう。

 サラはゆっくりとドアを開け、病室に足を踏み入れた。病室は暗く、ぼんやりと物の形が分かる程度の灯りしかない。サラは手探りでロイのベッドに近づいた。魔法で灯りをつけてもいいのだが、闇の精霊であるロイには暗い方がいいだろう、と、そのままにしておいた。


(……ロイ……!)

 暗がりでも分かるほど、ロイの顔は白かった。

 サラは手を伸ばし、ロイの頬を何度も撫でた。

(冷たい……。ごめんね、ロイ。私といると、ロイの寿命がどんどん短くなっちゃうね。どうしたらいいんだろう。どうして欲しい? ロイ)

 サラは何度も、何度も心の中でロイに呼びかけた。ロイには、誰よりも幸せになって欲しい。その気持ちは、6年前から……いや、ゲームをしていた頃から変わらない。なのに、自分はロイを不幸にしているのではないだろうか。

(ロイ……ロイ……)

 何度も、何度も呼びながら、サラの意識は遠くなっていった。


「おや?」


 ギルドの仕事を片付けて、ロイの様子を見に病室へと足を運んだデュオンが見たのは、気を失ったままのロイと、そのロイに抱き着くように横たわるサラの姿だった。


 ロイはどことなく微笑んでいるように見えた。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます!

評価の増減に一喜一憂してしまいます。メンタル強くなりたい!


強くなりたい、と言えば、

ロイはサラより可憐でひ弱なため、中々活躍できませんね・・・。

早くロイを元気にしてあげたいです!

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