57. だが、断る
「余が国王である」
広く荘厳な王の間で、サラ達一行はゾルターンと謁見した。
玉座に座るゾルターンの傍には、ターバンを巻いた騎士が1人と、頭部に何も身に付けていない騎士が2人控えている。ゾルターンは白地に細かい刺繍を施したきらびやかなターバンを巻いており、300年の長きにわたりサフラン大陸の秩序を守ってきた名君とは思えぬほど、まだ少年の面影が残る、端正な顔立ちの青年だった。
「冒険者パーティ『黒龍の爪』リーダーのサラ・フィナ・シェードと申します」
そう言ってサラがカーテシーをすると、一歩後ろに並んだ仲間達も一礼した。
「ふむ」
サラの想像よりも随分若いハミルトン国王は、ゆったりと立ち上がるとサラの近くへと歩を進め、直前で立ち止まり片膝を突いた。
「キング!?」
「黒龍の爪」の更に後方に控えていたラズヴァンが驚きの声を上げた。王が、ただの冒険者相手に膝を突くなど前代未聞のことだった。
「何を驚くことがある。この者は……聖女だ。先程は座ったままでの挨拶、失礼した。『梟』とやらから話には聞いていたのだが、直接会ってみぬことには俄には信じられないのでな」
「はわわ! お立ちください、国王様! 私、今はただの冒険者なので」
「ただの冒険者と会う暇は無いのだが。これ以上、余と語ることはないと?」
すっ、とゾルターンは立ち上がった。間近で見ると、ゾルターンの圧倒的な威圧感に身が縮む思いがする。
「いえいえいえ! お話したいです! 私、聖女です!」
サラは慌てて首を横に振った。その様子に、ゾルターンは柔らかい表情を作った。
「ふ。分かっておる。それだけの魔力を秘めた者が、聖女でない訳がない。……実に凄まじい魔力だ。そなたの仲間も、我がナイト達と匹敵するか、それ以上だ」
「お褒めにあずかり光栄です……でも、私、本当に今はあまり魔力が貯まってなくて、聖女だとバレたことがなかったので戸惑っています」
「何を言う? 確かに、今のそなたなら余でも簡単に殺すことができる。だが、そなたには無限の可能性を感じる。魔力や魔力容量の大きさは大した問題ではないのだ。大事なのは質だ。そなたから発せられる魔力の何と清らかで優しいことか。……ラズヴァンよ。何故尻尾を振っておる」
「不可抗力であります!」
ラズヴァンが、ぐぅ、っと唸った。どうやら、不本意らしい。
ほう、と小さく驚いた後、ゾルターンは破顔した。
「ふはははは! そうか。聖女が誉められて嬉しかったのか! 聖女には獣や魔物を魅了する力があるのだったな。獣人は獣に近い。……あっさりテイムされよって」
「くっ。申し訳なく存じます」
「え? あの、魅了って?」
「ん? 知らぬのか。聖女よ。聖女は意識せずとも、他者の心に入り込む力があるのだ。気が付けば魔物がなついていた、ということはなかったか?」
「うぐっ! 身に覚えがありすぎます。 ……古代龍とか」
「ふははは! 古代龍か。古代龍をテイムするほどの力では、ラズヴァンを責められぬ。ラズよ。お前が尻尾を振る姿を見るのは、実に16年ぶりだ。聖女よ。礼を言う」
「え?」
何に礼を言われたのか分からず、サラはきょとんとした表情になった。気まずそうに、ラズヴァンが顔をしかめる。
「キング。その話は」
「ラズよ。大切な者を失ったのはお前だけではないと、何度言っても心を閉ざしたままだったお前の心を聖女が動かしたのだ。礼を言って何が悪い」
「私は、別に心を開いたつもりはありません」
楽しそうにラズヴァンをからかうゾルターンから、ラズヴァンは視線を逸らした。大切な者を失った、という言葉がサラの耳にやけに残った。
ゾルターンもラズヴァンから視線をはずすと、サラに顔を向けた。
「まあ、よい。ところで聖女よ。話は方々から聞いておる。国際連合とやらに参加して欲しいそうだな」
突然の本題に、サラはパッと顔を上げた。デュオンが話をしてくれていたのだろう。
「! そうなんです。魔王から民を守るために、協力していただけないでしょうか」
期待を込めて、サラはゾルターンの目を見つめた。
「ふむ。結論から言おう」
サラから目を逸らさぬまま、ゾルターンの表情が、すっ、と冷たくなる。
「断る」
「!?」
内心ではかなり動揺しながら、サラは「何で!?」と言いたい気持ちをぐっと抑え込んだ。ゾルターンの固い表情に、自分がレダコート王国の代表として、一国の王と対峙しているのだということを強く意識したからだ。
「……理由を、お聞かせ願えますか?」
サラも固い表情で、ゾルターンに問いかけた。
「理由は3つだ。1つ、魔王が復活した旧アルバトロス王国とここが遠く離れすぎていること。2つ、サフラン大陸はすでに4か国が連盟を築いており、今更、他の大陸と手を組むメリットがないこと。3つ、我々がバンパイアである、ということだ」
指を折りながら、無表情でゾルターンが理由を述べた。
「もちろん、魔族にとって距離はあまり関係ないことは承知の上だ。実際、数年前まで魔族による被害が出ていたからな。だが、この小さなサフラン大陸だけならば、我らバンパイアナイトの力で守ることが可能だ。他の大陸に割く余力はない」
う、とサラが小さく唸った。ゾルターンは更に畳み掛ける。
「この国は闇に覆われているため、我らは力を発揮することができる。他の大陸ではそうは行くまい? 我らは闇のなかでは無敵だが、陽があるところでは無力だ。どうやって魔王軍と戦えというのだ。そもそも、他の大陸では我らは魔物だ。我らの身の安全まで、国連とやらは保障してくれるのか?」
「うう。おっしゃる通りです」
「聖女よ。この数年、魔族が大人しくしているのはそなたのお陰だと聞いておる。それについては、深く感謝している。この国にいる間は好きにしてもらって構わない。だが、国連の話は諦めてほしい。今日、そなたに会ったのはそれを伝えるためだ」
ピシャリ、とゾルターンの前に拒絶の帳が降りた気がした。
「……はい」
交渉経験の浅いサラには、これ以上言葉が出てこない。グランやシグレも沈黙している。
「ラズヴァン。湖に案内して差し上げろ。聖女達が滞在中は、お前が護衛を務めよ」
「はっ!」
話は終わった、と言わんぱかりにゾルターンが話を切り上げ、ラズヴァンが応えた。
交渉失敗である。
「うううううう。一言も言い返せなかった」
徒歩で湖に向かいながら、サラは肩を落とした。その肩に、シグレが労る様に手を置いた。
「仕方ありません。サラ様。国王の言うことは正論でしたから」
「じゃが、付け入る隙はあったぞい。この大陸全てが魔族に襲われた場合、住民を他大陸の連盟国に避難させることもできる。魔族が関係せずとも、食糧難になれば食べ物を分けることもできる。今は確かにハミルトン王国の力は強大じゃ。じゃが、それはゾルターン王という絶対的な指導者がいてこそじゃ。万が一、国王や王妃に何かあった場合、果たして今の体制を続けていくことができるじゃろうか。今後のことを考えるならば、国連参加のメリットはあるじゃろうて」
「うううう。そんなの、さっき言ってください。師匠」
恨めしそうに、サラはグランのローブを引っ張った。
「ふぉ、ふぉ。甘えるでない。それに、また会う機会もあるじゃろう。焦らず、信頼を勝ち取るんじゃ、サラよ。急がば回れ、じゃ」
「うううう」
落ち込むサラの様子を見て、ラズヴァンが申し訳なさそうに尻尾を丸めた。
「気を悪くしないでくれ。我々は、16年前の魔王復活の折、魔力の暴走によって多くの仲間を失ったのだ。仲間を補充するため、クイーンも多くの血を失い、急速に体を悪くなされた。キングはこれ以上、被害を出したくないのだ。許してくれとは言わん。だが、理解して欲しい」
「ラズヴァン……。ラズヴァンも大切な人を失ったの?」
「……姉と、養父が死んだ。悪いが、その話はしたくない」
「ごめんなさい」
「こちらこそすまない。……さて、そろそろ湖が見える頃だ。ルカ湖と呼ばれている。昔は違う名前だったそうだが、クイーンがそう名付けたそうだ」
観光ガイドのように、ラズヴァンが説明を始めたその時。暗い霧に覆われたルカ湖の方から場違いなほどハツラツとした少女の声が飛び込んできた。
「ラズヴァーン!」
「ぐはっ!」
声だけでなく、体ごとラズヴァンに飛び込んできたのは、15歳前後の可愛らしい少女であった。頭にターバンを巻いているところを見ると、バンパイア騎士のようだ。あまりの勢いに、一瞬ラズヴァンが浮いた。
「ラズヴァンが冒険者を案内しながらルカ湖に来るって、デュオンから聞いて待ち構えていたのよ!」
「そう、ですか。速やかに城にお戻りください」
「嫌よ! 私も魔物を狩るわ。冒険者ばかりに働かせる訳にはいかないもの」
少女は首を横に振るついでに、ラズヴァンの胸に顔を擦り付けている。あ、ワンコ好きがここにも、とサラは思った。
「ラズヴァン。その方は?」
サラが尋ねると、少女は満面の笑みでサラに向き直った。
「私の名はエリン・ハミルトン! この国の王女よ。可愛らしい聖女様」
更新が遅くなり申し訳ありません!
出張で東京に来ていて、バタバタしておりました。
・・・猫カフェとか、拷問器具博物館とか行っちゃってましたけど。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等ありがとうございます!
いつも感謝しております。
あまりにもサラの恋愛力が低いため、ジャンルを恋愛からハイファンタジーにこっそり変えております。どっちが適切なんでしょう??
今後ともよろしくお願いいたします。