54. 質問と依頼
「ところでお嬢さんは、ペニシリンをご存じですか?」
握手をしたまま、デュオンから唐突にそう聞かれて、サラは「はて?」と首を捻った。
「聞いたことがあるような……えっと、抗菌薬でしたっけ? アオカビから作る?」
「おお! では、ステロイドは分かりますか?」
デュオンが目を輝かせたので、どうやら正解だったらしいと察したサラは、気を良くして次の問いにも正解してやろうと記憶を探った。
「ステロイド……ああ! 何か、使ってた軟膏に入ってた気がする! 抗炎症剤とか、そんな感じですか?」
「色々な作用があるので、それも正解です。素晴らしいですね! ではでは、CAR―T細胞は分かりますか?」
「か、かあてぃ? んーと、iPS細胞なら聞いたことがあるけど……あれ? UPSだっけ?」
「グレイト! iPS細胞は分かるんですね!?」
「え!? 聞いたことあるなぁってくらいで、説明はできないですよ!?」
「ノー・プロブレム! ああ、なんてことだ。まさにOMGだ! 素晴らしい」
「やだなあ。大げさですよ、デュオンさん」
30代半ばほどのイケメンに手を握られながらべた褒めされて、サラは「てへへ」と照れた。デュオンから手を離して周りを見渡すと、ポカンと口を開けたロイとアマネが目に入った。グランとシグレは難しい顔をしている。
「……あれ? 私、何か変なこと言った……?」
「「「「言った」」」」
仲間達が口を揃えた。
「えええ? どの辺が?」
サラは不服そうに尋ねた。
「サラ様とギルマスが何言っているのか、全く頭に入りませんでした!」
「すてろいどって何? おうえむじぃって何? 俺が知らないだけ?」
「私も聞いたことがありません。ペニシリンはエウロパ大陸でも使われていますが、その他は分かりませんでした」
「うむ。ワシもこの世界のあらゆる大陸を旅したが、『あめりか』という国も地方も知らんな。『きりすと』とやらも『何じゃそれ?』じゃ」
「え? ええええええ!?」
次々に発せられる仲間からの意見に、サラは「しまった」と青ざめた。デュオンがあまりにも自然に質問してくるので、てっきりこの世界にもそういう物があるのだろうと思って答えていたのだ。
「いっ」
「「「「い?」」」」
「今の会話は、無かったことに……」
「「「「できるか!」」」」
再び声を揃えた仲間に、サラは顔の前で両手を合わせて腰を曲げた。
「ひええええええ! 許してくだせぇ! 堪忍してくだせぇ! オラは『記憶持ち』だから、前世で聞いたことがあるような無いような、そんな感じだったんでさぁ!」
「いや、誰じゃ!? どこ出身の設定じゃ!?」
「気持ちは分かりますが、グラン殿、落ち着きましょう。『記憶持ち』の前世について、深く詮索することは禁じられています。……とてつもなく気になりますが」
そう言いながら、シグレは氷の様な目でデュオンを睨んだ。シグレに睨まれると常人ならば縮み上がるところではあるが、デュオンは青い目を輝かせて笑顔のままサラを見つめている。
「まあ、よい」
と、グランが息を吐いた。
「ワシにも知らんことはまだまだある。特に医学には疎いからの。なんせ、治癒魔法が使えるからの。医者いらずじゃもんの。ええんじゃ、ええんじゃ」
「グラン先生がいじけた……」
「ロイ。そっとして差し上げろ」
「いい年して、負けず嫌いですね。知らないことがあるとムキになるんですね、大賢者様っ」
「アマネ。仕置きが必要だな」
「……エッチ……!」
「何を想像した!?」
珍しくシグレが動揺した。アマネは最近ようやくシグレの扱いにも慣れてきたようだ。
「うう……皆、ごめんね」
まだ自分が異世界から来たことを打ち明ける勇気がないサラには、謝ることしかできない。皆は気にしていない様子だが、サラは秘密を抱えていることに罪悪感を抱いていた。
「すみません。私が変な質問をしたばかりに、困惑させてしまいましたね」
他にも色々と聞きたいことがあったデュオンであったが、サラと仲間達のやり取りを見て話題を変えることにした。焦る必要はない。時間はまだあるのだ。
「実は、冒険者である皆さんに、折り入ってお願いがあるのです」
「お願い、ですか?」
サラが顔を上げた。皆も、デュオンを見つめている。
「はい。実は、王都の外れにある湖から、この十数年大量の魔物が発生しているのです。正確に言うと、大陸全土で魔物の発生率が上がっているのですが、特に湖が酷い状態でして」
「ふむ。ルドラス国王からも聞いておる。スタンピードまではいかんが、20年前と今では倍近く被害が増えていると言っておったの」
「ええ。我々は魔王の復活が影響していると考えています。私がバンパイアになったのは15年前なので私自身は分からないのですが、キングやナイト達の話では、16年前に突然魔力が強まったそうなんです。その直後に、アルバトロス王国が滅び、魔王が誕生したと知らせが入ったとか」
魔王、と聞いて、サラの鼓動が激しくなる。ここに居るメンバーで、実際に現在の魔王と対峙したのはサラだけだ。そして、その魔王を倒すチャンスをみすみす逃したのは、他ならぬサラ自身だ。そのせいでこの世界は魔物の脅威に晒され続けていると思うと、サラの胸は押しつぶされそうになる。
「湖は元々聖地として管理されていて、あまり民が近づかない所だったので大きな被害は出ていませんが、このままではどうなるか皆不安なのです。もちろん、騎士達が見張っていますが、他でも魔物が増えている以上、湖ばかりに人員を裂くわけにはいきません。そこで、冒険者に魔物の討伐を依頼しよう、という話なのです。報酬は、討伐した魔物の数と質によって変わります」
「湖ごと消しても良いのかの?」
「……確かに手っ取り早い方法ではありますが、クイーン誕生の地として、我々にとっては信仰の対象です。出来れば周囲の森も含めて被害を少なめにお願いしたいのですが」
「ふむ。……どうする、サラ」
仲間とデュオンの視線がサラに集中している。
リーダーはサラだ。サラの答えは決まっている。魔物が発生しているなら、そこに穴があるはずだ。魔界の穴を塞ぐのは、聖女の役目だ。
「受けます! ずっと、という訳にはいきませんが、極力頑張ります!」
サラの宣言に、『黒龍の爪』は力強く頷いた。
「助かります。さっそく、明日から始めてもらってもいいでしょうか?」
良かった、と言いながらデュオンが笑った。
「はい!」
と、言ってから、サラは慌てて言葉を足した。当初の目的を思い出したのだ。
「あ、でも、その代わりに国王様にお会いできるよう、取り計らっていただけませんか?」
「もちろんです。そのために来られたのでしょう? 出来るだけ早めに謁見できるよう調整しますよ」
「ありがとうございます!」
笑顔のデュオンに、サラは元気よく頭を下げた。
その夜、サラは宿屋のふかふかのベッドでうとうとしながら、デュオンとの会話を思い出し「うわあああ!?」と言いながら飛び起きた。
聞こえているのだろうが、同室のアマネは眠ったふりをしている。起きるのが面倒なのだろう。
(アメリカって言った? キリストって言った? ステロイドにiPS細胞……?)
昼間は「デュオンって、ルーラの旦那様の名前と同じだな」とか、自分の失言の方が気になってうっかりしていたが、じわじわとデュオンの発言の意図が分かってきて、サラは全身に鳥肌が立つのを感じた。
(あの人、私と同じ異世界人だ……! アメリカ人のお医者さんだ!)
その夜は興奮して寝られなかったことは、言うまでも無い。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます。
今回はあまり筆が進まなくて、更新が遅くなり申し訳ありませんでした!
言いたいことが山積みで、うまく文章がまとまらない……!
やっぱり小説を書くのは難しいですね。修行あるのみ!