50. ハミルトンのギルドマスター
暗くて、カラフル。
それが、サラがハミルトン王国の王都ハルラに抱いた第一印象だ。
ハルラは暗雲に覆われ、真昼だというのに、ようやく朝日の気配が感じられるようになった夜明け前のごとく薄暗かった。だが、色とりどりのターバンを巻いた騎士達に見守られながら、子供達の明るい声が駆け抜けていく。街灯の代わりに様々なデザインのランタンが吊るされ、街はまるで夜祭の様だった。
「ふふふん。ふん。ふん」
何処かから聞こえてくる笛の音に合わせる様に、サラは足取り軽く大通りを北に向かって歩いている。この先に、冒険者ギルドがあるのだ。
「どうしたの? サラ。さっきから唸りながら体揺すってるけど……猛ってるの?」
「ちゃうわ! 鼻歌だよ!? 歌いながら小躍りしてたんだよ!? なんで戦闘モードだと思ったの!?」
「ご、ごめん!」
どうやらサラに失礼なことを言ってしまったらしく、ロイは素直に謝った。アマネは爆笑し、グランも声を殺して笑っている。シグレは無表情だが、サッとローブで口元を隠したところを見ると、笑いを堪えているに違いない。サラはぷくーっと頬を膨らました。
「ちょっと! 何で皆笑ってるの!? え? 何? 皆私のこと、ゴリラかオークだと思ってる!?」
「いえ、そのようなことは……!」
シグレがついに後ろを向いた。
「グレ兄様!?」
「逆に聞きます。それ以外何だと?」
「アマネ!?」
「ごめん! 俺が変なこと言ったから! 怒らないで、サラ。サラは、サラは、か、か、かわっ……言えない!」
「ちょっと! そこで止めたら、否定してるみたいじゃない!? 嘘でもいいから、可愛いって言って!?」
「サラは、か、か、可愛い!」
「ありがとう! でも、何で顔隠すの!? 無理やり言わせたみたいじゃない! うそ? 泣いてるの? うわあ! ごめん、ロイ! よく分かんないけど、私が悪かった! 泣かないで、ロイ―ッ!」
サラはロイの頭を自分の肩に引き寄せた。ロイが小さく「ふわあぁ!」と叫んでいる。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。相変わらず、騒がしいのお。街の者が変な目で見ておるわい」
グランが愉快そうに笑う。グランに言われた通り、見渡すと街の人々が苦笑しながら、この変わった冒険者パーティを見守っていた。正確に言うと、シグレを除く4人だ。いつの間にか、シグレは無表情で街の人側に立っていた。
「グレ兄様!? 他人のふり!?」
サラはパッとロイから手を離すと、赤い顔でシグレの元に駆け寄った。
「すみません。こういうノリに慣れなくて。体が勝手に」
「グレ兄様の、薄情者ぉ!」
バコバコと、サラがシグレの厚い胸を叩く。一見すると、従者の大男に可愛らしい少女がじゃれている様だが、実際のところ、サラのパンチは重くて痛い。『拳で語れる魔女っ娘』は伊達じゃない。小さく「ごふっ」とシグレが呻いたのを聞いて、「うわ、痛そう」とロイは思い、「ロイなら死んでる」とアマネは笑いを堪えた。
「サラ様。失礼」
「きゃ!」
ひょいっ、と、シグレがサラを抱え上げた。「このままじゃ肺が潰れる」と思ったからだが、これも一見すると、逞しい従者が麗しい姫を優しく抱き上げた様にしか見えず、ローブから覗く端正な顔や太い腕に、街の女性達からため息がこぼれた。
更には、その主従を見つめる黒髪の美青年の玲瓏な眼差しと、その青年を潤んだ瞳で見つめる黒髪の美女、そして若者達を優しく見守る老エルフという5人組は「高貴な姫君と婚約者の貴族、そして姫が愛する従者と貴族に恋する侍女。それを見守る執事」という勝手な設定で、瞬く間にハルラの街で噂になった。
もちろん、当の本人達はそんなことは知らない。
賑やかな『黒龍の爪』一行は、街中の視線を集めながら冒険者ギルドへと辿り着いた。
冒険者ギルドは、この大陸に上陸してから2か所目である。
最初に降り立ったルドラス国は、かつて3人のエルフにより魔物のスタンピードから救われた経緯があり、エルフを神聖な者として丁重に扱う風習があった。
そもそも、その3人のエルフの内の一人がグランである。
サラ達一行は、何処へ行っても歓迎され、冒険者ギルドを通して、易々と王と謁見することが出来た。
あっさり国連加盟に漕ぎ着けられるのでは!? とサラは期待したが、そこは簡単にはいかなかった。人の好さそうな国王はサラの話を真剣に聞いてくれたものの、この大陸ならではの問題により、首を縦には振らなかったのだ。
サフラン大陸は4つの国から成る。
西のルドラス、南のアデル、東のガイモン、そして、中央および北を支配するのがハミルトン王国だ。
300年程前は、北にはキリリアという王国が存在していたが、今はハミルトンに統合され、キリリア地方と名を残すのみである。
サフラン大陸は元々寒さが厳しく、夜の長い大陸である。また、国土の8割を森林が占め、自然が多いことでも知られている。それ故、魔物が多く、開拓が始まったのも他の大陸よりも遅かった。この大陸に人族が本格的に住み始めたのは800年程前だ。他の大陸で行き場を無くした者や、新大陸で一旗揚げようと夢見た者、種族的に迫害を逃れた者、犯罪者、奴隷などがこの地に辿り着き、根気よく開墾を進め、今のサフラン大陸になったのだ。
しかし今でも魔物は多く、他国を結ぶ街道には1里を置かずして、魔術師を含む騎士団を配置しなければならない程、危険な土地が広がっている。そのため、サフラン大陸では他国との結び付きが強く、互いに連携をとらなければ存続していくことが出来ないのである。
そして、その要となっているのが、圧倒的な軍事力を要するハミルトン王国だ。
ハミルトン王国の騎士達は、闇夜では無敵だった。ルドラスを始めとする国々の平和は、ハミルトンの善意により成り立っていると言っても、過言ではない。
ルドラス国王は、国連への加盟にはハミルトン王国の参加が絶対条件だとサラに告げた。
ハミルトンが動かなければ、サフラン大陸は動かない。逆に、ハミルトンが動けば、サフラン大陸の全ての国が、手を携えるだろう、と。
そのため、サラ達はハミルトン王国へとやってきたのだ。
正直なところ、サラはハミルトン王国に対して良い印象を持っていなかった。というのも、グランやルドラス国の人々から「ハミルトンはバンパイアの国」と聞かされていたからだ。
バンパイアは、サラの住むエウロパ大陸ではS級の魔物である。日本人のマシロとしても、「バンパイア=吸血鬼」がウロウロしている国など恐怖でしかない。
だが、パルマと「サフラン攻略」を約束した。
サラも、ユーティスやパルマの役に立ちたかった。
怖がっている場合ではない、とサラは自分に言い聞かせ、シグレのマントに隠れながらハミルトン王国の国境を越えたのだった。
「ようこそ。ハミルトン王国へ。エウロパ大陸の冒険者さん」
ハルラの冒険者ギルドの扉を開くと、暗めの茶髪に青い目をした30代と思われる青年が出迎えてくれた。落ち着いた、知的な雰囲気の好青年である。
どうやらギルドマスターらしい。ルドラス王国のギルドマスターから話は聞いている、とのことだ。
「お前さん、この国の者ではないな。いつからここのギルマスになったんじゃ? ティシューはどうした」
グランがしかめっ面で若いギルドマスターに尋ねた。青年は肩をすくめた。
「ティシューさんは、亡くなったと聞いています。……もう、80年くらい前に」
「ほう! もう、そんなに経っておったか。すまん、すまん。最近物忘れがひどくての。なんせ、2000歳じゃから、100年、200年は誤差範囲じゃ!」
「……先生」
「ロイ! そんな悲しげな眼でみるでない!」
まあ、まあ、と言いながら、青年は笑った。
「私がこの国に来たのは、15年程前です。この国では、ギルドマスターは騎士の中から国王が選びます。私が選ばれたのは、私が一番新参者で信用がなかったからです。この国の騎士は政治と治安に深く関わりますからね。それにまあ、面倒事を押し付けるのにちょうど良かったんでしょう。私としては、違う仕事がしたかったんですけどね」
眉を寄せながらも卑屈な所はなく、むしろ清々しく青年は笑う。
サラは青年の話に首を傾げた。普通、冒険者はどの国の制約も受けない。もちろん、滞在する国の法律に従う必要はあるし、生まれた国の国籍を持っている。しかし、冒険者の活動を推進するため、国際的な共通のルール「冒険者および冒険者ギルドの活動を守る法律(通称:冒険者法)」により、冒険者は独立した機関の人間として自由が守られているのだ。したがって、基本的に各ギルドマスターは冒険者の中から、冒険者によって選ばれる。国がギルドマスターを選べば、その独立性を侵すことになるからだ。
ふと横を見ると、ロイも同じように首を傾げており、サラと目が合って一緒に頷き合った。ちなみに、アマネは興味がないのか、立ったまま寝ている。
「グラン。この国の冒険者ギルドは特別なの?」
サラはグランに尋ねた。ああ、とグランは頷いた。
「冒険者ギルドだけじゃなく、商業ギルドや薬師ギルド、鍛冶屋ギルドなんかもそうじゃな。この国はバンパイアの国じゃからの。公式な国際的なギルドには認められていないんじゃ」
「え!? じゃあ、冒険者カード使えないの?」
サラは目を丸くした。冒険者カードは世界共通の身分証明書だ。ギルドの石板で読み取ることで、その国での身分を保証されるのだ。
「大丈夫ですよ」
ギルドマスターの青年は笑った。
「公式なギルドの業務を代行で行っている施設だと思ってください。ここで起こった事は、国が責任を持ちます。そのために、ギルドマスターを騎士から選んでるんですから」
「その『騎士』ってなんなの?」
「『騎士』はバンパイアの騎士のことです。ああ、貴女はバンパイアナイトをご存じないのですね?」
再び首を傾げるサラに、青年は優しく微笑んだ。
「バンパイアナイトはこの国に7人しかいない、王と王妃の側近です。バンパイアの中から、実力や功績のある者から選ばれます……申し遅れました。私はバンパイアナイトのデュオン・ウィリアムスです」
デュオンはサラに手を伸ばした。サラは特に何も考えずに、その手を握り返した。デュオンは少し驚いたように眉を上げ、続けて衝撃的な言葉を口にした。
「私は医者だったんです。……アメリカのね」
ブックマーク、感想、評価、誤字報告等、いつもありがとうございます!
今回は久しぶりのサラ様御一行の登場でした。
そして新キャラ……ではないのですが、お気づきでしょうか(笑)
次回は、デュオンさんのお話になります。
ではでは!