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44. 再会 1

 サラ達一行が航海を続けている頃、エウロパ大陸の西ではエルフの美女が兎の魔物を困らせていた。

 魔王の妹、ソフィアである。


「ねえ、キト。人間のところに行ってみない? もちろん、ガイアードには内緒で」

「だーめーでーすー! 絶対行っちゃ駄目だって、散々言われたじゃないですか!」


 現在、旧アルバトロス王国の王都は、魔王と高位魔族、それらに使える魔物達の居城となっている。ヒューは1年前の事件以来、東の塔から住処を移し、王城の中心で生活している。一方で、ソフィアの住処は相変わらず西の塔だった。ただし、魔術師としてかなりの研鑽を積んだこともあり、今は特定の場所を除き、自由に王都を出歩けるようになっていた。

 その禁止された「特定の場所」というのが、人間達が住む地区だ。

 キトが反対することは分かり切っていたが、ソフィアはカイト達と出会ってから「人」というものに惹かれて仕方がなかったのだ。魔族に育てられたとはいえ、彼女自身はエルフという人族であり、同族に興味を抱くのは当然のことといえた。

 更に、すっかり仲良くなった「古代龍のおじさん」が聞かせてくれる人族の食べ物も気になっていた。特に、「ばあむくうへん」と「甘くてしょっぱいパン」が美味しいらしい。


「でも、この国の事をもっと知りたいの! 人間達の中には、昔からここに住んでた人も居るって小耳にはさんだの。もっと歴史を学んで、ガイアードとお兄様のお役に立ちたいの!」

「駄目ったら、駄目ですぅ! ばれたら、兎鍋にされちゃいます!」

「もう! キトの分からず屋!」

「分からず屋はソフィア様ですぅ!」

 同じような会話をし始めて、どれくらいの月日が経っただろう。いつもなら、ソフィアがいじけて終わるのだが、今日のソフィアは違っていた。

 なぜなら明日は、ガイアードの誕生日なのだ。

 幼い頃、世間話のように教えてくれた日をソフィアは忘れたことはなかった。今まではガイアードが嫌な顔をするのが容易に想像できたため、誕生祝いなど口にしたこともなかったが、今年はどうしても祝いたかった。

 ソフィアは今年16歳になった。

 旧アルバトロス王国では成人を迎える歳だ。

 一人の大人として、自分を育ててくれたお礼を言いたかったのだ。

 言葉だけでは照れ臭いので、何か記念になるものを贈りたいと思っていた。

 そのために、人間の町に行ってみたかったのである。


「キト」

「何ですか?」

「……ごめんね!」

「え!? えええええ!! ソフィア様ああああ!」

 ソフィアはキトを置いて転移した。


(ごめんねキト! 私ももう大人なの。ちゃんと一人で『お買い物』できるようになりたいの!)

 ソフィアは心の中でキトに詫びながら、人間やエルフ、ドワーフなどが住む地区の近くに舞い降りた。

 その地区は、円状に高い塀に囲われた王都から、こぶの様に半円状に突き出した「ポルカ」と呼ばれる小さな町であった。小さいと言っても、王都に比べて、という意味であり、そこには1万人近い人々が暮らしている。町には低位の魔族の屋敷があり、そこで使用人あるいは奴隷として働いている者が住民のほとんどである。彼らは魔族候補として攫われてきた者や、もともとアルバトロス王国の出身者であった。僅かながら、16年前の王都のスタンピードの生き残りもいる。

 魔族の住居の他に、町の端には畑や農場があり、野菜や果物の栽培や鶏などの家畜が飼われている。町と外を繋ぐ門の周囲には商店や酒屋、宿屋などもあり、外国との交流も行われており、支配者が魔族ということを除けば、その辺の町と大して変わらない様子であった。

 ただし、住民は町の外へ出ることは許されていない。

 外から来た者は、門に近い商業エリアでのみ滞在が許され、そこより奥への立ち入りは禁止されていた。 そのため彼らのほとんどは、ここの主が魔王であることを知らないでいる。


「あ。あの行列に並びましょう!」

 ソフィアは灰色のフードを深くかぶると、今まさに門をくぐろうとしていた行商人の列に紛れて、ポルカの町に忍び込んだ。門番にばれないようにと、身をかがめ、下を向いて前の人間の足だけを見て歩いていたため、ソフィアは自分がどこに向かっているか全く把握していなかった。

「きゃっ!」

 前の人間が急に立ち止まり、ソフィアは頭をぶつけ、思い切り謝った後、顔を上げた。

「ま……あ。これが、人の町……!」

 ソフィアの周囲にあったのは、活気ある行商人達の姿だった。口を開けたまま、目をキラキラと輝かせるソフィアに、ぶつかられた中年の女は声を上げて笑った。

「お嬢ちゃん、エルフだね!? 人間の町は初めてかい?」

 女は、ソフィアが思わず口にした「人の町」を「人間の町」と解釈してくれたようだ。1年ぶりに人と話す興奮に、ソフィアの豊かな胸はドキドキと高鳴っていた。

「は、はい! そうなのです! こんなにたくさんの人は、初めて見ました!」

「ははは。エルフは山奥に住んでるっていうもんねえ。お嬢ちゃん、一人なの? 連れはいないのかい?」

「え!? あっ、いえ、います! ガイ……とお兄さ……父と兄が一緒です」

「そう? 良かった。あんたみたいな綺麗な子が一人でいちゃ危ないよ。ここは治安が悪いから。早くお父さん達のところへ戻るんだよ?」

「はい! ご親切に、ありがとうございます」

「ははは! 礼儀正しい子だねえ。じゃあね」

「はい。さようなら、おねえさま」

「おね……」

 美しく礼をするエルフに目をパチクリさせる行商人の女に背を向け、ソフィアは思いつくまま町を歩き回った。

(すごい! 面白いわ! 楽しいわ! 人がいっぱいいる! アレは何かしら? まあ、あの動物は何かしら? あの方は何をされているのかしら? あら、この食べ物は何からしら!?)

「美しいお嬢さん! お花はいかが?」

「まあ、綺麗ね。ふふ。いい匂い!」

 花売りから花を近づけられ、ソフィアはフードを取って匂いを嗅いだ。甘く爽やかな香りが、華やぐソフィアの心を一層彩る。

 その時だった。

「ソフィア様……?」

 杖をついた老婆が、ソフィアの顔を見てガタガタと震えはじめた。

「どうかなさったの? おばあさま」

 ソフィアが首を傾げると、白銀の髪がふわりと揺れた。それを見た老婆は杖を放り出してヨタヨタと駆け寄ると、ソフィアの足元に跪き、スカートに縋りついた。

「おおおおお! ソフィア様! 生きておられたのですね!? ヒュー様もご無事ですか!?」

「え? ええ」

「よろしゅうございました! よろしゅうございました!」

「え? えええ……?」

 突然、大声でわんわんと泣き出した老婆を前に、ソフィアは混乱していた。

 覚えてはいないが、子供の頃にでも会ったのだろうか。

「あの時、地下室から出て行かれるあなた様方を、どうしてもお止めすることが出来ませんでした。身重のあなた様がどれほどの覚悟で出て行かれたのかと思うと、私達は今でも、自分達の浅ましさに気が狂いそうになるのです! ご無事で良かった。本当に、良かった……!」

「あ……」

 老婆は自分と母を勘違いしているのだと、ソフィアは気付いた。母の事は、自分達を産んだ時にはすでに事切れていた、としか聞いたことがない。生前の両親を知っているらしい老婆に、ソフィアの心臓が早鐘を打った。思わず、老婆の皺くちゃの手をとった。

「おばあさま! 私の両親をご存じなのね?」

「両親……!? まさか、貴女様はあの時お腹に居た赤子でございますか!」

 老婆は目玉が落ちるのではないかと心配になるほど目を見開き、ソフィアの顔を見つめた。その様子が可笑しくて、ソフィアは、ふふふ、と微笑んだ。

「はい! きっとそうです」

「なんと! 大きゅうなられて……! おお。なんと素晴らしい日じゃ。生きていて良かった。こんな日が来るなんて……! そうじゃ! お嬢様、ご両親はどちらにいらっしゃいますか? トスカが会いたがっておると、お伝え願えませんか?」

「トスカ……? ああ、おばあさまのお名前ね? でも、ごめんなさい。両親は私が生まれてすぐに亡くなったそうなの。私は偶然、ある方に拾われたの」

「……………………そう、でしたか。………………ああ。あああああ」

「まあ、おばあさま! しっかりなさって?」

 フラフラと倒れ込みそうになった老婆を支えようと、ソフィアは腕を伸ばした。

 が、ソフィアよりも早く、老婆を支えた者がいた。

 ちょうどソフィアに背を向ける形で老婆を支えているため、ソフィアからは顔が見えなかったが、背の高い逞しい少年だった。冒険者だろうか。筋肉質な背中が目の前に迫り、ソフィアは少し気恥ずかしくなった。

「おばあちゃん、大丈夫?」

「!」

 ソフィアの胸が、心臓が張り裂けるのではないかというほど高鳴った。声に聞き覚えがあったのだ。1年前よりも幾分低くなってはいたが、良く通る艶のある声だった。

「おお。ありがとう、坊や」

「ううん! ソフィアを見かけて追いかけて来たら、おばあちゃんが倒れるのが見えたから手を伸ばしただけだよ。お年寄りは転んだだけで骨が折れるっていうし、間に合って良かった!」

 明るい声。真っ直ぐで、元気な、初めての……お友達。

「……カイト……?」

 少し震える声で、ソフィアは呟いた。

 大切な家族の敵。迷いもなく、兄を刺した少年。会いたくなくて、会いたかった相手だった。

「ソフィア」

 カイトは老婆から手を離すと、ソフィアに向き直った。息のかかるほど、至近距離だ。金髪碧眼の少年は、記憶にあるよりずっと知的で逞しくなっていた。

「ソフィア。ずっと、会いたかった」

 ためらいもせず、カイトはソフィアの柔らかな頬に手を触れた。

「……い………………いやあああああ!」

 ソフィアは手を払い、くるりと背を向けると一目散に走りだした。

「えええええ!?」

 まさかここまであからさまに拒絶されるとは思っていなかったカイトは、ショックのあまり膝をつきそうになった。

「ソフィア様!」

 老婆が手を伸ばしてソフィアに呼びかけている。しかしソフィアは振り向きもせず、町の奥へ逃げていった。

「そっちはいけません! そっちは……あの者達の住処です……!」

 老婆はガタガタと震え出した。恐らく、それは旅の者へ言ってはいけない情報だったのだろう。カイトは老婆の意図をくみ取ると、老婆の伸びた手をギュッと握った。老婆に目線を合わせ、ニコッと笑う。

「僕が呼び戻す! あ、おばあちゃん気を付けて帰ってね! 待って、ソフィア!」

 律義に老婆に別れを告げて、カイトはソフィアを追った。


 老婆の震えは、止まっていた。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます!


久々のヒロイン? ソフィアと勇者カイトの登場でした。

カイトさん、あまり喋り方は変わっていない様子です。

ソフィアさんは相変わらず脱走しておりましたね。


次話もこの二人の話になります。

よろしくお願いします。

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