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43. いつも通りに

 エストの港で、桟橋に腰を下ろしてサラは一人で海を眺めていた。何をする訳でもなく、ルーラの指輪を握りしめたまま、ただ、呆然と海を眺めているだけだ。

 目が覚めてから3日間、少しずつ食事の量も増え、肉体的には回復してきたものの、ずっとこんな状態が続いている。

 アマネはいつも通りの体たらくではあったが、『鬼』らしく翌日からは働いていた。

 ロイも顔を上げ、魔術の訓練や『フィッシュベイベー』でアルバイトをして体を動かしている。

 サラだけが、まだ動けない。


 人が目の前で死ぬのを見るのは、初めてだった。しかも、友達が仲間の手で首を刎ねられたのだ。

 シグレを恨むつもりはない。ルーラは魔族になったのだ。魔族を倒すのが、聖女とそのパーティの仕事だ。

 職務放棄をしているのは、サラなのだ。

 覚悟を決める、弱音を吐かない、と、ユーティスと約束したのに。


 だが、両手に残るルーラの温もりを、どうしても忘れることができない。

(ああなる前に、何かしてやれなかったのだろうか)

 後悔と罪悪感と無力感に襲われ、サラの心は厚く暗い灰に覆われている。


「サラさん」

 陽が沈みかけた頃、懐かしい声がサラを振り向かせた。

 茶色い髪にエメラルドグリーンの瞳。すっかり逞しくなった幼馴染だ。

「パ……パルマ?」

 夕日を浴びながら、パルマはにっこりと微笑んだ。王都で見送ってくれた時と変わらない、優しい笑顔だ。

「そうです。安心安全、地味で真面目なパルマです。……自分で言ってて哀しくなってきたな……」

「……」

「サラさん。隣、座っていいですか?」

「……うん」

 サラはパルマから顔を背け、膝を抱えて顔を突っ伏した。

 パルマはサラの横に腰かけ、桟橋から足を投げ出すと、プラプラと揺らしている。

「いい景色ですね。エストに来るのは久しぶりですが、いい町ですよね。活気があって。ここから、他の大陸に向かう船が出てるんですよ? まあ、一度行ってしまえば、あとは転移で一瞬ですけど」

 何事も無かったかのように、パルマはいつも通りサラに話しかけてくる。

「知ってました? 実はエルフって泳ぎが下手なんですよ。……耳に水が入るんで!」

 慰めるでもなく、励ますでもなく、ただ、そこに居て、独り言のように他愛のない話をパルマは続けている。

「クラーケン倒す時も、グランさん、海に入らなかったでしょう? エルフの髪って細くて繊細なので、海水って嫌なんですよね。すっごくパサパサになるんですよ。でもグランさんの場合、(しわ)の間に塩が溜まって取るのが大変そうですよね。まさに天然の塩採りエルフ……あ、浄化魔法使えばいいのか……ちっ」

 先程から、地味にボケて、地味に突っ込んでいる。

 サラは膝に顔をうずめたまま、黙ってパルマの話を聞いている。

 パルマは誰かからルーラの事を聞いたのだろう。こう見えて、『梟』の長なのだ。きっと、サラが落ち込んで立ち直れないでいることも承知の上で、こうして普通に接してくれているのだと、サラは思った。

 その普通さが、穏やかな波が砂をさらう様に、ゆっくりとサラの心の灰を取り除いていく。

「そういえば、近くの浜辺に黒い魔物が……」

「パル……」

 パルマの話を遮る様に、サラは顔を上げた。

「サラさ……うわ! 酷い顔!」

「ひどい……」

「大人しいと思ったら、泣くの我慢してたんですか!? ちょっ……顔面ぶつけたゴリラみたいですよ!?」

 散々な言われようだが、確かにサラの顔は酷かった。サラは嗚咽を堪えながら、必死でパルマに訴えた。

「だっ、だっで、ユーディズど、ながないっで、やぐぞぐ、じだの、おぼいだじだんだ、もん」

「だって、ユーティスと『泣かない』って約束したの思い出したんだもん。……ですか!?」

「ゔん」

「そんなん、守んなくていいですよ。破っちゃいましょう」

「ゔええええ!?」

「あのですね、サラさん」

 パルマは片足を桟橋から上げ、サラに正面から向き直った。すっと両手を伸ばすと、サラの両頬を包み込み、ぶにょっと内側に力を込めた。サラの口が変な形に突き出した。

「パルバッ!?」

「王子と約束したのは、物理的に泣く泣かないの話ではなくて、弱音を吐くか吐かないか、だったでしょう? 泣くのを我慢して、座り込んでたら、弱音吐くよりだめでしょ。ほら、立ち上がりましょう? このパルマさんが胸を貸しますよ?」

 パルマはサラの顔から手を離すと、立ち上がって両手を差し出した。

「ゔゔ。鼻水づぐよ……?」

「いいですよ? 洗えばいいんだし。ほら、カモン!」

「ゔゔゔう……! パルマぁ!」

 サラはパルマの手を取り立ち上がると、勢いのままパルマの胸に飛び込んだ。

「ゔええええん。私、私っ……!」

「よしよし。サラさんは良い子です。サラさんは悪くありません」

 パルマは優しくサラの頭を撫でてくれた。大きくて、温かい手だ。

「話は聞きましたよ? 悔しかったですね」

「! 悔しい……?」

 すとん、とサラの中で何かが落ちた。

(そうだ。私、悔しかったんだ……!)

 ルーラを救えなかったことが。ロイの寿命を縮めてしまったことが。何もできなかった自分が。寂しいでも、哀しいでもなく、ただただ、悔しかったのだ。

 パルマに言われて、初めて自分の気持ちを言葉にすることが出来た。

 きっと、自分の無力感を誰よりも感じてきたパルマだから、サラの心情をそのように察することができたのだろう。

 そう思うと、サラはパルマが愛おしくて堪らなくなった。恋とは違う、愛おしい、という感情だった。

「……うん。私、悔しい! ルーラの事、もっと知りたかった。デュオンやお母様の事ももっと教えて欲しかった。そして、皆で解決策を考えたかった……!」

 そうですね、とパルマはサラを胸から離し、再びサラの両頬に手を伸ばすと、今度は優しく涙を拭った。そして、ニコリと微笑む。

「ルーラさんは、凄い人ですね」

「ルーラが、凄い?」

 パルマの言葉に、サラは驚いた。

「はい。だって、魔族になっても友達でいてくれたんでしょう? 誰にでも出来ることではないですよ? サラさんにはもったいないくらいです」

 ルーラは魔族になった。誰からも忌み嫌われる魔族になったのだ。そんな彼女を「凄い」と言ってくれる人がいるとは思っていなかった。

 サラは胸の奥が熱くなるのを感じた。ルーラの死を目の当たりにしてから、感じることが出来なくなっていた熱だった。

「うん。ルーラは凄いの」

 サラは自分の頬に触れるパルマの手に両手を重ね、強く握りしめた。魔に堕ちた姿ではない、人だった頃のルーラの笑顔が胸に蘇った。

「ルーラね、お母さん想いで、優しくて、美人で、料理も上手いの! 回復魔法も中級が使えるのよ? ロイからちょっと習っただけで、氷魔法も使える様になったんだから! それにね、歌も上手いのよ? 最後は、お店の人達もメロメロだったのよ!」

 堰を切った様に、言葉が溢れてくる。その様子に、パルマは困ったような顔を作った。

「んー。人妻じゃなかったら奥さんに欲しかったですねえ。残念!」

「あはは! パルマにはもったいないよ!」

 パルマのわざとらしい台詞と表情に、サラは思わず笑っていた。笑いながら、大粒の涙がぽろぽろと零れる。星の様に、キラキラと輝く涙だ。

「ええ!? 僕、自分で言うのもなんですけど、かなりの優良物件ですよ!?」

「ええ? そうかなぁ。地味すぎない?」

「うわっ! 聞きましたか、天国のルーラさん! サラさん、こんな子ですよ!?」

「あはは! 告げ口してる! じゃあ、私も! デュオン様! 奥さん狙われてますよ!」

「え!? 旦那さんに言うんですか!? 泥沼じゃないですか!」

「あはは! はは、ははは……」

 こんな風に、ルーラの事で笑えるようになるとは思わなかった。陽はすっかり落ち、月明かりがキラキラと静かな水面を照らしている。毎日見ていたはずなのに、こんなに綺麗だったなんて、なんで気付かなかったんだろう。

「うう……。ありがとう……パルマ」

 サラはもう一度、パルマの胸に顔を埋めた。

「……僕は何もしてませんよ? いつも通りの、世間話をしただけです」

「うん。それが、いいの」

 パルマの少し速い心音が心地よい。波の音とセッションしているようだ。

「本当は、僕じゃなくて、リュークおじさんが来た方が良かったんでしょうけど。残念ながら、僕がお使いを頼んでまして……。すみません」

「? なんで謝るの? そりゃあ、リュークに会えたら嬉しいけど、パルマに会えて良かったよ?」

「え? ええええ?」

 この鈍感悪魔聖女、と言いかけて、パルマは心の中で留めた。

「それに、お使いって?」

 サラは顔を上げて、首を傾げながらパルマの目を覗き込んでいる。パルマは少し顔を横に向けて、小さく咳ばらいをした。

「はい。前に、国連の話をしたでしょう? 実は、僕達が考えているのは、人間だけではなくて、エルフやドワーフはもちろん、巨人族や小人族、獣人、精霊やドラゴン、その他の様々な種族との同盟なんです。なので、親父にはエルフ、リュークおじさんにはドラゴンを口説きに行ってもらっているんです。ちなみに、『紅の豚』の皆さんにも強力してもらってますよ。あのパーティは僕達の理想ですからね」

 豚ではなく鹿であり、パルマもナチュラルに間違えたのだが、あまりにも違和感がないためサラも訂正しそこなった。しかし、そんなことはどうでもいい。

 サラはパルマの話に目を輝かせた。

「すごい! すごいね! パルマ!」

「でしょう? まだ、賛同してくれる国は少数ですが、少しずつ国連の概念が広がっていってます。サラさんも、やってみますか?」

「え!? 私にも協力出来るの!?」

「もちろんです。というか、サラさん。自分が『聖女』だっていうこと、忘れてませんか?」

「あ」

「やっぱり忘れてた! サラさん。魔力を溜めるのも良いですが、ちゃんと聖魔法は特級まで使える様になってくださいよ! 聖魔法の使えない『聖女』なんて、魔法が使えない魔王みたいなもんですよ!? 少しも怖くないですよ!」

「すみません。先生。魔力が全然貯まりません」

 実は貯めた魔力をジークやリュークの召喚でほとんど使い切ってしまい、中々思う様に貯まっていないのだ。毎日、魔石水を飲んでいるが、500円玉で一億円を貯める様なものだ。

「まったく、もう。サラさんらしいというか……。実はサラさん。このエストの反対側に、サフランという大陸があります。何人か『梟』を派遣していますが、まだ、成果が得られていないんです。グランさんに聞いたところ、次は別の大陸に行くと言っていたので、ぜひ、サフランを攻略していただけないでしょうか?」

「サフラン……攻略……!」

「怖気づきました?」

「ううん! やる! やらせて? 私もユーティスやパルマの役に立ちたい。ルーラに恥じない聖女になりたい!」

「はい」

 少し笑って、パルマはサラの頭をぽんぽんと叩いた。

「やっぱり、サラさんは良い子です。期待していますよ? あ、失敗しても責めませんから無理はしないで、ちゃんと帰ってきてくださいね?」

「はい! 先生!」

「よろしい! ……じゃあ、帰りましょう? 皆、心配していますよ?」

「うん」

 サラは心の底からパルマに感謝した。

 ごく自然にパルマの手を握って、サラは宿屋へと歩き始めた。パルマは微妙な顔をしたり、ため息をついたり、「この悪魔め」など呟きながらもサラに歩幅を合わせて付いてきてくれた。


 宿屋に帰ると、仲間達が笑顔で出迎えてくれた。

 サラは皆に散々心配をかけたばかりか、旅を足止めさせたことを詫びた。グランは笑顔で頷き、シグレは困った様に膝をついて「配慮が足りませんでした」と頭を下げた。アマネはパルマとサラ、ロイとサラを交互に見ながらニヤニヤしているし、ロイはサラが立ち直ったことに目を潤ませていた。


 ようやく、いつも通りの『黒龍の爪』が戻ってきた。


 パルマは少しロイと話をした後、宿には泊まらず帰って行った。

 その背中に、それぞれが感謝の意を込め一礼した。


 明日は早い。きっと晴天だ。


 次の目的地は、サフラン大陸である。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます!


今回はパルマ君の出番でした。

地味だけど、良い子です。

パルマ君を見ていると、ラピュタのパズーを思い出します。

子供の頃は、パズーの魅力に気が付きませんでしたが、

大人になってから観ると、パズーの破壊力は凄いです。

もう、パズーにときめきっぱなしです。

ぜひ、パズーの魅力に気が付いていない女子は、大人になってからもう一度ラピュタを見てください。

パズー、めちゃいい男です。

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