37. ルーラとの出会い
「では、アマネ、ロイ。クラーケンにとどめを刺してやるがよい」
「「はい!」」
港に船をつける直前。大観衆が見守る中、『黒龍の爪』一行はウエットスーツを気絶したままのクラーケンから剥ぎ取ると、速やかにとどめを刺した。これで、アマネもロイも個人ランクでもAに昇格できるだろう。
「大丈夫ですか? サラ様」
「……うん。クラーケン。ありがとう」
サラはそっと、クラーケンに手を合わせた。
港に着くと、すぐさま「解体屋」と呼ばれる魔物の解体専門の職人によってクラーケンが捌かれ、売られていった。その際、ワタの中に埋もれた、白く透き通る細長い魔石を手に入れた。これを冒険者ギルドに持っていけば、依頼達成となる。
冒険者ギルドへは、グランが一人で行ってくれることになった。冒険を子供達に任せた分、面倒な事務手続きをやってくれるそうだ。シグレは里で用事があるとのことで、一時パーティを離脱せねばならず、申し訳なさそうな顔をしていた。
こうしてサラ達年少組は、クラーケン討伐のご褒美として休暇をもらったのだった。
「え!? クラーケンがない!?」
未だに賑わっている港の中央で、ルーラはクラーケンの解体を指揮していた男を前に愕然としていた。クラーケンは港に着く時には既に買い手が決まっており、ルーラに売れる部位は残っていないのだという。
「そんな! 私、あれがないと困るんです! 人の命がかかってるんです!」
潤んだ目で、ルーラは男に食い下がった。涙目の美少女に迫られて、男は若干挙動不審だ。魔物より、女性に触れる方が心臓に悪い、というタイプである。
「まままま待ってくれ! そんな事を言われても、売れちまったんだからしょうがないだろう!?」
「お願いします! せめて、誰に売ったか教えてください! 直接相談しますから!」
「ぐはぁ!」
ルーラに手を握られて、鼻血を吹きながら男はクラーケンの足を2本買取った「魚介料理専門店 フィッシュベイベー」を紹介してくれた。
ルーラは笑顔で礼を言うと、教えてもらった「フィッシュベイベー」へ急いだ。イカは傷むのが早いのだ。せっかく買えても、腐ったものをデュオンに差し出すわけにはいかない。
「フィッシュベイベー」に着くと、ルーラは店員らしき少年に声をかけ、店長を呼んでもらった。
「お願いします! 1本でいいんです。譲ってください!」
「そりゃ、無理な話だよ。こんな高級食材がこれだけの鮮度で手に入ることなんざ、二度とないかもしれないんだ。少しで良ければ分けてあげるから、それで我慢しておくれよ」
泣きながら土下座を繰り返す美少女を前に、「フィッシュベイベー」の主人は困り果てていた。正直今は、猫の手を借りたいほど忙しいのだ。新鮮なクラーケンが食べられると聞いて、既に店には長蛇の列ができている。それでもルーラに会ったのは、解体屋からの紹介があったのと「ちょっ! 店長! 凄い美少女が会いたいって言ってます!」と若い店員に言われて、思わず興味が湧いたからだ。確かに凄い美少女だが、会って後悔した。持ってきた話が面倒なのだ。しかも、店の前で土下座されて、迷惑でしかない。
「少しじゃダメなんです。1本丸ごとじゃないと、代わりにならないんです」
「しかしなあ……1本で100万ペグは稼げるんだ。あんた、払えるのかい?」
「ひ、100万!?」
ルーラは顔を上げた。提示された金額に、頭が真っ白になる。父が漁で採ってきたイカは、状態の良いものでも一杯20ペグ程でしか買い取ってもらえなかった。ルーラはガタガタと震えながら、袋を握りしめた。村人から掻き集めた金は3万2千582ペグだ。これでも、貧しい村が精一杯出せる金額なのだ。
「ダメだ……全然、足りない……」
ふにゃり、と、ルーラは体から力が抜けた。
「じゃあ、諦めるんだな」
「待って! 待ってください! お金は稼ぎます! 私、魔術師です。中級の回復魔法が使えます! どなたか、怪我をしている方はいませんか!?」
「あー……」
縋りついてくるルーラに、気まずそうに店主は目を泳がせた。その視線が、ピタリ、と露店で魚介のスープに舌鼓を打っている三人組で止まった。
「あー、すまない。タイミングが悪かったな。お嬢さん。実は、あの三人組が2カ月前に大概の怪我人や病人を治しちまったんだ。今、この町に中級魔法を必要としている奴はいないな」
「ええええ!?」
ルーラは信じられないものを見る目つきで、指差された三人組を凝視した。やたらと見目の良い、冒険者風の若者達だ。三人はルーラの声に気が付いたのか、互いに顔を見合わせると、スープの器を露店商に返してこちらに近づいてきた。一番若い、薄桃色の髪をした美少女が足早に駆け寄り、ルーラと店主の間に割って入った。
「おじさん! 女の子に土下座させて泣かせて何してるの!」
「最低ですね」
「大丈夫かい? 君」
「「えええ!?」」
三人の勢いに、ルーラと店主が同時に声を上げた。三人の勘違いを解こうと、必死で弁明する。
「ちがっ、違うんです! 私、どうしてもクラーケンを買わないといけなくて、お願いしていたんです!」
「そうだよ! この子が、足りない金を回復魔法で稼ぎたいって言ったから、あんた達が町中の怪我人を捌いちまったから無理だ、って話をしてたんだ!」
「「「……あ」」」
三人組……サラとロイ、そしてアマネには心当たりがあった。2カ月前、初めてこの町を訪れた際に三人で「誰が一番稼げるか杯」を開催し、サラとロイが手あたり次第回復魔法を使用したため、町の者には感謝されたが、医師や薬師から冒険者ギルドに苦情があり、グランからしこたま怒られたのだ。ちなみに回復魔法が苦手なアマネは、空間魔法に収納しておいた色々な魔物のアレやコレやを闇で売りさばこうとし、シグレから大目玉を喰らっていた。
「うわ……。ごめんなさい」
サラはルーラに頭を下げた。アマネはそっぽを向いて口笛を吹いている。「私、回復魔法使ってませんもーん」という顔だ。
「う……うぅ……。私、私どうしたら……」
ハラハラと涙を流す美少女に、ロイはおろおろしている。戸惑いながら、そっとルーラの背に触れ優しく擦った。父がよく、ロイが震えて泣いた時に背中を擦ってくれたのだ。
「どうして、泣くの? 何が、あったの?」
たどたどしく、ロイはルーラに尋ねた。ロイの体温を感じ、ルーラは、はっ、とロイの顔を見て赤面して下を向いた。
「私は、竜神の花嫁です。私の村は、竜神に護られています。でも、その代わりにクラーケンの足が欲しいと言われて……」
「竜神の花嫁!?」
サラの目が輝いた。『鬼姫と侍』以降、魔物と人の恋物語にサラは目がなかった。しかも今回は竜神……ドラゴンなのだ。思わず、リュークの笑顔が浮かんだ。ついでに、クラーケンの足を丸飲みするジークの姿も浮かんだ。
「竜神様がクラーケンを食べたがってるのね!? ドラゴンって食いしん坊だから、1本じゃ足りないよね!?」
「ええ!? 1本で大丈夫よ!?」
「控えめなドラゴンね? 私の知ってるドラゴンは、クラーケン丸ごと欲しがるわよ?」
「え!? そうなの? ……そうか。控えめなのね……」
「おじさん! 私達も手伝うので、クラーケン売ってくれませんか?」
「ええ!? 100万ペグだぞ!?」
「「「高っ!」」」
三人は口を揃えた。
「売った時、1本40万ペグでしたよね!? ぼったくりじゃない!?」
サラが鬼の形相で店主に詰め寄った。美少女台無しである。
「なんで買値を知ってんだ!?」
「売ったのが私達だからよ!」
「ぐはっ!」
「冒険者ギルドに訴えてやるわ! 覚悟おし!」
「いや、待ってくれ! 確かに買値は40万だが、これを料理して売れば1本で100万ペグは軽く稼げるんだ! 正直、150万でも売りたくない! 大体、今とんでもなく忙しいんだ! あんたらに構ってる暇はないんだよ。勘弁してくれ!」
「忙しい?」
サラは遠巻きにこちらの様子を伺っている長蛇の列に目をやった。列の先には大きな文字で「フィッシュベイベー」と書かれたお洒落なレストランがある。「クラーケン焼き1皿500ペグ!」とのぼりが立っている。
それを見たサラの目がキラーンと光った。元スーパーアルバイターの血が騒いだ。
「ふははははは!」
「突然どうした!?」
「店主よ! お困りのようだな!」
「サラが壊れた!?」
「サラ様はあれが素です」
「お主が持つクラーケンの足1本と、我らの手持ちのクラーケンで300万ペグ稼げたら、1本この子に渡すという契約をしようではないか!」
「「「「ええええええええ!?」」」」
店主だけでなく、ルーラ、ロイ、アマネも驚いた。
「サラ様! 正気ですか!?」
「そうだよ、サラ! クラーケン焼き6000皿だよ!?」
「ふっ! クラーケンを焼いて食べるだけなど、愚の骨頂なり!」
そう言って、サラは空間魔法で熱々の隠し天ぷらと天つゆを取り出した。リュークやリーンに食べさせようと、とっていた分だ。
「店主よ! 食べてみよ!」
「何だ? イカのフリッターか? これならうちにもあ……うま!! 何これ、旨過ぎるんだけど!」
「皆さまも、ご試食どうぞ」
サラは、きゅぴんっと可愛らしさ全開で「何だ、何だ?」とざわめく長蛇の列をなす人々に、天ぷらを少しずつ振る舞った。「怖! あの子、怖!」と、サラの変わり身の速さに震える店主は無視だ。サラの意図を察したロイも、お色気全開で手伝う。ロイは列に並んでいない人々が相手だ。
試食品が無くなると、サラは再び変なテンションに戻り、声を張り上げた。
「さあさあ! この美味しい『クラーケンの天ぷら』が食べられるのは、今日限りだよ! 一皿1200ペグのところを、『クラーケン焼き』とセットにすると、何と1700ペグが、1500ペグに!」
「やっすーい!」
絶妙なタイミングで、アマネが合いの手を入れる。
「早い者勝ちだ! ジャンジャン注文してくれ!」
「「「おおおおお!!」」」
エストの町に歓声が上がった。今更ながら、サラは無意識に「共有」の力を使っているのではないかと思えるほど、町中が変なテンションになっている。もはや、聖女とは何ぞや。
「と、いう訳で、店長さん! キッチンお借りしますね!」
「…………好きにしてくれ」
満面の笑みで振り返ったサラに、店主は膝をついた。
その後は目が回る程の忙しさだった。
ルーラはさすがに漁師の娘だけあって、クラーケンを捌くのが上手くサラの期待以上の戦力になった。ロイも手先が器用であり、日が落ちる頃にはサラがプロデュースした『クラーケン寿司』をマスターし、イケメン過ぎる寿司職人として、女性客や一部の男性客に大人気であった。
アマネはメイド姿で、配膳を担当し客の目を楽しませていた。本人としては、早く300万ペグに達しないと保管しているクラーケンが無くなってしまうので、必死である。
サラはルーラに、定期的に料理人全員に回復魔法をかけるようお願いし、ひたすら天ぷら作りと商品開発に精を出した。
客の反応は上々で、変なテンションになる者が続出した。
1500ペグは、日本人の感覚でいうと15000円前後だ。決して安い金額ではない。それにも関わらず、クラーケン料理は飛ぶように売れ、閉店時間には目標の300万ペグを軽く越え、400万ペグに達していた。「フィッシュベイベー」始まって以来の売り上げであった。
1日で、店員達の心と客の胃袋を掴んだサラ達四人は、「サラ様! 行かないで!」と、惜しまれながら「フィッシュベイベー」を後にした。もちろん、クラーケンの足を手に入れて。
「本当にありがとう! サラちゃん。ロイさん。アマネちゃん!」
宿屋の一室で、ルーラは頭を下げた。その顔には清々しい笑みが溢れている。
「お疲れ様! ルーラちゃんも凄かったね! 回復魔法も助かったし、氷魔法でクラーケンの鮮度を保ってくれたし!」
サラも笑った。ルーラとは、一緒に仕事をするなかで、すっかり仲良くなっていた。ルーラは17歳らしい。サラにとって、歳の近い同性の友達と共同作業をするのは初めての経験であった。
「うふふ! 私、自分が氷魔法が使えるって知らなかったの! ロイさんが教えてくれたおかげね」
ルーラはロイに微笑んだ。ルーラにとっても、今日ほど充実感のある楽しい1日は初めてだったのだ。陰鬱な村人達とは全く違う、明るく親切な人々に出会い、目からウロコが落ちる様な気持ちだ。
(早くお母さんや、デュオン様にも会わせたいなあ)
ルーラはすっかり三人のことが好きになっていた。
今日はもう遅いため一泊して早朝に出発する予定だが、クラーケンの配送員として、サラ達も一緒に行くことになった。サラ達の明るさで、村を照らして欲しい。
「ねぇねぇ! 竜神様ってどんな方?」
興味津々でサラがルーラに尋ねた。楽な格好でベッドに寝そべり、枕を抱いて足をバタバタさせている。お行儀が悪いが、今日は注意してくれる大人は居ない。ロイが顔を赤くして、おろおろするだけだ。すっかり修学旅行のノリである。
「竜神様は、たぶん、恐ろしい方よ」
「え!? 旦那様なのに?」
リュークやジークを想像していたサラは驚いて身を乗り出した。
「うん。竜神様の要求に応えるために、村は大変なことになってるわ……でも、私には優しい気がするの。そう思いたいだけかも知れないけど……」
少し顔を赤らめながら、ルーラはデュオンについて語った。その様子を見て、サラとロイは何となく気恥ずかしくなり、アマネはニヤニヤしている。アマネは人の恋話をからかうのが大好きなのだ。
「ルーラは、竜神に惚れているのですね。青春ですね。イヒヒ」
「アマネちゃんったら!」
案の定、ルーラは顔を真っ赤にしてベッドに突っ伏した。自分のベッドより、ずっと柔らかくいい匂いがした。
明日になれば、また暗く湿った日常が待っている。デュオンへの生け贄は村を苦しめ続けるだろう。出口のない迷路の様だ。
「私達も、竜神様に会えるかな!?」
サラの屈託のない笑顔が羨ましい。自分とサラは、どうしてこんなに違うのだろう。
「うん。会えるよ」
美しく微笑みながら、ルーラはふと思ってしまった。
サラを捧げたら、いったい何年免除してもらえるのだろう、と。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告ありがとうございます!
先日戴いたファンアートを(おまけ 登場人物のおさらい 2)に掲載させていただきました。
他国にも『S会』が進出しちゃいましたね!
ロイの握った寿司が食べたいです。(笑)
今後ともよろしくお願いいたします!