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(挿話)君がくれた石言葉

突然の挿話です。

読み返していたら、第一章のヒロイン(?)のロイの出番が少なすぎることに気付き、書いてみました。

 エストに向かう途中に立ち寄ったとある街でのこと。

 グランは知り合いに会いに行くと言ってパーティを抜け、シグレもテスから呼び出しがあり、若者三人だけとなった。

 街は割と栄えており、屋台などが立ち並ぶメインストリートの近くに三人は宿をとった。


「ちょっと、ロイ。相談があります」

「え? 俺に?」

 アマネに髪を引っ張られて、よろけながらロイが何処かへと連行されていった。サラは二人を見送ると、チュールを呼び出しモフモフを楽しんだ。モフモフはいつの世も正義である。


「ロイ。せっかくのチャンスです。ガツンと行きましょう」

 ロイを宿屋の食堂まで連れてくると、アマネは真剣な眼差しでロイに切りだした。狭い食堂には昼食後ということもあり、他に人は居ない。

「え? ごめん。意味が分からない」

「このっ、長髪ヘタレ!」

「!?」

 バチン、とアマネからデコピンを喰らって、ロイはよろめき、近くのベンチに座り込んだ。

「な、何で!?」

「いいですか、ロイ。今、ここに居るのは私と、ロイと、サラ様だけです。私が食い倒……街の探索に出れば、ロイはサラ様と二人きりになるんですよ!?」

「今、食い倒れって……!?」

 再びデコピンを喰らって、ロイは仰け反った。悲鳴を上げないのは、哀しいが、昔の癖だ。

「ロイ。私の鑑定によると、サラ様はロイのことを男として見ていません」

「え!?」

「いいとこ息子。最悪、孫娘です」

「孫……娘!?」

 ガーン、とロイはベンチに手をついた。もちろん、そんな鑑定はない。

「え、えぐられる……」

「いいですか、ロイ。サラ様が『記憶持ち』なのは知っていますね? 私の鑑定ではサラ様の精神年齢は70過ぎの老婆です。つまり、ロイなんて赤子同然なんです」

 重ねて言うが、もちろんそんな鑑定はない。アマネの観察眼は天賦の才である。

「うわああ」

「ずばり言います。ロイ。あなたは今、シグレ兄様どころかグラン師にも負けています!」

「うわああああ!」

「素直で純粋なのは美徳ですが、私から見たら、ロイはただの長髪ヘタレうんこ野郎です! 百戦錬磨のグラン師やサキュバスをも落とすシグレ兄様と肩を並べるなんて1億年早いです!」

「でも、シグレさんもグラン先生もカッコいいよね」

「うわらぁ!」

「!!」

「可愛いかっ!」

 今度はデコピンではなく、頭突きを喰らった。喰らわせた本人もよろめいている。「しまった。痛いです」とか呟いている。自業自得だ。

「いいですか、ロイ。このチャンスを逃す手はありません! 『可愛い孫娘』から『あれ? この子こんなに……格好良かった……? ポッ』までランクアップさせましょう!」

「え!? でも、どうやって……?」

「決まってます。デートです!」

「……デート!」

「チャンスは今日限りです。夜にはグラン師が帰ってきますからね? それまでに、この『恋術指南役アマネ』の指令(ミッション)を3つこなしてください」

「れんじゅつしなん? 指令(ミッション)?」

 パルマが居れば片っ端からキレのあるツッコミを入れてくれそうだが、残念ながらボケる人間が周りにいなかったロイのツッコミ技術はFランクである。


 恋術指南役から出された指令(ミッション)は以下の3つである。

 ①手を繋ぐ

 ②サラにプレゼントを贈る

 ③キスをする


「キ、キス!?」

「そうです。簡単でしょう?」

「……ハードル、高くない?」

「高くない! とういうか、それくらいしないと、他のライバルに勝てませんよ!?」

「でも、サラが嫌がりそうだ。俺はサラが嫌がることはしたくない」

「馬鹿おっしゃい!」

「ふがっ!」

 思わず声が出た。鼻っ柱にパンチを喰らったのだ。

「ひどい……アマネ……」

「こんなことは言いたくなかったのですが、ロイ。サラ様は既に、ファーストキスは済ませておいでですよ?」

「えええええ!? だ、誰と!? リュークさん!? パルマ!?」

「パルマ様はキング・オブ・地味ヘタレですし、リューク様はサラ様を『小くてよく泣く生き物』としか思ってないので、それは無いです」

「じゃあ……王子か!?」

「それはちょっと私の口からは……ぽっ」

「何でそこだけ照れるの!?」

「演出です」

「演出なの!?」

「とにかく、先程の3つの指令をクリアしないと、私も今後ロイを『孫娘』として扱いますからね? 娘にはソコに付いているソレとか不要ですよね? 今日中にクリアしないと、ソレ、切り落としますからね?」

「うわああああ! 止めてよ! 何でそんな酷いことが出来るの? アマネは、悪い人間なのか!?」

 ロイは涙目で、ベンチの上で身を丸め震えている。アマネは少し、イラっとした。

「可愛いかっ!!」

「!!」

「では、あまり時間がありません。頑張ってください、ロイ。私の暇つぶ……ロイとサラ様の幸せな未来のために!!」


 こうして、ロイはデートというミッションに挑むこととなった。


「うわあ! いっぱい面白いお店があるねえ!? トマス国は貧富の差が激しいって聞いてたけど、ここは首都に近いからかな? 賑やかだね!」

「そ、そうだね……!」

 キャッキャッと楽しそうに飛び跳ねるサラとは対照的に、ロイは自らに課せられた指令のことで頭が一杯であり、上の空である。今日は念のために仮面を着けているが、あまり役に立っていない。華やかな美少女とスラリと立ち姿の美しい青年は、人込みでもかなり目立っていた。むしろ、仮面を着けていることが、奥様方の想像を掻き立てることに一役かっていた。

「……ロイ。右手と右足が同時に出てるけど、大丈夫?」

「え!? あ、うん。美味しそうな串焼きだね!」

「……」

「……ごめん」

「ロイ。どっか調子悪い? 宿屋に帰ろうか?」

「ううん!? 大丈夫だ。ちょっと街の活気に驚いてただけだから」

「……ふうん?」

 訝し気に首を傾げると、サラはおもむろにロイの手を握った。

「え!? さ、サラ?」

「ロイは、こんな大きな街を歩くの初めて? 無理しないでね? 手、繋ご?」

「う、あ、ああ……!」

「ふふ。じゃあ、あっちの大きな店に行ってみたい!」

「ああ」

 満面の笑みで語りかけてくるサラに、ロイも微笑み返した。サラは大きな看板が煌めく商店に向けて、進み始めている。ロイがサラの細い指をギュッと握りしめると、サラは振り向いて笑顔で握り返してくれた。


(ああ、可愛いな)


 5年前のサラも可愛かったが、あくまでも「子供として」の「可愛い」だ。10歳のサラに恋心を抱くこともなく、ただ、自分と父を地獄から救い出してくれた恩人としてサラを大事に想っていただけだ。3年前の夜会で再会した時も、大人っぽく着飾ったサラに心がざわついたものの、恋と呼べるほどの感情ではなかった。サラは、父や師匠達と同じ「恩人」であり「友人」であり「家族」であり「特別」だった。だから、リーンから「サラちゃんが冒険者パーティのメンバーを募集しているよ」と聞いた時は、胸が躍った。やっと、恩返しができると思ったのだ。

 久しぶりに再会したサラは、記憶にあるサラがかすむほど、すっかり大人の女性になっていた。背も伸び、女性らしい身体つきになり、妹とほとんど変わらない年だというのに、ほんのりと色気まで漂ってきて、ロイの胸は早鐘を打った。

「お久しぶりです。サラ様」

 心を落ち着かせようと、わざと優雅に微笑んで礼をすると、サラは潤んだ瞳でロイを見つめてきた。

(ああ、何と儚げな)

 と、ロイが思った瞬間、サラは淑女とは思えない行動にでた。動きにくいはずのドレスで飛び上がると、ロイに飛びついて押し倒し、マウントポジションをとったのだ。

 色んな意味で、ロイは混乱した。儚げな淑女が突然ゴリラになったのだ。仕方ない。

 とはいえ、ゴリラでもサラは大事な恩人だ、と、ロイは気を取り直した。

 仲間にしてください、と言った後のサラの涙をロイは忘れることが出来ない。5年前、自分のせいでサラの大事な人を失わせてしまった時の哀しい涙ではなく、歓喜の涙をサラが流してくれていた。

(ああ。喜んでもらえて良かった。今度は、笑顔にさせたいな)

 ロイが、サラを恩人ではなく「守るべき女性」として見る様になったのはその時であろう。

 それからまだ、一カ月も経っていない。

 ロイの恋心は、まだ、生まれたばかりなのだ。リーンやアマネに「頑張れ!」と言われても、戸惑いの方が大きかった。


 だが、二人きりで手を繋いで歩いていると、目の前のサラの全て愛おしく思えてきた。ポニーテイルの薄桃色の髪も、白く細いうなじも、ゴリラとは思えない華奢な肩も、細い腰も。

 5年前、自分を救い出してくた時より大きくなった、小さな手も。

(ああ。大好きだ。サラ)

 ロイは、はっきりと自分の気持ちを理解した。

 仮面を着けてきて良かった。紅くなった頬と、歓喜で潤む瞳を、隠すことが出来るから。


「ちょっと待っててね! ロイ」

「え? あ、うん」

 目的の店に着くと、サラはパッと手を放し、店の中に駆け込んでいった。

「はっ! そうだ、プレゼント……!」

 しばらくサラの温もりを確かめるように、手の平を握ったり開いたりしていたロイだったが、我に返りサラへのプレゼントを探すことにした。

 店は雑貨屋のようだが、衣料品も充実していた。

 ロイは、サラの長い髪を思い出し、髪留めを買うことにした。普段使っているピンクのリボンも可愛いが、成人女性には少し子供っぽい気がしたのだ。


 本来、女性物の小物や衣料品を取り扱うコーナーを冒険者姿の男がウロウロするのは店としても迷惑でしかない。しかし、髪留めの使い心地を確かめるために仮面をとって試着するロイの噂が一気に広まり、女性客が殺到したため、店主は速やかに女性物コーナーの前に臨時のレジを置くと、「今、着けたのはこの髪留めだよ! 1つ120ペグだ。色違いもあるよ! お、今のは5000ペグだ!」と商売を始めた。この日の売り上げは過去最高を記録したらしい。

 会計をする際、何故か大幅にまけてくれた。


「お待たせ! ロイ!」

 陽が傾き始めた頃、二人は合流した。お互い、買い物に時間がかかってしまったようだ。

「ううん。俺も、色々見てたから」

 息を切らせて戻ってきたサラに、ロイは微笑んだ。プレゼントを見て喜ぶサラと、がっかりするサラの両方を思い浮かべてしまい、ドキドキと心臓が落ち着かない。

「ロイに、プレゼントがあるの!」

「え!?」

 先に、言われてしまった。

「え!? 迷惑だった!?」

「まさか! 嬉しい、すごく嬉しい! 俺からもプレゼントがあるんだ」

「本当!? ありがとう! じゃあ、交換ね? はい! 仲間になってくれてありがとう、ロイ!」

「こちらこそ、笑顔をくれてありがとう。サラ」

 何て言って渡そう、と散々悩んでいたのが嘘の様に、サラリと感謝の言葉が口から出た。サラが先に言ってくれたお陰だろう。

 ロイはサラと同じ店で買った包みを交換すると、大事そうに抱きしめた。

「「開けてもいい?」」

 二人の声がハモった。二人は弾ける様に笑い合うと、包みを開けた。

「「あ……」」

 ぱっと、お互いの顔を見つめた。一瞬の沈黙の後、再び声を上げて笑った。

「「同じだ!」」

 二人が贈り合ったのは、リボンを止める小さな飾りだった。サラにはサファイア、ロイにはコーラルが付いている。

 同じ店で同じ物を買ったのだ。それが安物ではないことは分かっていた。それ以上に……

「ありがとう。ロイ」

「ありがとう。サラ」

 サファイアの石言葉は「慈愛」だ。ロイがサファイアを選んだのは、サラの瞳によく似ていたことと、石言葉が聖女であるサラにぴったりだと思ったからだ。

 そして、コーラルの石言葉には「幸福」「長寿」の意味がある。『ギャプ・ロスの精』として生まれ、辛く厳しい少年時代を送り、長く生きられないロイに贈る、サラからの祈りを込めたプレゼントだった。

 ロイもサラも石言葉には詳しくなかったが、店の張り紙に丁寧に書かれた石言葉に二人は互いの姿を思い浮かべたのだ。

 ロイは、真剣に石言葉を調べるサラの姿を想像し、胸がいっぱいになった。孫娘でも構わない。これほどまでに深い愛情をくれる人が傍にいる。そのことが、どれほど心強いことか。自分の寿命は、あと10年も無いだろう。サラの役に立てないまま、死んでしまうかもしれない。だが、サラの愛は、希薄な自分の存在を無条件で肯定してくれている気がした。生きていいんだよ、一緒に生きよう、と、言ってくれている気がした。

「サラ」

「うひゃ!? ロイ!?」

 ロイは、サラを抱きしめ額にキスをした。感謝と、愛情を込めて。一度だけの、長い口づけ。サラは初め身を強張らせていたが、途中から力を抜いて、ロイを抱きしめ返してくれた。

 ロイの頬に、涙がこぼれた。

「ありがとう……一生、大事にする」

 髪飾りも。サラも。


 黄昏時に二人の影が一つになって、長く、長く伸びていた。


 はからずも、ミッションコンプリートである。


ロイ君には幸せになっていただきたいです!


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