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35. クラーケンを倒そう。そして、いただきます。

「サラ! 準備はいいよ!」

「分かった! ええい! アイスボーン!」

 ロイの合図で、サラは海中のクラーケンに向けて魔法を放った。正確には、クラーケンの真下、である。アイスボーンは氷の「(ボーン)」ではなく、氷の「(ぼん)」であり、空気を大量に含んだ氷の板でクラーケンを浮上させる作戦である。

「行けえ!」

「援護する! 闇の精霊達よ、氷の板を押し上げよ!」

 海上からでは正確な位置が見えないため、サラとロイは闇の精霊に護られながら海中に潜りながら魔法を行使している。アマネは海上で浮き上がったクラーケンを攻撃する担当だ。動きが鈍るのを嫌ってウエットスーツは脱いだままであり、今は破廉恥な格好である。

「来ました! さっきはよくもやってくれましたね! イカ野郎!」

 下 から押し上げられ、巨大な目が見えるくらいまで浮上したクラーケンに、アマネは悪態をついた。

 クラーケンはアマネを視界にとらえると、10本の内の2本の足で間髪入れずに襲い掛かった。

「水の外なら負けません!」

 アマネはサラの作った複数の水の足場を器用に空中に転移させ、そこに乗って移動しながらクラーケンの攻撃を避けた。アマネが次第に転移の範囲を広げていくと、クラーケンも攻撃する足の数を増やしていく。クラーケンは体の3分の2以上が海上に出ているため、動きづらそうだ。アマネに攻撃しながら、海に潜ろうともがいている。

「今です!」

 アマネが叫んだ。

「「オッケー!」」

 アマネの合図に、サラとロイが同時にクラーケンの頭上に転移した。二人で裏返したままのウエットスーツを持っている。クラーケンはアマネに夢中で気付いていないようだ。

 サラとロイはウエットスーツに魔力を通しながら首の開いた部分を大きく広げると、そのままクラーケンの尖った頭に勢いよく被せた。

「アマネ!」

「はい!」

 アマネも二人の元へ転移し、ウエットスーツを掴むと、三人が均等に3方向へと引っ張りながら一気に引きずり下ろした。

「「「行けええええええええ!!」」

 古代龍の皮は外からの魔力を受け付けない代わりに、裏側からは魔力を良く通す性質がある。そして、魔力を通すことで自由に大きさや形を変えられることが、この1カ月の修行で明らかになっていた。

 サラ達は裏返したウエットスーツをクラーケンに着用させ、魔法で攻撃するという「黒いイカ作戦」を実行した。魔力を通す裏側を外、魔力を通さない外側を内にして着用させることで、外から加えられた魔法攻撃が内側に閉じ込められ、力の弱い魔法攻撃でも十分な威力になるのではないか、と考えたのだ。

 黒いスーツに胴体が覆われたところで、クラーケンが激しく暴れだした。

「サラ! 限界だ!」

「分かってる!」

 サラはクラーケンの足をギリギリで躱しながら、手に魔力を込めた。

「ライトニングボルト!」

 サラは電撃魔法をクラーケンの頭上に放った。


 キィィィィィィィ!!


 黒板を爪で引っ掻いた時のような凄まじい悲鳴を上げながら、クラーケンは激しく痙攣した。しばらく暴れまわったため、サラ達は一旦転移すると、少し離れた場所から様子を見守った。クラーケンは次第に大人しくなり、ぱたり、と動かなくなった。

 クラーケンを気絶させることに成功したのだ。

 サラ達は思わず顔を見合わせた。三人とも笑顔であった。


「クラーケンとったどー!」

 大海原に、猛々しい聖女の声が響き渡った。


「ほお! やったな、あやつら」

 遠くから様子を伺っていたグランが、感心したように頷いた。

「かなり予想とは異なる倒し方でしたが……」

 シグレが銛から手を離しながら、顔をしかめた。

「何、及第点じゃろ。生け捕りなら、新鮮なまま港まで運べる。高く売れるじゃろうて」

「……新鮮……イカ刺し?」

 さしみ醤油があっただろうか、とシグレは呟いた。


 その後、一行はグランとシグレにも手伝ってもらい、気絶したクラーケンの足先までスーツを着せ、岐路についた。

 途中、アマネがどうしても味見したいというので、シグレが足を一本根元から切り落としてくれた。15メートルほどの長さがあるため、それを1メートルずつに切り分け、1つを残して後はアマネが空間魔法で収納した。アマネの収納能力は他の追随を許さない。アマネは攻撃魔法の修行をさぼった分、転移魔法や空間魔法に全力を注いでいた。脱走に使えるからである。リスクが大きいため、よほどのことが無い限り使うつもりはないが、アマネは自らの空間魔法で作った異次元に転移することができた。これは、アマネだけの魔法である。 

 ちなみに、リスクとは、異次元内では方向感覚が分からなくなり、迷子になると現実世界に戻れなくなることである。初めてこの魔法を使った時、リアルに死にかけたためトラウマになっていた。


 残した1メートルの身は、足の付け根に近い部分であり、吸盤も少なく、身がしまっていて食べ応えがありそうだった。直径も1メートル近くある。

 表皮は固くて食べれそうにないため、皮を厚めに剝き、向いた皮は天日に干した。


「何食べる!?」

 サラが目を輝かした。スーパーで買ったイカのゲソを刺身で食べたことは無かったが、新鮮なイカならゲソも刺身で食べられると聞いたことがある。鑑定したところ、寄生虫もいないようだ。

「お刺身食べたい! 天ぷら食べたい! イカ焼き食べたい! 塩辛食べたい! お好み焼き食べたい! 塩とバターで焼いて食べたい!」

「……サラ様、クラーケンを見るのは初めてでは……?」

「書物で調理法を学びました」

 サラは、キリッとエア眼鏡を上げて凛々しい顔で嘘をついた。ロイは「塩とバターで焼く」以外は何のことか分からず、キョロキョロと周りを伺っている。グランと目が合うと、苦笑しながら首を横に振られた。グランにも何のことだか分からないらしい。

 一方で、アマネは悦に入っている。「美味しい」と言っているところを見ると、脳内ではすでに実食中のようだ。

「では、全部やってみましょう。私も、クラーケンを食すのは久しぶりですが、とても美味でしたよ。楽しみですね」

「ですねぇ!」

 サラに優しく微笑むシグレに、サラはデレデレである。シグレはサラだけには努めて笑顔を向けるようにしていた。自分がシズに似ていることを意識しており、自分が微笑むと小さな主が喜ぶことを理解しているからだ。そんな二人の様子に、がーんとロイはショックを受けている。

「俺が笑っても、あんなににやけた顔しないのに……」

「ロイ。シグレ兄様と争うだけ無駄です。ロイは美人なので、女性より男性を落とす方がいいと思います」

「良くないから!」

「冗談です。でも、シグレ兄様なら心配ないですよ。サラ様とどうこう、ということはあり得ませんので」

「? 何で?」

「秘密です。というか、言いたくありません。『鬼』の継承権に関わることですので。とにかく、そういう訳なので、争うだけ無駄ですよ」

「……うん。ひょっとして、応援してくれてる?」

「……は? 何で私が人の恋路を応援しないといけないんですか? 私は今、天ぷらに恋してるんで、人のことなどどうでもいいです」

「あ、うん。ごめん」

 ロイは、しゅん、となった。天ぷらに負けた気分だ。


 その日の夕食はイカ……もといクラーケンづくしであった。

 料理の担当はサラとシグレだ。

 シグレは料理もうまい。まさにパーフェクトヒューマンである。巨大なクラーケンのほとんどは、シグレが調理しやすい大きさに切り分けてくれた。

 サラは腕まくりをして、大きなボウルで小麦粉を水で溶いた。マシロの担当は天ぷらだ。長年一人暮らしで自炊をしていたマシロは料理には自信がある。サラになってからは自炊をすることは無くなったが、この旅の間ですっかり勘を取り戻していた。

「ロイ。そのイカの切り身に小麦粉をまぶして、この中に入れてくれる?」

「分かった! ……こんな感じ?」

「そうそう! 上手ねぇ!」

「え!? そ、そう?」

 ロイが料理をするのは初めてであるが、あまりにもイカの量が多いため、手伝いをかって出たのだ。サラに手際を褒められて、頬が上気している。イカに小麦をを付けてボウルにぶち込んだだけだが、ロイを孫のように可愛がるサラはべた褒めである。

 一方アマネは、余った生イカにワサビと醤油をかけて齧り付いている。さぼっているのではない。「余り物の処理、という大事な仕事をしてるのです」と本人は何故か誇らしげだ。おそらく、後でシグレに怒られることだろう。

 サラは天ぷらを揚げている間に、天つゆを作った。水と醤油とみりんがベースだが、味に深みが欲しい。

「グレ兄様……鰹節とか、ありますか?」

「カツオブシ? 武士ですか?」

「あ、いや。えーっと、じゃあ、魚から取ったダシというか」

「ああ。魚のダシなら、里で作っている『シラ』というものがあります。少し、舐めてみますか?」

「うん! ……あ、美味しい!」 

 サラは日本でよく使っていた『あごだし』を思い出した。あご、とはトビウオのことである。『シラ』はトビウオに似た魚なのだろう。

「良かったです。サラ様は、私達と味覚が似ていらっしゃるのですね。血が繋がっているせいでしょうか」

「えっへー。きっとそうだよ」

 ニコニコと上機嫌で、サラはシラ入りの天つゆを完成させた。


「いただきます」

 豪勢な料理を前に、サラは胸の前で手を合わせ、目を閉じて軽く頭を下げた。

「いつも不思議だったけど、それ、どういう意味?」

 サラの隣で、天ぷらに手を伸ばしていたロイが尋ねてきた。グランだけでなく、シグレやアマネも興味深げにサラを見つめている。どうやら「いただきます」の習慣は、鬼姫の時代には無かったらしい。

「作ってくれた人に感謝して『有難く頂きます』、私に命を分けてくれてありがとう『命を頂きます』って意味を込めて言ってるの」

 サラはもう一度手を合わせてみせた。

「感謝して食べることは良いことじゃな。作った者も嬉しいじゃろうし、食べ残しも減るかもしれんの。まあ、うちにはアマネが居るから食べ残しはないがな」

「確かに。サラ様。いただきます」

 グランの言葉に同意しながら、シグレがサラに頭を下げた。

「グレ兄様こそ、沢山作ってくださって、ありがとうございました。いただきます!」

「どうぞ、召し上がってください」

「ロイも手伝ったんじゃろ? いただきます、じゃ」

「え!? 何か、嬉しい。俺も、いただきます!」

「クラーケンさん。残さず食べますので。美味しく、いただきます」

「「「「いただきます」」」」

 全員で、ウエットスーツを着たまま船に繋がれているクラーケンに頭を下げた。


 その夜、『黒龍の爪』一行は、新鮮なクラーケン料理に舌鼓をうった。

 特に衣がサクサクの天ぷらは好評で、天つゆと塩の二味が楽しめるとあって、あっという間に胃袋に消えた。最期の一切れをグランが食べてしまい、アマネが泣いた。3人分は食べているというのに、凄い食い意地である。

 アマネの胃袋は異次元に繋がっているのではないだろうか、と真剣に考察するサラであった。


 後片付けをアマネとロイに任せ、サラは甲板に寝ころんで星を眺めた。潮風は髪がベトベトするが、サラは嫌いではなかった。

 横を見ると、星明かりに照らされたクラーケンの黒い姿があった。

 クラーケンには可哀そうだが、今日も美味しい物を食べて、自分が生きていることに感謝する。

「今更だけど、私、チートってやつなのよね……」

 サラは、自分が特別仕様であることに罪悪感を覚えていた。

 本来、クラーケンは冒険初心者が無傷で倒していい相手ではない。Aランク以上で活躍している冒険者の多くは、地道に努力し、何度もトライして、何度も挫折を味わいながら這い上がってきているのだ。

 なのに自分は、持って生まれた魔力容量と、前世の記憶、聖女の力、仲間にも恵まれ、チートな道具まで持っている。

「やっぱり、ずるいよね……」

 はあ、とサラはため息をついた。

「何が、ずるいんじゃ?」

「うわあ! グラン、いつからいたの!?」

 不意に足元から声がして、サラはガバッと起き上がった。グランはサラの近くにリクライニングチェアを置き、ゆったりと寝そべっていた。

「なに。ついさっきじゃよ。今日は気分がいいからの。夜風に当たろうと思ったんじゃ」

「……隣に、行ってもいいですか?」

「もちろんじゃ!」

 破顔するグランの横に椅子を取り出し、サラは座った。「入院中のお爺ちゃんを見舞いに来た孫」みたいな絵面になっている。

「何か、悩んでおるのか」

 グランは空を見上げたまま、穏やかにサラに問いかけた。「うん」と、サラは素直に頷いた。

「私ね、自分なりに苦労してきたつもりだけど、やっぱり、色々恵まれてるなって思うの。むしろ恵まれ過ぎて、申し訳ないな、私、ずるいな、って思ったの」

「ほぉっ、ほぉっ。サラの周りは、ずるい者ばかりじゃの」

「もう! 茶化さないでください!」

 サラは頬を膨らました。グランは皴だらけの顔をほころばせた。グランにとってサラは、聖女ではなく、孫であり、弟子であった。

「それでサラは、どうしたいんじゃ? 一から、やり直したい訳じゃなかろう? 他の冒険者と同じように、薬草探しやスライム退治から始めるか?」

「そういう訳じゃないけど……。そうした方がいいのかな……」

「あのな、サラ」

 グランは身を起こすと、椅子から足を降ろし、サラと向き合う様に座った。

「恵まれていることに罪悪感を感じてはいかんぞ。ましてや、自分の居場所を落とすのはもってのほかじゃ」

「……どういう意味?」

「同じゴールを目指すのであれば、我々はずるいと言えよう。ゴールを100とした時、多くの者が1から始めるのに対し、我々は初めから100を超えているからだ。じゃからの、サラ。我々の様な者は、『ゴールからスタートする者』と思えばよい。我々の目指す場所は、1000であり、10000だ。それは1から100を目指す者達よりも、厳しく険しい道を歩むことになる。サラよ、胸を張るがいい。お前は堂々と、100から1000を目指せばいいのだ。そして1000に辿り着いたら、今度は10000を目指せ。決して、落としてはいかん。そうやって上っていくがいい」

「グラン……」

 あまりにも、トントン拍子で事が進んでいたせいで、サラは忘れていた。自分が、初めから10000を目指していたことを。もちろん、10000という数字は概念でしかないが、魔王を倒すとは、そういう事だろう。そして今はまだ、1000にも満たない段階なのだ。

(こんなところで、後ろを振り返っている場合ではなかった……!)

 サラは目からウロコが落ちる様な感覚を味わっていた。

 流石はグランだ。今まで、グランとは二人きりで話をしたことが無かったが、サラは心がすっと落ち着くのを感じていた。よくよく考えると、マシロは現在70代後半である。見た目年齢でいうと、グランと同じくらいではないだろうか。

(なんか、急にグランがカッコよく見えてきた……!)

「どうしたんじゃ? ワシの顔に、何かついておるか?」

 やだ。笑い皴が渋い。

「グランって、老人会でめちゃくちゃモテそう……」

「ほぉ?」

 グランは一瞬目を丸くした後、とびきりの笑顔になった。

「ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ! サラにはあと60年は早いのお! サラよ、ワシがまだ生きておったら、老人会とやらで『でえと』するかの!」

「うん! 楽しみにしとくね!」

 グランからの60年後の『でえと』のお誘いに、サラもとびきりの笑顔で頷いた。


 漆黒の大海原に、おじいちゃんと孫の明るい笑い声がキラキラと反射した。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます!


今回は何だかテーマが盛りだくさんで、まとまりが無くなってしまいました!

すみません。文章力のなさに凹みます。


今回は、まさかのグラン爺ちゃんエンディングがあるかも……? みたいな回でした。

いや、流石にないですよ?(笑)

でも、グラン爺ちゃんはイメージで言うと草刈正雄さんでしょうか。

あれ? 草刈さんなら……………………全然ありかも!?


これからもよろしくお願いします!


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