34. クラーケンを倒そう 2 (挿絵あり)
十分に修練を積んだサラ達『黒龍の爪』は、港で小さな船を借り大海原へと旅立った。
幸い天候に恵まれ、船に乗り慣れないロイやサラも酷い船酔いを起こすことなく、快適な旅を続けていた。
一行は、グランから船の扱い方や海上での戦い方などのレクチャーを受けながら、1週間ほどかけてクラーケンが出没する海域までやってきた。
クラーケンは深海に住む巨大イカの魔物だ。マシロがテレビで見た大王イカは全長4メートルほどであったが、それでも「イカ焼き何人分!?」と驚いたものだった。今回のクラーケンは目撃者の話によると30メートルを超えるらしい。龍化時のリュークの1.5倍だ。正直なところ、サラには全く想像がつかなかった。
「さて、そろそろじゃな。皆、覚悟はよいか?」
グランはローブ姿である。他四人はウエットスーツを着込んでいた。かなり扱いにも慣れ、ぴったりと体にフィットするまでになっており、ウエットスーツというより、冬季オリンピックのスピードスケート選手の格好に近い。頭まで覆うと耳が聞こえ辛いというデメリットに気付いてからは、スーツは首までとし、頭部分は魔術を行使し空気の層で覆うこととした。海中での見た目は「シュッとした黒い宇宙飛行士」である。空気の層を維持するにはかなりの集中力を要するため、修行の大半はこの訓練に費やしたと言っても過言ではない。
今回のクラーケン戦は、年少組三人がメインとなって行う。グランは船の管理、シグレはクラーケン以外の魔物が現れた時や、年少組がピンチに陥った時の備えである。大人二人が見守っているのは心強いが、慣れない海上での戦いを前にサラは不安でいっぱいだった。
グランの問いに、思わずサラはロイの手を握った。ロイは少し赤い顔でにっこりと微笑んでくれた。二人で目を合わせて、「うん」と頷きあった。
「「準備できてます!」」
サラとロイが元気よく応えた。正直、ただの空元気だが、戦う前から怯んでいては話にならない。やるしかないのだ。
一方で、アマネは膨れたウエットスーツのまま甲板に寝転がっている。完全に黒いトドだ。その足をシグレが無言で掴んだ。
「クラーケンを呼び寄せるには、餌が必要です。ちょうどいい物があります」
そう言うと、シグレはトドをぽいっと海に投げ入れた。
「「えええええ!?」」
シグレの突然の行動に、サラとロイは目を剝いた。
「あれええぇぇぇぇぇぇ……!」
アマネの悲鳴が小さくなっていき、ジャボン、という音と共に消えた。
「アマネ! 生きてる!?」
甲板から身を乗り出し、サラとロイはアマネを探した。海面に、ぼわん、と黒いトドが浮かび上がった。鬼面である。どうやら無事なようだ。
が、二人は見てしまった。そのアマネの背後から、巨大な影が近づいてくるのを。
「殺す気ですか!? シグレ兄様! 良い気持ちで寝てたのに!」
「「アマネ! 後ろ、後ろぉ!!」」
「シグレ兄様のむっつりす……え!? うえええええええ!?」
突然、船を中心に白い柱が数本、海上に伸びたかと思うと、1本がぐにゃりと曲がってアマネに巻き付いて海中に引き込んだ。
別の2本が船に纏わりついた。船にはグランが魔法をかけていたため破壊されずに済んだものの、船は転覆しそうなほど大きく傾いた。
「「ぎゃあああああ!」」
サラとロイは海に投げ出された。
シグレとグランは涼しい顔でバランスをとっている。クラーケンがいることが分かっていたようだ。
「思ったよりでかいのぉ! ほぉっ、ほぉっ、ほぉ」
「楽しそうですね。グラン殿」
「弟子達のお手並み拝見じゃな!」
船に巻き付いた足をその場に残したまま、グランは器用に船をクラーケン包囲網の外に転移させた。
「……船ごと転移しては、サラ様の足場が無くなるのですが……」
「ほぉっ、ほぉっ! これぐらい、ワシの弟子なら何とかしてもらわねばの」
「私が言うのもなんですが、鬼ですね」
シグレは銛に手をかけながら、クラーケンのいる方向に目を凝らした。
「☆▽◇□◎△……!?」
「サラ! 落ち着いて! 空気を!」
海に落ちる直前、ロイは魔法で空気のヘルメットを作ることに成功したが、サラは間に合わなかった。この辺りが経験値の差であろう。
海水を飲み込んでパニックに陥るサラの身体を、クラーケンが捉えるよりも早く、ロイから伸びた精霊の手が掴み引き寄せる。ロイは冷静にサラの顔の周りに空気の層を作ると、サラの体内に闇の精霊を送り込み、肺から海水だけを転移させた。
「ぷはあ! はあ、はあ!」
「大丈夫!? サラ」
「ありがとう、ロイ! アマネは!?」
「……あそこだ!」
ロイとサラの周りを闇の精霊が球状に包み込み、クラーケンの攻撃から守っている。その精霊の結界の隙間から、クラーケンの巨大な目に短刀を突き刺すアマネの姿が見えた。真面目に戦っている。その細い身体に、クラーケンの足が絡みつき、締め上げた。ごぼっ、と空気を吐いてアマネの手から短刀が離れた。
「アイススピア!」
ロイが一瞬、精霊の結界を解除し、その隙にサラが攻撃を仕掛けた。サラの放った氷の槍はアマネを掴む足に直撃したが、水中で勢いを消されたことに加え、厚い皮に阻まれてダメージを与えることが出来ない。
「サラ、待ってて!」
魔法が通じないと判断したロイは、アマネの元へ転移すると、アマネに触れ、二人でサラの元へ戻ってきた。ロイは先ほどの要領で気を失っているアマネの身体から海水を抜いた。
「アマネ! しっかりして!」
サラはアマネの全身を覆う様に空気の層を作ると、アマネのスーツを剥ぎ取り、回復魔法をかけた。丈夫なスーツのお陰で引きちぎられずに済んだものの、アマネの身体はあちこち骨が折れているようだった。直接回復魔法をかけられないのが難点だが、スーツのお陰で命拾いをしたことに感謝する。
「サラ様」
アマネの意識が戻った。
「あのイカとシグレ兄、色んなとこ切り取って地獄に落とします」
「怖っ!」
「アマネ、気が付いて良かった。サラ、このままじゃ埒があかない。一旦浮上する。精霊の結界から出ないように気を付けて!」
「分かった!」
「分かりました」
ロイが精霊に命じると、三人はゆっくりと海面まで浮上した。
「うそ! 船がない!?」
サラが悲鳴を上げた。
「あそこだ!」
ロイが遠方を指さした。
「え!? 遠くない!?」
「船上への転移が出来ません! ……あのジジイも、落とす」
「怖っ!」
「三人で解決しろ、ってことだと思う。サラ、練習通り、魔法で足場を作って」
「任せて!」
恨み言を言っている場合ではない。サラは意識を集中させると、海面の一部を魔法で固定させた。水の床板が出来上がる。三人はその上に乗り、身をかがめた。周囲を闇の精霊が覆う。作戦タイムだ。
「相手は物理攻撃しかしてこない。かといって、こちらの攻撃も、海中では魔法も物理も通用しない」
「陸地でなら勝ち目はあります。転移させるには大きすぎますね。陸まで誘導しますか?」
「それは駄目よ。近くに陸地は無いし、あったとしても陸に上げたらそこに住んでいる人達に被害が出るわ」
「じゃあ、どうしましょう。三人がかりで一斉に攻撃します?」
「それもどうだろう。グラン先生の魔法なら、海中でも威力は十分だと思う。多分、シグレさんも一人でアレを倒せることを考えると、絶対的に俺達の力量が足りてないんだと思う。水の中ではどうやっても勝ち目がない」
「やっぱり、クラーケンを倒すには水上に上げるしかないわね。でも私の技量じゃアレを乗せられるだけの足場を作るのは無理だわ……。仮に上げられたとしても、せめて動きを封じてからじゃないと魔法が本体に当たるかどうか」
「確かに。あの足は邪魔だな」
「いっそ、あの鬼畜どもに退治させますか?」
「「それじゃ意味ないでしょ!」」
アマネの提案は当然のごとく却下された。
「「「うーん」」」
三人は頭を抱えた。クラーケン退治がこれほど難儀なものとは想像していなかった。あれの何処がA級なのだろう。S級に格上げしてほしい。
「うーん……ん?」
ふと、先ほどアマネから剥ぎ取って裏返しになったウェットスーツがサラの目に入った。
「あ……!」
サラが突然立ち上がった。
「どうしたの、サラ」
ロイが心配そうに見上げてくる。
「いいこと思いついた!」
ニヤリ、とサラは笑った。悪い予感しかしない。
「ふっふっふ。クラーケン、生け捕り大作戦、やってみませんこと?」
サラは優雅に微笑んだ。
ブックマーク、感想、評価、誤字報告等、いつもありがとうございます!
気が付けは、投稿3か月、30万文字、100話達成してました!
あっという間でした。
記念すべき100話目、101話目がクラーケンって……。
これからも頑張ります。よろしくお願いいたします!