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33. クラーケンを倒そう 1

今回は軽めです。

「クラーケンとったどー!」

 大海原に、猛々しい聖女の声が響き渡った。


 2カ月前。

 レダコート王国の王都を旅立った『黒龍の爪』一行は、グランの提案でひとまず海を目指すことにした。


 理由は以下の3つだ。

 ①ロイとアマネの個人ランクをAに上げる必要があり、海はA級の魔物が多く他の冒険者パーティと競合しにくい

 ②海に続く街道にはB級の魔物が多く、実績を稼げる

 ③海の魔物は食材に見えなくもないため(一部を除く)、人型魔物の討伐に抵抗のあるサラでも経験を積みやすい


 特に③は重要であった。

 ダンジョンでは牛頭・馬頭を倒したとはいえ、ダンジョンの外では倒した魔物が生き返ることはない。「討伐」=「命を奪う」行為である。サラは、自分の手では虫すら殺せない。聖女としては、正しい在り方だろう。しかし、サラが進む先には幾千もの魔物や魔族が待ち受けているのだ。慣れてもらうしかない。いざという時に戦えなければ、死ぬのは自分達なのだ。

 人型でなければ良いという問題でもないのだが、食材ならば納得して狩ることが出来るだろう、とグランは考えていた。


 レダコート国から一番近い海は、王都から東に真っ直ぐ進んだ先にある。

 サラ達は途中の町や村でクエストをこなしながら、1カ月かけてエストという港町に辿り着いた。冒険者ギルドに立ち寄ると、古びた「クラーケンの討伐依頼」の張り紙が目に入った。なんでも、数カ月前からクラーケンによる船の遭難事故が続いており、討伐に向かったパーティも戻ってこないのだという。

 そこでグランは、海で泳いだことのない若者3人のために小さなビーチを貸し切って、バカンス……ではなく、対クラーケンを想定した戦術の訓練を行うことにした。海の魔物の討伐は危険が大きく、難易度が高い。足場の安定しない船からの攻撃となるし、万が一、船を破壊された場合は転移が使えなければ逃げ出すことも困難なのだ。クラーケンを倒すためには、水場での戦いに慣れる必要があった。


「ア、アマネ! 何て格好を……!」

 ロイが真っ赤な顔で自らの目を隠した。アマネは黒のホットパンツとタンクトップという、レダコート王国の基準では考えられない薄着であった。更に、長い髪を後ろでお団子にしているため、白いうなじが丸見えである。

「なるほど。ロイは純情ですね。見ます? ちらり」

「やめてください!」

 アマネのセクハラに困惑するロイに、シグレがフォローを入れた。

「布が多いと動きが鈍ります。我々『鬼』は実用性を重視するので、あまりこういった格好にも抵抗がないのですよ。特にアマネには元々恥じらいや常識がないので、申し訳ない」

 そういうシグレはふんどし……ではなく、袖の無い忍者服である。手にはグローブを嵌め、腰には短刀、背には大きな銛を担いでいる。

「でも、他の人が見てたらどうするんですか? あんな性格でも、アマネは綺麗な人ですよ? 襲われでもしたら大変です!」

「大丈夫です。潰しますから」

「目だよね!? 目のことだよね!?」

「……ソウデスネ」

「何でカタコト!?」

 アマネに翻弄されっぱなしのロイの後ろで、茂みがガサッと音を立てた。

「どうしたの? 何か楽しそうね」

 サラの声だった。ロイの心臓が跳ね上がった。アマネと同じ格好のサラを想像し、頭が沸騰しそうになる。

「さ、サラ。遅かったね」

 平静を装って、ロイは振り返った。

「ごめんなさい。着替えるのに手間取っちゃって」

 サラは恥ずかしそうに微笑んだ。

「………………ナニ、ソレ」 

 黒い衣装を身に纏ったサラを前に、ロイもカタコトになった。


「さて、皆準備できたかの……何があった!?」

 いつもと同じ姿で浜辺に現れたグランの目の前には、4体の謎の魔物が並んでいた。

 滅多に動揺しないグランであったが、あんぐりと口を開けたまま呆然としている。

「グラン! 凄いでしょ、コレ!」

 サラの顔をした小さめの魔物がピョンピョンと飛び跳ねた。

「いや、サラ。確かに凄いが、なんじゃ、その格好は」

「コレ? リュークが作ってくれたの! ウェットスー……じゃなくて、水中用の鎧よ!」

 サラらしき魔物はその場でくるりと回った。

 どうみても、新種のペンギン、もしくは、某アニメ映画に出てくる「あ……あ……」という、神隠しされた先で出会いそうな黒いキャラクターである。

 実は、サラは以前よりウェットスーツの開発に取り組んでいた。とは言っても、マシロだったころに、テレビで芸人が着用して海で漁をしている姿を観ただけで、実物は触ったことがなかった。そこでリュークと『S会』のメンバーに、「水中でも自由に動け、多少の浮力があり、防御力の高い、全身を覆う服の様な鎧」の開発を依頼したのだ。なにも漁がしたかった訳ではない。通常の鎧では重すぎて海に沈んでしまう。かといって、鎧を着けずに魔物と戦うなど、前衛にとっては自殺行為だ。鎧の様に丈夫なウエットスーツがあれば、きっと冒険者達の役に立つと思ってのことだった。

 一番の問題点は素材であったが、古代龍の脱皮した皮を利用したところ、軽くて撥水性のある、異様な防御力のある鎧が出来上がった。サラは冒険に備え、前もって同じ物を5着準備しておいたのだった。この鎧は、体の大きさを自在に変えられるジークの特性をそのまま反映しており、着る者の体格に合わせて伸び縮みするという優れものだ。おかげで、小柄なサラでも大柄なシグレでも無理なく着ることが出来た。……似合うかどうかは別の話である。

「グラン先生! コレ、凄いです。意外に柔らかくて、温かくて、暗くて、眠くな……」

「寝るな、ロイ。酸欠だ。顔の前は開けろ」

「はっ! ありがとうございます! シグレさん! ……ぐぅ」

「いやいやいやいや、シグレまで何やっとるんじゃ!?」

「着るのを拒めば、主が、泣くと思いましたので」

「忠義が過ぎるわ!」

 まさかシグレに突っ込むことになるとは想像していなかったグランの横に、アマネがフラフラと倒れ込んだ。

「グラン様、助けてください。私は、こんな動き辛いヘンテコな鎧なんて着たくなかったのに、無理やり……嫌がる私を……シグレ兄様が……うぅ」

「いや、無理やり脱がせたなら問題じゃが、着せたんじゃろ? お前のことだ。破廉恥な恰好でロイをからかっておったんじゃないか?」

「見てたんですか!?」

「図星かい!」

「グランの分もあるのよ? グランも着てみる?」

 無邪気な顔で、ニコニコとサラが黒い何かをグランに差し出した。グランはそっと押し返した。

「いや、止めておこう」

「……」

「哀しそうな顔をしても、ワシは譲らんぞ! そもそも、魔術師は海には入らん」

「「え?」」

 サラと、目を覚ましたロイが同時に目を丸くした。

「だいたい、その鎧は防御力が高すぎて、仲間からの回復魔法まで弾くじゃろ」

「「あ」」

 盲点であった。グランに合わせるように、シグレもサラに申し出る。

「サラ様。もう少し身体に沿う様に作ることが出来れば、この鎧は多くの冒険者や漁師達に喜ばれることでしょう。ですが、今のデザインでは、我々の動きが鈍ってしまいます。残念ですが、今回は脱いでもよろしいでしょうか」

「うぅ……。分かった。グランとシグレの言う通りだわ」

 確かに、今のウエットスーツもどきはマシロの記憶にある物よりもずいぶん膨れたデザインだった。

 サラはしゅん、と俯いたが、直ぐにキリッと顔を上げた。

「もっと改良できないか、皆に相談してみる! やっぱり、デザイナーを入れなかったのが敗因だと思うの! もっと良いものが出来たら、グレ兄様、試してね!」

「…………………………善処します」

 シグレは無表情のまま頭を下げた。


 ウエットスーツもどきを脱いだ一行は、今後の修行について話し合った。

 その結果、魔術師は海に入らないとは言われたものの、泳げると泳げないでは海に対する恐怖心が違う、というシグレの助言により、サラとロイはシグレから泳ぎの特訓を受けることになった。

 その間、アマネは海中でグランからの攻撃を躱しつつ、漁をするという特訓を受けていた。初めの内は「破廉恥な格好」で泳いでいたアマネだったが、グランの攻撃が激しくなるにつれて痛い目をみることが多くなり、最終的にウエットスーツを自ら装着するようになった。内側からは魔力が通るらしく、ある程度、体のラインに沿う様に形を変形させられることが分かってきた。それでも動きは鈍るが、攻撃を喰らった時のダメージが桁違いに軽減されるのだという。


 特訓を初めて3週間が過ぎた。

 途中でサラとロイもアマネの修練に参加する様になり、更には水中でシグレと戦うというミッションまで加わり、サラ達年少組3人の実力はメキメキと上がっていった。

 弟子達の成長っぷりにテンションが上がったグランの大魔法により、ビーチの形が変わってしまい、ギルドを通して『黒龍の爪』はこっぴどいお叱りを受けた。忘れていたが、このおじいちゃん、元SSランクの冒険者である。意外に熱い性格であった。


 余談ではあるが、周辺の町や村では5体の黒い魔物の伝説がこの地に生まれ、語り継がれていくことになる。

 また、その後ウエットスーツは改良が加えられ、「海の冒険の歴史を変えた発明品」とまで言われるようになるが、それはまた別のお話である。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます!


最近、仕事が忙しく、更新頻度が落ちています。

楽しみにしてくださっている方、申し訳ありません!

がんばります。


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