3話
刀璃は家に着くと、千歳こと彼の妹の部屋にむかう。
理由は二つほど。
一つ目は、刀璃の部屋に行くためには家の特性上、雪永のいた部屋。つまりは数十分前に喧嘩したあの場所を通らないといけない、ということ。
生憎、部屋の明かりはまだ着いている。雪永はまだ起きているようだ。(クロックングチェアでうたた寝している可能性もあるが)
勿論、顔も見ずにしれっと素通りすればいい。
だが、2.3時間後、それこそ雪永が眠るくらいの時間に帰るのを予定していたため、顔を見るどころか雪永のいる空間に行くのは癪だ、という意味もわからぬプライドがあった。
そして、もう一つは先程あった銀髪の彼女に言われた、謎の言葉だった。
「魔女病」
初めは、馬鹿げていると思ったが、この正体不明の妹の病気は、それこそ彼女の言った魔女だとか神だとかそういう力、という説明の方がまだ納得が行くと思い始めてもいた。
そんなこんなで思案を巡らせ、結局刀璃自身が何を考えているのかわけもわからなくなったのだ。
「……馬鹿げてる」
刀璃は自分に言い聞かせるように呟く。たが、それでもわだかまりはとけない。
彼は医者を目指していた。
妹の病気を治すべく、日夜勉強に勤しんでいる。自分で妹の病を治そうと思っていたからだ。
だから、もしそれが、自分ではどうしようもできないようなことだったら……
刀璃は首を横に振った。
これ以上考えたところで、意味がない。
ただ不安が募るだけだ。
そうして、彼は月明かりに照らされた、眼前のベッドで寝ている少女を見つめた。
吹雪千歳。
齢5にして、魔女病発症。
以後段々と体が動かなくなり始め、今は基本的に歩くことは禁止。
当然学校にすら行っていない。
「すぅすぅ」
「……」
基本的に外出をしないということもあり、肌は透き通っているほど白い。
「う〜ん」
千歳はほとんど目を瞑った状態で起き上がった。そして刀璃を見るや否や。
「あー、兄さんがいるー。えへへ、だーい好きですよ〜」
目をこすりながら、彼女はギュッと刀璃の体を抱きしめた。
サラッとした長い髪から、シャンプーの匂いが広がる。
普通の兄妹のやりとり(と、当人たちは思っている)だった。
ただ一点を除いては。
彼女の肌はシャーベットのように冷たく、服越しでも寒気を感じるくらいだ。
だが、刀璃は慣れていた。
「おーい、千歳、寝ぼけてるぞ」
ぽんぽん、と刀璃は彼女の肩を叩く。
「ふぇ?……はっ!!に、兄さん、いつからここに!?」
正気を取り戻したのか、目をぱっちりと開けた千歳が驚き、ピクッと体を硬ばらせると、おずおずと刀璃を見つめる。
「今だよ今」
本当は1時間以上経っていた。
だが、他人の善意による計らいを自分の非とする彼女に、刀璃は本当のことを言えなかった。
「そうですか……って!!」
一瞬動きを止めたかと思うと、千歳の顔が急に真っ赤になる。
「なななななな、なんで私は兄さんに抱きついてるんですかぁ!!」
「いや、寝ぼけて抱きついて来たんだけど……」
「はわわわわわっ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」
「いいよ、そんなことよりこんな夜だ。落ち着いて」
「は、はい……」
千歳は、ふぅと息を吐く。
自他共に認めるブラコンである彼女にとって兄との接触は、我を忘れてしまうというか無上の喜びであって、自分の知らぬところでいきなり起こっていたことに対し、彼女は取り乱した。
粉雪がふってはいるが月夜だ。
兄の顔くらいはかろうじて見えるくらいなのだが、流石に少々暗いので、明かりをつける。
「というか、明日学校ですよね?大丈夫なんですか?こんな時間に?」
「ああ、大丈夫。トイレのついでに来ただけだ」
千歳は一度、刀璃の全身を見回す。
「……もしかして兄さん、外に出てたんですか?」
「い、いや。出てないぞ」
バレたら小言の一つや二つ言われるだろうと、目をそらし半笑いを浮かべ、刀璃は嘘をついた。
「……嘘をついても無駄です。肩が濡れていますよ」
刀璃は、一瞬驚いたような表情を浮かべたあと、目をそらし「まぁ、ちょっと用事があってだな」と、これまた苦し紛れの嘘をついた。
「いいですか?兄さん」
それまでジト目だった千歳は声を出し掛けたあと、俯き、ふぅ、と一度深呼吸して再度刀璃を見つめた。
「その……ですね。私のことを気遣っていろいろ頑張ってくれるのは、本当に、本っっっっ当に嬉しいんですが、私のことは、その……あまり気にしないで欲しいんです」
「いいのか?それじゃあ寂しくなるだろ?」
「そ、それは……確かに寂しいですけど、でもでもですね!妹に構い過ぎたせいで、兄さんにしっかりとした彼女さんができなかったりする方が、妹としては心配なんです」
千歳は寂しげな笑みを浮かべると、窓の外を見る。
「……私は、いつどうなるかわかりませんから」
その瞬間、刀璃は猛烈な自己嫌悪を感じた。
「何度も言ってるだろ。俺が医者になってお前の病気を絶対治す。だから安心してろ、って」
これまた刀璃は嘘をつく。虚言で自分をも誤魔化そうとしていた。
「俺はお前がいればいいよ」
「ふ、ふみゅ……えへへ、兄さんってば、そんなに妹が好きなんですか?」
「……じゃあ、お休み」
「はい……でも!」
ドアノブに手をかけた刀璃だったが、振り向く。千歳は少し目を泳がせたあと、おずおずと刀璃を見つめた。
「でも、学校にはしっかり行ってくださいね?」
「あぁ、わかったよ」