第1話
バンッ!と力強くドアが蹴りあけられる。
刀璃はカンカンに怒っていた。
平素は人前であまり自分の感情を表さない刀璃だが、身内のあまりに冷たい態度に腹が立ったのだ。
増してや自分ではない双子の妹のこと。
刀璃はいてもたってもいられなくなり、ずけずけと部屋に入る。
深夜ということもあり、廊下は凍えるほどの寒さだったが、暖炉のあるこの部屋は逆に暑さを感じるほどに温められている。
寝室か風呂場以外はこの部屋くらいしか、生活で使われるスペースはない。
というか、他の部屋を使う必要がないほど部屋が広ければ、家としての機能もそこに集約されているのだ。
刀璃の向かって正面、ひと際大きい窓の近くに、白髪の生えた老人が、新聞を読みながらゆったりとロッキングチェアに座っている。
吹雪雪永
刀璃の実の祖父にして、育ての親だ。
「……なんだ、朝から?」
「うるせぇ、じじい。てめぇ、いい加減にしろ」
「はぁ……そんなこと言われても、何のことかわからんのだが」
「千歳の治療費、払ってねぇだろ」
彼の怒りの内容は、妹の千歳の治療費についてだった。
彼女は侵攻はゆっくりとだが、体が少しずつ弱り、動かなくなる、という難病にかかっている。
今では歩けなくなり、車いすを使って出ないと外へは出れなくなってしまった。
そして、この病気の最大の特徴。それは……
体温がこの町の気温とほとんど同程度、ということだった。
夏の今では0度近く、冬になればもっと低くなる。
かといって本人は寒がる素振りを見せない。この体温が平熱だと言わんばかりなのだ。
外の町へ出ることは、基本的に不可能。
よってここまで医者を呼ぶことになるのだが、そうまでしてくるほどいい医者はおらず、かろうじて呼べた、たいしたことのない医者には、高額な治療費を要求される。
「はぁ、何度も言ってるだろ。治らんもんは治らん。どんな医者に見せようが、原因不明と言われるんだから」
「侵攻を食い止めたり、遅らせたりすることは出来るかもしれないだろ?」
「……そんなものはない。あったとしても、多少延命したところで完治しなければ無駄だ」
「じゃあ、もう諦めたってことかよ?」
「……」
刀璃の問いかけに雪永は少し沈黙した後、か細い声で、そうだなと答えた。
「もうこの運命は代えられない。現にお前の母親だって……」
「っっ!!」
刀璃は母親の話題をひどく嫌う。
小さいころから雪永の男で一つで育てられてきた。
小学生のころまでは、母親がいて当たり前、という周りの環境に憧れていた刀璃だったが、中学に上がり、それは別の感情を生み始めた。
周りの自分を憐れむ目、自分が目の前を通れば、ひそひそ話を始める。
始めは少し気になる程度だったが、それは段々と気になるものへとなっていき、次第に母親への憎悪へと変化していった。
なぜ両親の勝手な失踪のせいで、自分が変な目で見られなければいけなくなったのか、と。
これだけなら、そこまでの大きな憎悪は生まれなかったのだが、彼が千歳の病気と同じ病気に母親が患っていたと聞いたとき、その思いが爆発した。
今までの自分たちの兄妹の不幸は、すべてあの母親のせいだと勝手に思い込み始めたのだ。
だから、刀璃は母親の話を心底嫌う。
さすがに失言だったかと、雪永がため息をついた。
「……ああ、そうかよ」
刀璃は、体をくるりと反転させた。中学に入ってから、何度もこういった喧嘩をしては、いつも刀璃は家を出るようにしている。
暴力で解決しようとしない分、随分と雪永にとっては扱いが楽なのだが、こうして深夜に町に出られるのも、面倒だとは思っていた。
「……どこに行くんだ?」
「別に」
刀璃はカッとなった頭を冷やすため、壊れそうなくらい力を込めてドアを蹴りあけ、家を出た。