宝石好きな質屋さんと黒猫王子
「うへへ~」
とある質屋で店番をしている宝石好きな少女。宝石を眺めつつ奇妙な奇声をあげている。
室内は多くの骨董品や宝石、アクセサリーが所狭しと並ぶ。古びた食器や家具、缶詰や岩塩、干物などの食べ物、ピアノやギターといった楽器類、アロエや幸福の木といった観葉植物、ガスマスクやミリタリー用品など様々なものが置いてある。お金に困った人たちが持ち込んだ品が乱雑に置かれている。
そんな古いものの巣窟となった空間で、珍妙な声をあげている彼女は美月、質屋『七尾』の看板娘にして現役女子高生だ。趣味は、見ての通り質屋に流れてきた宝石を眺めること。美月は美しいものに目がなかった。
いつものように店の商品を眺めてうっとりしている。女子高生がしてはいけない顔をしながら宝石を見つめている。
「やっぱり天然物の輝きはひと味違うわ。合成モノとは質が違うね。あぁ、誰か私にそんな宝石をくれないかな。一発で落ちちゃうわ。うへへ。その辺に宝石持った大金持ちでも落ちてないかな」
質屋のカウンターで美月がそんな願望を口にしていると、カランコロンという音が店内に響く。どうやら誰かが店内に入ってきたようだ。
「あ、お客さん、いらっしゃいませー……あれ? 猫?」
美月は入り口を見つめと、そこには黒猫がいた。ピアノの黒鍵のようなその黒はどこか上品さを感じさせるものだった。しかし、ところどころ毛並みが乱れており、どうやら傷を負っているようだ。ひょこひょこと片足をかばうように歩いて美月の方へ向かってくる。
「ねぇキミ、大丈夫?」
「すまない、追われているんだ、少しの間でいい、休ませてくれないか?」
猫はとても丁寧で落ち着いた声で美月に話しかける。その様子は猫の王子様を思わせる紳士な感じだった。
「いいわよ」
美月は猫がしゃべったことに全く驚きを見せず、二つ返事で了承した。カウンターから猫を引っ張り上げてバックヤードへと抱えていった。
「ここで待っててね」
猫をバックヤードの座布団の上に降ろし、救急箱をそばに置いた。
「かたじけない」
そう、猫が武士のように申し訳なさそうに頭を垂れる。そのときまた、カランコロンという音が再び店内に鳴り響く。
「いらっしゃいませ~」
美月がカウンターへ戻ると、そこには二匹の白い犬がいた。まるでぬいぐるみのようで、つぶらな瞳をしている。人懐っこそうに美月の方を見ている。サモエドという犬種だ。
「邪魔するぜ」
「ねぇ、嬢ちゃん。黒い猫ここにこなかった? 俺たち探しているんだけどさ?」
「もしかくまってたらしょうちしねぇぞ、こら」
はっはと荒い息を吐きながら犬たちが尋ねる。片方の犬はちょっとお調子者っぽい感じ、もう一匹はちょっとヤンキーぽい感じだった。しかし、見た目と口調が合っていないためぜんぜん怖くなかった。
「あら、かわいい。ん? 猫? うーん、見てないなぁ」
と、考えるふりをして美月がしれっと嘘をつく。
「嘘つけ、あの黒猫の匂いがぷんぷんするぜ。嬢ちゃんからもその匂いがするぜ」
しかし、敏感な鼻を持つ彼らには通用しなかったようで、すぐにばれる。
えっ、そんなに匂うかなぁと、美月がくんくんと自分の匂いをかいでると、からんころんと質屋の入り口が開く。
「今日はお客さんいっぱいだなぁ。いらっしゃいませ~」
「おい、見つかったか?」
そこには、巨大な白い犬がいた。ボルゾイという犬種で、美しく優雅ないでたちは高貴な出自を思わせる。しゅっとした体格、猟犬として愛されていた犬種であり、とても威圧感を感じさせる。どうやら二匹の先輩のようだった。
美月の挨拶を無視してずかずかと店に入ってくる。
「あっ、先輩、その女が匿っているようなんですが」
そう部下らしき白犬たちが報告する。
「そんな小娘に構っている暇はない、多少荒っぽくても捕まえてこい」
悪役の鏡みたいなセリフを吐くボス。その言葉に、二匹は美月の方へ飛びかかろうとしている。その時、
「まて、その子は関係ない。私を連れていくなら連れていくがいい」
と奥から黒猫が表れ、美月をかばう。それを見た白犬たちはしっぽを振りながら息を荒げる。
「へへ、最初からそうすればいいんだよ」
そして白犬たちが、カウンターへ上り黒猫を捕まえようとする。
「ねぇ」
「あん、なんだよ……!?」
白犬たちが声の下方向を見ると、そこにはガスマスクをかぶり、右手にぱんぱんに膨らんだ缶詰を持った美月がいた。左手にはいつでもその缶詰をあけられるよう缶切りを携えている。
異様な格好の女子高生(ガスマスク、缶切り装備)に驚く白犬たち。
「おい……、何をもってやがる。」
「シュールストレミング」
シュールストレミング。それは主にスウェーデンで生産・消費される、塩漬けのニシンの缶詰。その強烈な臭いから、『世界一臭い食べ物』と評されることもある。(wikiより)
「ねぇ、あんた達、これをあけられたくなければさっさと去ることをお勧めするわ」
「おい、冗談だろ、そんなものを室内で空けるなんざいかれた奴がやるもんだ。ただのはったりだろ」
そういうボスに、一歩、また一歩と近づく美月。缶切りを缶のふちに当て、いつでも空けられるようにしている。その、無言の圧力に後退るボス。そして、
「やべぇ、こいついかれてやがる」
「屋内であけるとかマジパネェ」
「覚えてやがれ!」
白犬たちがドタバタと脱兎の勢いで店から出ていくのを見届けると、美月はガスマスクを脱いで、ため息をつく。
「まったく、店であけるわけないじゃん。そんなことしたら宝石が匂っちゃうわよ。ところで訳アリのようね、猫さん。何か力になれることはあるかしら」
ガスマスクをテーブルに置き、美月が尋ねる。
「えっ?」
あまりの出来事に呆けていた猫を正気に戻し、美月は事情を聴いた。
どうやら、この黒猫は黒猫国の王子で、白犬国に追われているそうだ。その二国では年に一度、お互い国の王子たちが武術を披露するイベントが開かれる。そこで勝利した国が一年間貿易が有利になるというもので、その国では重要なモノとなっている。その武術イベントは本来、正々堂々行うものだが、近年白犬国の王子になった犬はそんなのお構いなしに嫌がらせを行うようだ。
ちょうどその武術大会の会場へ向かっていた黒猫国一行を、白犬組というチンピラ集団を使って妨害しようとしていたようだ。一度は捕まったものの彼らのすきを突き、ここまで逃げてきたというわけのようだった。それで、白犬たちに追いかけられていたというわけである。
それを聞き終えた美月はちょっと考えて。
「ふーん、そっか、ところでネコさんの国には天然ものの宝石ある? お礼はそれでいいわよ、私がその大会の場所まで送ってあげる」
そういうやいなや美月は黒猫の短い腕を取り、その手に口づけをする。まるで王に忠誠を誓う騎士のように、その唇を艶やかな毛並みに触れさせる。その紳士的な動作とは裏腹に、美月はカモを見つけたような若干黒い笑みを浮かべていた。
「クリソベリル・キャッツアイかしら? それともアレキサンドライト? あぁ、楽しみ。王子を助けて恩を売れば、きっと素敵な宝石をくれるわよね」
よだれを垂らして近づく美月。
「へ?」
「さ、そうと決まれば行きましょう黒猫さん。私の宝石が待ってるわ。何を持っていきましょうか~。犬相手だから匂い系は必須でしょう」
とがさがさと店内のモノを漁る美月に、金色の目をシパシパさせ現実を見れないの猫の王子。
こうして、黒猫国の王子と強欲質屋の大冒険が始まるのだが、それはまた別の話。