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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人魚

作者: bluewhite‐moon

ホラーを、と考えたはずがまるでゾッとしない話しになりました。

同じ登場人物たちで連作も考えています。なのでこの話しに少しばかりわかりづらいところがあるかもしれません。

 キレイな人魚を殺した。

 だって自分のものにならなかったから。

 他の誰にも見せたくない。

 当然だろう?

『彼女』はボクが見つけたんだから。




 5年前の夏。

 ある中学校のプールでひとりの女生徒の溺死体が見つかった。

 当時1年生の13歳。

 水泳部に所属し、1年ながらもレギュラーいりを期待されていた彼女は、部活中はもちろん、部活後も遅くまで練習していた。

 両親は当然心配し、ほどほどにするように言っていた。

 そんな矢先だった。

 この死は結局事故死とされた。

 校内の、しかも室内プールでのことで、不審者の痕跡もなく、死体の外傷のなさから、練習中の不慮の心停止による溺死とされた。




 そこは、広がる闇。


 そう、誰も真実を知らないんだよ。

 タイムを計ってあげる、と言ったら君は疑いもせずに笑ったね。

「ありがとうございます!」

 あぁ、君の泳ぐ姿は本当にキレイだった…人魚のよう…

 ボクが君の頭を押さえて水に沈めていった時の、信じられないものを見たような、恐怖を浮かべた表情も、キレイだったよ。


「で、きっかけは何だったんです?」

 きっかけ?彼女への気持ちの?

 新任教師として赴任したその日だよ。

 その前にいた学校は公立でね。

 中学生だというのに変にスレた子たちが多くてね。

 ボクの理想とする子はひとりもいなかった。

 それで都会から離れた私立校に転任したんだよ。

「欲望に忠実ですねぇ」

 汚いものよりキレイなものを見ていたいと思うのは当たり前だろう?

「彼女の親はどうなる?」

 親?悲しませてしまったね。

 でもね?キレイなまま、汚れてないままの姿で死ねたのだから、素晴らしいじゃないか。

「………………5年後に自殺しょうと決めた理由は?」

 理由?だって彼女が寂しがるだろう?ボクがいないと。

「心中、は選ばなかったんですねぇ」

 当たり前だよ。彼女は13歳だったんだよ?5年経たなきゃ結婚できないじゃないか。

「……………死んでも法律を遵守する、という矛盾は思わないのか?」

 とにかく、ボクは彼女を迎えにいかなくてはならないんだ!

 さあ、『死』の世界に連れていってくれ!

 途端。

 フ、フ、と鬼火がふたつ灯る。

 闇から現れたのはひとりの人間と、黒猫。

 黒猫はスルスルと前に進みでる。

「あなたはすでに絶命しています。そして、ワタシは『死の司者』の使い。死の世界にお連れします」

 黒猫はユルリ、と尻尾を揺らした。

 細く長い尾は、三又にわかれている。

 男の足元に座ると、器用にニッコリと笑った。

「あぁ!待ちきれないよ、早く!」

 男は興奮して声を大きくする。

 黒猫は相変わらずニコニコと微笑みながら

「ただ、」

 と付け足した。

「?」

 男は怪訝に顔をあげる。

 ツ、ともうひとりの人間(?定かではない)と視線が絡む。

「キミ、は、?」

「お前に逢わせたい人がいる」

 抑揚のない声で告げる。

「会わせたい?」

 男の疑問に、

「ついてこい」

 踵を返して歩きだす。いつの間にか黒猫もその隣を歩いていた。

「ちよ、」

 出鼻をくじかれた男は、ついていくしかないので、慌てて追いかける。

 見回しても闇しかない。どこを歩いて、どこに向かっているのかも判らない。

 慣れそうもない闇のなか、その人間と黒猫だけは光を発しているようによく見えた。

「ここだ」

 しばらく歩いた先に唐突に止まる。が、景色は何も変わっていない。会わせたい、とは?

「ここに、何が、、?」

 そこで初めてその人間の顔をまともに見た。

 色素の薄い髪色。表情の見えない顔は整っている、と言っていいだろう。女性なのか男性なのか…?

「よく、見てみろ」

 女性(おそらく)が指差し示した先を見る。

 すると。

 ……………ピシャン、

 水の跳ねる音。

 バシャハジャと続く音は誰かが泳いでいるのか?

「……!」

 ザバァ、と水面から顔を出したのは、

「先生、」

 あの頃のままの笑顔で微笑む彼女。

 キレイなキレイなボクの、、

「先生、アタシ、人魚になったのよ」

 見て?と水に潜っていく。

 バシャンと水面を叩いたのは、ピンク~赤のグラデーションの魚の尾びれ。

 闇に包まれたそこで、鮮やかに写る。

「素晴らしい…」

 声が震える。美しいものへの憧憬。

「彼女は、お前と一緒にいきたいそうだ」

 淡々とした声にハッ、とする。

「先生…」

 足元まで泳いできた少女が男を見上げる。

 ……………パシャン、パシャン

 彼女…人魚の尾びれが叩く水音がこだましている。

 彼女の瞳が潤んでいる。渇望するように…涙するように。

「先生、きてくれる?」

 人魚が青白い腕を伸ばしてくる。誘っている。

 男の背筋を歓喜がはしる。

「もちろんだよ!、長いこと待たせてごめんね?これからは、ずっと一緒だよ」

 ヒンヤリとした手を取る。

 音もたてずに水中に連れられる。

 苦しさはない。

 深い水の世界で彼女と向かいあう。

 微笑みあう。

 そこへ、

「あなたは汚れを落とさなくてはなりません」

 声が響く。

 黒猫の声。

 男は水面を見上げる。

「あなたは汚れすぎている、というのが上からの結論です。罪による汚れ。よって、」

 水面に顔を出すと、頭上に黒猫が浮いていた。

 トパーズのような光かたをする瞳が細められた。

「断罪します」

 シン、とした空間にゾッとするほど冷たい声。

 パァン、パァン、

 いつの間にか傍に立っていた女性が、ゆっくりと手を叩く。

 男は呆然とふたりを見上げる。

「ねぇ、センセイ?」

 少女が男の首に腕を絡める。

 蠱惑的に唇を舐める。

「ワタシ、先生に殺されたのよ」

 唇も、舐める舌も血のように赤かった。

「もっと、生きたかったのに…」

「それはっ、キミをキレイなまま、ボクたちだけの世界で生きて欲しかったからだよっ」

 愛しているんだ!

 叫んだ言葉に少女の瞳がギラリッ、と光った。

 ズルリッと水中に引きずりこまれる。

 ゴボリ、と呼吸の泡がたちのぼる。さっきは苦しさを感じなかったのに、息苦しさにパニックになる。

「友達と遊んだり、男の子とデートもしてみたかった…勉強もして、就職…結婚…」

 ぜんぶ、うばわれたのよ

「知ってる?水死した死体ってそれはそれは醜くなるの…」

 少女の顔が変貌する。浮腫み、瞳は飛びだしそうに膨張し、肌は腐りはじめ爛れている。

「!!、、」

 驚きと恐怖に一層苦しくなる。

「ね?さっきも言ったでしょう?センセイ…『一緒に』『逝き』ましょう…」

 少女の顔が近づいてくる。

 男は、自分の顔が浮腫み膨張し、腐りはじめているのをかんじた。

「いやだ、いやだ、もっとキレイなままで、美しい世界で生きたかったのに!」

 崩れはじめた男の絶叫。

「お前の身勝手で殺され、妄執につきまとわれた彼女を救わなければならない」

 相変わらず淡々とした声が告げる。

「自分だけはキレイな世界にいける、なんてあり得ませんよぉ?」

 黒猫の楽しげな声。

「……、さぁ、逝け…」

 ひときわ高く手を打ち鳴らす。

 水面が渦巻く。呑み込むように。引きずりこむように。

「うわあぁぁっっ!」

 醜く崩れた男が底へと呑み込まれた。

ゴボリ、と音をたてて水面も消えた。


 後は元のように静かな闇。

「さて、お疲れさまでしたぁ~」

 黒猫が…器用にニコニコ笑いながら近づいてきた。

「………………」

 女性は、聞こえていないように包み込むように丸めた両手を見ていた。

「おや、それは?」

 黒猫が首を傾げる。

「今回のことで媒体とした」

 その掌には、赤い金魚がいた。

「なぁるほどぉ。人魚だから金魚ですか?ウマイ!」

 ニャシシシシッ、と嗤う。

「……」

 そんな黒猫を無視して、掌から金魚を空中に放つ。

 ピチャンッ

 金魚は尾びれを揺らして、空中を昇りながら消えた。

「本来の世界へ還した」

 黒猫はニャリとし、

「相変わらず死者を呼ぶのが上手いですねぇ~ワタシとしてはちょっと複雑なんですがー」

 ワタシ、死の世界の者なんでぇ~、とニコニコしている。

「うるさい」

 じろり、と睨まれる。

「いやいや、感謝してるんですよぉ?流石、凛さんだなぁ~」

 黒猫のおべっか。

 凛と呼ばれた女性(しつこいが、たぶん)は不機嫌を隠すこともせずに、

「いちいち毎回毎回私を呼ぶな」

 吐き捨てるように言う。

「だって、汚れた者を死の世界に連れていけません。相応の対価を払ってもらわなければ」

 彼は心を壊すことで支払ってもらいました。

 三又の尻尾を揺らしながら言う。

「……だから、それに私を巻き込むな!」

 黒猫は、心外だなぁと呟き

「あなたには見逃していることも多いのですよ?」

「……脅す気か?」

 ヒヤリ、とするほど低い声音。

「ギブ&テイク、だと思ってください」

 あくまで黒猫の声は明るい。

「もういい。帰る」

「は~い、お疲れさまでしたぁ」

 闇の一角へ去ろうとした黒猫にフ、と

「そういえば、彼女はどうなった?」

 身勝手に命を落とさねばならなかった少女。

 黒猫は振り向くと、は?というような表情をみせた。

「知りませんよー?ワタシの管轄外、です」

 凛はフウ、とため息をつくと

「そうだったな」

 じゃあ、と歩きだす。

「はーい。また、よろしくお願いしますね?」

 黒猫の言葉に答えもせずに歩く。


 この、闇を抜けなければ…




「…、さんっ、凛さんっ!」

眠りから醒めるように意識が戻ってきた。

ゆっくりと開いた目の前には、今にも泣き出しそうな少年の顔があった。

「なんだ、まだいたのか?」

呆れたような言葉に、少年は頬を膨らませる。

「ひどいなぁ、凛さん」

子供のように膨らませた頬に凛は指を向ける。

「この館に夜に近づくな、と何度言えばわかるんだ」

少年は膨らませた頬を引っ込め、口を尖らせた。

「だって、今夜凛さん『潜る』って言ってたからさ、心配だったんだもん」

「心配されるような事はなにもない」

素っ気なく答えると、椅子から立ち上がる。

贅沢な調度品を揃えた、執務室のような部屋からでる。

「で、上手くいったの?」

好奇心に目を輝かせながら聞いてくる。

足が沈みこむ絨毯敷の廊下を進み、螺旋状の階段を降りていく。

「毎回言っているが、それを聞いてどうするんだ?」

凛はひとつの扉の前に立ち、両開きの重そうなそれを押し開く。

「え~、普通気になるでしょう?ま、毎回教えてくれないけどさぁ」

「当たり前だ」

いっそ冷たいほどに言うと、部屋に入っていく。

そこは。

………………クスクスクス、

………………フフフッ

………………アハハハハッ

ドサッと何かの落ちる音。

誰かが走り回る音。

囁き合うような気配。

賑やかなようだが、その部屋には誰もいない。

どっしりとした造りの書架がいくつも並ぶ、豪華な図書室。

照明の消えたそこには誰もいない。

なのに。

「…まったく…人が少し離れていた隙に」

凛はやれやれというように息をつくと、パチリ、と照明のスイッチをいれる。

………………フフフッ

………………クスクス

気配は消えない。それどころか一層濃くなる。

「うわあぁ」

少年は目を見開いて部屋を見回す。

「入るなよ」

扉の前で待たせると、部屋のなかへと進む。

「騒ぐなとは言わないが、本や調度品に傷をつけるなよ?」

静かに語りかける。

……………クスクス

……………アハハッ

笑い声が高くなる。バカにするように。

「…わかったな?」

凛の声が低くなる。

途端にさっきまでの気配が消えた。そして。

………………ハァイ…

返事(?)のあとは潜めるような気配に変わった。

凛はハ、と息を吐くとそのまま部屋をでる。

そしてまた階段を昇り、先ほどの部屋に戻る。

「久しぶりにみたなぁ、あんなに騒いでるの」

驚くでもなく、感心したように言う。

「…お前はいい加減帰れ」

凛はじろりと睨む。

「こーんな夜中に帰らせる気?そのほうが危ないじゃーん!」

泊めてよー!と騒ぎだす。

「凛さんがいればお化けもイタズラしてこないでしょ?だからいーじゃんー泊めてよー」

「うるさい」

心底げんなりとしたように言うと、

「勝手にしろ」

その言葉に、少年はヤッター!とニコニコ笑う。

………黒猫に似ている

凛は妙な既視感に、またため息をつく。

「こんな奴らばっかりか…」

その呟きに、


…………ニヤアァァン…


応えた声は、闇に消えた。



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