月が輝く夜、私は生まれ変わる
夢で見た話です。
「行かないでくれ!マリー!マリアルーデ!」
月が青白く辺りを照らす中、男の悲愴な声が響く。
男は胸を赤く染めた女を抱きかかえ、錯乱したように女に呼びかける。
「マリー、マリー。私を愛しいと想ってくれているのだろう?私の血を受け入れてくれ!そうすれば傷は癒える!」
ぐったりと目を瞑っていた女は、男の悲痛な声に目をゆっくりと開ける。薄紫の瞳を男に向け、小さく呟く。
「・・・ごめん、なさい。・・・私は、神の、御元に・・・」
今までも、何度も繰り返された拒絶の言葉を女は言う。
男は悔しげに顔を歪ませる。
今まではそれでも良いと、時間はまだあるのだから、女が納得するまで口説き落とそうと男は思っていた。
女は神に仕える尼僧であり、自分は、夜を統べる吸血の王なのだから。
※※※
敬虔に神に祈る女は清らかで美しく、優しい。
堕天した天使の末裔である自分にさえ、優しく微笑み、
「神は祈りを捧げる者全てを許します。エディ、あなたも祈って?」
と、自分に神への祈りを勧めた。
なんとも風変わりな女に興味を抱き、しまいには愛するようになり、自分の眷属とし伴侶とするべく女の首を噛んだ。
女の甘い血を啜り、流石に怯えた女。だが、それは官能に震えた為かもしれない。
吸血された側は、とてつもない快感を感じるのだ。
「もう人間ではなくなるの?」
首を抑え、涙を湛えながら女は自分に聞いた。
「いいや、マリーの血が私の中に馴染み、マリーがいずれ私の血を飲んだときに人ではなくなる」
「私は、あなたの血を飲まないわ。神の御元に還りたいの」
そうやって自分を拒絶する女。それでも毎夜訪れる男に抵抗しきれず首を噛まれ、乱れる女。
貞操は守られているが毎夜官能に体を震わせる女が、いつ自分の元に墜ちてくるのか、待つのは苦ではなかった。
だから、今宵も女の部屋を訪れたときこのようなことになるとは思っていなかった。
いつも通りの女の抵抗に合いながらも、女を口説いていたときに居室の扉が壊され、司祭が入ってきて、
「とく去れ!悪魔め!」
と銀色の矢を投げつけたのだ。
そんなものなど恐れる訳もなく、手をかざし消しさろうとした時、女が自分を庇うように前に出て、矢が胸に刺さった。
「マリー!!」
絶叫し、女を抱え窓から空へ舞い上がる。
「マリア!ああ、なんてことだ!マリア!」と司祭が叫ぶ声が聞こえた。
男は傷ついた女を抱え、空を駆け月に照らされた古城に舞い降りる。
銀色の矢は女の胸を深く傷つけ、血が流れすぎた。
助かる為には、男の血を飲み、人でない者に生まれ変わるしかない。
「愛している、マリアルーデ。どうか私を受入れてくれ!」
必死に頼み込む男。女は儚く微笑み、ふっと体の力が抜けた。
「マリー!マリー!ああああああ!!!」
絶望の叫びを、男は上げた。
※※※
(うっさいなあ・・・・)
誰かの叫び声が聞こえる。
(体だるい、力が入らない、おかしいな)
目を開けると赤い瞳のとてつもなく美しい男が懇願している。黒銀の髪を乱しながら。
(血を飲め?首を噛んで?・・・だるいし、治るならそうすれば?あ、なんでしないの?)
「ああ!マリー!置いていかないでくれ!!」
男が女に縋り付いた時、
かぷ、
と男の首筋が噛まれた。
え?と男が思う間もなく、男の体をえも言われぬ快感が襲い、
「あ、ああ、あ・・・」
と掠れた声を出し、身を捩らせる。
「あ、あ、ああー!」
男の身の中心から精が吐き出され体が痙攣する。
あまりにも快感が強く頭が痺れ、男は暫し放心したが首筋を舌で舐められた感触に、ハッとし自分の体の下を見つめる。
そこには、愛しい女の生まれ変わった姿が。
薄紫の瞳は赤紫に色を変え、金髪は銀色に変わった。
男の胸は喜びに溢れ、
「マリー!」
と叫び女を抱擁した、
と思ったが男の腕は自分の体をかき抱いているのみ。
これはなんとしたことか、愛しい女はいずこに、と焦って周りを見渡せば、女は古城の塔に立っている。
ほっとし、
「マリー?」
と呼びかけた。
女はしげしげと自分の手を見つめたり、腕を空にかざしたり、足でステップを踏んでいる。月を背景に舞っているような優雅な姿に男は微笑む。
(なんと美しい。・・・私の愛しい人)
生まれ変わった姿に戸惑っているのだろう。
「ねえ?私は誰?」
女が問いかける。
「君はマリアルーデ。神の尼僧から、夜の眷属に生まれ変わった」
「あなたは?」
「私はエディアルド。夜を統べる吸血の王。君を愛し守ると誓おう」
ふーん、と女は呟き、
「でも、ヘタレよね?」
ヘタレ?
女の言葉に男は固まった。
(ヘタレとはどういう意味だ?素敵、とか、愛していると言う意味か?)
「この女も可愛子ぶったビッチみたいだし。何が神の御元に?ハッ、笑わせる」
歪んだ微笑みを女は浮かべる。だが、とても蠱惑的だ。
「マリー?」
男は混乱し呼びかける。
「私はマリアルーデじゃないわ。リアって言うの。ヘタレさん」
※※※
リアは異世界から来たと言った。
「なんか死んじゃったみたいで、たまたま引き寄せられた?みたいな?」
マリアルーデの意識を奪い、エディアルドの血を飲んだと言う。
「あんたもさー、マリーが自ら選んで自分の血を飲むのを待つとか言わず、無理やり飲ませたら良かったじゃん?そんなことしたら、恨まれるかもって?うん、ヘタレ。この女も血を吸われる快感の虜になってたくせにカミサマのところに還りたいとか、頭が沸いてるよね。司祭にも無駄に擦り寄ってたみたいだし」
マリアルーデの体から今までのことを読み取ったリアはズケズケとエディアルドに言う。
どうやら、ヘタレとはけなし言葉のようだ。
「じゃ、私はこれで」
と、マリアルーデの体を纏ったリアは空に浮かぶ。
「どこに行くつもりだ!?」
エディアルドが慌てて後を追う。
「せっかく生まれ変わったので、この世を満喫しに。血を吸うのも吸われるのも、キモチいーよね♡」
流し目で舌なめずりをするリアの姿に絶句する。きっと血を啜りに行くつもりだ。
「ダメだ!マリーは私の伴侶だ!私の血だけを飲め!」
先程、首筋を噛まれた官能が蘇り、体の中心が熱くなる。
「ヘタレに興味ないの。サヨナラ、ゴチソウサマ♡」
リアは高位魔法を使用し、一瞬で姿を消した。
「なんということだ・・・」
一人残されたエディアルドは呆然と呟く。いつの間にか月は姿を消し、空には朝焼けが広がり始めた。
日光すら恐れぬエディアルドであるが、くらりと地面に膝を着く。
「一体なぜ・・・」
マリアルーデを失うなど思いもしなかった。たった一晩で、全てが変化した。
手に入れた、と思った愛しい女はこの手を取らず、何処かへ去った。
「ふ、ふふふ、は、ぁーはっは!」
エディアルドは笑った。
「逃がすものか、マリアルーデだろうが、リアだろうが、私の伴侶だ。追い詰めて血を吸って私の下で良い声で鳴かせてやろう」
真紅の目を眇め、エディアルドも姿を消した。
服汚れてるんじゃ?きたな…と思われた方、吐き出された精は、空気に溶ける仕様となっております。ご安心ください。
夢で、血を吸ってほしいと言われたのですが、力が入らず吸えませんでした。自分で飲ませろよ!ヘタレ!と思って書いたお話でした。