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即席の中編です。

淡々とした感じでどこまでやれるか、書いてみました。

連載3回でで完結となります。

 彼は一族の若いほうであり、数ある忍びの中で、取り立てて目立つでもなく――もちろん忍びは、そもそも目立ってはならないものなのだが――既にいくつかの任務を無難にこなして小さな功績をいくつか重ねている程度だった。

 

 色々な事情が重なって、本来は彼よりも、もう少し経験のある者が請け負うべき仕事であったのが、たまたま、誰もかれもが不在であり、五人くらいあげられた候補の中の一番末席にあった、彼が抜擢されたのだった。

 彼とて人間であるから、大きな任務を受けて嬉しくないわけがない。

 それは、敵の城に忍び入り、指の先ほどの水晶珠を入手してくることだった。


 なんでもその水晶は、もともとはこちら側、白山本城の家宝だったらしい。先祖代々伝わる縁起物で、この国の平和を守っているという。

 「殺さずの護り」という呼び名がつけられており、戦わずして勝つという、あり得ないような術がかけられているらしい。


 「白山本の殿様は代々殺生を嫌い、例え戦であろうと血が流れることを好まなかった」

 それで、そんな縁起物があつらえられたのだろう――忍び一族の頭領は、自分の宅まで彼を呼び、任務を伝える際、こう言ったのだった。

 「眉唾物と思うだろうが、その水晶が白山本城におさめられて以来、ほとんど戦らしい戦をせずに、代々の殿様はこの乱世を泳いでこられたのだ……」


 例えば先代の殿様の時は、いよいよ敵国の黒山田勢が攻め込んでくるという段になって、大量の猫が山から下りてくるところとかち合った。

 この猫共は、戦の前夜に、捨て猫の餌と糞に困った、ある農家の老人が泣く泣く山に捨てたものである。

 「最初の一匹に餌をやったら、次から次にやってきて、どうしてらいいか分からなくなった」

 後に老人は泣きながら近所の仲間に打ち明けたという。


 ともあれ、その猫共は、黒いの白いのまだら、はちわれ、三毛、さび柄、太いの細いの、ぞろぞろぞろぞろ鳴きながら灌木だらけの山道を降りてきて、今にも攻め込もうとする黒山田軍の前を横切ったのだった。


 「黒山田の城主は猫嫌いであり、猫が近くに来るだけでぶつぶつができて、全身がかゆくなるという奇病にかかっていた。しかも、その病はどういうわけか、黒山田の人間に多くみられているようで……」


 にゃー。んなーご。なあーおん。

 ひぃー、痒っ。なんだこの痒みは。

 うわ、おぬしの顔はぶつぶつ。

 いやいや、おぬしの顔もぶつぶつ。

 ……。


 「空腹の猫共は、相手の都合など顧みずに擦り寄っていったという」



 んなーおう、ごろごろ(あはんうふん、お腹減ったあん)。

 にー、にー、にえお(ねえん、ちょっと位触ってもいいから、ごはんちょうだい)。

 ……。

 ぎぃやあああああ、猫がっ。

 なんと、猫がっ。

 ひぃぃ、猫おおお。猫也。

 嗚呼、猫っ。

 ああああああああ!


 「……敵軍は疾風のように立ち去り、しばらくこの白山本を脅かすことはなくなったのだ」

 ところが、今の代の殿になってから、いつのまにか守りの水晶がなくなっていた。

 どうやら敵城の者が忍んできて、盗んでいったらしい。今、その水晶は敵城の城主が後生大事に持っているという。


 ……。


 (その後、件の猫たちはどうなったのだろうか)

 にゃあー、なおー、という切ない鳴き声が漂ってくるような心地に陥りながら、自分自身もなんとなく痒くなった。むずむずするようだ。彼は、ただ「はあ」と答え、頭領の視線を受け続け、座っていた。


 頭領の宅は小さな山の中にあり、雑木林で囲まれている。

 ここはそのまま忍びの学び舎になっており、今も若い忍者たちが、この敷地内で修行に励んでいるはずだ。

 ちちち、ちゅんちゅんという、のどかな小鳥のさえずりに混じり、微かに、かつ、かつという音が届いた。手裏剣を投げているのかもしれないが、知らない者が聞いても気が付かないだろう。

 

 密やかに、だが、確実に、厳しい修練が行われている。

 無言、無音の冷たさが忍びの性である。

 今こうやって座っている、日がさす座敷の畳にも、どこかに仕掛けがあるはずだ。口に出して、そこを気を付けろと言われることもなく、忍びにだけに分かる目印を素早く探り当て、全て承知して、彼は座している。

 

 無言、無音である。

 基本であり、これほど難しいことはない。

 彼はしかし、それをよく守っていた。


 もう老齢の頭領は、痩せた体をしゃんと起こし、鋭い目で彼を見つめた。それは、この、とりたてて優秀でもない彼を値踏みするようでもあった。

 何人もの忍びを育て、国のためとはいえ、過酷な任務を背負わせてきた頭領である。

 もう数えきれないほどの若者が彼の手に寄って一人前の立派な忍びとなり、そして手から飛び立った。

 

 いったい、おいくつ位だろう、と、彼は白髪の痩せた頭領を、改めて見つめた。

 眼光は鋭いし、しゃんと背中は伸びているが、相当なトシであるはずだ。


 「お前はとりたてて優秀ではなかったが、それでも、ソツなく物事をこなし、技術技能は首席と並んでいたはずだ。お前ならば、今回の任務を見事に果たして帰るだろう」

 行け。行って、白山本の守り神を取り返して来い――頭領は喝を込めて言ったのだった。


 「ただし、決して殺すな。殺さずの護りを入手するために、血が流れるようなことがあれば、護りはその効果を失うだろうと言われている。殺さず、殺されず、無傷で水晶を入手し、必ずここに戻ってくるのだ」

 良いな。さっ、これを持ってゆくのだ。いざとなれば、これがお前の護りになろう。


 

 「はっ」

 と、彼は頭を下げた。


 そもそも忍びは敵と殺し合うことを業としない。できれば殺さず、自分自身の命を失わずに使命を全うするのが忍びの仕事である。もともと彼は、どんな難しい任務であろうと、死ぬつもりはなかった。

 だが、頭領の枯れ枝のような手から渡された白い小さな袋を手にした時、ぞぞぞぞぞわっと全身に悪寒のようなものが走ったのである。

 

 (何が入っているんだこれ……)

なんとも言えない仕上がりになりました。

まずは1話目です。

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