第2話「事故」
3時間後、削春は走っていた。
北菜と2人、寝床を探す為に森を抜けようとしていたのだ。
「はっ……はっ……だ、だいぶ疲れてきましたね北菜さん……」
「そうだな。大丈夫か?」
「はあ……なんとか。それより北菜さんは元気ですね。やっぱ鍛え方が違うなあ」
そう言って削春が横を見ると、そこには馬に跨り颯爽と森を駆け抜ける北菜の姿があった。
「うおおおおおーい!!!!」
「うわっ、何急に……」
「いやいやいや、アンタ何乗ってんの!!?」
「いや馬だけど……」
「いや馬だけどじゃねえよ!!! うわ〜もう最悪だよこの人……もう20キロ以上走ってんのに…………」
削春は両膝に手をつきその場で立ち止まった。
「おいおい、頑張れショゲ春! もう少しだ!」
そう言ってサライを歌い出す北菜。
「うるせえよ!! うわ〜もう一気にテンション下がったよマジで〜……」
「ったく〜、情けないなあ」
北菜は風呂敷から筆と色紙を取り出し、また何かをサラサラと書き出した。
『 悠然と 大地を駆ける 馬門ひさし 』
赤兎馬 馬門ひさし 召喚!!
優雅な毛並みに訝る目。非常に美しい馬が現れた。
「……は、はじめから出せよおおおー!!!!!」
削春はここまでの道のりを思い、軽めに泣いた。
「いやでも実際すごいですよね、それ……」
2人で馬に乗り出して10分後、削春は北菜の首の風呂敷を指差して言った。
「えっ、何が? この風呂敷のデザイン?」
「えっ? いやその俳句が……」
「いや俳句って何? 全然意味わかんない」
「えっ!? ちょっ……なんで俳句の事隠そうとするんですか!? さっきだって使ったばっかなのに……」
「うるさいっ!!!」
北菜は削春を馬から蹴り落とした。
「この世の中にはね……知っちゃいけない事もあるのよ!!!」
北菜は涙ながらに叫んだ。
(ええ……ええええ〜…………? この人全然意味わかんねえ〜……!)
5分後。
「この俳句は……俺らの特殊能力なんだ」
(話すのかよ!!!)
「この世界には俳句を詠む事によって様々な能力を発揮する人間がいる」
「えっ? それって……俳句の特殊能力を持ってる人って北菜さんだけじゃないんですか!?」
「ああ。俳句使いはこの世界に沢山いる」
(俳句使い………………)
削春はそこのネーミングセンスにはげんなりしながら話を聞いていた。
「だからお前は1人じゃ恐らく生き残れない。もし生身の人間が俳句使いとサシでぶつかった時、まず俳句使いが勝つだろう」
「え、その……俳句使いの人が勝つ確率ってどれくらいなんですか?」
「ほぼ100%だ」
「!」
「それくらい、俳句使いと生身の人間の間には差がある。これは根性論や精神論でどうにかできるものではない」
(ほぼ100%――……。俺、北菜さんと会ってなきゃほんとに危なかったのか……)
削春は身を震わせ、何となく前方を眺めると正面に誰かが立っている事に気が付いた。
削春と同じくらいの身長(175cm前後)にブロンド色のショートヘアー。それは腰に両手を当てた女性だった。
「ハハハハ! 止まれお前ら! この藪町――――ぐはあっ!!!」
北菜の乗った馬がその女性に突撃した。
女性は数10m吹っ飛び、そのまま大木に直撃した。
(えええええ〜…………!!!)
「ちょっ北菜さん!? 助けなくていいんですか? って何笑ってんのあんたー!!」
北菜は血まみれになって倒れている女性を指差して笑っていた。
「いやあ〜こういう時は焦ったらダメなんだって。まず落ち着かないと」
「えええ〜……その落ち着きっぷりはおかしいでしょ…………」
「しゃあない。ちょっくら死に顔でも拝んでやるか」
「それダメだろ!! 助けなきゃ!!!」
北菜はだるそうに馬を降り、気だるそうに女性の元へ向かった。
「フフフフ……このクソガキども、ナメた真似してくれたじゃねえか……」
血まみれの女性は震える右腕で体を支え、ゆっくりと立ち上がった。
「うわっ……あんた生きてんの?」
北菜はその様子を見て右手を口元に当てた。
「うおおおおーい!! あんた何ひいてんのー!!」
「フフ、フフフ……マジでナメやがって……。息の根止めてやるわこのクソガキどもおー!!!」
女性はそう叫ぶと胸元から色紙と筆を取り出し、足元から煙が立ち上がった(演出)。
「!! 北菜さん、あの人俳句使いだよ!!」
「ああ……その様だ。危ないからショゲ春は下がってろ!!」
「う、うん……!」
削春は馬の後ろに立ち、そこから北菜の様子を眺めていた。
「死ねクソガキー!!!」
女性は荒々しく筆を走らせる。
『 我が敵の 腕が吹き飛ぶ 夏祭り 』
その瞬間、削春の右肩より先が吹き飛んだ。
「え……えええええええーっ!!!!!!???」
削春は絶叫した。
「ウ……ウソーっ!!? なんで僕!!!? ウワーッ!!!!!」
削春はその場に倒れ込みのた打ち回った。
女性もまた予想外の展開に戸惑っている。
「え……あれ? なんでだろ」
女性は戸惑いつつも再び色紙を取り、構え直した。
「クッ、この忌々しいクソガキめ! 次こそお前の番だ!!」
女性は北菜の事を指差して言い放つ。
その時、ふっと辺りが暗くなった。
「あ? なんだこれ。急に暗く……」
女性は後ろを振り返る。そこには筋肉神・汰網禰獲蛇阿が立っていた。
「ぎっ、ぎゃああああああああー!!!!!!!」
女性は絶叫した。
「あの……ほんと申し訳ありません。私調子乗ってました…………」
女性は両手を膝の上に置いて正座し、涙ながらに謝っていた。
女性の名前は藪町鈴木。北菜と同じ俳句使いだ。削春の腕は既に鈴木の能力で治されていた。
「まったく。なんなんだお前は。ちゃんと反省してんのか!?」
「はあ……この通り心の底から屈服しております。お願いですから生かして帰して下さい。」
鈴木は額を地面に当てて許しを請った。
「あ……でも北菜さん。この人僕らに用事があったんじゃないの? そもそも馬を止めようとしてこうなったんだし」
「それもそうだな。おいお前。何の用だ?」
「あ……私、お金も無ければ食糧も寝床も夢も希望もありませんで……それで、もしカビたパンの耳でもあれば恵んで頂けないかな〜……なんて思ったものですから……」
鈴木は完全に心を折られている。もうただのダメ人間だ。
「なるほど……。それで困ったブタ女は俺らの馬を止めようとしたと」
「へ、へえ…………」
(江戸っ子かよ)
「事情は分かった……なるほど、貴様は自分がダメだから他人に甘えて生き延びようとしたってわけか……」
「うっ……」
「自分では何の努力もせず他人を頼り……何とか食い繋ぐだけの人生。それって楽しいか?」
「…………!」
「俺で良ければ努力の仕方、教えてやるぜ…………!!」
北菜は涙を流して右手の親指を立てた。
「ほっ……北菜さあああーん!!!」
なんか鈴木とかいう人が仲間になった。