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第1話「迷走」

「あああー! やばいやばい間に合わないよ〜!!」


 20××年、日本。茨城の高校に通う幕之内削春まくのうち そげはるはいつもの通学路を駆け抜けていた。

 8時40分に鳴る予鈴。右腕に巻かれた腕時計は8時35分を指している。

 3度の遅刻で課される罰掃除。削春はあと1回でそれに到達した。


「くっそ〜自転車さえ壊れてなければ〜!!」

 

 1週間のトイレ掃除はしたくないので、車通りの少ない小さな通りを脇目も振らず駆け抜ける。のだが、一瞬何かが目に入った。

 削春は一度立ち止まり、二歩戻る。そこには細い抜け道の様なものがあった。


「なんだこれ? ……こんなの前からあったっけ?」


 自転車でないが故に気付いた抜け道。恐らくここを通れば時間が短縮できる。

 削春は迷わずその道に足を踏み入れた。

 息を切らし足を動かす。肩を大きく振り体を無理矢理前に運ぶ。

 気付けば、始めはコンクリートの塀に挟まれていたはずの両脇は小さな木々で埋められていた。


(なんだこれ……戻った方がいいかな?)


 8時37分。削春は戻るのを諦めた。

 更に走り続けると、この抜け道の出口に光の様なものが見え始めた。


(やった出口だ! 間に合ったー!)


 削春が細い抜け道を飛び出すと、そこは壮大な森林だった。


(…………え?)


 ガシャン!! ゴション!!

 禍々しい機械音と共に来た道が閉ざされる。


「えっ!? ちょっ――なんだよこれ!!」


 削春は閉ざされた入り口を叩く。というより殴りつける。しかしそれはビクともしなかった。

 削春は訳も分からぬままに、とりあえず自分が今この場に閉じ込められたという事のみを理解した。


「なんだよこれ。マジかよ…………」


 削春は腕時計に目を落とした。


「!!!」


 腕時計の針は超高速で回転し、長針、短針ともにその役割を全く果たしていなかった。


「なっ――なんだよこれ!!? 嘘だろ――」


 削春はズボンの右ポケットにしまい込んでいた携帯を取り出し、それを開く。

 電波は圏外、待受画面に表示されているデジタルの時計は、ストップウォッチの様に超高速で時を刻んでいた。


「バカな――……一体…………」


 途方に暮れた削春が後ろを振り返ると、そこには1人の男が立っていた。


「ほげあ――っ!!!!」


 削春は奇声の様な叫び声を上げた。


「ほげあーっ? 落ち着け君ィ!」


 派手な唐草模様の風呂敷をバンダナの様に首に巻いた変な男がそこには立っていた。

 削春よりも少し高めの身長に割とスレンダーな体型、それがやけに派手な髪型とのギャップを表現していた。


「だ――誰なんですかあんた!?」

「フフフ……俺の正体が知りたいか?」


 削春は黙って頷いた。


「俺の名前は……歌人っぽいぜ…………!」

(き、聞いてねえしどうでもいいー!!!)


「あの……聞いてないしどうでもいいんで名前教えて下さい……」

「フフ、そうか……。俺の名前は葛飾区北菜かつしかく ほくさいだ」


「ああーっ!! か……歌人っぽいー!!!!」

「だろう?」


 北菜は自身あり気に笑みを浮かべた。


「じゃああの、歌人っぽい名前の人さん……ここどこなんですか?」

「あー、ああ。とりあえず俺についてこいよ。困ってんだろ?」

「はあ……すごく」


 そう言うと北菜は振り返り、歩き出した。削春は少し迷ったが、その後をついていった。


 

「はーん。じゃあお前はノンフィクションの世界から来たのかあ」

「え、ええ……まあ」


 北菜は削春を指差してケラケラと笑う。

 30分ほど歩いたが、未だどこかに出る気配は無い。

 ただ、その間の会話でどうやらここが外界と隔絶された異世界、所謂ファンタジー世界にある様な空間である事を削春は北菜から聞かされていた。


「……帰る方法はないんですか?」

「うん。ないよ」

「えっ!? ええ――!? 無いんですか!!?」

「うん。あると思ってたのかよ」

「えっ、ええまあ……。こういうのって普通、色々と紆余曲折を経て元いた世界に帰るんじゃないのかなーって思ってたんで……」

「ハハハ。この世界からは誰も出られないよ。諦めな」


 そう言って北菜は笑い飛ばした。

 削春は、どこか期待を抱いていた北菜に対して失望し、走ってその場から逃げ出した。


「………………」


 北菜はその様子をどこか寂しそうな目で眺めていた。



「はあっ……はあっ……」


 しばらく走った所で削春は体力の限界を感じ、近くの大木に手をついた。


(嘘だろ――……! 帰る方法が無いなんて…………。母さん達に連絡もとれないし、これから一体どうすれば……)


 削春が振り返り大木に背中をつくと、今度は4人の屈強な男達に囲まれていた。


「うわああああーっ!!! な……なんですか!!?」

「別に何もねえよ〜。ただ、300万ぐらい貸してくれよ」

「さ、300万ぐらい――!? 何言ってんのおたく!!?」


 削春はそう言い終わった後で焦って口を塞いだ。ついいつもの調子でツッコんでしまった。


「ああ〜ん? お前俺らの事ナメてんのか?」


 男達は限界まで削春に詰め寄り削春の息を圧迫した。


「俺らがその気になればお前このまま窒息死しちゃうよ?」

(うわっほんとだ……これ結構キツイ)


 そう言って男達は胸板を更に削春に押し付ける。削春は鼻と口、そもそも胸を圧迫されている事で肺を封じられ、次第に呼吸が苦しくなってきた。


(ええ〜何コレ……。訳わかんない世界に来たと思ったらムキムキの男達に胸板押し付けられて死ぬのかよ……!? 何この人生……!?)


 削春は、朦朧とする意識の中で北菜の事を考えていた。


(うう……助けて歌人っぽい名前の人………………!!)



「そこまでだ」


 削春は、先程聞いたばかりの声を聞いた。

 するとムキムキの胸板が離れ、呼吸が開放された。


「はあっ……!! はああ…………!!」


 その場に両手両膝をつき目一杯酸素を肺に取り込む。もう少しで本当に死ぬところだったかもしれない。


「なんだおめえは…………!!」


 胸板男たちは怒鳴り声を上げた。

 そこに立っていたのは、確かに葛飾区北菜だった。


「か、歌人っぽい名前の人さん…………!!」


 北菜は削春の元に駆け寄り削春の体を支えた。


「ショゲ春……大丈夫だったか?」

「う、うん……なんとか……」


 削春はショゲ春と聞こえた自分の耳を疑いながら懸命に答えた。


「お前ら……ショゲ春をよくも…………」


 北菜は削春の体をゆっくりと地面に置き、ゆらりと立ち上がった。


「なっ……生意気言いやがって! やっちまえお前らあー!!」


 胸板男たちは再び胸板を突き出し、猛然と北菜に向かっていった。

 しかし北菜はそれを軽くいなし、男達は全員地面に倒れ込んだ。


「!!」

「お前ら……ショゲ春のみならず俺にまで向かってくるとは……死ぬ覚悟は出来てんだろうな?」

「!!?」


 北菜の物凄いメンチに胸板男たちは小さな声を上げた。

 北菜は首に巻いた唐草模様の風呂敷から筆と俳句用の色紙を取り出し、その色紙に筆でサラサラと何かを書いた。


『 筋肉の かなりすごめの お兄さん 』


 筋肉神 汰網禰獲蛇阿ターミネーター 召・喚!!!!!


 全長20m。頂上が見えないくらいの巨大なクリーチャーがその場に現れた。


「えええーっ!!!!?」

「ぎゃあああああーーっ!!!!!!!」


「ぶおおん……何の用だあ」


 筋肉神は限界まで体を屈め北菜に顔を近づける。

 この時既に胸板男たちは失禁していた。


「やっちまえ」


 北菜がそう言うと筋肉神は4人の胸板男を潰さない様に静かに摘み、そして再び立ち上がった。


「ぎゃああああああーっ!!!! お……お願い降ろしてえーっ!!!!」

「北菜……こいつらこっから落としちゃっていいんだべがあ」

「や……やめてーっ!!!! お願いお願いお願いお願いー!!!!!」

「ああ。やっちゃえ」

「嘘ーっ!!? やめてやめてやめてー!!! 死ぬってマジで!!! この作品の作者じゃとても描写し切れない様なグチャグチャな事になるからー!!!!」


 胸板男たちは全員顔中涙だらけにして失禁していた。

 北菜は呆れた様にため息をつく。


「おーい汰網禰獲蛇阿。降ろしてやれ〜」

「………………」


 筋肉神は再び体を屈め、胸板男たちをゆっくりと地面に置いた。


「ひ……ひいいいいいーっ!!!」


 胸板男たちは即座にその場から逃げ出し、あっという間に見えなくなってしまった。


「ほ……北菜さん…………」


 削春は腰が完全に抜け立ち上がれないでいた。

 北菜は削春の手をとりゆっくり立ち上がらせた。


「ショゲ春……実は、この世界から出る方法はあるかもしれない」

「…………!?」

「あるかもしれないし、無いかもしれない。それすら誰も知らないんだ」

「…………」

「どうだ、俺と一緒についてくるか?」


 北菜は優しく微笑み、削春はその表情がとても意外だった。

 だが、削春は迷わなかった。すぐに北菜の手を取る。


「よろしくお願いします!」


 この時から、北菜と削春の変な旅が始まったりとか始まらなかったりとか。

葛飾北斎は歌人じゃない。

あと感想・評価等頂けたらなあと夢見ています。

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